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トリスの日記~私の世界の歩き方~  作者: 春生まれの秋。
4/37

4、初めての授業、のその前に

4、


 学園での生活にも慣れ、本格的な授業が始まる事となった。

 今日は、戦術と戦略の講義からだ。担当は、ヤン先生。黒い髪に知的な容姿の、大人しそうな先生だという。入学試験の時から共に行動する事の多いレヴィちゃんから、面白いから一緒に参加しようと誘われたのだ。

初めての人間のお友達からのお誘いに、私は、一も二もなく賛成した。



 初めての教室を前に、深呼吸する。

 中に入ろうとしたところで、レヴィちゃんに止められる。


「トリスさん、見てください、あれ。」


 指を指された方の扉の上の方には、黒板消しが挟んであった。

 



 これは何のイジメでしょうか。

 人間って恐い。




と思っているわたしを余所に、レヴィちゃんは、


ガラリ


と、唐突に教室の後ろの扉を開けた。



「はっ。餓鬼、ですわね。」


ボソッと彼女は呟いた。


「何だとぉ」


 教室の前方から苛立った声がした。

 そちらを見遣ると、そこには悪戯ずきそうな男女がいた。一人はウェーブのかかった茶髪の二枚目半なお兄さん、もう一人は神秘的な腰まで届くかというストレートな黒髪のお姉さんだ。

 レヴィちゃんはつかつかとお兄さんの方へ近寄り、ぽん、と肩を叩きながら、



「アルヴィンさんに、リースさん、ですわね。私はレヴィ。よろしくね。貴方がたの事、色々伺っていますわよ。」


と笑顔で自己紹介していた。それから、アルヴィンさんに何やら囁くと、手をひらひらさせながらこちらに向き直った。


「トリスさん、前の席が空いてますわ。こちらにいらしてくださいな。」




 レヴィちゃんが呼ぶので、私はそちらに向かって進もうとした。

 すると横から


ザザッ


と私を遮る人影があった。


「私を無視して進もうとは、いい度胸ねぇ。トリスティーファ・ラスティン。貴方のそのポジション、私が貰うわ。覚悟なさい!!」


 ゴツい男の人二人を取り巻きにした、妖艶で高貴さを讃えたウェーブな黒髪の美少女がそこにいた。


「ごきげんよう、クレア・ラ・シールお姉様。社交界の華といわれる貴女様に覚えて頂けて、光栄でございます。決して貴女を無視しようとしたのではないのです。ごめんあそばせ。」


 私はあらん限りの貴族らしさを発揮して、丁寧に謝罪した。私が出席した数少ない社交パーティーであるレビュタントのパーティーで、人々の中心にいたのを覚えていたからだ。


「え?何処かの社交パーティーにいたっけ?覚えて無いわ〜。ごめんなさいね。って、そうじゃないわよ!!!貴女のキャラと私のキャラがかぶるって言ってんのよ!!!!」


そう言うと、彼女は


はぁっ


と、何やら溜息をついて、


「もう良いわ。好きになさい。貴女なんかに負けないんだから。」


と、膨れて向こうにいってしまった。


 いきなり、難しい人間関係が発生し、大いに困惑した私は、クラスメートに自己紹介をしていないからだと思い至り、自己紹介することにした。新参者から挨拶するのは、動物社会では当然だからだ。物語の本(マニュアル)にも書いてあったし。


私は、すぅっと息を吸い込み、


「はじめまして、ご機嫌よう。私、トリスティーファ・ラスティンと言います。武器や防具の事を知り、きちんとお客様に合う逸品をお渡しできる人材になるべく、大学を受験しました。人との接し方など、まだまだ知らないことばかりですが、どうぞ皆さん、よろしくお願いします。」


と、元気良く口上を延べた。






しーんと静まり返る室内。


集まる視線。


沢山の人の、気配。




 感じた事のない、ヒトの『存在』という圧力。重苦しい圧力に、私は、『自分』が小さく消えていくかのような感覚に襲われた。


 次いで、自己の完全なる消滅への消しがたい願望が心を支配しそうになるのを感じた。

 


自分が消えてしまいそうな心細さに囚われきってしまうかと思ったその時だった。

 


「「「あっはははははははははははははははは!!!」」」



 さっきまでレヴィちゃんと言い合っていた、アルヴィンさんの弾ける様な明るい笑い声と、それにつられるように重なる、軽やかな少女達の笑い声が教室に満ちたのは。


「お前、面白いなぁ。気に入ったゼ?こっちのレヴィとかってのは気に入らないけどな。あぁ、俺はアルヴィンでこっちはリースだ。よろしくな。」


 私を指差し、そう言って笑う彼らに、私は心底救われたのだった。


 人の存在感、視線が怖かった私は、そそくさと最前列の中央に移動した。


「よろしくお願いします。アルヴィンさんに、リースさん。私の事は好きにお呼びください。」


ペコリと頭を下げて、顔を上げる。


「おう♪宜しくな。」


「うん。ボクもキミが気に入ったな。相棒が変なことしたら遠慮なくボクに言ってね。制裁しとくから。」


私の瞳に飛び込んで来たのは、キラキラと楽しげな光を宿す少年の無邪気な笑顔と、その少年に同意する美少女の、遠慮の無い笑顔。

初めて目にする、身内以外の垣根の無い自然な暖かな感情に、ポカポカと心の奥に火が灯る。それは、まだとても小さくて、頼りない光。けれど、私にとって、とても大きな、始まりの光。真っ白な心に差し込んだ、初めての光。


 この日、私は二人目、三人目の友人ができた。相手にとっては、ただの知人程度かも知れないけれど。私にとって、この出会いは、とても大事な一歩。







それはそうとして、私は教室に入ってからずっと気になっている疑問を口にした。


「ところで、あの入り口のアレ、何ですか?」


指差す先には、扉の上部に挟み込まれた、使用済みの黒板消し。


「アレか?知らないかな。入室する先生に対するトラップ。誰でもやる、ちょっとした悪戯なんだけどよ。」


アルヴィンさんが軽い口調で言う。


「レ、レヴィちゃん、アレはやってもいい事なの???私の知っていること(マニュアル本)にはなかったのですが…。」


 集団生活初体験中の私には知らないことばかりで、いつの間にか、わからない事はレヴィちゃんに聞く習慣が身に付いていた。


「そういう事をするからガキだとおっしゃるのよ。ほら、もうすぐ先生もいらっしゃるし、座って座って。」


私の疑問をスルーして、レヴィちゃんは私の背中を押し、席に着かせる。


「ええ…でも…いいのかしら?」


納得出来ずにオロオロしていたら、


「良いんだって。学生の特権だよな♪(それに、先生の度量を測るのにもいいんだぜ。)」


と、こそっと、アルヴィンさんは教えてくれた。


「そうそう。どうなるかを見るのも、勉強だよ〜。」


 そんな風にリースさんも後押しする。


 そう言われては、集団生活皆無の私には何も言えない。なので大人しく、教壇の真ん前に座って、先生を待つ事にした。







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