第70話 主に反省会
「いやー、上出来です。最初にしてはいい面接ができましたよ」
「経緯はどうあれ、結果やってくれるってなったからな。そういう意味では成功だよ」
家に帰った吉井とみきは、明日の午前中分の処理をしながら今日の面接の反省会を行っていた。
「でもあのセリフはよくわからなかったですけど」
「はいはい、あれなあ」
吉井は鉛筆の先端を自分とは逆に向けテーブルに置いた。
「なんだっけ。わたし以外はどうのってやつだろ」
「あ、メモ取ってます」
ええっと。これが、これで。みきは布袋の中から紙を取り出しテーブルに置いた。
「はい、ありました。『家に入ると、そこにはわたし以外がいなかった』ですね」
「あー、それそれ。というかもう1回聞いてなかった? おれが帰り際に店長と話してる時」
「よく見てますねー。一応違うパターンもって思ったんですよ。たしかそっちは」
みきはメモに目を落とす。
「これですね。えー『一度はバレたと思った。だけどバレなかった』です。これはあなたが実際に使ってみたい名ゼリフで聞きました。なんかこっちのほうがじわじわきますね」
一度はバレたと思った。だけどバレなかった、か。吉井は何度か復唱し、反射的に場面を想像したが、かなり強引な展開しか思いつかなかった。
「まあ急だったし、緊張もあったんだろう。今度リラックスした状態で聞いたら違う答えも出るかもよ」
吉井は再び鉛筆を持ち、資料を書き写し始めた。
「そうですねえ。こっちのポップカルチャーとあの人のセンスの両方を知るのには適しているとは思ったんですけど」
「で、どうなんだきみの印象としては。これからもやっていけそうか?」
「印象、ですか?」
みきはメモを見た後、うーん。とうなる。
「まだサンプルが少なくて何とも言えないです。あ、そうだ。吉井さんあのセリフ使ってる本読んでくださいよ。それを踏まえて、いやいや、そこかよ! ってなったら2回目からの登用を考えましょう」
「へえ、おれが判断していいのか?」
「いいですよ。たまには吉井さんにも頑張ってもらわないと」
まじか。こいつの中で、おれたまにすら頑張ってなかったのか……。吉井は多少落ち込んだがそのまま作業を続けた。
途中一度休憩を挟んで、吉井の体感では22時頃に明日の分が終わったが、これ明日の分って毎日やってるけど、そうなってくると既にこれはもう今日の分じゃないか? 吉井はそう思いながらお茶を飲み、みきは吉井が以前買っていた木の実のようなものをカリカリと食べていた。
「なんか楽しみになってきたしたね、ギルドの依頼。わたしたちの初めて休みにふさわしいと思います」
「まあな、せっかくの海外旅行だからある程度はね。あ、でも今ふと思い出したんだけど変なこと言ってたな。鉛筆がどうとか」
「そうだ、ありました。鉛筆使うなんてすごいですね? みたいなやつですよね。単行本ではカットされるぐらいの印象が薄い感じで。でも、わたしあれで気づいちゃったんですよ、これまでの違和感に。ただ今吉井さんに言われるまで忘れてはいましたけど」
「ほー、なにそれ」
吉井はみきが食べていた木の実に手を伸ばす。
「こっちの人基本みんな万年筆的なの使ってません? ススリゴさん、ギルドの窓口の人達も」
あれ、そう言われてみれば。吉井の頭の中でススリゴ他の手元の映像が、さっ、とん。さっ、とん。さっ、とん。と切り替わる。
「そうだ、みんな鉛筆なんて使ってなかった。え、じゃあどういうことなんだ?」
「わたしの予想だと鉛筆はかなり高級品なんじゃないかと。何となくその棚に置いてあったから使ってますけどね」
「いや、でもそれだとススリゴさんも言うだろ。何でそれ使うんだ? って」
「多分なんですけど」
みきは吉井から木の実が入った袋を遠ざける。
「万年筆の方がもっと高いんじゃないかと。だからわたしの予想では、月末に『今月の2人分の給料だ』ってススリゴさんが20トロンぐらいをテーブルに置いて、わたしと吉井さんが、おいおいおい! ってなるけど、『鉛筆代が引いてある』って言われてからの、2人してがっくしー、になると思いますよ」
「なんだよそれ。実際なるのもそうだけど読むのすら面倒だよ、そんな展開」
「だから毎回言いますけど鉛筆も節約ですよ。間違ってもイラっとする場面で折らないようにしてください」
イラっとして鉛筆折る、ね。しょっちゅう出るこいつのクラシックイメージだな。おれの方が年上だがついていけないっていうか、大体鉛筆なんて折ったことないし。あー、だめだ。また思っちゃったよ。吉井は面接の時みきに言われた「心の中だけでつっこんでいて下さい」というのが影響し、面接以降もうまく思考できないでいた。
「ちなみに鉛筆の値段ってどれぐらいだと思ってるの?」
心の中つっこみのループから意識を逸らすため吉井はみきに訊いた。
「ほう、それはいろいろ当番をかけるってことでいいですか?」
みきは目を光らせながら木の実をつまむ。
「好きだな、それ。まあいいけど」
「よしよし、やるならわたしは考えますよ」
うーん、そうですねえ。みきは腕を組んでぐるぐると首をまわす。
吉井はみきが考え込んでいる隙に、木の実をまとめて取って手の中に隠し、静かに一粒ずつ食べているときにふと思う。
この流れ、要は万年筆の方が高級っていう流れだと、鉛筆使うなんてすごい、に掛かってないよなあ。しいていえばこんなどうでもいいことに筆記用具を使うなんて、みたいな感じだと多少納得はできるけど。
最終的にみきは鉛筆2千トロン、万年筆3万トロン。吉井が鉛筆500トロン、万年筆1万トロンということで決まり、「いやー、助かった。労働からの解放とはこんなにも自由だったんですねえ。おっと記録記録、ここで緩むのが凡人ですよ」みきはそう言って紙に名前と金額を書き込んだ。
「一応確認するけど鉛筆と万年筆の合計金額が近い方だよな」
「そうですそうです。まあ近い方が勝ちってルールならどういうやり方でもいいですけどね。わたしが勝つか、わたしが圧勝するかの違いだけですし。ではわたしは希望を胸にトイレに行って寝ますから。吉井さんトイレ行かないならランプ玄関入ったとこに置いといて下さい」
みきはあくびをしながらドアを開けトイレに向かった。
帰りにトイレ行っておいてよかった。今、とてもいい気分だ。吉井が自分をほめながらテーブルに置いていたランプを手に取ると、みきのメモが目に入った。
サエラン 女 18歳 久しぶりの眼鏡
ギルド窓口勤務(知ってる)
むね、むね、むね、
C、D?
『家に入ると、そこにはわたし以外がいなかった』
E、EEE、EEE
頭の中がサイダー、つええ把握、E、・・・・・・・・・F?
FFFF、
『一度はバレたと思った。だけどバレなかった』
FFF、EE? EEEEE〇EE〇EEE〇
みき 2,000(えん)30,000(万) 吉井さん 500(えん)10,000(万)
勝負は合計で決定する。絶対勝ってる。
これ(えん)は鉛筆、(万)は万年筆なんだろうけど。これ経緯知らないで見た人は混乱するぞ。
それとまあ、な。吉井はもう一度メモを読み直す。
わかるよ、サエランのそこに目が行くのは。おれも思ったけど、ここは失敗したらやばい場面だと心の声ですら黙ってたから。
吉井はメモを裏返してランプを玄関に置き、そのまま2階に上がった。




