私は失敗をした
ジャンルが書いてる自分でもわからんのでヒューマンドラマにしました(てきとう)
綺麗だった庭が燃えている。
庭だけではない。屋敷の至るところから火の手が上がっている。
火を放ったのは平民たち。領主の暴虐に対し、怒りと武器を持って立ち上がった者たちだ。
屋敷を囲んでいた石垣は至るところが崩され庭に残骸が転がっている。
警備の兵はすでに逃げたか殺されて彼らを阻むものなどなにもない。
怒り狂った民衆に混じって鎧を着けた兵士の姿も見える。屋敷の襲撃が平民の暴動ではなく入念に準備されたものであることが察せられた。
でも、そんなことはどうでもいい。結局のところこれは自業自得。燃える屋敷の一室からその様子を眺めながら私はため息を吐いた。
「あーあ、間に合わなかった・・・」
私は悪徳貴族の娘として生を受けた転生者であった。
父は必要以上に領民から搾取し贅沢に溺れた。
母は浪費家で毎日のようにドレスや宝石を買い求めた。
そんな両親の元に集った使用人は両親からのおこぼれを貰おうとするような人がほとんどだった。
そして私はそんな彼らに蝶よ花よと可愛がられたくさんの高価な物を与えられてきた。
だから私たちは民にとって自分達の生活を、人生を脅かす敵なのだ。
一応言っておくと私だってこうなるのをただ座して待っていたわけじゃない。
前世の記憶があるがためか民衆から向けられる敵意や憎しみに気づけた私は必死で生き残る術を模索した。
だけど私はどこまでいっても無知な箱入り娘だった。
それでも諦めず屋敷の善良な使用人たちや街に住む僅かな協力者たちと努力した。
たくさん勉強をしてたくさんの本を読んだ。
何日も何日も協力者たちと話し合いを重ねてこの街にためになることを考えた。
時には身分を隠して教えを乞い、前世の知識で使えるものは全部使った。
だけど、その努力が実を結ぶ前にこの日がやってきてしまった。結局のところ、時間が足りなかったのだ。きっと私が産まれた時点で手遅れだったのだろう。
書き終えた日記を閉じる。
これは遺言のようなものだ。屋敷が燃えている以上これが残るとは思えないがまあ、運が良ければ燃え残るだろう。
遺言といっても大したものではない。日記の最後にほんの数行メッセージを書いただけだ。
「約束、守れなかったな」
自分は悪くないと言うつもりもない。
なぜならこれは当然の末路だからだ。
死にたくないとも言うつもりはない。
なぜならこうすることでしか償えないのだと知っているから。
だけど、ただ謝りたかった。私の自分勝手なわがままに巻き込んで未来を夢見させたくせに、こうして勝手に死んでしまうことを謝りたかった。
音が大きくなった。どうやら終わりがすぐそこまできているらしい。
なにかが壊れる音がした。誰かの悲鳴が聞こえた。
遠慮のない足音、金属がぶつかる音、なにかが倒れる音。どんどん近づいてくる。
日記を本棚に入れて扉のほうを向く。覚悟はできていた。あとは精一杯見栄を張るだけだ。
そして数秒後、四人の兵士と共に一人の男が姿を現した。
おそらく彼が指揮官、少なくとも偉い立場にいることは間違いない。
銀髪に鋭い眼、身に纏う空気はまるで獣のよう。身に着けた鎧は返り血に染まり、手に持った剣も真新しい血で濡れている。
そした私を見る目には深い憎悪が宿っていた。きっとこの人も私たちに人生を狂わされた一人なのだろう。だけど私は殺されてやる以上にこいつらの心に寄り添ってやる気はなかった。
「シャルア・ウォルコットだな」
「ええ、そうよ。 それで押し込み強盗がなんの用かしら。 ・・・なあにその顔、なにかご不満? 人の家に武器を持って上がり込んでるんだから似たようなものじゃない」
「口は達者だな。 お前は両親のように惨めに逃げ回ったり命乞いはしないのか?」
「あら、そちらのほうがお好み? お生憎様。 私は貴族ですもの。 どれだけ醜悪だろうとも、どれだけ愚かだろうとも、私は貴族であることを最後までやめないわ」
「這いつくばって命乞いをすれば助けることも考えてやらんでもないぞ?」
「丸腰の女相手に剣を振りかざして勝ち誇ってるの? 貴方性格が悪いのね。 それに少し考えれば私を生かせば不味いのはわかるでしょう? あなた頭も悪いのね」
