16、
ほぼ説明回です。
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大学の講義の、必修科目。
その中でも、ハイルランドに住む以上、宗教学と、歴史学は必須である。
この二つは切っても切り離せず、綿密に絡み合って、今の社会を形成している。
ハイルランドを取り巻く社会情勢では、国家と宗教勢力、派閥などという、私には大分良く判らない力関係があるらしいのだ。
知らない事を知るという事は、とても大事で、だからこそ、私は、事前に「本」という媒体で、人間社会の予習をしてきたつもりである。
書物から得られる知識は、自分で体験出来ない事に対する疑似体験や深い思考力、想像力を育んでくれるし、見識を深める切っ掛けをくれたりもするのだから。
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実家に居た頃、私が接してきた書物は、書斎にあった膨大な量の本。コレクター気質の強い我が家の誰かしらが随時溜め込んできた物の一つである。
それらは、絵本から専門書まで、節操無く集められていた。私は自然と『お話や物語というものは、読む人の理解力に合わせて書き方を変えるモノであり、原典と比べて何が強調したいのかはその時代や書き手によって変わるものである。』という考え方を常識として捉えていた。
まさか、その『私にとっての常識』が『一般的な常識』とは遠くかけ離れているなんて、予想すらしていなかった。ましてや、それに気づくのに、何年もの長い月日を必要とする等とは、夢にも思っていなかったのである。
だから、私にとっての『真実の書』とは。
我が家に眠っていた最も古いこの版の記述が、一番しっくりくるのである。
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最初におられたのは、同じ序列の者を持たない神であった。真なる御名を口にする事すらはばかられ、この世の人々が、初めの音として、『アー』または『アル』と呼ぶ、大いなる母。その御柱こそ、唯一の神である。
この世が形を知らず、時の流れるを知らず、色を知らず、音すらも知らなかった虚無の中に、アーは、ただ御一柱、全てをお知りになられたものとして、座しておられた。
アーは初めに、無でないモノとして、光を創り給うた。光のある場所は、最早無では無くなった。時には流れるべき道筋が示し与えられ、色は彩りとなり、万物には目に見える形が備わる事になり、音が舞い散った。光よりやや遅れて、アーは闇をお創りになられ、無と光の狭間に置かれ給うた。
無が退けられ、時の柱と形の梁に支えられ音に包まれた新しい世界が闇の中に据えられると、アーは続いて権能者たち、アルカエウスを創り給うた。彼等は、上方に天がなく、下方に地のなかった時から、アーと共にあった。
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無から闇によってわけられた世界が虚空の中に完成すると、アーはその思いの中からアーのように自らの意志で語る事のできる者たちを創り給うた。これらの力を持つ権能者たるアルカエウスは、アーの御心のあちらこちらから生じ、各々が、他の権能者たちの持たない資質を備えていた。アーは、これらアルカエウスの他に、ちょうどアルカエウスがアーに仕えるかの如く彼等の臣下となるように創造された下位の者たちを創り給うた。自由意志を持つ精霊である、アルカイ達である。
アーは、光ある世界の中に大地を据え給うと、御自身が光ある世界の主であるように、この大地の主となるようにアルカイ達にお示しあそばれた。アーは、アルカイ達自身が住む場所として、大地を整える様に仰せになったのである。
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しかし、アーは、大地を整える様に申しつけられたのであって、決して創造せよ、と仰せられたのではなかった。無から事物を創造し給うことは、唯一柱アーのみにあり、闇を透かして無を覗くことは、アルカイの上位たるアルカエウスたちにすらお禁じあそばせたのである。
また、アルカエウスは、無に手を加えて事物を創造する力を与えられてはいたが、その御技は、アーがお命じになった時だけ用いられることになっていた。
しかし、自由意志を持つアルカイ達は、すでにアーによって創造された事物に満足できず、闇の奥の無に手をのばした。
