11、
予告。
この回は、文字数が多いです。
当社比三倍?
11、楊先生の特別課外授業
☆
トリスの実家からは、母がその相棒で大学まで送ってくれた。その為、馬車よりもよほど速く、大学に着く事ができた。
だが、その頃には、皆一様に顔面蒼白になっていた。
そうして、トリスの実家帰りは恙無く終わり、何時もの日常が戻って来た。
☆
10月も半ばに差し掛かったある日の事だった。
揚先生の講義が終わると、先生がアンケートをとった。
「ちょっと変わった課外授業をしてみようと思うんだけど、興味のある人はいるかな。先に言っておくよ。この授業は評定には含まないんたけど。」
「ハイ。私、受けたいです。」
「俺も。」
「私もですわ。」
「私もよ。」
「ボクも。」
「私もだ。」
「他に、希望者は…居ないようだね。じゃあ、君ら6人には、後で集まって貰おうかな。それでは、本日の講義はここまで。」
楊先生の提案には、案の定、何時ものメンバーが参加することななり、その他のメンバーは不参加な様だ。
チャイムの音が響くと共に、それぞれが行動を開始する。
強制力のあるものでは無いので当然らしい。
ざわつく教室をぼんやり眺めながら、私は想いを馳せる。
(《私》が、何かイベントがあると、気になってしまうのは、知る為の選択肢を逃したくないが故なのかも知れない。だって、私は《ヒト》では無いのだから。色んな事を知って、早く《ヒト》にならないと、《私》に価値は無いのだもの。)
そんなトリスの想いとは別に、後日、楊先生による特別課外授業は幕を開けるのだった。
☆
わくわくする私達に、揚先生の説明が始まる。
「今回の特別課外授業では、知り合いのレクス(※一般的に、この世界の治安維持機構の様なもの。表社会の情報収集などにも精通している組織・及びその構成員のこと。※)に頼まれての事件の調査、できれば解決が課題だ。3組に分かれて、それぞれの事例に当たってもらう。各組制限時間は20分。解決する必要は無いから、出来るだけ情報を引き出して事件解決の手伝いをして欲しい。勿論、君達は学生なので、事件が解決しなくても、何の問題もない。安心して挑戦して欲しい。」
「先生、それは、ネゴシエイトをする、という事ですか?」
「トリス。いい質問だね。そうしてもいいし、違うアプローチをしてもいい。君達なら、どういう解決方法を選ぶか、それを見せてもらうよ。」
「先生よぉ。3組に分かれるって言うけどよ、俺、アリやレヴィとはやりたくねぇぜ?」
「そう言うと思ってね、先に組分けはしておいたんだ。悩んだけどね。こういう組分けがいいんじゃないかな。一組目。レヴィとクレア。二組目。アルヴィンとリース。三組目。トリスとアリ君。これなら君達は喧嘩をしないだろう?事前にどう動くか、打ち合わせに10分、実際に事に当たるのに10分だ。何か他に質問は?」
一拍置いて、先生は言った。
「無いようだね。それでは、レクスギルドに行こうか。最初の現場はそこだからね。」
にこりと笑う揚先生。その笑顔に、私はそこはかとなく不安を感じた。
☆
一組目。レヴィ&クレア。
「君らには、この事件を担当してもらう。結婚詐欺師の容疑者だ。彼は痴情の縺れであって、詐欺ではないと主張しているんだ。だが、3人の女性から訴えられていてね。 この件の真偽を調べて欲しいんだ。」
「なるほど。分かりましたわ。ところで、先生。レクスで調べた資料などの閲覧は可能なのですか?」
