第54話 コミュニティ見学編(ミナトロンの普通)
「どうって。それは前の2つが同じだったんなら」
いや、だから。もういいって、その感じ。吉井は空だとわかっているグラスを手に取り飲んでいる体を装った。
「そうなんだよ。胃を切って中身を取り出して見たんだけどね。2人ともほぼ同じような状態だった。それでわたしとしては一応の結論付けとしてね」
ミナトロンはゆっくりと足を組み直す。
「この能力における意識の拡大は、その程度に関わらず本人の主観のみに影響を及ぼす。としたんだよ」
「ああ。そうなります、かね」
何らかの特別な処置を施したことにより、双子は生きて解放されたのではないか。吉井はそのことを期待し2人のその後を聞こうとしたが、この話を広げること自体がミナトロンのペースにはまる気がし、必要なのはこの場から立ち去ることだと判断した。
「あ、すいません。そろそろ行きます。ススリゴさんから頼まれてた仕事あるんで」
吉井が両手をソファーに付き立ち上がる素振を見せた。
「大丈夫だよ、昨日帰りに話しておいたから。今日もし君が来ることがったら時間をくれってね」
ミナトロンは両手をかざし座るように促す。
おい、あの中年なんてことを……。大体にしてこいつと付き合い長いなら知ってるだろ、やばいやつだって。そんなやつに入って間もない従業員をあずけるか? 経営者としての資質にそうとう問題あるぞ。吉井は仕方なくもう一度座り直した。
「あと色々気になっているようだけど、ここで君に危害を加えるつもりはないから。もっとリラックスしていいよ」
「いや、別にそういうわけじゃ」
吉井は反射的にミナトロンから目を逸らした。
ああ、そうだよ。おれはびびってる。知ってるよ、おれの思考だからな。でもいくらびびっているとはいえ、それをお前に言う必要はないんだよ。ああ、そうだ。6秒だよ。怒りを鎮められるのなら、びびってるのを押さえることもできるはず。
吉井が静かに6秒数えていると、「気になるなら場所を変えるかい?」とミナトロンは窓の外に目を向ける。
「ああ、その辺は特に」
ミナトロンに合わせて吉井も窓を見る。
場所っていうか、もう関わりたくないから帰りたいんだけど。そしてその窓はおれの逃走ルートなんだけど……。
今の状況に焦り始めた吉井は足に力を込めた。
多少強引にでも行くか。大丈夫だよ、おれはつええんだし行けるはずだ。視線でおれは止められないよ。あ、いや、でも。吉井は下半身の力を抜いた。
まだこいつの意図と能力がどれぐらいかわからないんだよな。よく考えたらここで無理するっていうのは、何も見えない暗闇の空間に飛び降りるようなもんだ。
今いるところが1階かもしれないし、2階かもしれない、59階かもしれない。そして下が地面かもしれないし、海かもしれない。トランポリンがあるかもしれない。トランポリンなんて高いところから飛び降りたらその分跳ねるからな。なんとなくの想像では。
それに危害を加えるつもりはないって。さすがにそれをそのままは受け取れないよ。半笑いで、またまたあ。って返すぐらいでないと。
様々な可能性を考えた結果、吉井は自分から行動は起こさず、相手の意図と能力の上限を探りつつ柔軟に対応することにし、場所を移動することを了承した。
ゲストハウスを出た後、吉井とミナトロンはコミュニティ内を並んで歩いた。
道は街と同様に石畳で整備されており、また道を外れた場所も芝生と表現するまでには至らないが、草木はきれいに刈り取られいた。そして一定間隔で広場のようなスペースがあり、吉井が山から確認した屋台が何か食べ物を売っているようだった。
むしろ街よりきれいっていうか、整ってるな。吉井は広い敷地の公園を散歩しているような気分になっていた。
「すごく整備されてますね、ここ」
「そう思ってもらえてよかったよ。手間と金は掛けているからね」
ミナトロンは満足そうに頷く。
「どれくらい掛かってるんですか? この規模の敷地を維持するのに」
ミナトロンは少し考えた後、「大体80万から100万トロンくらいかな、月で」と周りを見渡して言った。
「へえ、けっこう掛かりますね」
吉井はなんとなく納得したように装う。
月1,200万円かあ。駐車場入れた田舎のイオン2個分だもんなあ。居住スペースもあるし、それぐらい掛かるのかねえ。というか中入った感じだと4個分あるかも。まあイオンの規模にもよるが。
