第69話 食堂面接
「え、じゃあ吉井さんどういう人が来るか知らないんですか?」
「うん。書いてなかったから」
「性別、年齢、名前、その他もろもろ何も?」
「そういうことになるな」
サエランと会う当日、吉井とみきは打ち合わせを兼ねてサンドイッチ屋で早めの夕食を摂っていた。
「ちょっと待ってくださいよ。向こうもこっちを知らなかったらどうやってわたしたちは」
「大丈夫、なんとかなるよ。きみ風に言うと『3年間こっちにいてまだアプリに頼る感覚抜けないんですか? 村の人はそれぐらい感覚でやってましたよ!』みたいな」
「ちょっと立場がごちゃごちゃでわかりづらいんですけど。ただ、吉井さんがわたしをいじってるっていうのは理解しました」
みきは吉井をにらみながらサンドイッチを手に取る。
「たまにはこれくらいね。で、わからなかったらさ。今日いろいろ当番のきみが、これっぽいな? って人に声を掛けてみれば」
「はあ? いろいろにそれは含まれてないですよ!」
「ええ、でも『全部ひっくるめてのいろいろ当番』って最初決めた時に」
「だからその全部はあくまで常識と良識に基づいた範囲内で! ああ、もう。わかりました。じゃあやりますよ。今日の面接わたしが全部担当しますから、吉井さんは人を見つけるだけでいいです。業務量的にはわたしのほうが多いし文句はないですよね? どっちみち当番のわたしが担当を決めたので決定ですけど」
え、それはただ面接やりたいだけじゃ。吉井はそう思ったが、当番を逆手に取られたみきのやり方に納得せざるを得ないと判断し、その提案を受け入れイイマ食堂に向かった。
「さて、面接会場に着きましたね」
みきは食堂の扉に手を掛けた後、「あ、そういえば」と横に立っていた吉井に人差し指を立てた。
「今日吉井さんは人を見つけたらそれで終わりです。それと一応言っておきますけど面接は基本わたしのやり方で進めますんで邪魔しないで下さい。まあ、せいぜい心の中でつっこんでて下さいよ」
「そう言われると心の中とはいってもやりづらいな。でもいいよ、どうしてもってなったら言うから」
「はいはい。じゃあ吉井さんからお願いします」
みきが扉を開け、吉井は促されるように中に入った。
確かに何にも情報ないからな。見つけるっていってもどうすればって。あっ、仕事終わった。吉井は一番端のテーブル席に座っているサエランを見て確信した。
だって返し早過ぎたもんな、そっか職場だったからか。それに違和感あるっていうか思いっきりここで浮いてるし、あの受付の人。
吉井はサエランの席の前に立ち、「依頼の人ですか?」と訊くと、サエランは読んでいた本を鞄にしまい、「はい、そうです」と答えた。
入り口で様子を伺っていたみきは手招きする吉井に気付くと、ゆっくりと近づいて吉井の横に立ち、よくやりましたよ。と吉井の肩を軽く叩いて椅子に座る。
なんか上司と部下のロールプレイ的なのになってるな。吉井はみきの横に座り、サエランと2対1で向き合った。
「依頼の件ですよね。わたしはみき、こっちは吉井です。で、まずはあなたの名前と年齢を教えて下さい」
みきは手を出してサエランに返事を促す。
「え、年齢? あ、サエランです。18歳に」
サエランは戸惑いながら答えた。
「ありがとうございます」
みきはいつのまにか取り出していたメモに書き始める。
18歳か、もう少しいってると思ったが。まあこっちの年相応の感じがわからんけど。吉井は横を通ったいつもの店員に果実酒を注文した。
「じゃあ何故私たちとやろうと思ったんですか?」
みきはテーブルに両肘をついて笑顔になった。
「ええと。そうですね。それは……」
サエランが言い淀んでいると、「いいでしょう。では質問を変えます」とみきは再び笑みを浮かべたまま口を開く。
こいつの面接のイメージってこういう感じなんだな。吉井は受け取った果実酒を飲みつつ様子を見守ることにした。
「あなたはどうしてお金を稼ごうと思ったんですか?」
「それは、その本を買おうと思って」
「本ですか。それはどんな本でいくらぐらいするんですか?」
「物語の本で金額は大体1万トロンぐらい、かな」
10万円越えてくるんだ、高いなあ。でもしょうがないんだろうなあ。写し方はよくわからんが手間はかかりそうだ。
