第58話 こぼれ落ちた習慣
コミュニティの敷地外に出た吉井は、一度能力を解除した後、やっぱりまだ使っていた方がいいかと、再び入ったが、でもこれやってたらきりないよな。と思い再度能力を解除した。
しかしこれ今日何回か集中して使ったけど、結局仕様がよくわからん。まあ意識してないと把握できないとかは後で考えるとして、なんかカチってなる瞬間あるんだよなあ、集中すると。でもさっきとか190cmの奴らの時みたいにもっと奥まで行けるからさあ。じゃあ、このカチっと感はなんなんだっていう。全力出したときにカチってなるならわかるよ。でも中途半端な状態でカチってなってるからななあ。いつ使うんだよ、このボタンみたいに。
吉井は早く帰りたいこともあって、能力を試すついでに屋根をつたって戻ろうかとも思ったが、高い場所からの視点ではまた現在地を見失うような気がしたので、そのまま歩いて帰ることにした。
しかし明らかに無視されてたけど、何かあったんだろうなあ。吉井は日が傾きかけた街を歩きながら出入り口での様子を思い出す。
出入り口付近に2名いた兵士は吉井が近づいてくるのを把握している様子だったが、目も合わさず何事もなかったように他の業者の相手をしていたので、吉井は一旦能力を解き何度か話し掛けたが反応がなかったので、吉井はそのまま敷地外に出た。
無視は駄目だ、あれはきついって。どんな理由であれ辛い気持ちにはなるから。というか今度行ったらフリーパスなんだろうか。大体にして次あるのかわからんけどさ。しかし、いろいろあった。なんか長かった。壊滅から偵察、そして最後はもう見学だよ。でもいろいろ込みで意識のやつと合わせて帰ったらみきに検証を頼もう。1人では無理、って。あ、おれ今日いろいろ当番だった。
吉井は、当番の仕事である夕食の用意について検討した結果、通り道であることが決め手となり昨日と同様にイイマ食堂でテイクアウトすることにした。
イイマ食堂についた吉井は、昨日はどうも、今日もよろしく。とイイマに挨拶をし、まず肉厚定食と、もう1つは迷った結果、今日のおすすめとか定食のようなものはあるか? とイイマに訊いた。
「おお、あるぞ。でもいいのか?」
カウンターの中にいるイイマは、一瞬吉井を見て作業に戻る。
ん? いいのかってそれはどういう。吉井は何となく店内の客の食事を見たが、特に情報は得られなかった。
「なにか特殊な食材を使ってるんですか? それとも結構高いとか」
「いや、そういうことじゃ。ああ、今やってる!」
ホールにいる店員から催促をされたイイマは、「あとちょっとだ!」と付け加え、さらに忙しそうに手を動かし始めたので、吉井は、「じゃあそれで」と言ってカウンターに座った。
カウンターの席には吉井しか座っていなかったが、いくつかあるテーブル席は埋まっており、場の雰囲気に馴染もうとした吉井は、料理を作る過程に興味がある体で、「へえ」「なるほど」「ああ、そうなる」という3つの言葉を時折ごく小さく呟きつつ、カウンターの中を見ながら別のことを考えていた。
「できたぞ。2つだ」
カウンター越しにイイマが肉厚定食を2つ吉井の前に差し出す。
あー、はいはい。これね、結果同じやつだったっていうのね。正直これもちょっと考えてたやつだからなあ、証明しろって言われたらできないけどさ。それか、こっち特有のよくわからん材料のやつで結局美味いっていうのと、え? これだけ? みたいな量で値段は一緒とか。その辺が出てきたときの心の準備もしていたんだが。ただ言ってくれてもよかったんじゃないか? とは思う。時間は結構あったよ。でもまあ、これは当たりの部類に、って。おれ金持ってねえ……。
吉井は心情的には両手を頭に当ててテーブルに突っ伏したが、イイマには、軽く礼を言って2つの皿を受け取る。
言い訳だよ、ほんと言い訳だけど。財布を持つ習慣がこぼれ落ちてるっていうか。ああ、もうやっちゃったよ! おれはあほだ。今日の定食のどうでもいい想像をしてるぐらいなら事前に確認できてたよ。あー、「さっきの言い方だったら何がでてくるんだあ? んー? えー?」みたいな時間まじで無駄だった。
一通り意気消沈した吉井は、金が無いということをイイマに伝えるのを後回しにしたいと考えた結果、とりあえず自分の分を食べながら今後のことを考えることにし、気持ち大き目の方を端に寄せてもう一つの定食を食べ始めた。
うまいなあ。金無いけどうまいなあ。不安がスパイスになってるからなのか。いや、でも普通に安全地帯で食べたほうが。
そしてどちらの心理状態が食事の引き立てるかの答えが出ないまま、定食を食べ終えた吉井は空になった皿をしばらく見つめた。
何も起こらないまま終わったな。まあいい、まだ弾は残っている。
「あの、ちょっといいですか」
吉井はカウンターの中にある小さな椅子に座って休憩しているイイマに話しかけた。
「おお、どうした」
「また皿を重ねて持って帰りたいんで、この使った皿そこで洗っていいですかね」
吉井はカウンター内にある洗い場と思われるスペースを指す。
「いいぞ。今なら空いてるからな」
じゃあ、ちょっと。吉井は皿を持って立ち上がってカウンターの中に入り、この水使っていいか、洗うのはどれを使っているのか、拭くのはどれだ。と確認しながら残っていた皿もまとめて洗った。
「なんかこういう仕事でもやってたのか?」
イイマは感心した様子で作業を終えた吉井に声を掛ける。
「え、いや。特に」
ここで現代一人暮らし歴長め成人男性のつええかあ。吉井は手を拭いた後、座っていた場所に戻った。
「男がそれだけ出来るなんて大したもんだよ。大抵のやつは皿なんて勝手にきれいになって乾いていると思ってるはずだ」
「ああ、でもこれくらいは」
吉井は褒められる快感を思い出し自然と顔がほころぶ。
よし、流れに乗って。ここだ、この辺だろ! ススリゴさんかみきがドアを開けて入ってくるはずだ。開け、ほら開け!
吉井は数秒笑顔を固定し待ったが、これ以上引き延ばせないと感じ、静かにきれいになった皿を定食に重ねた。
まあ来ない、か。来ないよな。もうちょっとこっちで馴染んでれば、今日の燻製屋の人とか燻製屋にいた兵士とかと仲良くなっていれば、可能性も広がるんだけどさ。今あの2人が入ってきたところで、金借りる辛さ的にはこの店長に言ったほうが楽だもん。ただおれ一応皿洗いもしたからな、かなり自然な形だったはずだ。これで借りやすくなったのは間違いない。
吉井は何度か皿を重ねながら引き延ばした後、金が無いことをイイマに謝罪し、明日皿と一緒に金を持ってくることを約束して店を出た。