男は苛立ちを隠さずに私の首に剣を当てる。それで泣きわめくとでも思ったのか。それは残念。恐ろしくないわけではない。だけど私を殺す相手に弱みなど見せたくなかった。
怯えた様子を見せない私に眉をひそめたが男は舌打ちを一つして剣を振り上げた。
「強情な女だ。 その気概に免じて苦しまずに殺してやる」
「あら、優しいとこもあるのね。 そうしてればきっとモテるわよ」
「囀ずるな。 なぶられたいのか」
「それは嫌ね。それじゃ大人しくあなたたちがうまくやれるか地獄から見守ってあげるわ」
「いらん」
男は剣を振り下ろし、私は、シャルア・ウォルコットは終わりを迎えた。
あまりにもあっさりと。痛みは感じなかった。
そうして終わったはずだったのに。
どういう因果なのか私はこの世界に再び生まれ落ちた。
三度目の人生。前は貴族の令嬢だったけど今度は商人の娘、ホリィとして生きることになった。
少なくとも前の人生よりは気楽に生きられたけど私はずっと心に引っ掛かっているものがあった。
それは昔の私が暮らした街がどうなっているか。
エルオリスという名の比較的大きな街だった。悪い貴族に搾取されていて、革命によって自由を得たはずの街。
普通に考えれば悪行の限りを尽くした領主たちは倒され、新しく心優しい領主を迎えた街は繁栄しました、というのが王道だ。
だけどこの世界で遠い土地のことを知るには流れてくる噂話を聞くしかないというのもあって今あの街がどうなっているか知ることができていない。
・・・いやこれは言い訳だ。どれだけ離れていようが街の名を出して聞けばいつかは知っている人が見つかるはずなのだ。なのにそれをしていないのは・・・私が未だにあの街に対して複雑な感情を抱いているからだ。
一度は良い街に、みんなが幸せになれるよう努力した街。だけどその努力は実る前にシャルアは殺された。
良くしていこうと思った街の人々に。
しょうがないこと、と思いはしても感情全てで納得できているわけではない。
共に頑張った人たちが今どうなっているか気にはなる。だけどもシャルアを殺した人たちがどうなっているかは、知りたくもない。
そんな複雑な感情を抱いたまま十五年も経ってしまった。そんな風にいつまでも踏ん切りはつかない私に転機が訪れるのだった。
私の今の家族は商人といっても旅商人というやつだ。でも普通の旅商人とはちょっと違う。
普通の旅商人は根なし草が多いのだが私たちには実家となる大きな商会が存在する。私の両親はその商会から援助を受けつつ隊商を率いていろんなところで商売をするのだ。こうしてみると旅商人というよりも出張営業をしていると言ったほうがしっくりくる。
そんなある日隊商に大きな仕事が入り、私は両親に呼び出された。
「大きな仕事を頼まれたのは知っているかい?」
父さんがいつものような優しげで、その実強かな笑みを浮かべて私に尋ねた。
「聞いたけど詳しいことは知らないわ」
「そうか。 じゃあ説明するけど今回の仕事は商会直々の依頼でね。 今までほとんど手付かずだった北方山脈の麓の町まで販路を広げるのが目的なんだ」
「責任重大じゃない。 あの厳しいおじいちゃんが父さんに任せたの?」
私の脳裏に商売のこととなれば孫娘にもシビアになる祖父の顔が浮かぶ。
「お父さん頑張ってたからね。 おじいちゃんも認めてくれたのよ」
「それにしても北、ね・・・。 なにか今のうちに用意したほうがいいのとかあるかしら」
少なくとも厚手の服は何着も必要になるだろう。ほかにも手袋や靴下も・・・。
そう考えを巡らせる私に母さんが水を差した。
「それなんだけどね、ホリィは今回留守番していてほしいのよ」
「・・・私になにか失敗をしたかしら」
「そういうわけじゃないわ。 ホリィ」
「じゃあなんで・・・」
「いいかい? ホリィはとても良く働いてるよ。 正直もう僕たちの元を離れて独立したっていいくらいさ。 だけどねホリィ、北方は険しいんだ。 一年のほとんど雪が降ってるしね。 はっきり言って今のホリィの体力じゃ厳しい」
「う・・・」
悔しいけど長い間隊商を率いてきた父さんの見立ては正しいのだろう。
