聖女の魔法が解けたなら
「サラ、君との婚約は今この時をもって破棄する。聖女の役目も解こう。この国から出て行きたまえ」
「殿下……」
玉座の上でふんぞり返っている王太子殿下からの唐突な婚約破棄宣言を、私はどこか他人事のような気分で聞いていた。
「理由をお聞かせいただけますか」
「ふん、理由か。いくつかあるが、一番の理由は僕が君の力を信用していないということだ」
「私の力を?」
「ああ、毎日教会で祈りを捧げているとのことだが、そんなことが本当にこの国の繁栄に繋がっているのか? ただの気休めだろう、そんなものは」
「……そんなことはございません。私が祈りを捧げることによって私の魔力が国全体を包み、この国の平穏を護っているのでございます」
「ふん、口ではどうとでも言えるからな。――それにな、そもそも僕は君のような何を考えているのかわからない無表情な女は嫌いなんだ。僕はもっと愛想の良い女性が好きなのさ。――例えばヘレナのようなね」
出た。
結局はそれが本音なのだ。
ヘレナは男に媚びることだけが生き甲斐のような伯爵令嬢で、殿下に対しては常に猫撫で声で話す。
これは私からヘレナに乗り換えるための婚約破棄なのだ。
「――殿下のお気持ちはよくわかりました。私と婚約破棄したいと仰るのでしたら謹んでお受けいたします。この国からも出て行きますわ」
「ふん、随分殊勝だな」
「ですが、本当によろしいのですね?」
「ん? 何がだ?」
「私がこの国から出て行けば、私がこの国にかけている魔法が解けてしまいますが」
「ハッ、何を言うかと思えば。そんな虚仮威しにこの僕が屈するとでも思ったのか? 解きたいなら解けばいい。実在するかも疑わしい眉唾物の魔法など恐るるに足りんわ」
「左様でございますか。――では遠慮なく」
私は指をパチンと鳴らした。
すると――。
「なっ!? 何だこれはッ!? き、貴様、いったい何をしたッ!!」
殿下の身体が足元から光の粒となって崩れ始めた。
「私は何もしておりません。ただ魔法を解いただけですわ」
「何!? で、ではこれは――。まさか僕は――!」
「ご機嫌よう殿下。また気が向いたら呼び出して差し上げますわ」
私は殿下に向けて恭しくカーテシーをした。
「ま、待ってくれッ! サラ! 僕は、君を――」
殿下の全身は淡雪のように空気に溶けていった。
後には空っぽの玉座だけが残された。