「勿論だよ、レヴィ。その調査も、打ち合わせ時間に含むからね。じゃあ、開始するよ。他のメンバーは、別室でモニターしてるからね。」
そんな訳で、レヴィ&クレアの組の調査がスタートした。
最初の打ち合わせは、モニター出来ない。
10分後、容疑者さんの部屋に入って来た二人。
どうやら、メインで尋問するのがレヴィちゃんで、クレアさんは後ろから腕組みして見ているだけみたいだ。
レヴィちゃんが、何時もの黒い手帳を取り出しながら、容疑者さんの正面に座る。
ちらちらと手帳を見ながら、
「あなたのおっしゃる、痴情の縺れの件ですが…、皆さん、一度にお相手なさっていましたの?」
「あぁ、そうだ。みんな可愛いからな。選べなかったんだ。」
クレアさんが容疑者さんの横に座る。相変わらず腕組みしたまま。脚を組んだので、スリットから綺麗な美脚がさりげなく覗く。
左手で自分の顎に手を添え、
「ふぅん。それから?」
と、とても色っぽく囁いた。
「え?そっそれだけです。」
デレデレと言う容疑者。
そこに、また黒い手帳を眺めていたレヴィちゃんが、淡々と、
「容疑者、タクス氏(仮名)35歳。本名、タクステンド。既婚。被害者A、B、Cに対し、未婚と偽り、関係を迫る。それから変わった性癖をお持ちね。まず…」
と、次々に調べた資料を読み上げていく。
レヴィちゃんが読み上げ終えると、クレアさんが更に脚を組み替え、容疑者の耳元で
「ホント?」
と艶っぽい声で囁いた。
容疑者の理性は此処までだった。
レヴィちゃんの容赦ない資料の読み上げと、クレアさんのお色気の前に、
「すみませんでしたっ。私が悪いので、それ以上は勘弁して下さいっっっ。」
こうして彼は自白した。
☆
「お疲れだったね、二人とも。よくやった。」
「ふぅ。呆気なかったですわ。」
「私は何もしてませんよ?レヴィちゃんの下調べのおかげです。」
「まぁ、そういう事にしておこうか。」
☆
二組目。アルヴィン&リース。
「じゃあ、次。アルヴィン達には、こっちの部屋に来てもらうよ。今度の事件は、犯人が捕まっているんだ。殺人事件なんだけどね。でも、犯人、何も話さないから、事件の詳細が分からないんだ。君達には、事件の詳細を調べて欲しい。」
楊先生の課題に、アルヴィン君達は頷くと、依頼人のレクスのおじさんに、彼は早速要求した。
「レクスのおっちゃん、現場調査は出来るのか?もしくは、調査資料を見たいんだけど。」
「あぁ、これが資料だ。現場はここから300m向こうにある。」
「リースぅ、資料読むの任せた。俺は急いで現場を見てくる。」
そして10分後。監獄の面会室。アルヴィン君とリースさんはそこにいた。私達は別室でモニター越しにその様子を見ている。
犯人さんは女性。20代半ばくらいの浅黒い肌の美女。キツイ一重の瞳が印象的だ。
アルヴィン君がメインで話す様だ。
「なぁ。調書を読むと、あんたが《現場で被害者の血の着いたナイフを持っていた》ってあるんだけど、間違いないか?」
「…。」
「まぁ、話さないなら、それでもいいんだけどよ。」
アルヴィン君は頭をポリポリとかきながら続ける。
「俺さ、現場を見てきたんだよ。それでさ、ちょっと違和感があるっていうかさ。調書と違うんじゃねぇかと思う所があるんだよ。答えなくてもいいからさ、聞いててくれねぇかな。」
「…。」
「その沈黙は肯定とみなすな。じゃあ、話すけど、あんたさ、ホントは殺してねぇんじゃねぇの?」
モニターの向こうで驚愕する私達。
(ド直球!!アルヴィン君、何を言い出しやがりますか!?正気!!!?)
