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泥状のギギルコン「と」  作者: がら がらんどう
吉井とみきとみきと吉井
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第64話 学び方は人それぞれ

 

 家へと戻る途中、今後移動する際に死ぬほど長い紐が必要かどうか、吉井とみきは再検討した結果、慣れると割と迷わないから大丈夫という結論となり紐の購入は見送ることとなった。


「あ、そうだ。紐とは関係ないんですけど」

 みきは歩きながら布袋に手を入れてごそごそと中身を確認する。


「お、なに?」

「吉井さん。さっき店でなんかおかしかったですよ、包丁とかナイフとかに過剰に反応していたように思えます」


 見られてたのか……。こいつには知られたくなかったな。吉井はしぶしぶ口を開く。


「うーん、何て言えばいいか。おれ尖ったものというか、先端が鋭利なものを見るのが苦手っていうか、だめになったんだよ」

「ああ、やっぱり。ちなみに具体的に尖ってるもの全部なんですか?」

「その辺はまだ検証中だな。包丁とナイフはきつかったけど」

「ふーん、じゃあこれは?」

 みきは布袋から鉛筆を取り出し吉井の額に向ける。


「いや。だから、ね。それ尖ってるから」

 吉井は鉛筆を持ったみきの手を振り払いつつ顔を逸らした。


「ほんとにだめなんですねえ。え、じゃあ。さっき急に?」

「そうだな。さっきあの店でだめになった」

「そんなことあるんですか……? いきなり前触れもなく」

「これまで溜まってたんだと思うよ。たまたまあのタイミングでコップから先端がこぼれ落ちただけだよ」


 みきは布袋にしまいかけた鉛筆を素早く取り出し、えいっ。と言いつつ再び吉井に突き立てた。


「さっきからしつこいって!」

 

 吉井は能力を使いかけたが、使用に回数制限があった場合、後で激しく後悔しそうなので、とっさに顔を手で覆ってその場に座り込んだ。


「な、なんてこと。まじもんじゃないですか」

 みきは脱力した風に鉛筆を落としかけたが、手を離れるぎりぎりで思い直し布袋にしまう。


「あの、吉井さん。これからどうやって戦うんですか?」

「戦う? 誰と?」

 吉井は顔を手で覆ったまま答える。


「あ、すいません。もうしないから普通にしてください。正直避け方にちょっと引いてるんで」

 みきは両手を広げて吉井に言った。


「ほんとだな?」

 吉井はゆっくりと覆っていた手を顔から離す。


「今はいいですけどここ槍の国ですよ。今後どう考えても槍を持った兵士と相対することあるじゃないですか」

「その場合は逃げるとか、先を折り曲げるとかすればいいんじゃないの」

「それができないことも絶対ありますよ。相手強いとかで。そろばんもトランプもないのに、これから強敵にどう立ち向かえば……」

 みきは腰が抜けたようにその場にゆっくりと座り込んだ。


「おいおい。きみまで座り込んだらなんかおかしなことに」

 

 鉛筆がしまわれたことを確認した吉井が、みきの肩を叩きながら立ちあがると、あーあ、とため息をつきつつみきも腰を上げた。


「吉井さんのつええハンデできちゃいましたね、まさかの先端恐怖症っていう。妹とか幼馴染大事すぎるほうがまだいいですよ」

「なっちゃったもんはしょうがないだろ」

「どう考えてもコミュニティで浴び過ぎたのが原因ですよね」

「だよなあ。あんなに先端一気に見ることないもんなあ」


 吉井とみきは並んで家に向かって歩き出した。


「ねえ、吉井さん。物事のいい面を見るんです。今日、この瞬間が戦場じゃなくてよかったじゃないですか。いきなり顔を覆って逃げだしたら決まりかけた昇進もなくなりますよ」

「まあそうだな。今ならある程度対策は取れる」

「ちなみになんですけど」

 みきは真剣な表情で吉井を見た。


「包丁、ナイフ、鉛筆。嫌度を数値にすると、どんな感じなんですか?」


 嫌度、か。吉井は少し考えた後、「包丁100、ナイフ50、鉛筆60」目を閉じて今日のことを思い出しながら言った。


「へえ、鉛筆がナイフ越えてるんですね」

「そうだな。鉛筆のとがらせ具合にもよるけど」

「わかりました。あんまり気にせずゆっくり慣れていきましょう。無理に克服しようとしなくてもいいんです。目を逸らしまくりましょう。そしてゆっくり、ゆっくりでいいんです。ゆっく」


