24、楊先生の研究室での事
ちょっとした話にして、次の長い話に続けるつもりだったんですが、思った以上に長くなりまして。
区切りの良さげな箇所で一旦切りました。
続きも書いてるんですが、前後編じゃ終わらないかも知れないので、書けてる所を先に出しときます。
24、楊先生の研究室での事
☆
コンコンコン。
入室前には、ノックを3回。
「トリスティーファ・ラスティンです。入ってもいいですか?」
名前を名乗り、入室許可を取る。
この、一連の流れは、個室へ入る際の礼儀である。
ノックが3回なのは、そこがトイレでは無いから。
名前を名乗るのは、中に居る方に、不審者では無いと伝える為。
事前に読んでおいた人間社会を記した本に書かれてあったので、間違いないはずである。
☆
私が、楊先生の研究室へと足繁く通う様になったのは、楊先生の講義を受けてから。
楊先生のお話がとても面白かったので、もっと沢山教えて頂きたくなったのだ。
でも、別に、楊先生は、『ゼミ』を開いているとう訳ではない。
単に、楊先生の講義の疑問点を聞きに研究室に足を運んだら、親しくしてくれている友人達も皆、此処に集っていて。
グリーンヒル先生とジョン先生と楊先生がとても親しい間柄(私の目には、友人関係に見える)で。
そんな安心出来る環境で、講義では聞けない、講義以上に有益な様々な分野の情報が飛び交っていたら。
ヒトが怖い私にとって、緊張しないでいられる領域として認識してしまったこの空間は、数少ない安心出来る場所となっても、なんら不思議では無いのである。
☆
最初の頃、私が扉をノックすると、楊先生が、
「どうぞ、開いているよ。」
と、許可を下さっていた。
だが、アルヴィン君達と仲良くなり、次第に馴染んでいくと、ちょっと様子が変わってきた。
☆
ある日、アリ君が、楊先生の研究室の床に(直接)布団を敷いて仮眠をとっていたのだ。
私は、びっくりして、寝ているアリ君を指差しながら、楊先生に聞いてみた。
「先生、コレは、(ヒトにとって)普通の事態なのですか?」
と。
「違うよ、トリス。彼はね、勝手に布団を持ってきて、勝手にこの場所で寝ているんだ。」
「え?それって、先生にとって迷惑なのでは無いのですか?」
「迷惑だねぇ。でも、アリ君は私と戦術面での話が出来るから仕方がないね。ついつい朝まで戦術談義に花が咲いてしまうんだよね。」
ハハハと力無く笑う楊先生。気持ち良さそうに眠るアリ君。生温かく見守る、何時もの仲間。
私は、アリ君の寝ている布団の側にしゃがむと、みんなに聞いてみた。
「この人、このままどれくらい寝てると思いますか?」
「わかんねぇなぁ。俺らが来た時には既に熟睡してたし。」
「一応、ボクらも声はかけたんだけどね。」
「全く、起きないのですわ。」
困った様子の皆を前に、あるイタズラを思い付き、私はちょっと我慢出来なくなってきた。
「私が布団に潜り込んだら、起きると思いますか?」
この発言をしてしまってから、すぐにクレアさんが反応する。
「なかなか、面白い事を考えるわね、トリスちゃん。」
「おい、それ、男ならぎょっとするヤツだぞ?アリの奴、慌てるんじゃねぇか?」
「・・・果たしてアリ君は慌てるのかな?」
「お、賭けるか、リース?」
「いいね、アルヴィン君。どうなると思う?」
「俺は、慌てるに一票、だな。」
「ボクは、顔を赤らめる、だと思うよ。」
「ちょっと心配ね。アリ君という男、私が誘惑しても全く通じなかったのよねぇ。男として機能するのかしら?」
「え、いつの間にそんな事してたんですか、クレアさん。」
「あら。私の眼鏡に敵ういい男を探すのは、私のライフワークだもの。当然、評判のイイ男はチェックしてるわよ?」
「そうなんですか?」
「ま、トリスちゃん、安心なさい。アリ君は、私が誘惑しても、そっち方面全く反応無しだったから、貞操の危機には為らないわ。」
「全く意識して貰えないのも、それはそれで私としては悲しいんですが・・・。」
「トリスさん、アリ君を気にしてますものね。
」
「何だか、目が行くんですよねぇ。何ででしょう?不思議です。多分、観察対象として面白いんだと思います。」
「それより、早く試してみろよ。コイツのスカした顔が崩れるのが見てみたい。」
ワイワイとそんな雑談をしながらも、アリ君を観察する。彼は、『外野に興味無し』を体現する様に、熟睡したままだ。
「じゃあ、いきます。」
こそこそと呟いて、ソッと頭から布団に潜り込んでみる。アリ君から布団を取らない様に気を付けて。ドキドキしながら、アリ君の脇に入り込み、見上げて見る。布団の中は温かく、お日様みたいな香りがした。規則的な呼吸は一切乱れず、アリ君の端正な顔も、全く変化がない。長い睫毛が開く予兆も全く無い。
どうしようかな、と思いながら、ズボッと布団の上に頭を出す。
私は、うつ伏せの状態から腕で体を支え、皆を見る。
「全く、変化がないですね。起きる気配も無しですよ?」
「よし、トリス。そのまま入ってろ。アリを起こすぞ。」
「え、?」
しびれを切らせたアルヴィン君の行動は速かった。
即座に濡らしたハンカチをアリ君の顔に置く。
程なくして、呼吸音が止まる。
一秒、二秒、三秒・・・。
「ブフゥアッ!?」
凄い勢いで、アリ君が跳ね起き、ぜぇぜぇと呼吸を整えつつ、臨戦態勢に入った。
「!?敵襲かっ!!?」
腹筋だけで体を起こしての、第一声が、コレ。
どれだけ、戦場に居たのでしょう?隣の私に全く気付かず、キョロキョロと辺りを警戒し、ニヤニヤ笑うアルヴィン君を見つけたアリ君は。
「なんだ。アルヴィンのイタズラか。」
一瞬驚いた後あからさまにホッとした様子に変わり、左手で顔を覆う。思いっきり肩から力が抜けたのが見て取れた。
アルヴィン君は、『目覚めたら同じ布団に女の子が居る時のアリ君のリアクション』を楽しみにしていたみたいで。
「おう。呑気に寝てやがるから、慌てるかと思ってな。でも、お前、敵襲って。他にあるだろう?」
追い討ちをかけてきた。
だが、何の事か分からなかったのか、アリ君は、
ん?
