第96話 右車線にはいくつかあった
会計を済まし吉井が外に出ると、先に店外に出ていたみきが店の前に置いてあった椅子に座っていた。
「あ、吉井さん。タクシーちょっと遅れてるみたいなんで少し話でもしましょう」
「なんでタクシー? は今後の展開を見て使うから置いとくよ。しかしどうせなら店で待てばよかったのに。あっついんだし」
「まあまあ、いいじゃないですか。夏を感じるのも。だって夏なんですから」
吉井はみきの横に腰掛け端末を取り出した。
2時かあ、今日何するかなあ。ゲーミングPCとやらを買ってみようと思ってたんだけど。やっぱり大き目の家電量販店に、いやそれとも専門店のほうが。吉井がいくつか店舗を検索していると、みきが吉井の右手を掴んだ。
「ねえ、少し話でもって言ってるじゃないですか!」
「ああ、ごめん。さっきも散々したからな。いいよ、何?」
「これ観て下さい」
みきは自分の端末の画面を無理やり吉井の視界に入れる。
画面にはコンビニ内で店員と思われる人物が、こちら側に端末を向けている映像が流れていた。
「なにこれ?」
「2番目のそろばん教室の近くにわたしがレギュラーで使ってるコンビニがあるんですけど、その店員が妙にわたしを見てくるんですよねえ。この前なんて明らかに動画撮ってたから、こっちも撮り返したんです。それがこれです」
ふーん。レギュラーで使ってるコンビニねえ。吉井が画面から目を逸らすと、「もう1回観ておきましょう」と15秒程の動画をみきが最初から再生した。
「えー、もういいって。これがどうしたんだよ。なんか思い当たることはあんの?」
「すいません。ここは冗談抜きで言わせてもらうんですけど。ほら、あんまりわたし言わないじゃないですか。自分の容姿のこと」
「まあ、そうだな。というか大体の人は言わんよ」
「ほんとすいません。ほんと言いたくないんですけど、わたしが若干その、ねえ。わかるじゃないですか。見た目としては割と、っていうか」
「あー、そのやり取りかあ。きみその辺嫌うと思ってたんだけどな」
「あ、そうですよね。うん、すいません」
みきは端末を膝に置いて吉井に頭を下げた。
「で、気を取り直して進めます。わたしの実家、つまり以前わたしが住んでたマンションにも割と近いんですよ。だから偽も行ってる可能性があるのです。だから店員が、あれー? 何か似てる人見たことあるなあ? でも髪型が違うなあ? なんでえ? ってなったか、お金何回も限度額まで引き出したりしたこともあったので、あれ? 前もガンガン出してなかったか? こいつ見かけによらず金持ってんのかあ?みたいな感じで気になったのかなって。そういうの見てる店員もいるみたいだし」
「いいんじゃない。理由としてはどっちもありだと思うよ。でも、ちょっといい? タクシー呼んでる件も含めてさ。さっき店内の会話では言わなかったけど、まあそれはいい。おれの責任でもある。だがおれは今きみにいくつか言いたいことが」
「ああ、ツッコミですか? いいですけど、言ってて悦に入るのは気持ち悪いから止めて下さいよ。それにいきなりテンション高くなって声を張る人いますけど、まじで迷惑なんですよ。こっちは毎回モニターのボリューム調整しんどいんですから」
いや、それを先に言われたらなんにも……。吉井は口をつぐんで左手で右手首を強く握りしめた。
「なあ、これはフリなのか?なにかの」
気を紛らわすため吉井は額の汗を指で拭う仕草を2度行った。
「え? フリ? あ、タクシー来ましたんで終わりましょう」
みきはたったったと道路に向かい、ドアが開いた後部座席に座りながら吉井をちらりと見る。
「ねえ、吉井さん。これでフリなら人生全部フリですよ」
ドアが閉まりみきを乗せたタクシーはウインカーを出した後、発車した。
人生全部フリか、そういう考え方もあるな。さてゲーミングPCを探しに行こう。吉井は他の家電にも興味があったので、チェックしていた量販店に歩いて向かった。
やっちまったな、おれは確実に狂ってきている。
午後19時過ぎ、びっくりドンキーに入った吉井は、家電量販店で買った品物の領収書をテーブルに並べて置き、ビールを飲みながらチーズバーグディッシュの300gとびっくりフライドポテトを待っていた。
モニターとか諸々込みとはいえ全部で47万って……。さすがにやりすぎだわ。なんとなくの買い物で使う金額じゃねえ。PCだって違いもわからないどころか、使う予定も特にないのに、eスポーツでちょっとって変な見栄まで。まあいい、eスポーツまではいい。その後なんだよ。
「友達も持ってる」「友達に勧められて」「友達が言うには」「友達に聞いてみようかな」「友達が使ってるのはわからない」「友達と一緒じゃなくてもいい」「でも友達のはそこまで高くない」「友達は椅子も持ってた」「友達は急がなくてもいいって言ってた」
おれどんだけ友達って言ってんだ。戻って来てから会ってないだけに余計きつい。それになんとなく居酒屋よりは節約と思ってびっくりドンキー入ったけど、すでに2,000円超えてるし。1人びっくりドンキーで使う金額ではないんだよ。
失意のうちにいた吉井は、運ばれてきたハンバーグを一口食べびっくりした。
なんだこれ! 久々に食べたらうますぎる、びっくりしたわ!