 みきはゆっくりという部分を強調して繰り返していたが、そのうち吉井に背を向け、はあ、ふう。はあ、はあ。と大きな深呼吸を始めた。


 だから知られたくなかったんだよ。どう考えても今、やったらだめなことをやりたくてしょうがないって状態だろ……。


 徐々に俯き始めた吉井の歩くスペースが落ちていくと、「あ! わたしが前に出ますよ! とんがったものがあったら片っ端から処理していきますんで!」もう耐えきれないといった様子のみきが、吉井の前に立ちきょろきょろと周りを確認しながら歩き出した。


 さっき言ってたな、物事のいい面を見ようって。処理ってどうすんだ? とかは置いといて、気にしてくれているのは素直にありがたいと思うようにしよう。


 吉井は先端を探して進むみきの歩幅に合わせて歩いた。



 結局、みきは一度も尖ったものを処理することなく2人は家に着き、吉井はそのまま2階に上がろうとしたがみきに呼び止められて、暗闇の中で作業テーブルの席に着いた。


「なあ、疲れてるから早く寝たいんだけど」

 吉井は指に当たった書類を固定するための石を掴み、つるつるとした感触を確かめた。


「明日のやつ今からやっときましょうよ。午前はギルドに時間使いたいじゃないですか」

「ええー、それはしんどいって。大体暗くて全然見えないし」

「大丈夫です。ランプを使って肩を寄せ合うように近くでやれば」


 はい、これ。みきは火打ち石と金属を吉井に手渡す。


「ああ、こっからね……」


 ほんとこいつ強と弱しかないよな。吉井はのそのそと立ち上がり、近くに置いてあった枯草と小枝を暖炉に入れて調整した後、高速で石を金属に擦り付けて火花を散らした。


「おお、さすが。ほぼ人間ライターですね。これは便利ですよ」

 

 みきは玄関に掛けてあったランプを持ち、暖炉の前に座り込んで火を移した後テーブルの上に置いた。


「さて、やりましょうか」

「わかったよ。おれは今日の入金やるから」

 吉井はランプの火に紙をかざす。


「そうですね。じゃあわたしは明日の回収リストを」

「じゃあ、これだ」

 みきの体面に座っていた吉井は、紙の束から1枚取り出し互いに見えるよう横にして置いた。



 みきが文字が読めないことを考慮し、仕事の初回は吉井が事前に片仮名とアラビア数字に変換し処理するものを渡し、みきが計算したものを再び吉井が別の紙に書き写すというやり方で行ったが、これおれ1人でやったほうが早くない? という吉井の提案に対し、金利の計算は柔軟かつ処理能力が優れている十代の脳で行うべきだ。というか1人でやられたら自分の立ち位置が無くなる。というみき側の意見により、同じやり方をしばらく継続することとなった。


 作業時間は吉井の方が圧倒的に長かったため、みきは余った時間に吉井が書いた片仮名と数字を参考に、原本を見ながら変換前の文字を書き写すことを始めたが、文字を学ぶならもっと系統的にやったほうがいいんじゃないか。という吉井のアドバイスを、みきは笑って、ねえ吉井さん『わたしはみきです』『昨日の空は青色でした』『ナオという友達がいます』『ナオは犬を飼っています』『犬の名前は信玄です』『信玄は6歳です』そういう感じで言語を学んでどうなりました? ほら、言うまでもないでしょ。生活や実務の中で学ぶ。これ以上の近道はありませんよ。と黙々と書き写していた。 

 

 それは14歳でこっちに来たから初歩的な英語で止まってるだけなんじゃ。吉井はその時思ったが、まあ本人の好きにさせようと、みきのやり方を見守ることにし現在に至っている。



「しかしほんと見えないな」


 3人分の入金情報を書いた後、吉井は椅子を持ってみきの横に移動し、ランプを手前に引き寄せると、みきは、えっ? と怪訝そうな表情で吉井を見た。


「急に横に来るって。それになんか近いんですけど。吉井さんはこれまで生きてきて、人にはパーソナルスペースがあるって気付かなかったんですか?」


 みきはそう言った後、もぞもぞと座り直し上半身を吉井から離す。


「だって肩を寄せ合うぐらいでどうとかって」

「本音と建て前じゃないですか? それぐらいわかると思ってたんですけど」


 あの会話の流れでこれかよ。吉井はガタガタと椅子を揺らしてみきから離れ、手だけをランプに近づけた。



 1時間から2時間ぐらい作業を行い、吉井の体内時計で夜の10時頃には明日の午前中にすべき作業が終わった。


 明日からギルド編かあ、楽しみだなー、どうなるんだろうなー。みきは機嫌よく右肩を回しながら2階に上がり、吉井はトイレに行くのを忘れていると思われるみきに、それを告げるか1人で行ってしまうか少し迷った後、みきを呼びに行くため2階に上がった。


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