第84話 本物がいる場所
「ほう、『だれかのへや』か。とりあえず店舗名で嘘は言ってないな」
ネットカフェの前に立った吉井は透明の自動ドアから店内を覗く。
「確か全室鍵付きなんですよ。情報漏洩を防げますから」
「いいね。それがおれたちにとってマイナスに作用することはないよ」
店内に入った吉井はカウンターで利用手続きをしている際に、身分証明書がないことに気が付いた。
「あ、ちょっとすいません。車に財布を」
吉井は遠慮がちに店員に告げた後、店内の掲示物を見ていたみきに、ごめん、一旦出よう、と出入り口を指した。
「ちょっと、どうしたんですか? はやく話終わらせていろんな漫画のその後を確認したいんですけど」
みきは腕を組みチラチラと店内を覗く。
「おれ身分証明書持ってないんだよ。ちょっとつええして探してくるから」
あああああ、そおおおおおおお。固まりつつあるみきの声を聞きながら、吉井は能力を発動させて店の前の通りに出た。
んー、顔付きのがいいんだろうけどさ。似ている人って案外いないなー。別に普通の顔なんだけど、改めて探すとねえ。眼鏡でも掛けてたらそっちに引っ張られるから割と行けそうなんだけど。
人込みをすり抜けながら吉井は自分に似た人物を探したが、夜間帯ということもあり判別が難しく、それならばと横浜駅まで行き構内に入って探しても思うような人物が見当たらなかった。
これは無理だ、急に言われてもいないって。駅構内駆け回ったけどいなかったし、近くの色々入ってるとこ閉まってるっぽいんだよな。うーん、どうすっかなあ。あれ、おかしいなあ。おれやる気なくなってきたなあ。
面倒になっていることを自覚した吉井は、駅前で信号待ちしていた同年代の会社員の財布から健康保険証のみを取り出して、ネットカフェに戻った。
「おし、身分証明できるの持ってきたぞ」
「あらあら。盗難と身分詐称ですかあ。なんでもありですねえ」
ビルの二階に続く階段に座っていたみきは立ち上がる。
「しょうがないだろ。生きていくためだ、それにこれは明日郵送で保険証に記載されている住所に送る」
「ええ、無くなった保険証が郵送で戻って来るって不気味すぎません?」
「まあ再発行よりはいい、と思うようにしよう」
吉井は手に持った健康保険証を見て、名前と生年月日を何度も復唱した。
「えらい! 書くとき、えー、わたしの名前はっとお。ってならないためですね」
「まあな、ほら。行くぞ」
最後にもう一度確認した後、吉井は店内に入った。
「ほうほう、これがシアタールーム。こういう感じなんですね」
「明らかに男女2名で使うことを想定されている部屋だな」
「いいじゃないですか、他の男女2名が何をしようが。わたしたちにはもっと大事なことがありますから」
みきは部屋の鍵を掛けた後、何度もガチャガチャと確認した。
8畳程度の部屋の中央にソファーがあり、その前方には50インチ程度のモニターと音響設備が設置されている。
吉井は入り口にリュックを置いてソファーに座り、みきはすたすたと進んでモニター横に置いてあったPCを起動させ、パタパタと操作を始めた。
「ねえ、吉井さん。寿司頼むんですけど苦手なのってあります?」
みきはリモコンで動画を検索している吉井に声を掛けた。
「え、寿司って。なんで?」
「だってこれから大事な話するんですよ? やっぱりそういうときは寿司必要でしょ」
「うーん。ここにも一応フードあるんだし、わざわざ外から頼むっていうのもな。あとそれ以前にけっこうお腹いっぱいっていうか」
「会談には寿司。これは曲げられません。わたしだって結構食べたから苦しいんですよ? 自分だけが辛いだなんて思わないで下さい。苦手なものないなら、この店の『華やぎ』をお願いします」
みきはモニターを指して吉井に見せる。
「え、おれが? どこで注文するの?」
「登録するのにアドレスやら番号やらが必要なんですよ。現金以外持ってない素手のわたしたちは、カウンターにいる人に電話を借りた方が早いと思いますよ」
「えー、それはきついって。しかもこれ2人前だし。どうせ食べられないなら1人前をわけてもいいんじゃ」
「2人いるのに1人前? ばかなことを。そんなことできません」
ほらほら、店員に頼めば大丈夫ですから。みきはPCのモニターを取り外して吉井に持たせ部屋の外に追いやった。
「いやー。寿司はいいですねえ。やっぱり寿司、今は寿司だったんですよ」
部屋の隅に置いてあった小さな折りたたみのテーブルに寿司桶乗せて2人は寿司をつまんでいた。
「でも、やっぱりあのコップないとテンション上がりませんね。ほら、魚の漢字で埋め尽くされたやつ」
「あー、あれ最近見ないなあ」
