第92話 全然慣れてねえよと言うのは酷
やはり人間か、しかしわたしが見落とすとは。
穴の淵に現れた人間の横に移動したミナトロンは、改めて能力を使って視界に入る荒野を確認し、魔物を含め他に生物がいないことを確かめた後、「やあ、そこで何をしてるんだい?」と軽く男の肩を叩いた。
ミナトロンに気付いた人間は叫び声と共にミナトロンには理解できない言語を発しながら座り込み、そのまま穴を指差しながら後ずさる。
あまり見たことのない衣類に聞いたことが無い言語、そして黒髪。あいつも妙な言語を使っていると聞いたこともある。またあのバカでかい範囲の男が関わってるというのか?
まずミナトロンに芽生えたのは目の前の男を連れて帰りたいという欲求だったが、オーステイン地域とラカラリムドルでは珍しい黒髪から吉井との関係性を疑い、先程の第4師団の惨殺が中央に知られる危険性を天秤にかけた結果、ミナトロンは出来るのであればここで処分する、という選択した。
さて、どれくらいのものか。今の感じだと。
ミナトロンが腰に下げた剣を抜くとそれを見た男は、再び何か叫びながら立ち上がって走り出したが。しかしミナトロンが男との距離を一瞬で詰め男の首と胴体を両断すると、何一つ反応することなく男は絶命した。
まったく感触がなかったな、その辺の兵士以下だ。だからこそなぜここにいたかが余計に気になるな。どっちみち言葉がわからないんじゃ聞きようがなかったが。
「おおい、ちょっといいかな! こっちに来て欲しいんだよ!」
ミナトロンは両手を振って遠目から見ていたうんざりしていた兵士を呼んだ。
重い足取りで近づいてきたうんざりしていた兵士に、「ああ、急にすまないね」とミナトロンは声を掛けた。
「それでこの男なんだけどね。ああ、今殺したんだけどさ」
ミナトロンはしゃがみ込んで男の衣類の感触を確かめる。
「お、おい。兵士がまだ残ってたのか?」
「違う、こいつは兵士じゃない、兵士じゃないんだが。今の市民の間ではこういった服装をしている者が多いのかい? 街のことには詳しいつもりなんだけどね。こんな服は見たことがなくてさ」
「おれだって詳しいわけじゃないが」
そう前置きしてミナトロンの横に座り、うんざりしていた兵士は男の服装を確かめた。
おれは死体に慣れてきている。まずいな、いい傾向とは思えない。うんざりしていた兵士はミナトロン同様に衣類の素材を確かめた。
「こんな薄くて丈夫そうな服はその辺のやつらは着れないだろ」
「あー、やっぱり君もそう思う? よかったよ、街ではみんな知ってるのかとね」
へえ、これはすごいな。この感触。ミナトロンはボタン付きのシャツの下に着ていた肌着を指で挟む。
「いや、ありがとう。最近みんなわたしにはあまり意見してくれないんだよ。だから自分の常識を確かめる機会がなくて。だから余計に君みたいな人がさ」
ミナトロンはそう言いながら男の衣類をすべて脱がし、うんざりしていた兵士に手渡す。
「この衣類、君の持っている袋に入れて置いてくれよ。これだけでも持ち帰りたくてね」
「わかった」
うんざりしていた兵士は受け取った衣類を肩に掛けていた袋に入れる。
「ああ、そう言えば最近大事な部下が一気にいなくなってさ。困っているところだったんだけど」
「どうせお前がやったんだろ」
「すごいねえ、その通りだ。わたしだってやりたくてやったわけじゃないよ? しょうがなかったんだよ。予定外のことが起き過ぎた。それできみは中々いい、いや訂正するよ。かなりいい、だから」
ミナトロンはうんざりしていた兵士の正面に立った。
「戻ったらわたしに協力してくれないか? それと名前を教えて欲しい」
それを聞いたうんざりしていた兵士は少し顔を歪める。
「お前は必ずおれを殺す。それをおれはその時期も含めて確信している。お前はおれを伝達に使うつもりだろ? 始祖を確かめに行った第5師団、そしてそれを援護にいった第4師団の消息が分からなくなった。それをおれの口からニガレルンの駐屯兵に伝えさせる。そしてそれが終わったおわったらおれは死ぬ。だからおれが期待しているのは、その前の過程で何かお前に不都合が起きることだ。かすかな望みではあるが」
「なるほど。それと名前を言わないのは何か関係が?」
ミナトロンは腕を組み直し、うんざりしていた兵士の話に耳を傾ける。
「さっきも言っただろ。名前を言う事はおれにとって利益はない、そしてお前にとってもない。お前は退屈だから遊んでいるだけかもしれないが、おれには些細なことではないんだ。それにお前は本当に必要なら既に違うやり方で聞いている」
「やっぱりぶれないね。悲しいけど期待通りで嬉しいよ。じゃあお誘いはまた今度にして今はこっちを」
満足気に頷いたミナトロンは、師団兵達を殺した丸太を拾い上げ、転がっていた黒髪の男の頭部を叩きつぶした。
「一応もうちょっと、かな」
ミナトロンはひしゃげた頭部が地面にめり込むまで丸太で押し込んだ後、空いた穴に足で土を集め埋めた。
「おい、お前まさかこっちも」
うんざりしていた兵士は首がない男の胴体から離れる。
「ああ、きみも胴体の処理が必要だと思う? まあそうだよねえ、じゃあちょっと面倒だけど」
ミナトロンは胴体の脇を抱え立たせた。
面倒ってこい、え、あ。うんざりしていた兵士にとっては瞬き程の意識の経過の後、目の前にこぶし程度の肉片が数十個転がっていた。
「それも袋に詰めて持っていこう。大丈夫だよ、途中でちょっとずつ捨てて行けばそこまでの負担でもない。ああ、さすがに内臓はいいよ。わたしもその辺の常識はわきまえているつもりだからね」
ミナトロンはいつもの笑顔に戻り、うんざりしていた兵士は肉片を詰め終えるまで2度嘔吐した。




