第89話 名前あってもよかった
急にノリュアムが視界から消えたことで、慌てふためく兵士達を前にうんざりしていた兵士はうんざりしながら数名の兵士に師団の状況を確認していると、今回の遠征で師団を3つに分けそれぞれの隊に責任者がいることが分かった。
よしそっち側からやってもらおう。これは1人ひとりに説明なんて無理だ。
焚火の火を消して周る者、近くの洞窟に入る者等、統率が取れなくなってきている集団を見ながら、うんざりしていた兵士はさらに数名に声を掛けて責任者3名を探し出し、近くの焚火に座らせた。
いや、おれもさっきどうなったかは見えていない。お前ら誰か見えていたか? ならおれだって同じだ。副師団長まで行った人間が入ったら、おれ達とは違う時間の流れになることぐらい知ってるだろ。第5に問題があったと聞いたんだ。安全面から警戒態勢に入ってもおかしくない、おれ達に説明して対応が遅れたら意味がないからな。おれの想像だが向かったんじゃないか? 始祖の場所に。
やめておけって、おれ達が夜に動いてまで確かめに行く意味はない。大体見てみろ、今は兵士達を招集することすら出来ないんじゃないか? だから明日の朝まで副師団長を待とう。それで戻って来なかったら全員で向かえばいい。ん? もちろん始祖の確認だよ。おれだって第5だけど何があったかはわからないんだ。近くの場所で待機だったんだよ、野営の準備係だ。そこに1人だけ戻って来たやつがいて話を聞く前に死んだよ。だから知らないんだ。
おい、正気か? このままニガレルンまで戻るっていうのはまずいんだって。ちょっと考えたらわかるだろ。それだとおれとお前らは、責任者及び師団員の行方が分からなくなったが、安否確認や救出行動もせず逃げ帰ったってことになるんだぞ。無事戻れたとしても師団に居場所なんて無くなる。
いや、行ったことにして帰るのもだめだ。おい、お前らはいちいち説明しないとわからないのか? もし仮に副師団長がどうしても必要な情報を伝えるために先に戻ったとするよな、第5の残りもそうだが。そうなったらおれ達だって一応行った先で見たことを報告するだろ? 副師団長たちは先に報告してるんだ、おれ達の報告とかみ合わない部分があったらどうする? もしくはおれ達が先に帰ってだよ。救援を必要としてた副師団長が何とか自力で解決して後から戻ってきたら?他の可能性だってあるぞ。だから一度は行かないとだめなんだ。おれは場所はわかってる、第5だからな。ある程度話は聞いてたんだ。
まあこの話も杞憂に終わるよ。朝までに副師団長は戻って来ればいいだけの話だ。おれはどこかその辺で寝てるよ。はあ? 逃げるわけないだろ。逃げたらおれだってまずいんだ。ああ、そうだ。これは忠告だが師団の兵士は絶対に誰も逃がすなよ。お前らの管理責任も問われるからな。
うんざりしていた兵士がいなくなった後、隊の責任者3名で話しあった結果、うんざりしていた兵士の提案を了承。それぞれが隊員を集め報告し、見当たらなかった兵士には他の隊員が伝達することとなった。
翌朝になってもノリュアムは戻って来ず、各隊で点呼を2度行って全員いることを確認した後、うんざりしていた兵士が先導し第4師団は始祖の確認に向かった。
師団の進行がうんざりしていた兵士の予想より少し遅いペースだったこともあり、昼休憩後に出発する際、着くのは明日になることを責任者を通じて隊に伝えるよう、うんざりしていた兵士は指示した。
「なあ、ちょっといいか?」
2隊の責任者は、先頭を歩くうんざりしていた兵士の横に並んだ。
「ああ、いいよ」
「正直食料と水がもたないんだ。どこかで補給しないと」
食料と水ね。うんざりしていた兵士は横目で2隊の責任者を視界に入れる。
「ああ、そうだ。変なことを聞くようだけど」
うんざりしていた兵士は振り返って師団の兵士達を見た。
「誰かが、そうだな。どこかの隊の師団長なんかがここに来ることってあるのかな?」
「ここに? うーん、たまたま来るっていう場所でもないからなあ。国の勅命とかで緊急にっていうことでもないかぎりは。おい、お前まさか他の隊が近くに来て食料や水を分けてもらおうなんて考えてるのか?」
呆れた表情を隠さず、2隊の責任者はうんざりした兵士に言った。
「すまんな、一応聞いておこうと思っただけだ。食料だが今日の夜に使い切って大丈夫だと思うよ。明日の昼までには着くし、近い場所に村がある」
「村? この前寄った所が一番始祖に近い村って聞いたけど」
「そう言われてるんだけど、実はあるんだよ、だから」
うんざりした兵士は一度息吸って、言葉を区切った。
「だから全部今日使って問題ないと思うよ。明日には必要なくなるから」
「おお、そうか! よかった、これでみんなも安心する」
「いいよ、気にするな。大したことは言ってない」
うんざりしていた兵士は、2隊の責任者が兵士達に報告する様子を確認した後、真っ直ぐ前を向いて進む。
