第95話 天然の後
「いや、改めてすげえな。きみのコミュニケーション能力って」
「え、なにがですか?」
古着屋の前を出た2人は、大き目の紙袋を吉井が2つ、みきが1つ持ち歩道を歩く。
「さっきの店員との流れるようなやり取りとかさ。それに今回だってかなり意味のわからない注文なのに、今後の新しいセットの話まで」
みきは注文した3セットを受け取った後、ふた未来先、さん昔前の注文もしており、吉井はほぼ同時に入った関係のない客を装いながらその様子を見ていた。
「まあ吉井さん見たらすごいかもしれませんが、これぐらいは一般的だと思いますよ。でもまあしいて言えば、あの人もいろいろ人生で経験したかもしれないですけど、向こうで3年過ごしたわたしからしたら、幼児とチェスをしているようでしたね」
ここが違います、ここ。みきは指で駒を掴む仕草をした後、架空の駒コマでこめかみをトントンと叩く。
「それぐらい差があるならなあ。大概は不戦勝で終わりそうだし」
「あ、そうだ。チェスもいいですね!」
チェス。えー、じゃあ将棋。となると囲碁っと。でもなあ、囲碁は難しいかなあ。何回漫画読んでもルール覚えられなかったし。みきは端末を取り出してぶつぶつと呟きながら入力した。
「そろばんでも苦戦したのにチェスのあの形は難しいんじゃないの? それなら将棋の方が、いやむしろオセロで」
「ねえ、吉井さん」
立ち止まって入力していたみきは端末をポケットにしまい歩き出した。
「わたしたちのマーケットは海外なんですよ、それも中世。その辺の一般市民は布の服でしたけど、わたし達が到達できなかった上流階級の人達は、それはもう立派な衣装着てるはずなんですよ。だとしたら合わないじゃないですか? 将棋の駒とかオセロって」
「わかる。イメージは共有できてるよ。でもな、そも」
「でもじゃないですよ。それに市民の人にオセロ、将棋、チェスを並べて『じゃあこの3つの中から好きなのを選んで下さい』って言ったら絶対チェスを取るはずです。さっきも言いましたけど海外なんですから。それは歴史が証明していますよ」
トランプは色んなルールを売るっていうから成り立つ可能性はあったけど、物だけならすぐ他の人作るからなあ。特許ないしうま味あんまりなさそうだけど。吉井は思ったが、色んな意味でどっちみち無理だから適当に乗っておこう。という判断により、歩きながらみきとチェスの可能性と売り方についての話を続けた。
「じゃあ、そろそろこの辺で。チェスの話も盛り下がり始めたし、わたしは今から図書館行ってそろばんなんで」
そう言って話を切り上げみきは紙袋を吉井に預ける。
「おお、頑張って勉強してこい」
「言われなくても。あ、そうだ。昼ご飯そこの回転寿司行きません? これからの住居環境について話を。吉井さんの不正でお金も入ったし、そろそろネットカフェも終わりでいいかなって。漫画もある程度読んだので」
「あー、いいよ。前も家の話してたしな。そして繰り返しになるがあれは不正ではない。バレていない現時点では」
吉井とみきは道路を挟んで徒歩数分の距離にあった回転寿司に入った。
「ちらっと看板だけしか見えなかったけど、近くに普通の寿司屋もあったぞ」
吉井は注文したタコ2皿、とびっこ2皿をレーンから取った。
「ああ、わたしも見ましたけど。あ、吉井さん次いいですよ」
注文を終えたみきはタブレット端末を台に戻した。
「どっちかっていうとわたしは回転寿司の方が好きなんですよ。誤解を招く言い方かもしれませんが」
「その言い方だと誤解しようがないけど。なんで?」
「個人の嗜好の問題ですよ。どっちがいいとか悪いとかではなく。わたしは、わたしはですよ? 知らないおじさんが素手で握ったもの、さらに場合によっては客と喋りながら、要は飛沫を飛ばしながら提供される生ものはちょっと苦手なんです。それなら完全にマニュアル化されてる殺菌された服装でバイトが適当にネタを乗せただけのほうが。っていうだけのことですよ」
