第79話 20代女2人、40代男1人
翌日の朝、予備村の中央にあった用途不明の数十個の石が村民達によって撤去され、空いたスペースで作ったスープが兵士達に振る舞われた。
ほとんど味のしない汁に、全く味のしない粉を丸めた団子が1つ入っているだけのものであったが、ここ数日間兵士達は激しく乾燥させた肉と、水に浸さないと顎が壊れるパンしか食べていなかったこともあり、嬉々として配膳の列に並んでいた。
ここは帰りも使えるかもしれないな。遠征中の飯の温度には価値がある。全員は収容しきれないが、どのみち見張りで1/3は外だ。問題ない。
家から出て様子を見ていたノリュアムは、食べ終えた兵士を1人呼び寄せ、「すまんがこれを村長の所に持って行ってくれ」と自身の手持ちから出した1万トロンを渡した後、おれの配給はお前が食べろと付け加えると、満面の笑みを浮かべて金を受け取った兵士はノリュアムに礼を言い、村に向かって走った。
一通り食事が終わった後、兵士達はそれぞれ準備を始め、一足先に終えたニガレルン組の責任者がノリュアムの傍に来た。
「こちらは準備が終わったので先に出発したいのですが」
「ああ、かまわない」
ノリュアムは生き残りの話を元に作成した地図を見ながら答える。
「ありがとうございます、では」
頭を下げながら隊に戻った責任者は他のニガレルン組の兵士と打ち合わせを始めた。
さて、あいつらはどうするのかな。ノリュアムは地図を見て指示を出しながらも、ニガレルン組が村を離れるまで観察を続けた。
出発前、師団建物内にあるスツリツトの自室で、師団長のスツリツト、副師団長のノリュアム、補佐のヒマリヌの3人が今回の遠征の最終確認を行っていた時、「そういえばなぜ第5の兵士達はあんな場所にいたんだろうな?」とスツリツトは自身で淹れたお茶を手に持ちソファーに座った。
「モドキの確認でしょうね」
両手で包むようにしてコップを持っていたヒマリヌは、ふうふうと息を吹き掛けお茶を冷ます。
「元々第5は全域に人を散らしていますから。それにしても今回は5、6名の編隊ですからね、より広範囲を網羅したかったんだと思います。どう考えてもモドキ探索にしては少なすぎる。そして第5も通常あそこにモドキがいないことは知っていたはずです。それにわざわざ危険を冒してまで近づいたのは違いを確認したかったからでしょう」
ヒマリヌはコップをクルクルと回しながら均等に息を吹き掛け続ける。
またか。しかしこんな若い女が毎回大したもんだよ、実際。
スツリツトと同様にノリュアムも第5の行動には違和感を覚え、ヒマリヌとほぼ同様の考えに辿り着いていたが、自分が言おうがヒマリヌが言おうが師団として共有できれば同じだと思い、黙ったまま静かにお茶を飲んだ。
「モドキの違い、というのは最近のあれか?」
スツリツトは横になりひじ掛けに足を乗せる。
「はい。第5はモドキの動向がおかしいということに気が付いていたはずです」
「なるほどな。そしてそれを自分達だけ知っておこう、と」
「師団間の均衡は何かないと崩れないです。自分たちで頑張るよりわたしたちに転んでもらおうってことですよ」
「混乱で自分達以外の師団で死者が多く出るのが狙いか」
「そう思います。でもすごいのはその考えが末端まで浸透してるってことですね。やはりあっちは1人ひとりが判断できる体制ができているってことです。あ、別に」
ヒマリヌは両手を振りながらスツリツトとノリュアムに笑顔を向ける。
「うちの体制が劣ってるっていうわけではないですよ。第5は兵士の消耗が激しいと思いますし、育てるのに時間が掛かります。それに比べて上の指示で全員が行動をとるこっちは兵士の負担は少ない上に、業務に就くまでの導入期間が短いですから。それにスツリツトさんの力があると兵士の士気が落ちにくいという利点も」
でもそれだけじゃだめなんだろ? お前の考えでは。ノリュアムは口には出さず、空になったコップをテーブルに置く。
「まあいい、その辺はお前に任せているからな。しかしそのモドキの情報が回ったとたん会議を開いて情報を共有。そして現状の確認をこっちに押し付ける。都合のいい話だな」
「あ、でも。スツリツトさんから会議の話を聞いた時、その、多分なんですけど」