モニター越しにびっくりしている私を置いて、アルヴィン君の語りは続く。
「殺されてた奴さ、あんたの体格じゃ、凶器のナイフだと致命傷にならねぇはずなんだ。じゃあ、『誰かを庇って』、話さないんじゃねぇかと思うんだけど、違うか?」
「…。」
「言うわけないよな。で、リースに頼んで調べて貰ったんだけどさ、あんた、恋人がいたんだって?」
「なっ…。」
そこで、初めて女性の顔色が変わる。
「ふぅん。やっぱ替え玉かぁ。被害者は、あんたにしつこく言い寄ってきた男で、犯人は、あんたの恋人。で、あんたは恋人の身代わりで捕まった、と。」
「!?なっ、何故それが解った!?」
目を見開いて、女性は声を荒らげる。
「ん~…勘?」
やる気のなさそうな態度で、ぽつりと一言。
彼の態度に苛立ったらしい容疑者さんは、大人しかった態度を一変させた。
「はっ。勘、ね。その勘に何の意味があるってのさ?」
言い逃れ様とする犯人のテンプレートな言動で、アルヴィン君を追い詰めようと口だけでも抵抗をみせる。
なのに、アルヴィン君は。
「ん?俺は俺の勘に自信を持ってるだけだぜ?現に、あんたは取り乱した。それが証拠じゃねぇかな。」
のらりくらりと、いつも通りの飄々とした態度で受け流す。
更に苛立つ容疑者さん。
「っく…。もし、それが仮に本当だったとして、あたしはあの人が何処にいるかは言わないわよ。」
キッと、アルヴィン君を睨む容疑者さん。そんな視線なんて意にも介せず、アルヴィン君は続ける。
「構わねぇよ。俺らの課題は、この事件の詳細を調べる事で、犯人を捕まえるのは、レクスギルドの仕事だからな。リース、後はレクスのおっちゃんに任せて、行こうぜ。」
アルヴィン君は、一貫して、この尋問が授業の一環だと割り切って行動していた。
普段のふざけた態度で見えにくいが、アルヴィン君は、賢い。そして、割りと冷静な状況判断をする。それが見事に現れた行動だった。
こんな風に、アルヴィン君とリースさんは課題を見事クリアした。
☆
三組目。トリス&アリ。
いよいよ、私達の番だ。ドキドキする緊張感に打ち震えながら、楊先生からの指示を待つ。
「君達は、ちょっと場所を変えるよ。実は今、人質を捕っての立て篭もり事件が起きてるんだけどね。その交渉をしてもらいたいんだよ。詳しく言うとね、人質の解放を目的とした事件の解決を図って欲しいんだ。」
場所を変える、と聞いて、私はちょっと考えた。事件が現在進行形であることに加えて、課外授業が始まってから、中々な時間が経過している。
きゅるきゅると鳴る私のお腹はそろそろ限界に近い。更に、秋も深まってきた夕方の今、寒さがじんわりと身に染みる。
そんな自分の状況と、今尚、進行形で事件に巻き込まれている人質の状況と、事件を起こしている犯人達の状況を比べながら、足りない頭で考える。
暖かいご飯と飲み物、それから防寒具。
安心出来る状況は、相手とお話しする時の潤滑油足り得るのでは無いか、と。そして、あわよくば、私の空腹も満たせるのではないか、と。
「先生、移動中に軽食、そうですね。サンドウィッチの盛り合わせと暖かい飲み物等を調達してもいいですか?」
私は聞いた。一見、無駄に見えるかも知れないけれど、相手の警戒を和らげ、懐に入り込むには、食べ物の力は有効だと思うのだ。という体で。
「それは構わないよ。」
「ありがとうございます。」
楊先生にお礼を言って、私は、道中、必要だと思うものを手に入れた。それらを籠に詰めて手に持つ。
そこで、今まで黙って様子を見ていたアリ君が口を開いた。
「それで、お前はどうするんだ、トリス。」
腕を組ながら、見下ろしてくるアリ君。彼の頭には、私なんかよりもよっぽど理に叶った、効果的で効率的な、犯人の捕獲方法が、幾つもあるんだろうな、と思いながら、
「えっと、ネゴシエイト、をしてみようかと思うんです。人質の無事な解放に焦点を絞ってお話をしてもらおうかなって思ってます。」