「へえ、そこ気にするんだ。よくあっちで飯食えたなあ」
「何回も言ってるじゃないですか。わたしの適応能力はもはや異常と言っていいって。今は現代日本に完全に馴染んでるんですよ」
あ、わたしのラーメンだ! みきは店員が運んできた、こってり醤油ラーメンを受け取る。
「おれは大丈夫だけどな。どっちかっていうと馴染みの店の方が信頼できるっていう考え方だよ。大体、池波正太郎も言ってただろ。客は寿司屋の大将の指を舐められるぐらいじゃないといけない。みたいなことを」
「は? 誰ですかそれ?」
みきはラーメンのスープを口に含む。
「飲食店の店員の指を舐められる人なんて聞いたことないですけど?」
「いや、うん。まあその例えでね。あくまで」
おじいちゃんは池波正太郎のエッセイ読んでないんだなあ。吉井は落胆しながらお茶を入れた。
「気にしないでください。単純にわたしは回転寿司のほうが好きってだけで」
あ、来た。わたしのポテトだ! みきはレーンから大盛ポテトフライを取った。
「そうだな。行きたいときはおれ1人で行ってくるよ」
「行くのは自由ですけど庶民の範囲内で楽しんで下さいよ」
「ああ、おれ元々高いのあんまり好きじゃないんだ。で、家どうする? 何か考えてんでしょ」
「そうですねえ。マンションか戸建てかで迷ってます。やっぱり購入となると色々とあるじゃないですか。これは全世界共通の悩みですよ」
おいおい、賃貸じゃなくて買う気かよ……。それを聞いた吉井は静かにビールを注文した。
「ちなみに吉井さんはどっちですか?」
「おれは賃貸でいいかな。だっておれ今の生活1日先も見通せないし。あと買うってなったらよく知らんけど多分書類山程あるぞ。印鑑証明とかも必要かもしれないしさ。それに固定資産税とかの支払いとか、偽吉井とかが絡みそうなことも」
「え? なんか5千万ぐらい現金で不動産屋に持ってその場で家選べばいいんじゃ。それで一時金的にとりあえずあるだけ払って、足りなかったら後で振り込むなりなんなりで」
「おれ買ったことないからわからないけど」
吉井はそう前置きしつつ、口に残っていた鉄火巻きをビールで流し込む。
「そんなフランクな感じではない。それは言える」
「え、じゃあ。じゃあですよ、あ」
わたしの玉子だ! みきはレーンから玉子を取った。
「誰かに購入を頼むっていうのはどうです? その辺の面倒なやつを全部お願いするかわりに1割あげるとか」
「まあ5千万だとして。そうだな500万払って1軒の契約ならみんなやると思うけど、実際やってくれる人を探すのが難しそうだなあ。そんなうますぎる話、怖くて近づいてこないよ」
「1軒? 500万?」
みきは玉子と米を別にして頬張った。
「2軒でしょ? わたしと吉井さんの分で。まあ一応隣にしようとは思ってますけど。ラカラリムドルの人達がいきなり集団転移して攻撃してきた時、わたし1人じゃきついですからね」
「ああ、なるほどね。集団転移か。うん、そうね。あるっちゃあるよね」
吉井はタブレット端末を手に取った。
これは恥ずかしい。特に意識せず1軒で考えてた。そう言われればそりゃそうだよな。あー、きついわー。自分の天然はきっついわー。もう言えない、なんも言えない。どっかでまとめて指摘しようと思ってたのに。ラーメンとかポテトとか寿司じゃねえもの頼んでばっかりじゃん。玉子と米分けても一緒に口に入れたら同じだろ。とかって。もう無理だ、この場は大人しくするしかない。
吉井は家の話題が完全に終わるのを待つため、どうしようかな、こっちもいいけど等の独り言を交えながら長めの注文に入った。




