第59話 そっちは使ってんじゃねえか
家に着いた吉井がドアを開けると、ススリゴの元妻とみきがテーブルで向かい合って楽しそうに話しており、吉井に気付いたみきは、「すいません、なんか帰ってきちゃったんで」と吉井を一瞬見た後、少し困ったよう笑顔を浮かべ元妻に小声で言った。
気持ちはわかるよ。急に第三者が入ってきたら会話のリズムというか、空気感が崩れて話しづらくなるっていうの。それはわかるんだけどね、言ったらだめだよ。いや、ごめん。言ってもいい。いいけど、それはおれがいなくなったところでね。
吉井はなるべく音を立てずに皿を置き、元妻に軽く会釈をした。
「あ、いいの。もう帰るから」
元妻は、またね。とみきに手を振りながら家を出た。
「何話してた? とかは聞かないで下さいよ。必要ならわたしから言いますから」
みきはテーブルの上に乗っていた何枚かの皿を片付け始める。
「そうだな。おれに関係ありそうな話なら言ってくれ。あれ、この辺の皿ってさ」
吉井はみきが片付けている様子を見ながら言った。
「ああ、これはなんか持って来てくれたんですよ」
「へえ、そうなんだ」
吉井は自分が置いた肉厚定食を見つめる。
「ススリゴさんの元妻は食べましたけど、わたしまだですから。吉井さんが用意してくれると思って待ってたんですよ」
こいつ、いいやつじゃないか……。吉井は想像していなかった返答に戸惑った後、少し感動した。
「で、なんですか?今日は」
「お、おお。色々あってだな」
吉井は肉厚定食に重ねていた皿を取った。
「昨日と同じになっちゃったんだけど。肉厚定食だよ」
「ねえ、吉井さん」
みきは肉厚定食を一目見て続ける。
「苦笑いと薄笑いと半笑いの違いってわかります? ちなみに吉井さんが帰って来た時は苦笑いでしたけど」
「まあ、言いたいことはわかる。だがこれには理由があるんだよ」
「いくら好きだって言ったからって連日同じものを買って来るなんて。これを食べるのは問題ないんですよ? わたしは連続食に強いですから。こっちの人ですらびっくりしてましたもん。毎日同じで大丈夫? って。わたしが言いたいのは」
半笑いのみきは一度言葉を切って唇を歪める。
「好きだって言った食べ物を次の日も買って来る。その心が気持ち悪いって言ってるんです。だから子どもは好きな食べ物も嫌いになるんですよ」
「すまん、事実を述べさせてくれ。おれは2つ違うのを注文した。一つは肉厚定食だけど、これはあくまで保険だったんだよ。もう一つは冒険しよう、新しい風をこの家にも流そうと。で、その風が変なのだったら最悪おれがそっちをっていう」
ほう。みきは表情を緩めて椅子に座る。
「ここまではいいですね、間違ってないですよ」
「で、もう一つもまだ慣れてないから押さえにいったんだよ。日替わり定食みたいなのを注文して」
「ああ、なるほど。それが一緒だったということですね」
納得したみきは肉厚定食に手を付け始める。
「うんうん。そういうことだよ」
「いいでしょう。おそらく店の前に手書きのポップみたいなのもなかったでしょうし、内容がわからなかったというのも理解できます。それに新しい風を我が家に注ぎ込む、その心自体はありですよ。そして心が間違っていなければ、かならずいつか成功します。うん、そしてやっぱりおいしい」
心が間違っていないってなんだ? 吉井は思ったがみきが納得しているようなのでそのままにし、暖炉にあるヤカンから自分とみきの分のお茶を入れテーブルに置いた。
「そう言えば今日いろいろあってさあ」
「あ、そういえば生きて帰ってきましたねえ。よかったよかった」
「んで気になることがいくつか」
「いいでしょう。夕食も用意してきたことだし、中年男性の仕事の悩みを聞くぐらいの気持ちはありますよ」
みきは先に肉を全てカットした後、紙と鉛筆を用意して左手で器用に食べながら、どうぞ? と吉井に右手を差し出す。
「あ、話は時系列に沿ってお願いしますよ。それとできるだけ吉井さんの主観は入れないで下さい。あったことをそのまま、素材の味そのままでお願いします」
メモも取んのかよ、本格的だな。吉井は今日あったことを話し始めた。
「なるほど、うーん。なかなか大変でしたねえ」
話の途中で食事を終えたみきは、お茶を飲みながらメモを読み直していた。