そう言った。そして、アリ君を見上げて、
「アリ君、フォローをお願いします。上手く行かなかったらごめんなさい。」
と言うと、通信機の片方をアリ君に渡して、返事も聞かずに、犯人さん達の立て篭もっている小屋に走っていった。
コンコンコン。
礼儀作法に則り、三回ノックをする。二回は、ご不浄の時のノックなので、今回は三回。
犯人さんにこの違いが判っているかは判らないけれど、敵意が無い事が伝われば、それでいい。要は、犯人達と穏便にお話しがしたいという、私の気持ちの問題。
「今日は。すみません。私、ボーグワース総合大学の学生で、トリスティーファ・ラスティンと言います。こちらに立て篭もり犯の方がいらっしゃるとお聞きしました。お腹が空いているのではと思いまして、軽食の差し入れを持って来たのですが、入れて頂く訳には参りませんか?」
パキュンパキュンパキュン。
雷の杖(発明人(※ここでは職業名)が作る筒状の武器。撃つと火が出る。)が火を噴く。
だが、消滅願望のある私には怖いものではない。
消えてしまえるならば、それはそれで好都合だからだ。
それに、
「素晴らしい武器ですね。私はその武器にも興味があります。私の武器は置いていきますから、入れていただけませんか?」
個人的に、武器にも興味が沸いた。
「変な奴だな。まぁいい。腹も減ってるし、入れ。」
「ありがとうございます。食べ物を渡す前に提案なのですが、私と人質お二人を交換して頂く訳には参りませんか?彼女達、疲れていると思うんです。」
「ますます持って変な奴だな。俺らがお前を撃ったらどうするんだよ。」
「えっと、その時はレクスの方々が踏み込んできます。実は通信機で相棒と通じてます。ごめんなさい。それもあって、彼女らと私の身柄を交換して貰えると嬉しいです。」
「仕方ない。お前のアホに付き合ってやろう。」
犯人さんは、そう言って、人質を解放してくれた。
私は、フワフワのサンドウィッチと熱々の鳥の串焼き、そして爽やかな紅茶の準備をしながら聞いた。
「えっと、お話をするにあたり、貴方の事を何とお呼びすればいいのですか?」
「ジョン スミスだ。」
奇しくもその名は、親しくさせて貰っている経済学の先生と同姓同名だった。私はこの偶然に、なんだか、急に親近感をもってしまう。
※因みに、後で聞いたのだが、《ジョン スミス》という名は、偽名の代名詞らしい。私は知らなかったので、呼び名を教えて貰えた事に嬉しくなった。※
「ジョンさんですね?分かりました。」
ニコニコしながら、お茶を差し出した。
「お茶です。毒物等は入ってませんよ。」
それぞれの食料を私が率先して食べてから、彼らに差し出した。
「ジョンさんは、何故立て篭もりなんかしてるんですか?何か理由があるんですよね。」
ジョンさんはお茶を飲みながら、白けた目で私を見た。
「言うわけ無いだろ。」
「そうですよね。すみません。」
焼きたての香ばしい匂いの漂う鶏肉にかぶりつく。
「うん。香ばしくて美味しいですね。ところで、強奪したものが玩具ばかりだと伺っています。どなたかに贈るんですか?」
ジョンさんも盛大に肉にかぶり付きながら、
「っせぇなぁ。てめぇには関係無いだろ。」
と答えてくれた。
つまり、読みは当たっているわけだ。
「はい。そうですよね。本当にすみません。」
今度はサンドウィッチにかぶりつく。マスタードの効いた鴨肉とレタスのサンドウィッチだ。フワフワのパンとシャキッとしたレタスの歯ごたえ、そして鴨肉とマスタードのハーモニーが口の中でマッチする。交渉とかどうでもよくなるくらい美味しい。
「このサンドウィッチ、絶品ですよ。ジョンさんっ。食べてみてくださいっ。」
ぺしぺしとジョンさんの腕を叩きながら、感情の赴くままにオススメしてみる。この味を一人占めとか有り得ない!「美味しい」は共有せねば!!!