会話を横で聞いていた吉井は驚きつつ、いつもの店員を呼び豆を焼いたものを追加で注文する。
「なるほど。では私たちの依頼を受けた理由を正直に答えてください」
「正直に、ですか?」
サエランは一瞬吉井を見た後、みきに向き直り一昨日の午後見たことを交えて説明し始めた。
「わかりました。それで信頼できるし安全だと思ったわけですね。サエランさん、ちょっとすいません。打ち合わせを」
みきが吉井の腕をつつきながら言い、吉井はサエランにすぐ戻ることを伝えて立ち上がった。
食堂入口横にあるスペースにあった木箱を見つけたみきは、「これ完璧です! こういうときに使うやつですよ!」と嬉々として座り、一瞬隣に座ろうと思った吉井はパーソナルスペースのことを思い出して横に立った。
「あの場面見られてたんだなあ」
「でもほんと正直に言うって。甘すぎます、あの人頭の中カルピスソーダですよ。だって場合によってそうとうまずいことになりますよ、こういう場合」
また歴史と伝統のある飲み物を。あー、炭酸思い出しちゃったよ。吉井は喉を通る刺激を振り払う。
「でも割とオープンな人もいるみたいなんだよ。つええを知らしめてる的な。その辺の価値観の違いかなあ」
「確かに自分が強いの伝わっていたほうが有利なこともあるかもしれませんが、だからといってこっちの反応も見ずに」
「まあしょうがないよ。感覚は人それぞれだから」
「わかりました。結果的に面接段階でわかってよかったですね。一応聞きますけど吉井さんはあの人を……」
「その質問の意図はわかるけど。おれは何もしないよ、つええ知ってるって踏まえた上で関わるだけで」
「よかったです」
みきは笑顔でそう言った。
打ち合わせを終えた吉井とみきが店に戻った時、吉井はイイマの何か言いたそうな視線が気になったが、後で説明する、できればする。と思いつつ曖昧な笑顔だけを向けそのまま席に座った。
「お待たせしました。では質問を続けます」
みきは下を向いて鉛筆をクルクルと回す。
「あなたがわたしたちのことを事前に知っていてくれたということから、わたしたちもあなたのパーソナルな部分をより知る必要があると思いました」
「ああ、はい」
サエランは曖昧に相槌を打つ。
「それでなんですけど、これまで読んだ本の登場人物のセリフで印象に残っているものはありますか?」
「え、セリフで?印象に?」
明らかに動揺しているサエランの視点がせわしなく揺れ動く。
「いいんですよ。サエランさんが単純に好きなのでも」
みきは笑顔で何度も、うんうん。と頷く。
こいつやりやがった。しかもおれが考えたたのと割とかぶっているという。そしてあれか。質問の後は笑顔っていうのがパターンなんだな。サエランの動揺が収まらないので、吉井が何か間に挟もうとしたとき、あの、それならとサエランが軽く手を挙げた。
「セリフだけでいうなら『家に入ると、そこにはわたし以外がいなかった』が印象に」
少し落ち着きを取り戻した様子のサエランはゆっくりと言った。
「ほう。『家に入ると、そこにはわたし以外がいなかった』ですか。なるほど、前後が多少気になりますが。吉井さんはどう思います?」
おれを巻き込むなよ……。吉井はそう思いながら口を開く。
「あー、そうだな。『家に入ると、そこにはわたし以外がいなかった』だろ? ということは、えー、わたしがいたってことか? まあ悪くはないんじゃないかな」
吉井はなんとか返答した後、テーブルの下でみきの足を軽く蹴り、「おい、そっちが聞いたんだから責任持てよ」とみきに囁くと、「すいません。思ったより何て言っていいかわからなくて。でも今ので次のプランを思いつきましたよ。詳細は後ほど」みきはそう返した後、サエランに向き直った。
「わかりました。では今回の依頼を正式にお願いします。いいですよね? 吉井さん」
「うん、いいよ。じゃあ具体的な日程とか決めとくか」
地図を取り出して話始めた吉井とみきを見ていると、サエランは再び激しく困惑した。
え、もっと大事な。今の全然依頼に関係ないし。そんな。
その後いくつか質問をされたが、困惑、後悔、本を得たい欲求が入り混じったサエランはその場で答えるのがやっとで、何一つ頭に入って来なかった。




