第94話 一度は拒否するも多分行く
「あ、アイスあるじゃないですか!」
マンションで待っていたみきは、吉井が買ってきたコンビニの袋をごそごそと探る。
「うんうん、このお弁当もいいですよ。重いっていうのはこういうことです」
みきは揚げ物が混在している弁当をベッドに置き、部屋に置いてある自分用の椅子に座ってアイスを食べ始めた。
「よかったよ。気に入ってもらえて。というかアイスから食べるんだなあ」
「何があるかわかりませんからね。先に向こうに無さそうな物から食べる習慣をつけてるんですよ」
みきはカップアイスを持つ手を震わせながら目を閉じる。
「しかしのこアイスの快感ってなんでしょうね? 脳に直接効いてる感じがします」
「へえ、きみもそういう感覚なんだなあ。意外だったよ」
吉井は自分用に買ったチキンを頬張る。
「なんですか。意外って?」
「なんか普通の感想だなって」
「ねえ、吉井さん」
みきはアイスをひじ掛けに置いて吉井をにらむ。
「わたしが自分の説明をするときに『あの、わたしちょっと人と違うところがあって。たまに言われるんですけど』とか言いました? ねえ、言いました?」
「え、ああ。言ってない。ごめん、なんか間違った解釈で物事を……」
「ということはですよ。吉井さんはたった1人のパートナーであるわたしを異常者だと思ってるんですか? 異常者と一緒に寝たり起きたり食べたりしてるんですか?」
「いや違う、きみは異常者というくくりではない。うん、そっちではない。なんか意思疎通に齟齬が生じただけなんだ。深い意味はないというか」
「まったく、また無駄な時間を過ごしたじゃないですか。アイス溶けちゃってないからいいですけど」
「よかったよ。流れ的には溶けてるかと」
だってほら、がっちがちですよ。みきはアイスに付属のスプーンを無理やり突き刺した。
「あ、そっか。買って店を出た後、つええ使って一瞬で来たんですね」
「そういうことだな。無駄といえば無駄に使った」
「アイスが溶けないために使うつええ。それは無駄ではありませんよ、すばらしい心がけです。さっきの一連も含めると、アイス買って好感度が上がって、普通って言ってかなり下がって、つええ使ってすぐ持ってきたので上がりました。結果維持ですね」
みきはそう言った後、再びアイスに取り掛かった。
「維持できたんならよかったよ」
よし、そろそろ食べても怒られないよな?吉井は食べかけのチキンに手を伸ばした。
アイスを食べ終えたみきが弁当に取り掛かろうとしていたときに、端末に着信が表示され、みきは箸を持ったまま通話状態にした。
「ああ、15万確認できました? だから言ったじゃないですか。で、約束通り3セット。よければこれからも注文します。そうですねえ、内容は……」
みきは、あー、これ白身フライかあ。と残念そうに呟き一旦箸を置いて蓋を閉めた。
「内容はですね。とりあえずひと昔前とふた昔前の感じを各1セットで。え? そんなの自分で考えて下さいよ。中古服店の店長でしょ。大体ひと昔前の定義なんて人それぞれですから。そこは任せま、だからあ! ひと昔前が決まったら、そのひと昔前がふた昔前じゃないですか! 先に基準を作ればいいだけの話ですよ。で、残りの1セットはそうですね、ひと未来先でお願いします。ん? じゃあ、もう一度言います。ひ・と・み・ら・い・さ・きです。一昔前と対になる感じで。はい、そうですよ、今考えました。言葉ってどんどん生まれるものでしょ。あー、もう。だから基準を作ればすくですって。一昔前が出来たら、大体その距離感を未来に向ければいいだけでしょ。そうです、流行りそう。そういうことでいいんですよ。難しく考えないでください。その3パターンでお願いします。あ、明日行きますんで、開店と同時に。11時ですよね?はい、じゃあまた」
通話を終了した後、みきは吉井の端末に店舗情報を送った。
