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「あら、中々手の込んだ隠れ家ねぇ。ここは、私達だけが知ってるって認識で良いのよね?」
クレアさんが、良い笑顔でこちらを振り返る。その声は、嬉しそうに弾んでいる。けれども、それと同時に、
『他の人は知らない、使わせないっていう場所よね?それなら…うふふっ』
という幻聴が聞こえそうな話し方だった。
その気迫に気付いたのか、鍵を開けたアルヴィン君の肩が一瞬ビクリと震えた様に見えた。
「あっ、当たり前だろ~?前にも言ったがよ、俺の先輩達から脈々と受け継がれてる部屋なんだよ。遺跡探索やら罠解除やらの技能を磨く為にも、めっちゃ隠蔽工作と隠形の魔術が施されてんの。それこそ、ここが出来る時に設計図から隠されて、申請もされてない、先生達も知らない場所なんだよ。だからな、クレア。間違っても勝手に男なんか連れ込むなよ?」
ビシッとクレアさんを指差して、アルヴィン君が釘を指した。
「ちょっと~なんで私を名指しして言うのかしら?心外だわっ!」
プンプンと怒るクレアさんに、アルヴィン君か冷めた視線と声で追撃する。
「そんなん、今までのお前の行動のせいだろ。」
「なっ、そんなことっ」
瞬時に否定をしようとするクレアさんだったけれど、最後まで言葉を紡ぐ事は叶わなかった。
「あるでしょ。」←リースさん
「あるな。」←アリ君
「ありますわね。」←レヴィちゃん
「しないんですか?」←私。
間髪いれずに、各々がクレアさんに突っ込みを入れたからだ。
「皆して、私の事を何だと思っているのよ。これでも私は、空気の読める女なのよ?それなりの経験も積んでるし。ヤバそうな事はしないわよ。」
などと、いつも通りの放課後が戻ってきた。
確かに、集合場所は違うし、監督役の先生方はいなかったけれど。
無意識に、自分に微妙な違和感を感じてはいても、それは些細な問題でしかなく。私の意識は、ランチの時から変わらない、連続した『時』を過ごしている。
違いと言えば、ただ、自身の周りに漂う、奇妙な澱は少しずつ濃度を増している事だけだった。
☆
それから数日。
連日の様に、先生方は講義が終わると職員室に籠り、なにやら会議に明け暮れている。
どういった事を話合っているのか、どんな問題に直面しているのか、その一切を先生方は、生徒に漏らさない様に動いている様だった。校内は、ピリピリとした空気が漂っていた。
明らかに、私の本能は警報を鳴らしている。
何か、不吉な事がこの大学に起こっているのを感じる。
落ち着かなくて、そわそわして、居ても立ってもいられなくて、私は皆に相談することにした。
「ねえ、皆さん。今、ここで、一体何が起きているんでしょうね?皆さんも、感じていらっしゃるでしょう?先生方が何か重大な事を隠している事。私達学生だけが除け者にされて、何かが進行している事。ここ暫く、この構内を漂う空気が、何だか不穏な事。私、この空気嫌いです。何だか自分の知らない所で、自分の命を良いようにされてる感じがして。自分の事なのに、自分で選べない感じがして。何か、知ってませんか?」
秘密の部屋で、何時もの仲間だけが居るこの空間で、誰にも聞かれないからこそ、勇気を出して切り出してみた。
…だって不安だったのだ。
ここで何かが起こっているのに、何も出来ないかも知れない無力な自分を思い知らされるのが。
自分の事なはずなのに、見ているだけで終わってしまうかも知れない事が。
『ココ』に居るはずの『私』が、本当に『ココ』に居るのかが、分からなくなってしまいそうで。
足元から世界が瓦解しないか、私は不安で仕方なかったのだ。
「落ち着け、トリス。不安なのは皆おなじだ。」
冷静そうにパラリパラリと分厚い本を捲りながら、視線を本から外さずに、アリ君に窘められる。
「まぁ、情報が無い以上、焦ったり慌てたりしたって録な事にはならないわね。」
優雅に紅茶を楽しんでいたクレアさんにも窘められた。
「ま、取り敢えず今はボクらとお茶でも飲もうよ。事態が動けばすぐ分かるって。」
リースさんにも落ち着く様に誘導される。
「ハイハイ、トリスさんはこちらにどうぞ~」
入口で問いを発した私の後ろへ周り、レヴィちゃんが私の背中を押しながら、私をクレアさんの隣のソファに座らせる。
すかさずリースさんが私の前に淹れたての紅茶を置く。
クレアさんが、ズイッとお菓子を私の前に置く。
見事に連携の取れた行動だった。