「おじいちゃん使ってたんですよ。寿司食べる時だけそのコップ、ああ、湯呑みですか? 登場してたんで、あれが用意されるだけでわたしは盛り上がってましたから」
「そういう犬いたよ。従兄弟の家に」
「はいはい。吉井さんの家族の思い出話はそこまでにして」
みきは箸を持ったままパンパンと手を叩く。
そっちが言ってたんじゃねえか。吉井はそう思いながらペットボトルのお茶を飲む。
「さて、じゃあ改めてどっちが本物かどうかって話をですね。吉井さんはその辺どう思います? 考える時間は沢山与えたつもりですけど」
「えー、今のきみか家にいたやつどっちが本物かってことだろ? 考え方によるけどさ、今の状況だけで見るとおれらが偽物だろ」
「ほー、自分を全否定ですか。自分を認められない人は他人も認められませんよ?」
「はいはい、それ系の思考もわかるよ。でもこっちの世界での時間。きみは3年おれは数ヶ月知らないからな。おれの友達とかきみの、ええとおばあちゃんとかが、2人並んだおれとおれ、もしくはきみときみに質問したら、数分後にはこっちを指差して、この偽物! って言われるよ」
わたしの考えでは。みきは穴子を器用にたたんで口に入れる。
「わたしの家にいた方が偽物だと思います。だってわたしたちがいたセカイではその3年なかったはずじゃないですか? その無いはずの時間を過ごしているほうこそ偽物ですよ」
「うん、だからね。それも間違ってはない。要はね、えー、例えが。ちょっと待って。あー、そうだそうだ。日本人のおれから見るとアメリカ人が外国人だけど、アメリカ人からみたら日本人が外国人だろ? だから人というのはその所属しているたち」
「いい加減にしてください!」
みきは寿司桶を下に置いてテーブルを叩く。
「わたしたちは日本人ですよ! 例えアメリカに行ったとしても!」
こいつすぐテーブル叩くよな。それに話の論点ずれてるし。大体日本人日本人っていう割には思いっきり外国の影響受けてるじゃないか。
吉井はまたみきが叩くかもしれないと思い、絨毯の上に置いていた小皿を少し離す。
「わかったわかった、じゃあ元いたとこを基準に考えよう」
「そうです。わたしたちがいたセカイが全てですよ」
「そうだとしたらこれからおれらどうすんの?」
吉井は下に置いている寿司桶からガリを一切れだけつまんで口に入れる。
「わたしはこっちで不当に存在している、偽わたしと偽吉井を処分するべきだと思います」
「おいおい処分って……。そんな物騒な」
「理想としてはですね」
みきは寿司桶をテーブルに戻して、少し迷った後イクラを箸で掴む。
「超遠方の何も無いところ。砂漠みたいなとこに運ぶのがいいとは思うですけどね。朝目覚めたら、ここどこーーーー!! ってやつです。それかアイマスクして飛行機に乗せて、ぱって外したらどっかの無人島とか。だってわたしたちそれに近いことやられてるし」
「うーん、自分がやられたから自分にやり返すっていうのはなあ。あとつええ使っても両方実現は難しいと」
「今のは異世界ジョークです。本気にしないでください。それに処分っていうのはもっと」
もっと淡々としたものです。みきは小さく呟き、2個目のイクラを食べる。
こいつイクラ好きなんだなあ。というか淡々とってなんだよ? 吉井はいくつか想像したが割としんどい方法しか思いつかなかったので話を逸らすことにした。
「まあいいじゃないか。処分は後でもできる。とりあえず共に生きる方向で行こうぜ」
「じゃあわかりました。これからは共存で話を進めますよ? ハードモード選んだこと後悔しないでくださいね」
みきは箸を置いてウエットティッシュで手を拭く。
「ハードモード? なんで?」
「ちょっと考えればわかるじゃないですか? だってなんらかの方法で処分した場合、世界線の話がある程度なかったことにできるんですよ?」
「ああー、そこね。まあいちいち面倒なとこだしな、できればなかったことにしたいか」
「そうですよ。それにお金稼ぐのだって偽いるから自由にできないじゃないですか。例えば吉井さんがプロテニスプレイヤーになってランキングを駆け上がりつつ、がんがんどっかの服とか着てお金貰うとか。だって、あ、偽物がなんかしてる! みんな、本物はおれだ! って偽吉井に言われますもん」
「なんかややこしいなあ。でも、きみの考えではそっち系で儲けるつもりなんだね」
「だってマラソンも。ほら、知ってます? 日本新出したら1億もらえるんですよ! 吉井さんがつええ使って毎回いい感じに新記録出したら、10億ぐらいすぐ溜まりますから!」
いやー、そんなに上手くいくかなあ。3億いったぐらいから基準変わりそうだけど。
吉井は様々な経験を経た今ならいけるかも。と思い以前から苦手だったしめ鯖を食べてみたが、やはり口全体で拒否したため、お茶で一気に流し込んだ。




