第82話 いずれという時間
生き残りの証言を元に岩石地帯に着いた第4師団は、予め編成していた3隊に分かれ周辺の捜索を始めたが、時間が経つにつれ3人の話が曖昧になり、また3人の中でも意見の食い違いも出始めた。
それに加え似たような景色が続いていたこともあって、各隊が同じ場所を繰り返し通ることが続き、同じ洞窟を3回通過したことに気が付いたノリュアムは、自分が率いていた隊の進行を一旦ストップさせた。
またここか。駄目だな、やり方を変えるしかない。
ノリュアムは見渡す限り続く岩石地帯を、村から来た方向から順にすべて捜索すること、そしてそれをノリュアムとそれ以外兵士2隊に分けて行うこととし、各隊の長に伝令を送った後、自身の隊の副長に権限を委譲、少なくとも半日に一度は他の2隊と情報共有することを命じた。
あの3人は本当に場所がわからないのか。それともニガレルン組が辿り着くまでのただの時間稼ぎなのか。
隊を離れたノリュアムは能力を使用し意識と身体能力を高める。
後で補佐に言われるのはわかってる。おれが1人でやったら意味がない、と。本来なら各隊にいる入れるやつらも別行動にしたいが、また色々とうるさいからな。兵士の成長する機会を奪うとかなんとか。言ってることもわかるが時間が掛かり過ぎる。
それに出来るなら適当にやりながら何人かニガレルン組の追跡に向かわせたいんだが、この隊の中にも何人かは第5の息のかかった人間がいるはずだ。師団全体の合意事項は国の決定と同等。内通者にばらされたらわたしの責任だけでは済まされない。
岩場をつたって高い位置に移動し周囲を改めて確認したノリュアムは、その広さから捜索に掛かる手間を思いため息をつく。
あるかどうかもわからないモドキの死体、もしくは何らかの異変を探せ、ね。また面倒なことを。
岩場の先に立っていたノリュアムはそのまま飛び降りた。
「もう一度言え! もっと詳しくだ!」
「ですから先程言ったように……」
報告している兵士に何度も詰め寄る責任者を見て、横に立っていた兵士はうんざりした。
始祖の状況確認のため第4師団と別行動をとっていたニガレルン組は、入れる数人の兵士が先行し始祖確認に向かい、遅れて進んでいた責任者を含む他の兵士達は現在の場所で野営の準備をしていた。
そして先行隊の5名が野営場所に戻ってきた際、報告している兵士と横にいるうんざりしている兵士の2人で責任者に報告していたが、そんなことはない! 何かの間違いだ! 等と怒鳴り、何度も同じことを報告している兵士に報告させていた。
だから何回も言ってるだろ! しつこいんだよ! おれたちは始祖の森がある場所に行ったけど、見当たらないから奥に進んだらでかい穴があった。しかしどう行動していいか判断に迷ったから一旦戻って来た。まとめたらそれだけなんだよ! もう3回言った、3回だ!
大体何でわざわざ森の中で野営しているか聞いたぞ。さっき戻ってきたときに。水辺が近いからだって? あほか? これだけモドキがとうのこうのいってるなかで、何で視界悪い場所で休まなきゃならないんだ?
うんざりした兵士は姿勢を崩さず視線だけ野営場所に向ける。
川辺にいくつかある焚火とその周辺にいる兵士達、そして森側には簡易的ではあるが2本の木の枝で布を使って屋根を作り、前面以外は布で覆っている場所が見えた。
またやってるよ。水辺というかこれがやりたいんだろ。なんだ? 個人の空間がそんなに欲しいのか?お前は布に包まれればそれでいいのか?
