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泥状のギギルコン「と」  作者: がら がらんどう
吉井とみきとみきと吉井
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第87話 そろばんの再開

 

「お帰りなさい。思ったより早かったですね」

「ああ、きみの言うとおりだった。いたよ、偽おれ」


 吉井は両手に持っていた紙袋とリュックを降ろす。


 昨日利用していた部屋を延長して吉井は新幹線に乗って自分の確認に向かい、みきは漫画を読みながらネットカフェで待機していた。


「で、どうでした? 自分の足音」

 横になっていたみきは読みかけの漫画を置いて起き上がる。


「あー、偽おれ寝てたんだよ。だからその辺の検証はできなかったなあ」

「着いたの9時は過ぎてたでしょ? 平日なのに何してたんですかねえ」

「単純に風邪とかだと思いたいけどな。でもドアを無理やり開けようとしたら取れちゃってね。元に戻そうとしても上手く行かなかったから廊下に立てかけてきた。偽おれには悪いことしたよ。あ、そんでいろいろやって運転免許証再発行してきたわ」

「できたんですね。よかったー。でも偽なのに玄関のドアと免許証の不正交付ぐらいで済んだのはむしろ幸運だと思うべきです。あ、こっちはあんまり進まなかったですねえ。いろいろ読むつもりだったんですけど覚えてなくて結局最初から読むことに」


 まあそりゃあな。吉井は紙袋から箱を取り出してみきの前に差し出す。


「おれの名義だけどスマホ契約しといたから。とりあえずこれ使ってくれ」

「おおおお! なんということでしょう!」

 いそいそと箱から端末を取り出したみきは付属ケーブルで充電を始める。


「なんかモニターの感じ変わってますねえ。人類の進化がここに見て取れますよ」

「だろうな。設定は自分でやってくれ。あ、それとこれも」

 吉井は財布からキャッシュカードを出してみきに渡した。


「口座も作ってとりあえず100万入れといた。おれは通帳で出し入れするから、きみが現金欲しい時はカード使って」

「ほー、キャッシュカードですか。クレジットのほうはどうなんですか?」

「ちょっと調べたんだけど普通のはきびいしいかもな。審査緩いのなら今のよくわからん状態のおれでも作れそうなんだけど。それは後々ね」

「そうですよねえ。クレジットの意味って信用とかでしたっけ? 今のわたしたちの何が信用できるんだっていう話ですよ」

「うん、きみにある程度自覚があってよかったよ。あ、夜食べてなかったらどっかいかない?」

「あ、はい、はい!」

 みきは右手を挙げてブンブンと横に振る。


「焼肉に行きたいです! 肉を焼いて食べたいです!」

「いいね。断る理由が何一つないよ」


 吉井とみきは貴重品だけ持ってネットカフェの部屋を出た。



「吉井さんってなんかやりたいことないんですか? せっかくつええ持ってるんだし」

「それちょっと考えてたんだけどな。あ、なんか追加いる?」

 吉井はタッチパネルでビールを追加した後、みきに尋ねる。


「そうですねえ。じゃあ、トントロで」

「おいおい、またそれかよ。もう2人分は食べてるぞ。あんまりこういうこと言いたくないんだけどさ」

 吉井は注文を決定し送信する。


「金ならあるから遠慮せず好きなもの食べてもいいんだぞ」

「気にしないでください。わたしトントロが一番好きな肉なんで。2番目が各種ホルモンです。あとさっきも言いましたが、そういうことを血縁関係以外の中年から言われると若干気持ち悪いっていうか」

 みきは焼いていた塩ホルモンを丁寧に裏返す。


「すまん、そうだよな」

「ほら、やりたいことの話ですよ」


 うーん、それね。吉井はビールを飲み干してテーブルの端に置いた。


「CO2の排出権で金儲けしてるやつらが本当にいるとしたらどうにかしたいなと思った。あ、しいていえばだぞ」

「正直話としての第一印象は最悪ですが一応このまま進めます。性格がいいかもしれないし、お金持ちかも知れないという期待を込めて。ええと、その排出権? ですか。どうやって不正しているか確かめる方法は置いておきます。こんなやさしい人いないですよ? そこをスルーしてくれるんですから。で、悪い人見つかりました。はい! どうします?」

「そのやさしさはありがたいよ。大体にしてCO2をどれぐらい出していいもんなのかっていう数値なんて誰だってわからないわけだろ?それをさらにいじくっていい感じに金儲けに使うなんてねえ。温暖化だって実際何が何やらわからんしさ。あー、そうだ。要はね、人の不安につけ込むのはダメだよって思うんだよ」

「うーん、ええーと」

 みきは店員から受け取ったトントロを自分の席に引き寄せる。


「あー、もう。今日はサービスデーです! なんでいきなり環境問題を気にし始めたかも無視してあげますから。ポイント10倍どこじゃないですよ。こんなのないですからね、普通!」

「さらに助かるよ。んで、もしそういうことが起こっているとしたら関係者を集めて白い部屋にブチ込むつもりだ。もちろん足には鎖をつけて壁にいいぐらいの距離で固定する。それでそうだな、せいぜい1部屋で7~8人かな。モニターで見てるおれもわけわからなくなるし」

「あのう、そういう状態って、その。あー、出てこないです。なんて言うんでしたっけ? パクリ、いや違う。うーん。まあ、いいです。とりあえずこの話ポイント10倍終わりました。現時点で黄色信号です。で、ちなみにつええはどういう風に活用するんですか」

