第81話 αも同じ、大体同じ
「ちょっといい? それあれだろ、そこに自分がいたってことだろ?」
思ったより食えるな。これならまだいける。ポテトを食べ終えた吉井はチキンをパンに挟んだ何かを頼もうと、みきの話を聞きながらメニューを見ていた。
「そうです。直接見たわけではないですけどね。だって自分で自分見たら死にますから」
「うん、それは聞いたことあるけどさ」
「というか反応薄すぎません? わたしかなりの重大発表してるんですけど」
「え? 途中から怖い話に切り替えたんじゃないの」
「はあああ!? 何言ってるんですか!」
みきはテーブルを叩こうと両手を振り上げたが、そのまま自分の太腿を強く打ちつけた。
「ここがススリゴさんの家だったらテーブルかち割ってますよ。言ったじゃないですか! 本当にあった話だって!」
「……え? そうなの? え、じゃあ」
「そうですよ。やっとわたしの話の重みを理解しましたか、っていうかこれじゃま!」
みきは紙コップの蓋を外して一息でコーラを飲み干した。
おいおい、まじかー。そんなことって。吉井はチキンをパンに挟んだものを選ぶ行為をいったん中断する。
「ごめん。実際あった話からナチュラルに移行するパターンだと思ってて。わりと怖いなーぐらいにしか。そっか、それならちゃんと聞くから続きいいかな?」
「それならっていう所がそうとうムカつきますが、そんなことを言っている場合でもないので」
じゃあ、続きを。みきは姿勢を正し大きく息を吸った。
ねえ、吉井さん。自分の足音って聞いたことありますか? ああ、うん。普通にしてても聞こえますよね。そうじゃないんです。他人として自分の足音をってことです。是非機会があれば聞いてみてください。わかるんですよ、すぐ。あ、これわたしだって。
そこにいたわたし、うーん。話ややこしくなるので便宜上わたしはわたし、そこにいたわたしは私としますね。
それで私はソファーに座ったようです。わたしそれを音と気配で察知し、ぎりぎりの、ほんと生き死にのラインぎりぎりで見ました。はい、見てます。ああ、わたし死んでませんよね。思うんですけど多分死ぬのは目が合った時なんじゃないですかね。だからわたしは大丈夫です。
声出してくれればもっとはっきりしたんですけど、でもさすがに言わなかったですねえ「あれ? 私の制服どこ? ソファーに掛けてあったのに(うろうろ)」みたいなの。完全に素でしたね、私は。
わたしは気持ちを切り替えました。すごいことだと思いますよ、3年異世界にいて戻ってきてすぐ自分のドッペルゲンガー見て冷静にいられるって。で、わたしは棚を物色し始めたんですよ。居間にいる私への警戒レベルは最高を保ったままです。そこで現金をあるだけかき集めて。そうですね、7万ぐらいありました。それをポケットに入れて一旦家を離脱することにしたんです。え?ああ、木の靴とか布の服はそのままですね。大丈夫ですって、そんな大げさな。私が見つけたとしたら、「なにこのゴミ?風で紛れ込んだの?」ぐらいで捨てて終わりですよ。ほんとですよ、全然無理してないですって。みんなそんなもんですよ。
そして最後におじいちゃんの遺影に手を合わせたわたしは、その
「おい、そこ。ちょっと一旦止めて」
テーブルの上を片付けていた吉井は手を止めて言った。
「あーもう! 怖い話は黙って聞いて下さいよ!」
「怖い話って言っちゃってるのはいい、それは置いといて。きみのおじいちゃんって死んでるの?」
「はい、そうですね。というかわたし生きてるって言ってないと思うんですけど」
「あー、その辺は後でさかのぼるわ。んで、それっていつ頃?」
「亡くなったのはわたしがあっちに行った当日です。いろんな病気が重なった状態でしたから」
ん、当日? 亡くなったのが? 吉井は違和感を覚え記憶を辿る。
こいつ最初に会った時、あっちに行ったのは『塾の帰りに自転車に乗ってた時』って言ってたような。さすがにその日は塾は行かないだろ。かといって忘れてたというのも無理がある。自分でおじいちゃんっ子って言うぐらいだからな。
ということはどっちかが嘘か、もしくは……。
吉井はそのことを確かめようと口を開きかけたが、現状把握を優先することとし、「じゃあ、おじいじゃんいなかったら誰が住んでたんだよ?」と訊いた。
「見てないけど多分おばあちゃんですね。なんかおばあちゃん風の部屋でしたから。おじいちゃんとおばあちゃん離婚してるんですよ。言ってしまえば両親も離婚してるんですけど。推測ですけどおばあちゃんが来てくれたんじゃないかなーって」
「そっか。なんとなくわかってたけど複雑な、まあ複雑でもないか。離婚離婚だけだもんな」
「そうですよ。1/3が離婚する世の中で、さらにそこから離婚しただけですよ。それでわたし思うんですけど」
あ、ちょっと。みきはそう言ってレジに行き、ボールペンを持って戻って来た。
「なんかの加減でずれちゃったんですよ。だからこういうことだと」
3年前(わたし、吉井さん)→現在(わたし、よしいさん)
「これが最初の状態です」
みきはそう言って下のスペースに書き足し始める。
3年前(わたし異世界)→2ヵ月ぐらい前(吉井さん異世界)→現在(わたし異世界、吉井さん異世界)
「とりあえずこういう風に平行していた世界線があったとしたらですよ」
「ほんとごめん。おれ世界線の話苦手でさ。大抵図にしたらさらに混乱するという」
「やめてくださいよ。一応大学出てるんでしょ?」
「あのさ、大学っていうのはだな。一般的に金と時間だけの問題なんだ。学力はそこまで重要な要素ではない」
「はいはい、そういう上から目線止めた方がいいですよ。少なくても行った人が行ってない人に言う事じゃないと思います。で、気分悪くなりながら書くと、今はこうなってるんですよ」
みきは3行目に書き足したものを吉井に見せた。
3年前(わたし、吉井さん)→現在(わたし、吉井さん、わたし(異世界帰り)吉井さん(異世界帰り)
「うーん。ええとまとめるとだな。最初におれらがいたのが、α世界線であっちがβ世界線、で今がγ世界線ってこと?」
「またこの人は……」
みきのボールペンを持つ手がプルプルと震える。
「なんで急にギリシャ文字が出てくるんですか! あんだけSランクで説明したのにほんと何も学んでませんね! 言いましたよね、はい、言ってます。そういうの喜ぶのっておっさんだけですから!」
「いや、αもすでに流行りを越えて音楽の教科書に載ってる状態っていうか、そういうもんだと思うんだけど」
「ねえ、吉井さん、おっさん代表としてわたしの叫びを聞いて答えて下さい。『ただ意味なく分かりづらい表現にして何が楽しいんですか?』はい、どうぞ!」
どうぞって言われても。吉井はみきが書いた紙に目を落とし、考えている振りをした。
数十秒後、しびれを切らしたみきがトントンと靴を鳴らしながら、「あの、考えてるところすいません。次の議題もあるんで一回わたし締めちゃっていいですか?」既にないポテトの箱に手を出し入れする。
「締める? ああ、いいけど。あ、ポテトもう1個頼む?」
「そうですね。ついでにコーラをもう1つ。Lで」
では。みきは咳ばらいを一つ入れた後、ふっと表情を消す。
「ねえ、吉井さん。さっき見たわたしと今ここにいるわたし。どっちが本物なんでしょうか?」
みきは無表情のまま首を傾げた。