「お前、何でそんなに嬉しそうなんだよ。命掴まれてる人質だろうがっ。」
鬱陶しそうに腕を払われる。残念。
「だって、美味しいお料理は誰かと一緒に味わった方が美味しいんですもの。貴方がたにも一緒に食べてみて欲しくなっちゃったんですよ。」
ぶすっとしてもしょもしょと自分のサンドイッチにかぶりつくと、諦めたみたいな態度でジョンさんはサンドイッチを一つ、齧ってくれた。
「確かに、このサンドウィッチは旨いな。しゃくだけどよ。」
彼はそのまま、もぐもぐと差し入れを召し上がってくれた。その様子を見て、相手の気がちょっとだけ緩んだみたいなので、聞いてみることにした。
「あの、ですね。私、武器大好きなんです。先程の雷の杖、素晴らしいですね。見せて貰う訳にはいきませんか?」
にへへっと笑って、ジョンさんを見やる。
「それが俺らの何の得になるんだよ。」
怪訝な顔で返された。
キリッと、真顔で答える。
「完全に私の趣味です。」
呆気にとられた様で、肩を竦めた後、
「仕方ねぇなぁ。」
と、彼らは、私に雷の杖を突き付けながらも、一つ見せてくれた。思った通り、素晴らしく手入れの行き届いた武器だった。こんなに自分の得物を大事に扱える人は、自分なりの信念を持っている人である。ヒトの心には鈍いが、武器に対する持ち主の人柄なら、何となく判る。手早く、ジョンさんが最適に使い易い様にと調整とお手入れをした私は、武器にうっとりしながら、すぐに雷の杖を返した。
「もういいのか?…なぁ、お嬢ちゃん。俺らを撃つって選択肢もあったはずだが、なぜ撃たなかった?」
良い武器に触れられて満足満足~♪とか悦っていたら、全く考えても居なかった事を指摘されて、びっくりした。
そうか、そういうヒトも居るのか。
私の知らないヒトの感情の動き。
ちょっと学んだ。でも。
「え?考えもしませんでした。撃たれたら痛いですから、人と争ったりするのは嫌いなんです。」
えへへ、と照れ笑いしながら答えたら、犯人さんは、呆れながら言った。
「拍子抜けする嬢ちゃんだな。」
そうだろうか?私は私のしたいことを、素直に実行しているだけなんだけど。
「あの、立て篭もっているって事は、要求があるんですよね。その要求って何ですか?」
大量の玩具の窃盗と、人質をとっての立て籠り。これ以上の情報を持っていない私は、素直に疑問をぶつける事にした。
「当然、安全に追われず逃げる事だよ。」
何だコイツ、という顔で返された。
私が知りたかったのは、動機、なんだけど、私の聞き方が悪かったのか、教えて貰えなかった。いや、聞き出すに至らなかった。
彼等の抱える根本的な問題の解決をしたかったのだが、人間社会初心者の私には、これ以上の会話は難しかった。
彼等が、邪心によってこんな事をしているとは、私には、到底思えなかった。
だから。
「私、貴方がたがレクスに捕まってしまうのは、何だか嫌です。雷の杖を見せてくれた事にしても、ここまでの応対にしても、貴方がたが悪い人に思えないんです。」
自分の感じている事を話してみる。
「ふぅ。」
ジョンさんが何か言おうとした時だった。
ピロロロロッ
通信機が鳴った。
残念ながら、届かなかった様だ。アリ君からの、時間切れの、通告だった。
「トリス、時間だ。犯人達にこう伝えろ。」
アリ君から通信で指示をもらってしまった。
学生である私では、これ以上、この事件に関わる権限を持たない。
目の前の彼等の役には、立てない。