吉井が全域の清掃をこなすのにバイトをどれぐらい雇えばいいのかを何となく計算していると、「君は100万トロン掛かるのに納得しているのかい?」ミナトロンは意外そうな目で吉井を見る。
「いや、高いですよ。高いけど。要は100万使ったほうが得だからやってるんでしょ?」
「ほう。例えばどういったことで?」
それはお前が知ってるだろ。吉井はそう思ったが、適度な距離感を保つために飲み込んだ。
「環境を整えることで、例えば居住空間とか職場とかの。それが生産性の向上に繋がる、とか」
「いいね、普通の返答だよ。ごく普通だ。だけどそういうことだよ。なかなか理解はしてもらえないんだけどね。実際の数字を見せてるんだが」
ミナトロンはそう言って自嘲気味に笑う。
だろうな。あの食堂にいたやつらとかだろ? その金あったらおれらにくれってなるよ。こうすることで結果君たちのためになるんだよ。とかいくら言ったとしても。絶対わかってもらえない、そう。しかし、そうだ。だけど。うーん普通、か……。
吉井は普通と言われたことに少し傷ついていたが、過去に変に回りくどい言い方をして何回か失敗したことを思い出し、これでよかったんだ。と納得することにした。
「ちょっと何か食べるかい?」
ミナトロンは歩きながら少し先の広場にある屋台を指す。
「いや、家で食べるんで。あ、そう言えばこっちから回って外に出れるんですかね?」
「そうだねえ。一応は規律みたいなのがあって来客者は正面玄関からしか出入りできないことになってるんだよ」
「ああ、そうなんですね」
「じゃあわたしだけ食べるよ」
ミナトロンがそう言って屋台に向かうと、既に並んでいた4、5人がミナトロンに気付き、一礼をした後散り散りに去っていった。
あいつ思いっきり気を使われてんな。というか逃げたやつらもさ、それは逆効果だろ。吉井は屋台近くにあるベンチに腰掛け、ミナトロンが買い物をする様子を見ていた。
結局焼き鳥だよな、ここの屋台も。こっちで流行ってんのかなあ。ミナトロンは何回か指を差して選んだ後、紙袋を持って吉井の横に座る。
「すまないね。食事をここで終わらしておきたくて」
ミナトロンは1本串を取り出した。
「ここには食堂とかってないんですか」
「あるよ。いくつか」
「でも別にこういう外で売ってるのもあるんですね」
「そうだね」
ミナトロンは2本目の串を取り出し、1本目と交互に食べ始めた。
「こういうのは非効率だと思うよ。清掃だって手間だし余計に人員も必要だ。でもこういう気分転換を求める人間も一定数いてね」
「ああ、わかりますけどね」
「それを足し引きした結果、食堂以外にも食べる場所を用意することになったんだ」
「なんか環境作りに重きを置いていますね。さっきから話を聞いていると」
「わたしはね、生まれた時から入れたんだ。君がどうだかは知らないけど」
ミナトロンは3本目の串を食べ始めた。
「でもそれだからかな。余計に思うよ。生まれ持った能力ですべてが決まるっていう考え方は好きじゃなくてね。わたしは人は環境によって左右されると思ってるんだ。周りを整えれば自身が持つ能力が発揮でき、そうすれば皆が必要な人材になれると。でも悲しいけど人には上限もあってさ」
「いや、それを言うと環境因が大事っていう部分と若干相反するっていうか」
だめだ、言っちゃったよ。こういう会話に入ったらだめだってわかってるのに。こいつの思うつぼだよ。さっき我慢した意味がない。
ミナトロンは吉井の問いに頷きながら笑みを浮かべた。
「それが現実の不思議な部分だね。いくらきちんとやっても違う結果が出る。だから面白いっていうのも事実だけど」
吉井が、ああ、うん。と曖昧に頷くだけにして会話を終わらせると、3本の串を食べ終えたミナトロンは、屋台横に設置されたゴミ箱と思われるものに紙袋を丁寧に入れ、店主と2、3言話した後戻ってきた。
「さて、行こうか。もうすぐだよ」
ミナトロンは右手首を振りながら再び中心に向かい歩き出した。
「あの、それなにを?」
「ああ、虫が手にね」
ミナトロンは手を振るのを止め、右手に息を吹き掛ける。
「取るならもっとやりようが」
「加減によっては殺してしまうからね」
「へえ、虫好きなんですか?」
「個人としては嫌いだよ。見たくも触りたくもない」
ミナトロンは虫が手から離れたことを何度も確認する。
「さっきの虫はここで必要な存在かもしれないだろ? わたしにはそれがわからない。だから殺せないんだ」
もういいよ、その感じ。結構しんどい。吉井はそう思いつつ、ああ、うん。と再度曖昧に頷いた。




