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私が覚えている限り、私の住んでいるこの世界は、ハイルランドと呼ばれている。
暦は、西方歴を用い、ボーグワース総合大学の入学試験日の今日は、西方歴1072年9月1日。入学試験に合格すれば、即日全員が入寮し、翌日から早速学生生活が始まる。
この度、無事に入学試験に合格した私も、その例に漏れず、講堂での簡単な説明の後、早速大学付属の寮へと案内されることになった。
まあ、ゴーレムの暴走、というハプニングはあったけれども、新しい生活が始まるのである。
生活基盤としての自室の確認、戦闘による身体の汚れ(※私は今、血塗れ状態)を落として身形を整えるのは、至急行うべき当然の義務だろう。
私は、自分に支給された部屋に荷物を置くと、着替えを持ってシャワールームへと向かった。
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ザアザアと、頭から水滴を浴びる。
うっすらと汚れた水が身体を伝い、足元へと流れ落ちる。
泥水と言っても差し支えの無い水が、その色を薄くしていくに連れて、私の身を覆っていた汚れが取り払われていく。
やや赤味を帯びた艶のある長い金の髪が、腰の半ばまで身体に纏わりつく。
温かいお湯で紅潮した頬。
気持ち良さげに薄く開かれた瞳は、鬱蒼とした森の生命力を思わせる蒼緑。
顎を、細い首を伝い、年齢にそぐわない豊かさを誇る双丘を流れ、括れた腰を滑り、まろい太腿を落ちていくお湯の温度に、感覚を緩ませる。
どうやら、初めてのヒトとの交流で、思っていた以上に精神を磨り減らして居たらしい。
我が家の家訓に、『未婚の女性は、結婚相手以外の異性にその素肌を晒してはならない』というものがある。その為、湯浴みの際には入浴衣を着用する事、と、幼い頃から教えられている。醜さの消えない、私の胸元の爛れた傷痕を綺麗に覆い隠してくれるこの入浴衣は、私の心の安定に貢献している。女としての負い目を意識せずに済むからだ。
いつもの慣れた入浴衣の感触に、やっと人心地についた私は、学生生活で気を付けた方が良い事を思い返してみる。
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ハイルランドの住民の、ほぼ全ての人に何らか
の影響を与えているものがある。それが、唯一神アーを信仰する、『真教』である。宗派に派生はあれども、基本的に、唯一神アーを信仰している事に疑問を抱かない程、この『真教』は、人々の意識に根付いている。
宗派は色々あれども、大まかな流派は二つ。旧派と新派である。教皇をトップとした教会組織が運営しているらしい。その中でどちらを信仰しているかで争っているらしい。
偉大なる神は信仰すれば良いし、聖書に書かれてある事に従い生活するのは、ハイルランドでは、当たり前のこと。なのに、何故。細かい事に難癖つけて派閥争い?とやらが起こるのか、人に疎い私には実感が持てない。
だが、そういうモノらしい。物語の本にも、そういう生態が記されている。
我が家にあった『真実の書』(※この世界の聖書の事)を何度も読み返したが、救聖母マーテル様の登場する項目辺りから、私の頭にはちっとも残らない事象だけども。
残念な事に、私には、神話と生活に関係する項目以外の事が、覚えられない。文字が読めない訳では無い。意味が分からないのではない。何故だか理解出来ないのだ。
人の心、心情、社会の成り立ち、人間の文明社会というものが。
だからこそ、生活に密着して社会の根幹を支える神父様やシスター様のお言葉を賜る礼拝は欠かした事は無いし、経済的に余裕のある我が家の習いとして定期的に喜捨も進んで行う。日々の厳粛な宗教活動を真剣に行う彼等には、深い敬意をはらうのである。
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そんな私の身に起こった、この度の超常現象。それは、神話に語られる御使いの伝承と密接に関わっている。
教会のミサで語る神父様のお話に伝承として残っている事として出てきたのだ。
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神父様のお話曰く
良き魂は輪廻を転生し、時間を越えて存在する。闇に堕ちた悪しき魂は、死ぬと、闇の鎖に捕らわれて奈落へと引き摺り込まれる。
神は、地に堕ちてなおアルカナ達が救おうとする小さきもの達に、一度は見捨てた我らに、救聖母マーテルという希望をお与え給うた。
闇の鎖に魅入られてしまう前の魂を輪廻に還し、巡らす事で、砕けた星を、月を、太陽を、天の宮へと戻す使命を彼女に課したのである。
かの救聖母マーテルの御働きにより、我らの原罪は赦され、我らヒトに宿りし輝く光を天へと還す事は天上に坐す唯一の神アーの御心に添うことである、と。
また、闇に呑まれた存在を、特に進んで天に還す役目を負う者には、三つの御印が刻まれるのだという。
その御印を『神々の欠片』と呼び、『神々の欠片』を宿したモノを『刻まれし者』と呼ぶのだ、と。
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先程、入学試験で死を覚悟した瞬間、私の身体に宿った力。それは、間違いなく、砕けた御使い様の力の片鱗。其処から解ること。それは、私が、伝承にある『刻まれし者』とやらになってしまったという事実なのだった。
設定の説明って、難しいですね。