と首を傾げ、
「無いだろう。じゃ、寝るわ。」
再び布団へと入ろうとした。
そこで慌てたのはアルヴィン君。
「おい、こらアリ!それで良いのかよ。」
アリ君に、自分の置かれている状況を認識させようと声を荒らげる。
なのに、アリ君は。
「構わん。私は徹夜続きでな。眠いからねるぞ。今度は邪魔するなよ。」
私が隣に居る事に、全く頓着しない。寧ろ、気付いてすらいないようだ。
「マジかよ。気にしろよ!色々よぉ。」
流石に、ネタばらしが必要と判断してか、アルヴィン君は、私に声をかけた。
「おい、トリス。アリに何か言え。」
急に話題を振られ、展開に迷った私は、目覚めたアリ君に、とっさに挨拶しなきゃと思った。
「えっと。・・・アリ君・・・、おはよう・・ございます・・?」
アリ君からすれば、自分の近く、更には自分の下方向から聞こえた声に不信感を抱いたらしい。眉をひそめ、怪訝そうにこちらを確認する。ぼんやりした眼差しで、それでもトリスだと分かると、その瞳から、警戒心が無くなった。それだけならまだしも、興味や関心の気配も消えた。
ぼ~っとした意識なのだろう。
「・・・・。なんだ。トリスか。寝る前の挨拶はおはようではなくおやすみだ。間違えるなよ。」
半目のまま、ぼんやりと私を指差し、そう言って挨拶に対する注意をすると、そのままアリ君は眠ってしまった。
そんなアリ君の反応に、私は、自分の存在の意味の薄さを感じ、なんだかとても悲しくなった。なので、寝てしまったアリ君の横で泣きそうになりながら、恐る恐る周りに居るアルヴィン君達に聞いてみた。
「コレは、普通の反応ですか?それとも、私が嫌われている証拠でしょうか?私、要らない子?私、認識の範囲外なんでしょうか?」
大分混乱気味に暴走し始めた私に、慌てたクレアさんがアリ君への突っ込みをいれる。
「いやいやいや、トリスちゃん、これはアリ君の方がおかしいわ。普通の年頃の男の反応なら、まず真っ先に、女の子が同じ布団に入っている状況に慌てるハズだから。」
同調する様に、アルヴィン君も重ねて告げてくる。
「おう、そうだぜ?男ってのはな、普通寝起きは生理的にも大変になるし、その上で女の子が身近にいたら、何でそんな状況なのかパニックになるもんなんだよ。例えその女の子が見覚えの無い子であっても。」
「そうですよ、男は狼なんですから、普通はそのまま食べられますわよ!?今回は、アリ君が暴走しても止められるだけの状況を整えてあったから、わたくし止めなかったのですわ。イタズラで済む範囲だと判断しましたもの。」
そんな皆の返答も、何処か遠くで聞いているみたいに、肉体と意識が乖離する。じんわりと目元が暖かくなって、視界がぼやける。
「あれ?何か、悲しくなってきました。あれ?何故ですか?わからないです?」
心の奥の穴の中から何かが這い出て来そうで、本能的に恐怖を感じる。ズリッズリッと、這い寄ってきた何かが、『私』を後ろに引っ張る感じがする。周囲の『誰か』を引きずり込もうと蠢く違和感がある。
ぐゎんぐゎんと、耳鳴りがするなかで、私の裡に蠢動しようとするナニカ。
《・・¿・・ナ・・Ю・・の・・・ヲ・・・・TФRД・・・・ПЖ・・・・σ・・φζ・・Ξ‡‰・・メ
・・バ・・》
『私』はソレを遠くで感じていた。
【だめっ…駄目よ!この状況は、良くない!嫌っ】
幾つかの意志が、『私』とは関係なく争っている様な恐怖が続く。
何だか訳がわからないまま、この強い恐怖を我が身で感じた『私』は、自我を保とうと必死だった。
知らず知らずにポロポロと溢れる涙をそのままに、後退りでアリ君の布団から、もそもそと出る。
「あの、皆さん。実験に付き合って頂いて、ありがとうございました。今日は、私、ちょっと調子が悪いみたいなので、ここで失礼しますね。」
誰の顔も見れずに、ペコリとお辞儀をすると、私はそのまま部屋を出た。
その日、私は、そのまま、ヨロヨロとなんとか自室のにたどり着くと、倒れる様にベッドに崩れ落ちた。そして、堕ちるように意識は遠退いていったのだった。
何度も言いますが、トリスは非常にめんどくさい性格です。
オレTSUEEEEもありません。
戦闘は苦手です。
そして多分、コミュニケーションに難があります。