心底悔しい気持ちを圧し殺して、謝罪する。
「すみません。ジョンさん。時間切れのようです。実は、私達、課外授業でここに来た学生なんです。なので、最後までお話が聞けそうにありません。ですから、私は帰らないといけません。代わりに、無事逃げれる様に、レクスと交渉します。それでどうでしょう?」
苦し紛れの、約束を持ち掛ける。
「無事に逃がしてくれるなら、かまわねぇぜ。」
ジョンさんはそうおっしゃってくれたが、私としては、もっとちゃんと話したい気持ちでいっぱいだった。
捕縛とか、殺害とか、そんなんじゃなくて。
もっとちゃんとした解決が、あったはずなのに。
私はそれを掴み取れなかった。
約束を書面に認めて、二通用意すると、一つをジョンさんに、もう一つをレクスに提出した。
☆
そうして、私達の組は終わった。
しかし、もっと色々できる事があったんじゃないかと、後悔でいっぱいだった。
「アリ君、すみませんでした。私の力不足で、上手くいきませんでした。アリ君に頼る事も出来た筈なのに、勝手に暴走して。犯人さんにも、アリ君にも、レクスにも。私、迷惑しか、かけていません。ごめんなさい。」
ポロポロと涙がこぼれる。良く判らないモヤモヤした感情の渦に、訳がわからなくなる。
ふぅ。
と、溜め息をついたアリ君が、
「良くやったんじゃないか?少なくとも、私では交渉は無理だからな。」
と、頭をぽんぽんと撫でてくれたのが、印象的だった。
☆
「皆、お疲れだったね。三組とも、個性が現れてて面白かったよ。」
揚先生が言う。
確かに、私は失敗してしまったけれど、レヴィちゃん達も、アルヴィン君達も、事件を解決する手法が素晴らしかったと思う。
私には真似の出来ない手段だ。
「トリス。君は落ち込んでいるけど、君の真似は他の人には出来ない手法だよ。私には考えつかなかった。もっと時間があれば、君の思惑は上手くいったかも知れないね。」
揚先生に励まされた。
自信は無いが、誰も傷つかない、そんな解決策がとれる様になりたいと思った。
☆
大学に戻ったわたしは。
グリーンヒル先生の所に来ていた。
ぐすんっ。ぐすんっ。
溢れる涙が止められないまま、
「…と言うわけなんです。先生、私は自分が恥ずかしいです。皆に顔向けできません。」
今回の顛末を話す。
グリーンヒル先生は、何時もの様に、諭す様に話して聞かせてくれた。
「トリス、よぉく聞け。揚も言っていたと思うが、お前の判断はお前にしか出来ん。苦しくても、自分を信じてやれ。今はまだ難しいかもしれんがな。お前の他にお前はおらんのだ。」
フワフワでモコモコな先生の羽毛。生命活動をする獣特有の、暖かくて落ち着く毛皮。
それらに包まれながらの、優しい、グリーンヒル先生の励まし。
その、優しさに、なんだか今日は素直になれなかった。
私の心に渦巻く悩みは、尚も痛みを増していく。
(先生、『私』の他に、『私の躯の持ち主』がいるはずだったんです。『私』は『私』でなくてもいいんです。ごめんなさい。『私』のハズだった貴女。ごめんなさい。こんな『私』が、貴女の身体を使ってて、ごめんなさい。存在ごと、『私』が居なければ、貴女であれば、良かったのに。存在してて、ごめんなさい。)
言葉に出来ず、しゃくりあげるトリス。そんな彼女を、グリーンヒル先生はそれ以上何も言わず、そのふかふかの羽毛の下に置いておいてくれるのだった。
分ければ良かったかもだけど、一話に詰め込みたかったんです。