第85話 誰だって死ぬし、場合によっては履歴も消す
「じゃあ共存するということを踏まえて次の議題に」
「次って、まだあんの?」
「当り前じゃないですか、いくつあるかわからないくらいありますよ」
「えー、それならちょっと買い物行ってくるわ」
吉井がリュックから現金を取り出していると、「待ってください、話し合いの途中ですよ。大体何が必要なんですか、ここには衣! 食! 住!すべてがそろってるのに!」みきは吉井のリュック、天井、余っている寿司を順に指す。
「いや、ちょっとビールでもと思ってね。ほら、向こうでもワインみたいなの飲みながら話してたし」
「それは別です。中世特有の生水危険感で許していただけですから」
「そういう理由あったんだなあ。気が付かなかったよ」
まあいい、みきが寝てから買いに行こう。吉井は現金をポケットに入れ座り直した。
「はい、では始めます。えー、まずは」
みきは姿勢を正して吉井に視線を合わせる。
「これからどうやってラカラリムドルに戻るか、です」
「ちょっと。え、待って。きみ戻る気なの?」
「だってハードモード選んだの吉井さんじゃないですか? 共存っていえば聞こえはいいですけど、実際はわたしたち居場所ないし」
「それはそうなんだけどね。でも向こうにいた時の最終目標が日本に戻ることだったからさ。うん、気になる。そりゃ気になる。自分もう1人いるっていうのは。でもあっちでずっと暮らすっていうことを考えたらね。まだしもだよ、消去法だよ。つええもあるから当面金の心配もないこっちじゃないかなって」
「そんな状況によって大人と子どもを使い分けるような真似を。それでも大人ですか?」
みきは寿司桶のラップを剥がし、残っていた鉄火巻きを頬張る。
「大体ススリゴさんにもあんなにお世話になったのに不義理極まりないです。それに、わたし中学中退して向こうに行ってるんですよ? だから学食とか文化祭あるあるみたいなのも永遠にわからないんです。で、そんなわたしが苦節3年、やっと、やっとつええ出来る人と知り合って参謀的ポジションも手に入れたんです。学校あるあるはわからないかもしれないですけど、その分向こうでは色々体験できる、できたはずなんですよ。例えば身内に裏切られた結果、吉井さんのつええが国にバレて何か知らないけど裁判になってそれを傍聴したり、あそこの食堂の3人とも仲良くなってお互いの家に泊まったり、サエランさんと一緒に本作ったり、向こうのお母さんに親孝行したり、ミナトロンとの死闘をわたしの機転で切り抜けたり、ススリゴさんの元妻と年齢差を感じさせない友達関係作ったり、なんかの拍子でぶち切れた吉井さんが国中を蹂躙し始めて一時関係解消してみたり、そういう色んな事が!」
そっか。こいつなりに色々考えてたんだな。しかしソーラーパネルが出てこないあたり、さすがに無理だと思ってたのか?
吉井は、うん。そうだな。と節々で相槌を入れながら少しせつない気持ちになった。
「それで具体的に戻る方法ってなんか思いついてんの?」
「そうですね。やはり度を超えた成功を収めるのが近道じゃないですか? それで上流階級の仲間入りをして、世界でも一握りの人間しか知らない情報を得るんですよ。わたしの勘だと上の上にいるやばめの富豪達は何か知ってると思います。わたしたち以外にも向こうに行ってる人もいることですし」
「おっけえおっけえ。やることは向こうと変わんないのね、わかりやすくていいよ」
「あと偽物を処分しないというハードモード選んだのは吉井さんですから、このセカイでわたし達が生きていく土台を作って下さい。わたしは色々と」
「あの、ごめん。ちょっと1回いい?」
吉井は手を挙げて言った。
「さっきから気になってたんだけどさ。雰囲気的にきみ『世界』を『セカイ』って言ってない? Sランクだめならそれも同じじゃないかな」
「はあ? 何を言ってるんですか! Sランクはねつ造ですけどこっちはちゃんとありますから! 全然別ものです!」
そうかなあ、ジャンル的には一緒だと思うけどなあ。吉井は余った寿司にラップを丁寧に掛けた。
「このセカイで生きていくにはそんなこと気にしてる暇ないです。差し当たって吉井さんにはお金を大量に集めてもらいますから。大丈夫ですよ、つええあるんだし裏社会の仕事を上手くやれば」
「うーん、今のおれがすぐ知れる時点で表なんだけど。ああ、ごめん。これは言い訳だな。でもさ、おれも偽吉井が実際いるかどうか、一度自分の目で確かめて起きたいな」
「ああ、いいんじゃないですか? 明日朝一で戻って、あ! そうだ。向こう行ったとき偽吉井から身分証明書持ってくるっていうのどうです?」
「そうだな。何か一つでもあったら便利かも」
吉井はPCのモニターを台に戻していくつかの項目を検索した。
「やっぱ免許証あったら便利だから、行ったついでに再発行してくるわ。なんか適当に紛失とかで」
「あー、なるほど。手続きになんかいるんですか?」
「他の身分証明がいるみたいだな。さっき借りた医療の保険証とか。適当に偽から借りてやってくるよ。大体おれ車持ってないし殆ど使わないんだよ、免許証自体。だからある程度なら使っても問題ないと思う」
「でもいざとなったらですけど」
みきはそう言ってふっと笑う。
「戸籍って売ることも買うことも消すこともできますからねえ。最悪そっち方向で考えてもいいかもしれませんよ」
あー、あれだ。読んだことある、富樫のやつだ。まんま信じてるんだなあ……。しかしこいつのおじいちゃん何歳だったなんだよ? 白土三平とかXTCの話もしてたし。なんか気持ち60年代~90年代の話は多いんだけど。
吉井は明日の新幹線の時間を調べた後、「ちょっと寝とくかな。電気消していい?」とライトのリモコンを手に取る。
「ああ、いいですよ。わたし共有のとこで漫画読んでますんで」
「なんかあったら起こしていいから。あ、そうだ」
床に横になっていた吉井は体を起こす。
「おじいちゃんってさ。病気なんだったの?」
「病気ですか。そうですね」
みきは一瞬考えた後、多臓器不全ですね、と答えた。
「そっか。病気のことはよくわからないけど色々大変だったんだな。いきなり聞いてすまん」
「まあ誰だっていつかは死にます。わたしも吉井さんも。そして偽わたしも偽吉井も。じゃあ、おやすみなさい」
みきは軽く手を振って部屋を出た。
うーん、最後に偽持ってくるのはなあ。何か気になるんだけど。吉井はみきが出て行った後、エロ動画を観ながら、おじいちゃんのこと、偽のことを考えていたが、みきが戻って来るかもしれないという緊張感の中では思考がまとまらなかったので、エロ動画を閉じ検索履歴を消してそのまま横になった。