吉井はそのまま黙々とハンバーグとポテトを食べ、びっくりした代償だ、これはしょうがない。と自分を納得させビールを追加で注文した。
へえ、横浜にもこんなところあるんだなあ。
びっくりドンキーを出た吉井は、目的もなく繁華街まで歩いた。そして興味本位で大きな通りからスッと路地に入ると、人がすれ違える程度の道幅の両側に最低限の明かりのみで照らされた木造の建築物が立ち並び、アジア系の外国人と思われる男女が数名が道を塞いで大声で話をしていた。
いわゆるあれか、昔の色町の名残的なのか。つええ無しのおれならこんな道入る勇気無かったな。
吉井は大声で話している外国人の横を通り過ぎる。
おいおい、こんな近い距離で通っちゃったよ、道変えなかったよ。いやー、おれ強くなったもんだな。改めてうれしいよ。自身の心境の変化を噛みしめながら、しばらく進むと比較的新しい建物の風俗店が立ち並ぶ場所出た。
吉井は辺りを確認した後、コンビニの前で話している日本人の男達、嘔吐物、無理やり通行しようとするタクシーをすり抜けて、再び路地に戻った。
こんなの次いつ来れるか。つええなくなったらまずこんな場所は通らない。いや、通れない。もったいないからもう1回行っとこう。
片側は隣家との敷地の敷居である木の板、逆側は住宅兼店舗、もしくは店舗兼住宅になっていたが、吉井にはすべて何らかの性風俗に関する店に見えた。
やっぱりこっちの路地にある店は、よりディープなのかなあ。サービス面がさっきの大通りの店より優れてる感じはしないんだけど、何かしらの特殊な。こう、特殊な、
「おい、兄ちゃん。座ってけ」
み、え? おれ? 吉井が声のした前方を見ると、平屋一軒家の前にパイプ椅子が道を若干塞ぐ程度に2脚置かれており、その1つに座っていた坊主頭の老人が吉井を手招きしていた。
「え、ああ。はい」
誘われるままに吉井が坊主頭の老人の横に座ると、老人はたばこを取り出して無言で吉井に差し出した。
うーん、メンソールか。いいんだけどさあ。流れ的にはエコーかわかばじゃねえのかよ。吉井はたばこを受け取り、1本口に咥えたがライターが無かったので、そのままにしていると、自分の分を取り出して火を点けた老人が笑いながらライターを吉井に渡した。
どうも。吉井は軽く会釈をして火を点け老人にライターを返した。
どうなんだろう、1本吸ったらまた吸いたくなんのかな。吉井は煙草の煙が空間に馴染むのをぼんやりと眺めながら、数年前のある夜、煙草が無いことに気付き帰る途中に自動販売機で買ったが、お釣りと煙草の両方を取り忘れたことに絶望し禁煙に至ったことを思い出していると、老人は半分程度吸った煙草を地面に投げ捨て、そのままその場から立ち去った。
え、なんもないの? 大体にしてここの店の人じゃないの? あー、まだあれ火ついてるよ。火事は嫌だしおれが捨てたと思われるのも嫌だな。吉井は慌てて鞄からペットボトルのお茶を取り出して老人の吸い殻と自分の煙草を入れた。
ああ、でもこのジュッって感じ。この音は気持ちいいよ、だけどまあ。吉井は煙草を入れたペットボトルを鞄に仕舞って自分が座っていたパイプ椅子を見た。
誰か絡んでこいよ。せっかくここまで来たんだし、おれだってたまにはつええ使いたいんだよ……。あとぼったくりバーってどうやって探すんだ? こういう時に限ってそれっぽい客引き見つかんないし。コンビニと一緒だよな、欲しい時にはないっていう。でもなあ、こういうのは偶然じゃないとダメなんだよ、自分からもらいにいったら意味がない。つええ使えた時のやってやった感が半減するから。やっぱり人が多い方が単純に確率は上がるのか?
吉井はポケットに入れた手を出し、そして入れ、やはり出し繁華街に向かった。