昔よりもずっと体も丈夫だし体力もあると思っているけどそれはあくまで箱入り娘だった時と比べてだ。
本当なら隊商はもっと早いペースで旅ができるはずだった。それをしないのは私のペースに合わせているからなのは薄々気づいていた。
「なら、私はその間どうすれば? 」
「それなんだけど父さんには弟がいてね。 アレンって名前なんだけど、アレンの家で預かってもらうと思うんだ」
「つまり私の叔父さん・・・? 初耳だけど」
「うん。 ホリィには言ったことなかったからね。 というのも最近までアレンは家と関わりを絶っていてね」
「そうなの、なんで?」
「駆け落ちしたんだよ。 どうしても好きな人との結婚を認めてもらえなくてね。 その頃は商会もなりふり構わず地形を拡大しようとしてたから・・・」
「私たちは運が良かったわ。 互いに恋を知らずに出会って、結婚してからゆっくり愛を育めたんだから」
政略結婚のようなものだろうか。商人にも商人の苦労があるらしい。
「まああれから十数年経ってようやくお互いに頭が冷えたらしくてついこの間和解したんだ。 アレンから連絡がきたときはびっくりしたよ」
「連絡って父さん、叔父さんがどうしてるか知ってたんじゃ・・・」
「もともとこっそり連絡はとってたからね。これで普通に兄弟付き合いできる」
そう笑う父さんからは商人らしい強かさが感じられる。
「そういうわけでねホリィ、あなたにとっては急な話になってしまうけど叔父さんの家でしばらく過ごしてほしいの。 大丈夫よ、叔父さんの奥さんも良い方だし、今年で10歳になる娘もいるのよ。 きっと仲良くなれるわ」
「もう、わかったわよ。 父さんたちが帰ってくるまではお世話になればいいんでしょ? それで叔父さんはどこに住んでるの」
「エルオリスって街だ」
スッと心が冷えた。私は今不自然じゃないだろうか。まだ笑えているだろうか。
「昔大きな反乱があって騒がれたものだけど今じゃパッとしない街なんだ。 だからこそ余所から来たアレンたちを受け入れられたんだろうけど」
「でも街の人も大変よね。 あんなに血が流れたのに後釜の領主が・・・」
「滅多なことを言うものじゃないよ。 悪人ではないのだから」
両親がその街のことを話しているがもう私は話を聞いていなかった。
私は知っていた。その街のことを。
私は知っていた。その革命のことを。
私は知っていた。流された血のことを。
だって私はそこで死んだのだから。
それから半月もしないうちに私はかつて暮らした街に足を踏みいれた。
両親は叔父のアレンを私に紹介すると早々に隊商を率いて北に向かって出発してしまった。かなり予定が押していたらしい。
そのまま叔父さんの家族に紹介された私だが運悪く忙しいという叔父さんと奥さんに気を使い、街をぶらつくことにした。一家と仲を深めるのは夜になってからでいいだろう。
久しぶりに見た街はほとんど変わっていなかった。とはいえ昔は自由に出歩ける身ではなくていろんな所に出歩いていたわけではないので迷わないよう大通りから外れないように歩いた。
こうして見る街は贔屓目にみても豊かになったようには見えない。
なぜだろう、搾取をしてくる悪い貴族はもういないはずなのに。
しばらく並ぶ店をひやかしながら歩いていると見覚えがある一角に出た。
ここは、覚えている。前に来たことがあった。右の路地に入った先に小さな空き地があって子供たちがよくそこで遊んでいた。
懐かしくなってそちらに足を向けようとして、そこで大声で呼び止められた。
「ちょっと貴女そっちに行かないほうがいいよ! 戻ってきな!」
私を引き留めたのは店番をしていた女性だった。
「なんでしょうか?」
「『なんでしょうか?』じゃないよ、その先はスラムだよ! 貴女みたいなのか足踏み入れたら無事じゃ済まないよ!」
正直とても驚いた。スラム、つまりは貧民街。そんなものがこの街にできていたなんて。
「スラムが・・・できたんですね」
「ん? 貴女この街に来たことあるのかい?」
「いえ・・・初めてです。 前はなかったと話に、聞いたことあるだけで」
「なら良かったよ。ここ数年で一層寂れちまって、昔を知ってたらがっかりするだけだからね。 領主さまもどうにも頼りないしさ」
