第93話 決まっていた終わり
「なぜこんなことをさせたんだ?」
始祖周辺を出発した翌日の昼、川辺で休息を取っていたうんざりしていた兵士は、水筒に水を入れているミナトロンに言った。
「ん、なんだい?」
「だからなんでわざわざ細切れにした死体を運ばせたんだ!お前ならいくらでもやりようはあっただろ!」
「ああ、さっき川に流したので最後か。中々良かったよ、いいぐらいの距離感で捨ててたねえ。あの感じなら誰にも気付かれない」
え、あ。そうか。ミナトロンは納得がいったように頷く。
「きみは全部終わるまでその疑問を我慢してたんだな。すごいな、その気遣いは」
ミナトロンは水筒に入れた水を口に含み続ける。
「単純な話だよ。いずれあそこには誰かが行くだろうから、黒髪の人間がいたっていう痕跡を少なくするためだね」
「それはわかってる!お前が何かしらの興味を持っていたことも知ってるんだ。痕跡がどうこう言うならあと少しやればいいだけだろ、隠すなら埋めるなりなんなりすればいいじゃないか!」
あと少し、ね。ミナトロンは一瞬険しい表情になったが、すぐに口角を上げた。
「わたしはね、それをずっと言われてきてるんだよ。お前ならあと少しぐらいできる、なぜやってくれないんだってね。例え軽く手を払うことだけで解決できることだったとしてもね、それが10回、100回と重なってくると割と手間なんだ。だからわたしはある程度行動を選択をしている。考えてもみてくれよ、あの場は隠したいものでいっぱいだ。無理なんだよ、全部は。どうせいつか気付かれる。できるのはその時期を遅らせ精度を下げることだけだ」
「おれには理解できない。どう考えても埋めるより細切れにするほうが手間だろ!」
うーん、困ったな。ミナトロンは近くにあった石に腰を降ろす。
「きみはあれかい?わたしがパンと肉どちらから食べるか、どういう風にフォークを使うのかも気になるのかい?」
そういうことを言っているのでは。うんざりしていた兵士は開き掛けた口を閉じる。
「あそこを誰がどういう風に調べるかは知らないが、大体はわかるよ。大事なのは理由付けだよ。なぜそうなったか想像できる余地が残されていればいいんだ。仮に裸の男が埋められているのが見つかった場合、そしてその男だけが鎧を着ていなかった場合、不自然に細切れになった肉片が見つかった場合、その男が珍しい黒髪だった場合、ね、いまいち想像がつかないだろ?かといってわざわざその辺の兵士の鎧をあの男にどうこうする等の手間も、わたしの中では『あと少し』に該当するんだ」
「だとしたらなぜわざわざ細切れにして運ばせた?そんな意味のない」
「うーん、それはわたしの感覚だからねえ。胴体を置いて行くのは嫌だった、それだけだ。でも気を使ったんだけどなあ。大変だよ?血と内臓が入った死体は重いし、それにあの衣類はいい状態で回収しておきたかったらどうしても裸になる。万が一でもきみが死体を運んでいるのを人に見られるのもねえ。あ、わたしだって完全に有用なことだなんて思ってないよ、そんなことはありえないからね。完全に無駄なこともないのと同じで」
ああ、でも基本的になんだが。ミナトロンは水筒の中の水を揺らす。
「無駄な部分を担っているのはきみであってわたしではない。わたしは人が無駄なことをしているのを見るのは平気なんだよ。じゃないと生きていけないだろ?自分でするのは嫌だがね。あ、そうだ。腐敗具合を見たかったっていうのも思い出したよ。うん、普通の人間と一緒だったねえ」
もうやめよう、この件でこいつと話していても意味はない。うんざりしていた兵士は対話を諦め、最後にこれだけは聞かせて欲しいと言い、ミナトロンに視線を合わせた。
「なぜ頭は潰して埋めたんだ?さっきの理屈なら一緒に持ってくればいいだろ」
「はっは。きみはそんなことも気にしてたのか」
ミナトロンは大げさに笑って手を叩く。
「頭は重いんだ、それもきみに気を使ったんだよ。それに潰せば血液で髪だの切り口が違うだのもわからない。ああ、言っとくが胴体もやればよかったっていうのはなしだよ。それも『あと少し』だ。そして重要視する部分、さっきも言ったがわたしは胴体を置いていくのが嫌だった。それを踏まえて労力を減らしただけだよ」
普段は知らない、知らないが。うんざりしていた兵士は血液で変色した布袋を持って川辺に戻った。