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無と混沌は闇を鎖に変えて、禁を犯したアルカイ達を捕らえた。天宮の住人としての力を全て失ったアルカイ達は大地に堕ち、地上に縛りつけられ、人間族など口をきく種族全ての祖先となった。あらゆる者の母にして、広大無辺の慈愛をお持ちになる、唯一柱の神たるアーも、神のみに許された力を望んだアルカイたちをこの時は許すことはなかった。
しかし、アーの周囲に控える権能者アルカエウスのうちには、地上に堕ちた哀れな者たちを不敏に思う者もいた。彼らはアーに暇を乞うて、力を奪われた罪人達を導くために大地を見おろせる場所までやってきた。
人間を見捨てなかったアルカエウスは全部で22柱。人間から、特に光の使徒・アルカナと呼ばれることになる方々である。
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天宮の座から地上の者たちを導く使徒たちの身体は、アーが与え給うた光によって夜空に輝く。闇に縛られた地上の者たちは、それを星と呼んだ。
彼らアルカナは、あるときは天の光として、またあるときは地上の者と同じ姿をとって、罪人たちを「闇の鎖」から解放するために人々の前にあらわれた。
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唯一神に所属しない無と混沌、そして闇を見てしまった地上の罪人たちの穢れは濃く、光の使徒たちの力をもってしても、その救済は遅々として進まなかった。
地上の者たちの心に潜む闇は、罪人たちの目を通して光の使徒の姿を認め、「闇の鎖」 は天宮に向かって手をのばしてくるようになった。
大地はまだ若く、天宮に輝くふたつの灯火の光はまだこの世にいきわたっておらず、世界には無と混沌が存続し得る場所が数多く残されていた。
神は、その深遠なる御心により、無と混沌の存在自体に罪は無いと、力によって「闇の鎖」を退けられる事はなかった。
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無と混沌が放つ「闇の鎖」。その勢いはいや増すばかりとなり、アルカナたちはそれらに抗することができなくなった。大地を侵食する闇に望みを失った星たちは、自らを「闇の鎖」で打ち砕き、地に堕ちた。
やがて、太陽は混沌に蝕まれ、虫に食まれた様にあちこちが光を失い、月は無に削られ弓のように痩せた。
こうして戦いに敗れた天宮の星、22柱の光の使徒たちは、身に備えた戦う力や資質を地上へと降らせた。
無と混沌と闇によって地上の者達への救いが遠ざけられたこの時を、人々は「大皆食」と呼んでいる。
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~『真実の書(第3版)・創世神話の章』より、抜粋~
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この後に続く救世母マーテルの章あたりからのヒトの世の記述は、とても残念な事に、何度読んでも、どの版を読んでも、絵本であったとしても、その内容が私の頭に残ることが無い。
どんなに私が努力しても、暗記すら出来ないのだ。
私が思うに、私は余程、ヒトという未知なる存在が怖いらしい。ヒトと交流を持つのが、怖いらしい。
時代の流れや、個人名。ヒトという種族の欲望渦巻く感情を色濃く滲ませる『歴史』の生々しさに。無用なまでに流され続ける名も無き者達の沢山の流血を思うと、その罪深さに恐れ慄くのだ。
そして、無力な自分に、繰り返される非情に、己が感情を踏み潰される様な痛みを感じるのだ。
その度に、私は、何処からともなく湧き出でる『己の存在の抹消』や『己が存在したという現実そのものの削除』や『消えたい』という衝動を識り。
『無くなりたい』と願う自分に、絶望するのだ。
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そんな、『消えてくれない』思いを忘れる為に、私は数多の物語を読み。家族以外のヒトと極力交わらずに、世界を満たす自然に身を置く。
『消えたい』なんていう恩知らずな想いに駆られる私に、惜しみ無く愛をくれる人達を、少しでも心配させたく無くて。
文章を纏めるのって、とても難しいですね。
沢山書き直しました。
このお話に、俺TUEEEEEなんてものはありません。
基本的に、トリスはめんどくさい性格です。