ヒマリヌが言いにくそうにしていると、「師団長、それはだな」とノリュアムが割って入る。
「恐らくだがあいつらの目的はニガレルンの兵士による始祖の調査だ。本来なら我々の管轄の業務にわざわざニガレルンの駐屯兵を出すなんて第5のやることではない。となると、こいつがさっき言ったよう第5は異変に気付いた。そしてそれはあの周辺が最初なんじゃないか? おれは今回の遠征は全部あいつらに誘導されたと思ってるよ」
「おい、そんな!」
師団長は起き上がりヒマリヌを見ると、「わたしも、そう、思います」と消え入るような声で言った。
「ああ、またか。まいったよ、正直に言うがまったく気が付かなかった。毎回思うがわたしはお前たちがいないとただの飾りだな」
「それは違いますよ」
ヒマリヌが真剣な表情でスツリツトを見つめる。
「すぐに自身の考えを改める柔軟性と元々持っている能力。スツリツトさん以上の責任者は中々いないと思いますけど」
「わかった、それは素直に受け取るとするよ。となると我々がそれを踏まえた行動を取るということは向こうにも知られているのか?」
「そう思っておいたほうがいいだろうな。何人かおかしな行動をしている兵士はいるし、おれが気づかないだけで他にも第5のやつらはうちに紛れているはずだ」
「なあ、本格的にうちにいる第5を探さないか? それかこちらも忍びこませるか」
スツリツトは自分とノリュアムのコップにお茶を入れながら言った。
「だからそれをすると」
呆れた様子のノリュアムは助けを求めるようにヒマリヌを見る。
「ノリュアムさんの言う通りです。前も言いましたよね、それが相手の狙いだって。疑心暗鬼による内部分裂とこちらの人的資源の浪費。第6がいい例ですよ」
「ああ、すまん、そうだったな」
スツリツトは再び横になって天井を見上げる。
元々ラカラリムドルにある師団は第1から第6までで構成されていたが、1年前に新しく就任した第6と第5の師団長はことあるごとに意見の食い違いから、第5と衝突を繰り返した。
他の師団長からみると単純な挑発行為であったが、それが第6の師団長には効果的であったようで、ある時第5の工作員が自身の師団に忍び込んでいることに気づいた第6の師団長は激昂し、その場でその人物に重傷を負わせて第5の敷地内に投げ捨てた。
その行為は国が知るところとなり、第6師団は1年間の新規入隊の見送り及び運営費の2割の削減という通知が下された。その上、第6の師団長は数千人いた兵士全員を、第5の工作員が忍び込んでいないか定期的に確認し始め、その作業による兵士の業務、支出の負担増により、波を引くように兵士達が離れて行き、事件から数ヵ月で第6師団は事実上の解体。第6の師団長はコミュニティに転属となった。
そして残った兵士達は第2から第5に吸収されることとなったが、全体の半数が第5に入隊希望を出したことにより、現在は第5師団が最も多くの人員と資金を持っていた。
「しかし前から思ってはいたが、国はなぜ第5のやり方を放っておくんだ? 自国民で争わせても意味がないだろうに」
「師団長、それはだな」
まだこの話が続くのか? ノリュアムは首をポキポキと鳴らした。
「競わせたほうが全体の質が上がるからだろ。もしそれを認めなかった場合、我々は工夫も何もせずにただモドキの見回りをするだけだ。実際、今みたいに兵士をどうこうするだの、相手を出し抜くやり方だのは考えもしなかっただろう」
「そう、そうなんですよ!」
ヒマリヌはバンバンと太腿を叩きながら立ち上がる。
「だからわたしたちも考えて行動する癖を」
「またそれか。じゃあ、おれは行くからな」
そう言ってノリュアムが席を立つ。
「ああ、頼む。それで結局どうするんだ、今回は?」
「何故わざわざ始祖の確認に人を出すのかだろ。それはこっちも行って確かめればいい。今回は現地で解散するつもりだ。ニガレルンの第5が帰ってから上手くやるよ」
「せっかく50人浮いたのに、もったいない」
スツリツトは不服そうにつぶやく。
「損はしてませんよ。元はこちらの業務ですから。あ、おかわりいいですか?」
笑みを浮かべながら、ヒマリヌはコップをスツリツトに差し出した。