女性が領主と口にした時、僅かに声に嫌悪が滲んでいた。かつての領主の所業が未だに憎まれているのだろう。だけどそれがなぜ今の領主にまで及んでいるのだろう。
「・・・今の領主さまは、前のに比べたらどうですか?」
「前の領主を知ってるのかい? 若いのによく知ってるね」
「あ、いえ、話に聞いただけですが・・・」
女性は少し考えると声を少し潜めて語りだした。
「前の領主のことはあたしもよく知っているわけじゃない。 当時はあたしはまだ子供だったからね。 でも父さん・・・両親から良い話を聞いたことはなかったよ」
恨まれて当然だ。それだけのことを私たちは、ウォルコットはしてきたのだ。
「でもね、昔は今と違って希望はあったんだよ」
弾かれたように顔をあげる。嫌な予感がした。
「知ってるかい? シャルア様・・・前の領主の娘なんだけど。 あの頃は私の両親も、みんな口に出さなかったけどあの方に期待してたんだってさ。 希望だったんだ」
「あ・・・」
「貴族なのに威張らないで、私ら平民の目を見て話して、一緒に楽しげに笑って。 しまいにゃ平民相手に頭を下げたりもしたんだってさ。 貴族がだよ? 信じられるかい?」
何も言えない。ただ、彼女の言葉を聞いていることしかできない。
「あたしも子供の頃に一回だけシャルア様に遊んでもらったことがあってね。礼儀も知らない子供が相手だってのにいつもニコニコしてて・・・ お綺麗な人だった。 私らはみんなあの方に憧れてたもんさ」
たしかに、何度か子供たちと遊んだことがあった。しつこくねだられたのと遊んであげれば馴染み易いかなという打算半分だったのだけれど、まさかこんな・・・。
「今は辛くてもシャルア様がいるならこの街はきっと良くなる・・・みんなそう思ってたけど、その後の革命でね・・・。 もう会えないって聞かされた時はほんとに悲しかったもんさ・・・」
吐き気が込み上げる。
その独白は私が眼を逸らし続けてきたものを眼前に突き付けられた。
あの時はもう死ぬしかなかったのに、そうするべきだったのに。
そう信じていたのに。
「父さんは言ってたよ。 『革命で希望を潰しちまった。 俺たちが殺しちまったんだ』ってね。 そのせいかね、元気なくなっちまって私が嫁に行く少し前に病気でぽっくりさ」
なのにシャルアが死んだせいで悲しんだ人がいる。不幸になった人がいる。
「ちょっと、大丈夫かい? 顔色悪いよ? すまないね、変な話聞かせちまって」
「大丈夫、です。 ごめんなさい、もう行きますので・・・」
堪えきれず走り出す。
ああ、私は失敗をしたんだ。何一つうまくいっていなかった。
私の失敗は死んで終わりじゃなかった。私は死んだ後でさえも失敗をしていた。
なにもかも、なにもかも間違っていたんだ。
気がつけば私は街外れの小高い丘の上にいた。
ここも覚えている。何週間も粘ってようやく、初めて街の人たちの協力を得られた日に連れてきてもらった場所だった。
ここから街を眺めながら街を守ろう、豊かな所にしようと約束をした。
だけど今見える街は昔よりも寂れ、色褪せて見えた。
彼らに対しても、街に対してと私にできることはない。今までの人生すべてで培った知識がもう手遅れだと告げている。
この街はもう立ち直れない。少なくとも今の私の立場では、知識では救うことができない。
20年前なら、貴族であるシャルアだった頃の私ならなんとかなったかもしれない。あの時、最後までやりとげていればなにかが変わっていたかも知れない。
だけど今の私は一介の商人の娘でしかなく、街は磨耗しきっていた。
そんな街を前にしても今の私は泣くことしかできなかった。
(せめて、終わりまで見届けよう)
ひとしきり泣いたあとそう思った。
これは自分勝手な義務感。私のせいで滅びる街への贖罪の押し付け。
(それでも──見届けるべきだと思うから)
これは誰も救われない物語。
終わりゆく街を見ていることしかできなかった私の罪の記録だ。
久しぶりの投稿ですがこんな内容です。リハビリにしては重い。
なおこの作品はもともと中編で書こうとした内容を短くさらっと書いたものです。なので描写不足だったり書ききれなかったものがありますがそれはいずれ書く完全版で書きます(予定)