「そりゃあ誘拐しなきゃいけないからその辺で使うよ。あと眠らせる薬を病院から調達しなきゃいけないし」

「あのね、吉井さん。さすがに、それは。あ! そうだ、模倣犯だ。そう、そんな季節はずれの模倣犯をね。もっとシンプルにつええ使えばいいじゃないですか」

「つええは舞台設定までのほうがいいよ。その状態の白い部屋と関係者さえ用意して、あとナイフの2、3本でも転がしとけば勝手にいろいろ起きて、最終的に残ってる人が全部喋ってくれるはず。それをもとにより巨大な悪をだな」

「そんな上手く行きますかねえ。だってその舞台っておそらく欧米になりますよね。そうなった場合吉井さんみたいな外国人が、えー、白い部屋ですか? そういうフリースペースを長期間借りるのって結構大変そうですけどね」

「うん、それはそうだよな。だから最初に言っただろ。おれはこれをやりたいわけでもないし、やるつもりもない。あくまでしいて言えばだから。その辺がきみとは違うところだよ」


 うん、そうだよ。そこだよな、おれとみきとの違いは。吉井は1人頷いて少し焦げかけた肉をトングで掴む。


「ふう、やっぱり人間も話も第一印象が全てですね。せっかくポイントもサービスもしたのに結局無駄な時間でした。あ、でもそこが大事だって改めて確認できたという点においては有益でしたよ」

「大丈夫、今のはあくまで思いつきだから。ちゃんと考えてみるよ、おれだってせっかくのつええを無駄にしたくはないし」

「吉井さん、そんな深く考える必要ないですって。だって吉井さんのつええなら宇宙飛行士にだってなれますよ。NASAの体力テストでものすごい数字出せるし。なんかイメージではタブレット持った担当職員ドン引きするっていうやつですよ。そして晴れて宇宙飛行士になったらその実績を引っさげて、つええの暴力と悪い企業から奪い取った金をばら撒きつつ周りを固めれば、最終的に熾烈な選挙戦を勝ち抜いて日本人初のアメリカ大統領にだって!」

「うーん、おれそこまで宇宙に興味はないんだよな。それにNASAの宇宙飛行士どうこうって体力テストだけじゃないだろ。よく知らんけどさ」


 やっぱりこいつの中で選挙といえば大統領選なんだなあ。それ以前に宇宙飛行士も政治家も戸籍なしだと相当きつそうだけど。焦げかけていた肉を食べた吉井は新しい肉を網の上に並べる。


「じゃあすぐ出来そうなのでいうと動画配信なんてどうですか? つええ生かしたえぐいやつを。無人島割ってみたとか、廃校舎押してみたとか」

「いやあ、それ系の無茶なやつ今は怒られるからなあ。それに無人島割るのはさすがに無理だと思うよ。廃校舎を押すのは……、まあ平屋のやつならなんとかなるかもしれないけど」

「え……」

 

 一瞬固まった後、みきは吉井が焼いていた肉を2枚自分の皿に置いた。


「おれの食べんのかよ。もう1皿注文するか」

「あの、冗談なんですけど。まじで平屋の校舎押せるんですか?」

「なんとなくの感覚ではだよ? あ、木造だからな。一応言っとくと」

「その辺の検証も必要ですね。今度準備しておきます。あ、そうだ。わたし月・木と火・金の夕方予定入れてますんで」

「予定?」

 吉井は店員が運んできた肉とビールを受け取る。


「そろばん教室ですよ。2つ行くことにしたんです。戻った時に偏った知識では教えられませんからね」

「あー、そっか。休止って言ってたもんな。というか本当に戻るつもりなんだなあ」

「あの時の屈辱が2つ行くという選択肢をわたしに与えてくれたんです。申込用紙ダウンロードしたのあるんで戻ったら保護者のとこ書いてください。一応字体変えとこうかなって。それと銀行引き落としの用紙もお願いします。一つは現金なんで大丈夫なんですけど」

「うん、行くのはいいんだけど。ここで?」

「ここって?」

「この近辺でそろばん教室に通うっていうか、生活するのは偽がいる関係上まずくない? 最寄駅も一緒だしさすがにちょっと」 

「ねえ、何を言ってるんですか?」

 みきは飲んでいた烏龍茶のグラスを置き吉井をにらみつける。


「なぜ本物、本体であるわたしが、逃げるようにこの地を去らなければならないんです? 移動するとしたら偽のほうですよ!」

「いや、うん。そうだよ、そう。間違ってはいない。しかしね、世の中というのは必ずしも正しい方がね、なんていうかなあ。その、時にはだよ。時には正義が一時的に敗北することもあるんだよ。でもね、長期的に見て負けなければいいんだからさ、一旦そこは受け入れて次にっていうか」

「わたしは負けていませんし、これからも負けるつもりはありません。だから明日からそろばん教室に行きます」


 あー、だめだ。これもう何言ってもだめなやつだ。でもまあドッペルゲンガーに会ったら死ぬっていうのもな、結局作り話だし。だってドッペルゲンガーなんかないもん。揉めたら適当につええでなんとかなるだろ。具体的にどうなんとかするのかはわからんが。


 吉井はみきの提案を受け入れる形で申込書類等を記入することを了承し、その後2人はこれからの住居をどうするか話し合った結果、みきはしばらく漫画を紙で集中的に読みたいから基本寝るところはどうでもいいが、たまにちゃんとしたベッドで寝たい、吉井は基本的にちゃんとしたベッドで寝たいという、それぞれの主張からマンスリーマンションとネットカフェを1部屋ずつ用意し交代で利用するということが決定した。


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