今回の件でこいつのやっていること、今言っていることは破綻している。まったく辻褄が合わない。そしてこいつ辻褄が合わないことを自覚している。本当におかしなやつは自分がおかしいと気づいていないというが。しかしこいつは……。
うんざりしていた兵士が再び川辺に座り込んで血液が付いた布袋を川で洗い始めると、色々大変だね。とミナトロンが後ろから声を掛けた。
「きみはきみの理屈で、わたしはわたしの理屈で生きればいい。ただそれだけじゃないか。きみは現在行動の自由は制限されているが思考は自由だ。ある部分、できる部分を大事にしてればいいと思うよ」
ああ、すまなかった。何があっても気にしないよ。うんざりしていた兵士は布袋を絞って水を切る。
「お前の言う通りにすれば死ぬのはおれだけで済むんだろ?」
うん、そう。そうか、うん。ミナトロンは下を向き、くっくく。と笑い声を漏らす。
「気付いてたんだね、きみを脅していたのを!うれしいよ。ちょっと遠回しに言い過ぎたかと反省していたんだ。本当にうれしい。心配してたんだよ?きみがニガレルンに着いた時、他の兵士にわたしのことを喋るつもりだったら、それでどうにかなると思ってたらどうしようかって。ほら、だからさ」
ミナトロンはうんざりしていた兵士の肩をとんとんと叩く。
「わたしたちは分かり合えているじゃないか、さっきはまったく通じあわなかったけどね。確かにわたしはきみを脅したし、きみは脅されたと感じた。明確な言葉で伝えなくて理解しあえている。これだけで十分だよ、全部理解するなんて横暴なことを求めなくてもいいじゃないか?」
もういいって言ってるだろ。なあ、もういいって。うんざりしていた兵士は自分の顔から表情が抜け落ちていくのを感じた。
数日後、ニガレルンに着いたうんざりしていた兵士は第5師団の宿舎内にある来客用の部屋にて以下を報告した。
・第5師団所属の先発隊としてうんざりしていた兵士を含む4名で始祖の確認に向かったが、始祖らしきものを視界に捉えた瞬間に2名がその場から消え(後にはるか後方で体の一部を発見)予想外の行動にうんざりしていた兵士他1名はその場からの離脱を選択。
・うんざりしていた兵士は付近で別任務についていた第4師団に助力を願いに、もう1名は第5師団の野営地に戻るという選択をしたが、もう1名が魔物に襲われ重傷となりしばらく様子を見るも死亡。うんざりしていた兵士は第4師団に合流するため移動した。
・うんざりしていた兵士からの報告により第4師団は別任務を一時中断。うんざりしていた兵士の案内の元、全隊で始祖の確認に向かったが、うんざりしていた兵士は始祖周辺地域に近づくと無理やり理由をつけ、隊の後方から遥か離れて移動。それが幸いし、うんざりしていた兵士は無傷のまま第4師団の全滅を遠目で確認後、再びその場から離脱。
・その後、第5師団の野営地に戻ったが近辺に魔物がいたため少し離れた場所で1日過ごし、翌日に改めて向かうと全員魔物に殺されているのを発見。うんざりしていた兵士は他の師団員の食糧を持ってニガレルンに向かった。
「お、おい!お前ここで待ってろ!」
動くなよ、絶対に!うんざりしていた兵士と面談していた兵士は何度も指を差して念を押した後、慌てて部屋から飛び出した。
ふう、終わったか。うんざりしていた兵士は誰もいなくなった部屋を丁寧に見渡す。
木のテーブル、しょうがない。さっきまで話をしていた兵士が座っていた椅子、期待はしていなかったけど。木の扉、決まっていたことだ、しょうがないんだ。窓、小窓。あれはなんだ?木の、ん?置きもの、木だよな、木のなんだあれは。動物か?なんの、ん、木?
うんざりしていた兵士と面談していた兵士が部屋に戻ると、うんざりしていた兵士がいなくなっていることを、うんざりしていた兵士と面談していた兵士は確認。逃亡の恐れもあるとしてニガレルンに駐屯していた第4師団の兵士にも協力を仰ぎ、数十人規模で捜索を始めた。
同時に第4、第5師団は合同で会議を開き、ラカラリムドルへの報告部隊の編制を進め、そしてその中でオーステインへも兵を派遣すべきだとの意見も出たが、選抜された150人規模が全滅した可能性から、ニガレルンに駐屯している両師団合わせて1200名弱の一般兵の戦力では困難と判断。報告部隊が中央に到着するまで各師団の駐屯兵は待機することが決定し会議は終了となった。