「な? 詰まってるだろ。けっこうしんどかったんだよ」
「いろいろ気になる点はありますが」
みきはメモをトントンと鉛筆で叩く。
「とりあえず一つひとつ検証していきましょうか。ええと、まずはこれですね。最初のスウェーデンハウスで、ミナトロンが能力を使った所です。今後にも関わってきそうなので。間違ってたら教えてください」
みきは片手に鉛筆を持ったままメモを読み上げる。
「吉井さんは女性専用車両に間違って乗り込んでしまったような、ミナトロンからの激しい視線を受けて消耗します。その時にミナトロンはこう言いました。『しかしそんなに影響を受けるとは。君は敏感な方だと思うよ、これは能力の大小に関係ないから』と」
「そうだな。伝言ゲームがばっちりできてる」
「これ違うんじゃないですか? 吉井さんの話を聞いてると、こんな激しいのミナトロンだけだったんじゃ」
そう言われれば。吉井は槍を投げてきた兵士達の視線を思い出す。
「そうだな、他の奴とは違ってた。こいつのは量もだけど、目の数と種類が多かった気がする」
「でしょう? この嘘って意味があると思うんですよ。じゃあ次」
みきは再びメモに目を落とした後、「あ、ちなみに」と吉井に視線を戻した。
「そこかよー、本編と関係ないじゃーん。きみの趣味じゃーん。みたいなのないですからね」
「あ、ああ。そうなんだ。いいよ、別にきみが純粋に気になったところで」
「よかったです。じゃあ、スウェーデンハウスから出た吉井さんは、ミナトロンと焼き鳥を食べます。そこで」
「あ、ごめん。そこ」
吉井は手を挙げた。
「おれ焼き鳥食べてないわ。さっきの説明が悪かったかも」
「いいでしょう。あまり関係なさそうですが一応」
吉井さんは食べてないっと。みきはメモを訂正し続ける。
「そこでミナトロンが仕事観みたいなのを語ったんですよね。割と長く」
「そうだなあ。あれはやっぱり焼き鳥屋を通じて何かしらを伝達するための時間稼ぎかと」
「そうですね。わたしもそう思います」
みきは別の紙に、『A:能力の嘘』と書いており、横に『B:伝達のための時間稼ぎ』と書き足した。
アルファベット思いっきり使ってるじゃねえか……。Sランクだめでそれはいいのかよ。吉井はみきが紙に書いていくのを黙って見ていた。
「で、次が3階が怖かったっていう団地学校ですよ。あれ学校団地のほうがよかったですかね」
「うーん、どっちかって言うと最終的には学校団地かな。イメージ的には」
「じゃあそれでいきましょう。で、学校団地に入って3階に行った後、隣の棟から槍をがんがん打ち込まれたと。これも吉井さん言ってましたよね。なぜ弓じゃないんだ、と」
「それは帰り道考えたんだけどさ。単純に槍の国だから手元に一杯あった、っていう可能性もあるかなーって」
「それもあるかもしれません。でも逆も考えておいた方がいいんじゃないですか。弓を使いたくなかった。もしくは使えなかったって」
弓を使えない状況? 吉井が考えている最中にみきが『C:弓ではなく槍』と付け足す。
「その後、あ、これで最後です。部屋に槍をがんがん打ち込まれた後、ミナトロンに『君はこの力について深く考えてなかったようだね。だから知らない』と言われたんですよね?」
「そうそう。決めシーンだったよ、あれは」
「ですねえ、喉元に槍でしょ? わたしなら恥ずかしくてできませんよ」
「あ、でも今思ったんだけどさ。なんで改めて能力の話をここでするかなあ、それならスウェーデンハウスで言っとけよっていう」
ふむふむ。みきは『D:今ここで能力の話する?』と書きメモをひっくり返して吉井の目の前に置いた。
「あ、そうだ。廊下の槍も気になったな。なんでわざわざ用意してたのかなって」
「はいはい。廊下槍もありましたね」
みきは再びメモを引き寄せ『EX:廊下の槍』と書き足す。
「なるほど。こうしてみると何となくわかりますねえ」
みきは鉛筆を置いて、1人何度も頷く。
「どれどれ」
吉井はみきの後ろに回り込んでメモを見た。
A:能力の嘘
B:伝達のための時間稼ぎ
C:弓ではなく槍
D:今ここで能力の話する?
EX:廊下の槍
だめだ。アルファベットとEXが気になって集中できない……。
吉井は一度深呼吸しつつ背伸びをした。




