第72話 会話の間
ギルド前に着いたサエランは、リアカーの荷台に乗っている大量の壺とみき、既にリアカーを引く体制にある吉井を見て大体の事情を察した。
そっか、あれで壺を持っていくんだ。え、でも多すぎない? あんなに壺って必要なの?
サエランが遠目から2人の様子を見ていると、「あ、来た!ほらこっち!」みきは壺を押さえていた手を離し大きく手を振る。
もしかしてわたしも後ろに乗るんだろうか……。サエランはみきに手を振りながら早足で2人のもとに向かった。
ギルド前で今日の行程の確認と移動方法を改めて検討した結果、みきとサエランは後ろで壺が倒れないように両手で固定、吉井が軽く能力を使ってリアカーを引くということなったが、高額な壺を運ぶため安全性を確かめる必要があるというみきの主張により、道中と同じ体制でギルド周りを2周し、揺れによる壺破損の可能性等大きな問題がないことを確かめてから3人は出発した。
「いやあ、やっぱり来てもらってよかってですよ。わたし1人じゃ無理ですもん」
「あ、うん。確かに1人はきついかも」
おっとお。リアカーが激しく揺れ、みきが押さえていた壺と壺がぶつかる。
「ちょっと吉井さん。気を付けてください! 2壺同時のダブルプレーでもくらったら即赤字ですから!」
「いや、舗装が甘いんだからしょうがないだろ」
吉井は振り向かずに答える。
市街地を抜け農村地帯に入ってからは、舗装されていない道を進んでいたので荷台が大きく揺れることも多く、吉井は慎重に能力を出し入れしつつリアカーを操作していた。
わかるよ、この3人でやるならおれが引くのが一番効率的だ。体もそんなに疲れてないし。でもな、このちょいちょい小出しでつええ使う感じ。これ割としんどいんだよ。そしてつええ使ったことない人には絶対これは伝わらない。それがわかるこの悲しさ。
下を向いてリアカーを引いていた吉井は、精神状態を安定させようと遠くの景色を見るため顔を上げる。
最初の目的地は水質調査のポイントだったので、最短距離で向かっている吉井達は川沿いの土手を通っていたが、沢山の船が行き来している川に比べ土手周辺を移動しているのは吉井達だけだった。
結局あれか。水害とかの関係で土手は作るんだろうなあ。そしてこの土手を歩く感じは好きだよ。これ嫌いな人はいないだろ、いないは言い過ぎか。まあ少数派だろう。しかしジョギングしてる人見ないな。やはりあれは金か暇が余ってる人しかやらないんだろう。つまりこの世界にそういう人はいないと。いや土手好きと合わせ、いないは言い過ぎで少数派。うーん、でもこっちは少数派より少ないかも。ええと、そういうときは何て言えば。
「そういえば本ってどこで買うんですか?」
「えっと、本は図書館に行けば。新しいのは多く入るから、それが余ったら一般でも」
「へえ、そっかあ。図書館は本屋も兼ねてるんですねえ。なるほどなるほど」
「え、ほんやって何? 本が置いてあるの?」
「それはですねえ。本屋っていうのは本を売るんですよねえ。それは一旦置いといて、サエランさんはどんな内容の本が好きなんですか」
「それは、その」
サエランは少し俯いて考え込む。
「いいじゃないですか言っちゃいましょうよ。そうだ、この前のセリフの本は?」
「あれは、王騎士が出てくる話で」
「王騎士! なんかめちゃくちゃ強そうですねえ。あれですか、7人の王騎士が覇権をめぐって争う的な」
「王騎士は1人なんだけど。でもそれは……」
みきとサエランが話している会話が耳に入ってきた吉井は、気付かれないよう少しだけ後方に視線を向ける。
そういう楽しそうな話は途中の昼休憩か、終わった後の食堂の所でやってくれよ。今みたいな話はおれも、おれだって入りたいんだよ。そうだ、とりあえず全部聞いておいて、それを使う使わないは休憩の時に考えよう。あんまり知り過ぎてても気持ち悪いからな。
その後、吉井が2人の会話を聞きながら使う情報とそうでないものを整理していると、2人は再び本屋の話に戻っていた。
「それって成り立つの? 売れなかった本は?」
「あ、さては考えてことありますね。本を売って生計を立てようみたいなことを。そうですねえ、売れなかった本は、確か出版社と本屋がその、いい感じで、その、ね。ねえ、吉井さん。そうですよねえ、本屋と出版社がいい感じにやって本屋って成り立ってるんですよね?」
みきは背を向けて進んでいる吉井に言った。
「そうだな。おれも何回か調べたことあるんだよ」
「ほお、さすが。で、答えは?」
「忘れる度に調べてたんだ。そして今は忘れている状態だな」
「ああー、生きているとそういうタイミングってありますよね」
みきはそう言って振り返り、「あの人ここは強いんですけど、ここはたまに、ね」と自分の二の腕を指した後、こめかみとトントンと叩いた。
ふう。吉井は息を吐いて能力を使うため意識を集中する。
こんなことに使いたくはなかったが。吉井はスローになった世界でリアカーを離し振り返る。
はいはい、きみがさっきのセリフでこめかみ叩いてるってことは。あれね、筋力はあるけど頭はいまいちってことね。おっけえ、おっけえ。ほぼわかってたけど確認はしておきたかった。第3者がいる空間だからな。
能力を解除した吉井は何事もなかったかのようにリアカーを引き始めた。
お、なんかあるぞ。吉井は川の端が人工的に加工されている場所を見つけ、リアカーを停めた。
「なあ、あそこ。ほら、川にくぼみみたいなの。石で囲ってるとこ」
「はいはい、あの感じ。これは間違いなさそうですね。じゃあちょっと行ってきますよっと」
みきは小さな壺を2本手に取ってリアカーを降り、足場を気にしながら川辺に向かった。
「今日って職場は休み?」
「あ、今日と明日休みです」
ぎりぎりまで川に近づき手を伸ばして壺で水をすくっているみきを見て、サエランは少し笑った。
「あの今回の依頼なんですけど。ほんとにいいんですか? わたし半分も貰って」
「いいよ。こっちもランク上げるのが目的だから。あ、じゃあさ。今度いいのあったら教えてよ。きみが見て効率的だなーって思うやつあったら」
「それは、その。禁止されているから。私的に流用するっていうのは」
「ああ、ごめん。そうだよね。うん、大体そうだよね」
なんなんだろ、なんかこの前の燻製屋のときもそうだけど。うーん、一言ではうまく言えない。やっぱり文化的背景が違うと、おれのような対人関係を構築するのが普通から苦手の間にいるような人間は対話が上手くできないのかなあ。いや、違うな。よく考えたら普通から苦手なんだから、むしろ上手くできないのが普通。あぶないあぶない。なんでもこっちの世界のせいにしたらだめだよ。また自分を見失うところだった。よし、解決したらからとりあえずみきを見ていよう。それで時間をつぶそう。
会話が完全に止まった後、2人はみきが悪戦苦闘しながら壺で川の水をすくう様子を眺めていた。
そして吉井が心のどこかで望んでこと、バランスを崩したみきが川に落ちると、一応慌てたふりをサエランに見せた後に吉井は川に飛び込んだ。