「印象操作の重要性は後々気付きますよ。吉井さんはこれからも前線でつええすしないといけないですからね。では明日の11時にさっきのとこに取りに行って下さい」
「ごめん、今のおれの気持ちを素直に伝えると行きたくない。さっきの説明の服を取りに行くのはきつい」
「あのね、吉井さん。これは本当に大事なことなんです」
みきは弁当の蓋を開け白身フライを箸で掴んだ。
「仮に吉井さんが運転中に当て逃げをしたとします。その時に死ぬほど売れている軽自動車に乗っていたとしましょう。その場合は目撃情報で車種でちゃうんですよ。『A社のBに乗ってました。色は黒』とか。こうなるともう警察は早いですよ。速攻で吉井さんに辿り着きます。でもね、あんまりみんなが見たことがない車だとこうなります。『あー、見たことは見たんですけど。黒? だったかなあ。軽ではなかったんですけど。それは……、うーん。多分4ドアだとは思うんですけど』ほら、一気に探すの難しそうでしょ?そういうことをわたしは言ってるんです」
「要はあれか。量販店で売ってる服を着ていると、見たことや、なんなら買ったことがある人も多いから、『あれ? あのメーカーのダウン着てる人、先週もいたよね?』って覚えられちゃうけど、よくわからない古着を着ていると印象に残らないから、いろいろと都合がいいってこと?」
みきは白身魚を咥えながらぱちぱちと手を叩く。
それ状況によってはもろ逆に作用するんだけど。吉井は思ったが『逆?そんなことわかってます。あくまでわたしは確率で考えているだけです。それに逆がない服や車なんて存在しません!』と言われるので黙っていることにした。
「じゃあわかった。おれが自分で選ぶから。やっぱりサイズ感は着ないとわからない部分もあるし、色味も多少好みがね。だから明日、いや今から服買いに行ってくるよ」
そう告げた後、吉井がいそいそと外出の準備を始めていると、「え、ちょっと吉井さん。もう15万振り込んだんですよね?」みきはちくわを加工した何かを箸で掴む。
「ああ、いいんだ」
吉井は靴下を履きながら答える。
「15万だったらなんとでもなる。お金を世の中に回したと思えば別にいいかなって」
「お金の問題じゃないん、ああ、もう! お金の問題ですよ!」
みきは食べかけの弁当を横に避けてベッドをどんっ、と叩く。
「庶民感覚の話忘れたんですか? 庶民はね、15万払ったら着たくない服でも着るんです。もっと言えば15万払ったら食べたくないものも食べるんですよ!」
「ごめん、いずれは絶対庶民になるから。だけどしばらくは上級民でいさせてくれないか? 100憶稼いだら戻る、いやちょっと手前の95億ぐらいで戻るから」
「みんなそう言いますよ。すぐあの頃に戻れるって」
みきは首を振りながら弁当の端にあるサラダを一口で食べ、「そして上がりまくった後に必ずこう言います」そう言って首を振る。
「一度上がった生活水準は戻せないって」
ここで折れたらだめだ。明日取りに行かされる。吉井は自分の意志が変わっていないことを示すため、あー、うん、そうなんだよなあ。その辺は、あれだよ。と曖昧な返事をしてから、着替えを持って浴室に向かっていると、「わかりました。明日はわたしも付いて行きますから」みきは足を出して目の前を通り過ぎようとする吉井を止めた。
「えー、大丈夫だよ。おれ1人で行ってくるからさ」
「なんか吉井さん小細工しそうですし」
「これじゃあどっちが保護者かわかりませんよ」
足を降ろして最後の揚げ物を食べた後、みきは大げさにため息をつき、新しいコーラを1本冷蔵庫から取り出した。
「じゃあ一旦あっちに帰ります、明日は絶対来てくださいよ。あ、これ貰っていきますんで」
みきは吉井に背を向けたまま、コーラを持った手を軽く上げてヒラヒラと振った。
その去り方する人、現実では初めて見たなあ。吉井はみきの弁当のゴミを片付けた後、ベッドに横になり端末で店の位置情報の確認した。