大体なんでこいつが来てるんだよ。元々はラガランさんにって第5の役職者から依頼されたらしいじゃないか。それをラガランさんに話が行く前に、こいつが自分が行くと決めたって話だ。こいつには40人の人間を率いるなんて無理だ。ネズミ1匹でも荷が重いんだよ。
「だからそこがわからないと言っている! 森が無いってどういうことだ! そんなことはありえない、もう一度今から行ってこい!」
「もう日が落ちます。さすがに今からは難しいかと、また明日また改めて」
うんざりしていた兵士は一歩前に出て頭を下げながら言った。
「それだと予定が1日遅れるだけだろ。そ」
あ、目が。なんだこれ? それにこいつ急に。
突然途切れた会話と、ふいに液体が目に入ったことで、うんざりしていた兵士は戸惑いながら手で拭って目を開けると、目の前に知らない男が立っていた。
「君に聞きたいことがあってね。全部で3つ、いや4つか。ええと、どこの所属か、なぜここにいるか、他に来ている者はいるか、いたとしたら誰が来ているか。ああ、やっぱり4つだった。ごめんごめん」
ミナトロンは笑いながらうんざりしていた兵士の肩を叩いた。
「なんだ、お前、ま」
う、あ。これ。おい、あ。れ。うんざりしていた兵士はその色、感触から顔や体中に付いている液体が血だと気付いた。
「いいよ、好きなだけ叫んでも。見た感じきみ達以外に人はいないと思うよ。あ、そうだ。我慢するならする、だめならまとめて欲しいな」
ミナトロンは辺りをすっと指で示し、うんざりしていた兵士がその動きを目で追うと、地面には多数の兵士の首、胴体が転がっていた。
「お、おお」
うんざりしていた兵士は口に手を当て嗚咽を飲み込みながら、これだけのことが起こったのに誰の声もしないことから、自分以外が殺されているということを理解する。
「よしよし、いいよ。そのまま一回落ち着こう、これでも飲んでさ」
ミナトロンは果実酒をボトルをうんざりしていた兵士に差し出し「あっちの布が掛かってるところにいるよ。ゆっくりでいいから」そう言った後、両手でしっかりとボトルを握らせ、うんざりしていた兵士の視界から消えた。
うんざりしていた兵士は受け取ったボトルを落としそうになり、その場に座り込んだ。そして震えが止まらないまま両手でボトルを傾け口に運ぶ。
「が、ごほ、あ、が」
飲み切れなかった分を一度吐き出した後、うんざりしていた兵士は再びボトルを口に含み、今度は喉を通る液体の感触を確かめながら飲んだ。
これはもう、だめだろう。あいつは入れるやつだ。おれらとは比べ物にならないぐらい。それなら逃げて状況が良くなるとは思えない。
うんざりしていた兵士はゆっくりと立ち上がり、ふらふらと歩き出した。
「来た来た、こっちだよ」
布の空間を背にして焚火の前に座っていたミナトロンは手を振ってうんざりしていた兵士を呼ぶ。
あれは剣か? なぜわざわざあんなものを。うんざりしていた兵士は果実酒を飲みながらミナトロンの正面に座る。
「よかったよかった。ちゃんと話を聞けそうだ。ああ、君を残した理由は顔なんだよ。でも結構失敗してるんだけどね、正直そこまで人を見る目が無いんだよ、わたしは。だけど色々やったけど結局顔だったんだ、確率が高かったのは」
「何が、お前は何が知りたいんだ?」
「そうだね。あ、最初に説明しておくよ。誠実な応対には誠意をもって対応する。きみのことは殺す。上手くいけばあと2日から3日、悪くても4日以内には」
「……そんなことを言われてそっちの思うように」
「でもね、その間に異変に気付いた他の師団、あ、きみは師団の関係だろ? それはわかるよ。仲間が来るかもしれないじゃないか。きみも分かってると思うけど兵士をこれだけ殺したんだ。わたしは拘束され確実に殺される」
うんざりしていた兵士はなぜか思った。それはない、そんなことは絶対に起こらないと。
「わかった。答え、答えれれることなら。知らないことは言いようがない」
「うんうん。それで十分だよ」
ミナトロンは満足そうに頷いた。
「なるほど、大体は把握できた。ありがとう」
ミナトロンはそう言った後、うんざりしていた兵士から聞いた話を組み立てる。
なるほど、第5は掴んでいたか。しかしわざわざ兵を派遣するということは半身半疑なんだろう。しかも本隊ではなくニガレルン駐屯兵。意図が透けてみえるな。そして第4師団が150名ね。まあそれはいいとしてあの女、スツリツトが来ていなくてよかった。あれがもしこの周辺にいたならいたら、今の行動も掴まれていたかもしれない。そういった意味では幸運だったな。
だが、この前来た黒髪の男。あの範囲の能力を持っていること、出身地がオーステイン、どこにも所属はしていない、始祖がいない、これらが関係ないというのは無理がある。
「お、お前はなんでこんなことをしたんだ。ここまでして何がしたいんだ」
「ああ、そうだね。理由か」
うんざりした兵士の問いにより、ミナトロンは思考を中断する。
「あれがいないってとこを知られたくなかったからだよ」
「そ、そんなことで。あれがいないってどうしてわかる? どこかに行っただけかもしれないだろ。どちらにせよいずれ、いやもうすぐにでも知れ渡る! どっちにしろいつまでも隠し通せるわけがない!」
うんざりした兵士は一気にまくし立てた。
「そうだね。でもわたしはあれが何らかの要因で消滅したと考えるよ。あの森から動いたという話は聞いたことがないしね」
それに。ミナトロンはポケットに手を入れ、巨大な穴から持ってきた金属片を触る。
「そのいずれっていうのが大事でね。わたしはその時間が欲しいんだよ、どうしても欲しい。じゃあ行こうか」
ミナトロンはぽんぽんと膝に着いた泥を払い立ち上がる。
「おい、もう日は暮れている。こんな状況で」
うんざりした兵士はいつの間にか日が落ち真っ暗になった森の中を見渡す。
「だからいいんじゃないか」
ミナトロンはそう言って笑った。