日が沈みかける中で野営の準備をしている際、日中の移動中魔物に襲われ4名が死亡したことに関して、死亡した兵士の仲間と名乗る男から、うんざりしていた兵士は胸倉をつかまれ激しく罵られた。
うんざりしていた兵士は感情のこもらない返事で2度謝罪し、その間に他の兵士が死亡した兵士の仲間を取り押さえ、うんざりしていた兵士はもう一度仲間と名乗る兵士に謝罪した後、少し離れた場所に移動し仮眠を取った。
翌日の午前中、昨日と同じように集団の先頭に立って歩くうんざりしていた兵士は、数日前に見た大きな穴を目で捉えた。
見渡す限り何もない荒野でうんざりしていた兵士は一度立ち止まる。
あれだ、くそ。着いたじゃないか。結局誰とも出会わなかった。ここからもう少し行けば終わってしまう。やっぱりおれは間違っていたのか? あの場で全員を逃がしたほうが。いや、それはないはず。多分あいつは見ていたはずだ。それでもよかったのか。どうせならあいつを少しでも困らせ、違うんだ、そうじゃない。あいつが困る困らないの問題ではなく、おれ達が生きる可能性を、少しでもあるならそっちを。
「どうしたんだ?」
急に立ち止まったうんざりしていた兵士に2隊の責任者が話しかけた瞬間、
「優秀だね、きみは」
うんざりしていた兵士は確かにミナトロンの言葉を耳にし、そして次の瞬間には数十人の兵士が地面に横たわっていることに気付いた。
これは、この状況を作ったのはおれだ。やっぱりおれは……。うんざりした兵士は時折見えるミナトロンの残像と血を流し倒れていく兵士たちを虚ろな目で眺めていた。
「そっちはどうだい?」
ミナトロンは腰に手を当ててうんざりしていた兵士に確認する。
「数は、あってる……。これで全員だ……」
「よかったよ、わたしが数えても合ってた。一応数えながらやってたんだけど、70を超えたあたりで何人かを2回やっちゃってさ。その辺でよくわからなくなって。でもよかったよ、まとめてここで処理できて。色々と都合がいいからね」
「おまえ、それはなんだ……?」
うんざりしていた兵士はミナトロンが持っているものを見た。
「ああ、これ?」
ミナトロンは人間の背丈程度はある太い木を軽々と振り回して、文字通り兵士達を叩き潰していた。
「一応、始祖に殺された体にしようかなって思ったんだよ。でもこれ意味あったのかな? 始祖の攻撃ってよくわからなくて。きみは見たことある?」
「おれは始祖なんて見たこともないし、どんな動きをするのかも知らない」
「あー、ノリュアムは見たことあるって聞いたことあるんだけど。あれじゃあなあ。あれ、どこだっけ。ああ、あった」
ミナトロンは穴の淵に転がっていたノリュアムの死体を見つけ、ほら、あそこに。とうんざりしていた兵士に指し示す。
ノリュアムの死体は上下肢が不自然に膨れ上がり、頭部は一部頭蓋骨が割れ頭の内部が露出している。それを見たうんざりしていた兵士は、反射的にノリュアムの死体から目を背けた。
「なんで、あんな……。あれは?」
「毒を使ったんだよ。効いたねえ、劇的に効いた。やっぱり直接体内に入れると違うね」
「いいのか。ここにはいずれ人が来るぞ。その時にあの死体を見たら毒を使ったってわかるんじゃ」
「うんうん。その辺を気にするのは大事だね。正直に言ってね、あの毒自体にも金は掛かってるんだけど、購入の履歴と経路を作るのはその3倍は使ったな。数十人でぐるぐると金と人を回し、時折それが重なって途切れ、また繋がったりね。でも最後は取ってあるんだよ。誰が買ったかってところ」
こいつは全員の死体を残すつもりか? 100人余りを連れてきたことを含めその方が都合がいいと。うんざりしていた兵士は、再び湧き上がってきた吐き気を押さえつつ辺りに散らばる死体を見た。
「だってわたしには本当にノリュアム達と接点はないからねえ。わたしが殺す理由もない。でも誰だって理由をつけたいもんだよ、わたしだって同じだ。だからそうだな、毒は第5師団の誰かが、一般兵にしようかな。買ったことにするよ。ああ、そういえば」
ミナトロンはうんざりしていた兵士を指で差し、笑みを浮かべながら続ける。
「きみも第5だよね? 向こうにいる兵士が毒を買ったことにするから決めていいよ。多分選んだ人間は死ぬから。きみの嫌いな人でもいいし、逆にきみの知り合いを外して欲しいでもいい」
「いたとしても言うと思うか? お前はそれをいいように使うだろ。それなら当たるように、もしくは当たらないように祈るほうがましだ」
よし、うん。ミナトロンは一人頷く。
「ちゃんと全員を誘導してきた件も含め、少しきみに対する評価を見直さないといけないか、ん?」
人影を視界に捉えたミナトロンは口をつぐむ。
あれは、人、か? なぜだ、なぜいきなりそこにいるんだ。
ミナトロンは表情を変え意識を集中させた。




