第53話 コミュニティ偵察編(砂時計はいらないと思う)
ミナトロンが近づくと同時に、吉井は壁伝いに距離を取った。
おいおい、ちょっと待って。さっきから少しはあったけど。こいつが近づくとなんかすごく嫌な感じが。
遅刻して入った時の教室のような、すでに始まっている説明会の部屋に入った時のような、結婚式の2次会で貸し切っている席数30ぐらいのダイニングレストランのドアを開けた時のような。
物凄く。うーん、なんていうんだ、これ。ああ、視線だ。視線見たいなのを感じるんだけど。これなんかつええに関係あんのか?
「その反応。本当に持っている人間に相対するのは初めてなんだね」
「え? あ、ああ。そうですね。田舎暮らしが長くてあんまり人と会うことが」
嘘には事実を少し入れろという鉄則、守れたぜ。オーステイン出身という設定だが、実際こっち来る前もおれは田舎に住んでいたからな。より自然な形で返答できたであろう。
「まあ慣れだよ。元々の資質によるという話もあるけどね」
「そう、かもしれませんね。都会出身だと人の目に触れる機会も多い、し」
吉井は視線に耐え切れず別の一人掛けソファーに座り込んだ。
「しかしそんなに影響を受けるとは。君は敏感な方だと思うよ、これは能力の大小に関係ないから。安心してくれもう出るから」
ミナトロンはそう言った後、ソファーに座り空になったグラスに果実酒を注ぐ。
出る? なんだよ、普通に戻すってことか? また専門用語っぽい言い方を。って、あ。視線消えてる、じゃあ、おれも合わせとく、か。
吉井が集中を解き、ふらふらと最初座っていた場所に戻ると、ミナトロンは吉井のグラスに果実酒を入れた。
「ああ、どうも」
吉井はグラスを受け取り一口飲む。
「敏感か。そうですね、自意識過剰だと言われたことは何度かありますけど」
「気にすることはないよ。せっかくだから少し説明をしよう」
ミナトロンは組んでいた足を戻し、ゆったりとした仕草で果実酒を飲んだ。
「さっきからわたしは『持っている人間』と言っているが、それが主流だから使っているだけでね。わたしの感覚としては『入れる人間』のほうがしっくりくるんだが」
ええ、じゃあそれどっちで覚えればいいんだよ。まあいいや、どっちでも取れる感じで、言ってくる人に合わせるようにしよう。
「あー、なるほど。個人的には言ってることわからなくはないっていうのはある気がしてましたね」
「大体はわかっているとは思うけど、きみやわたしは何か特別っていうわけではないんだよ。元々人間が持っている機能が優れているだけだからね」
「なるほど。そういう捉え方なんですね」
「でもわたしが思うに、筋力が優れている部分なんてさほど重要じゃない。仮に君が100人分の兵士の力があるとすれば、200人の兵士を使えばいいだけだからね」
「そう、なりますか。うん、まあそうですね」
それはちょっと極論だな。吉井は思ったが話が長くなりそうなので流すことにした。
「大事なのは意識の拡大の部分だよ。これをどう使うかでその人間の価値が決まるとわたしは思っている」
「あー、そうですね。関係ないかもしれないですけど、あれ使って勉強しとけば、同じ時間でも普通にしてる人より効率的というか時短? うーん、短くはなってないですけど」
「へえ、きみは」
ミナトロンの顔がほころぶ。
「そういうことだよ。この力を使ってその辺で暴れても大した意味はないし、驚異でもない」
あ、そういえば。吉井は以前から少し気になっていたことを思い出した。
「あの、意識の拡大? でしたっけ。要は入っている状態の時間の経過ってどうなってるんですかね」
「経過、というと?」
「入っていない人と同じ時間が経過しているかってことなんですけど」
「そうなんだよ、そこなんだよ!」
ミナトロンは興奮して立ち上がった。
「ススリゴが気に入ってるっていうのもわかるな。わたしも以前それが気になってね」
ええと、何かあったはずだ。ミナトロンは近くに置いてある机から紙と鉛筆を取り出して戻ってきた。
「一度やってみたことがあるんだよ。双子を使ってね」
やっぱり双子か。これ系の検証全部そうだよな。吉井はミナトロンが紙に書き始めた文字を追う。
「3つの条件から調べてみたんだ」
「へえ、なるほど」
ミナトロンは双子1、双子2と書いた文字の下に『砂時計』と付け加えた。
「最初この2人の双子は、いわゆる持っていない状態でね。ます片方の能力を伸ばしたんだよ」
「え、それって。例えば魔物を使って、とか?」
「そうそう、そういうことだね。大変だったよ、いい感じにしようと思ったらこっちが殺しちゃうしさ。かといってあんまり放っておいても双子が危険だしね」
ミナトロンは満面の笑みで続ける。
「それを続けて、双子の片方がある程度『入れる』状態になった後、2人に同じ砂時計を持たせて、片方を『入らせた』んだよ」
「うーん。それって双子じゃなくても」
「まあそうなんだけどね。せっかくだから最初からやりたいじゃないか」
で、どうなったと思う?ミナトロンは空になったビンをクルクルと手の中で回した。
「ええ、それは……。同じ時間が経過してたんじゃないですか?」
「そう。その通り」
ミナトロンは砂時計の下に、同じ。と書き足した。
「で、次は少し長期的に見てみたんだ。まず2人の頭を剃ってだね」
剃る? この人やっぱりちょっと……。吉井はミナトロンの顔が見れず、紙とそこに書いてある文字を何度も読み直した。
「それで片方の『入れる双子』に1日の半分ぐらい『入って』もらったんだよ。ああ、ちゃんと近くに監視を置いてるよ。きみみたいには敏感じゃないけど、目の前の双子が入ってるぐらいはわかる人間。で、半年後なんだけどね」
ミナトロンは『髪の毛』と書き足した。
は、半年……? どんだけ拘束してんだよ! どう考えてもやりすぎだ。もっと前にわかるって!
吉井はそう思ったが、なんとか冷静さを保とうとミナトロンに気付かれないよう深呼吸を繰り返し、同じだったんですか?と言った。
「そう! ほぼ同じ長さが伸びていたんだ。そして次が最後なんだけど『中』がどうなってるのかの確認だね」
「ん、中?」
「そう中。だから双子には同じものを同じ時間に食べてもらってね。その後、さっきと同様に片方に入らせたんだ」
おいおい、ちょっと待て。それは……。おい、やめろって……。吉井は小刻みに震え出した。
「そして半日後に2人の胃の内容物を見てみたんだけど」
やばい、やばい。こいつはやっぱりやばい。人間は第一印象で〇〇%決まるってよく聞くけどやっぱり最初のイメージ通りだった。吉井は窓をぶち破って外に出る逃走ルートを確保するため、少しずつ腰を動かした。
「中身はどうなってたと思う?」
ミナトロンは笑顔のまま吉井に尋ねた。




