第39話 ごめん、弱いよりはいい
イイマの店に入ると他に客がいなかったこともあり、吉井はカウンターに座るラゴをすぐに見つけた。
おお、よかった。ちゃんと来てくれた。吉井は安堵して、どうも、どうもと言いつつラゴの横に座る。
「ごめん、遅くなって。で、さっきの金って?」
吉井に気付いたラゴは、「お、おお」とテーブルに置いていた袋を吉井に渡す。
「きっちり5千ある。確認してくれ」
やっぱりその流れあるのね、確認するのね。吉井は袋から金を取り出しながら、厨房にいたイイマに定食風の物を持ち帰りできるか尋ねた。
「持って帰る? なんのために?」
イイマは手を動かしながら、こいつ何言ってんだといった目で吉井を見る。
「うーん、いろいろあって家で食べたいっていうか」
「そういうのはやってなんだよ。客はみんなここで食べてる」
どうすっかなあ。吉井は硬貨を10枚ずつ分けて数えながら思った。
わかるよ、サービスは店それぞれだしさ。おれ出来ないんだよなあ、メニューにないもの頼む感じ。ソーダ割りと水割りって書いてあるやつに、お湯割りって出来ますか?みたいに聞くあの感じ。あるもんでいこうぜ、それならお茶を頼もうぜっていう。でもなあ、みきに言ったら、それぐらい何で言えないんですか?わけわかりませんよ、誰もあなたのことなんて見てないんですから。みたいに怒られるからなあ。うーん、あ、50枚ちゃんとあった。
「おい、さっきの注文。店終わったら届けてやるぞ。それじゃだめか?」
イイマは手を拭いて次の作業に移りながら吉井に言った。
「え? いいんですか。じゃあ、それでお願いします。定食みたいなので、分厚い肉のやつと、あれば魚っぽいの。なければ分厚い肉の2つで」
宅配はあんのか、そっちのほうが大分面倒な気がするが。でもそれはありがたいよ。次から使え、あー。でもだめだ。注文が家でできねー。結局来ないとだめだからな。それだと最大のメリットが。吉井は、5千確認したよ。とラゴに言いもう一度硬貨を袋に閉まった。
「そ、す。そうか。じゃあおれは、あ。帰るぞ」
ラゴは自分の料金をテーブルに置いて立ち上がった。
わかるよ。おれのつええ、一瞬見せたからな。おれでもビビる。というかおれならもっとビビる。おれはそっち側だったからな。たまたま今こっち側にいるだけで。正直いつそっちに行ってもいいように心の準備はしてるんだよ、ラゴくん。いきなり強くなるってことは、弱くなることもありえると思っているよ、おれは。
吉井がラゴの背中を見送っていると、不快な笑い声と共に数人が店に入って来て、そのうちの1人が出て行こうとするラゴの肩を掴んだ。
「よお、ラゴ。ちょうど話をしてたんだよ」
「なんだ? お前は」
ラゴはその手を振りほどいて男をにらむ。
「一度回収を手伝っただろ? コミュニティの案件でよ」
男はにやにやと笑ってラゴを見下ろした。
「あ、ああ。そうか」
「ちょっと金貸して欲しいんだ。おれたちこれから飲みに行こうと思っててよ」
ラゴは吉井と同程度、175cm前後ぐらいの身長だが、話しかけている男は吉井から見ると190cmぐらいに見え、それは後ろにいる3人も同様だった。
うわあ、最悪だよ。190cmの外国人4人に絡まれるって。これはへこむ、二度と海外なんて行くか! ってなるわ。おれなら3万円、いや5万円までなら出すな。この状況が消えて無くなるなら。
その後も、ラゴは今手持ちと書類がないから貸せない、男達はいいから貸せ、というやり取りを繰り返し、そのうちに後ろにいた男が前に出てきてラゴを突き飛ばすと、ラゴは近くにあった椅子と共に派手に床に転がった。
「いいから早くしろよ」
「お、おい。お前らいきなりな、なにを」
ラゴは苦痛に満ちた表情で突き飛ばした男を見上げる。
おい、これはさっきの回収の時とは全然違うぞ。これはやっていい、誰が見てもつええしていいとこだ。こんなわかりやすい場面がやってくるなんて……。吉井は興奮を抑えきれずプルプルと震えながら思った。
よ、よし。じゃあ、行くぞ。いいんだな。いいよな、やるぞ。吉井は、意識を4人に向けて立ち上がると、ラゴを含めた周りの人間の動きが緩やかになり、あああもうううあああううえええう、と音もスローで聞いたようなよくわからない状態となった。おお、やっぱりこの感じ。スローになるのね、これがつええなんだよなあ。
よし、もう少し行けそうだな。吉井がさらに集中すると、周りの動きが体感的にはほぼ止まった。
これはかなりきてるな。軽く時を止めてるじゃないか。こんな感じで漫画の中であいつらは動いてたんだなあ。そりゃあ気が付いたら武器取られてるよ。
さっきはやり過ぎたからな、学んだよおれは。そう呟きながら吉井は4人に近づき、一番前にいた男の太腿を軽く蹴ると、男はそのまま横に吹っ飛びテーブルごと壁にぶち当たった。
やべえやべえ、やり過ぎないようにして結局やり過ぎた。あんまり学んでねえじゃねえか。吉井は近くに落ちていた椅子を手に取り、これならちょっと強くやったら椅子が壊れて気持ちダメージ少なそうだ、と残りの3人を椅子で下半身を中心に、サッ、とん、サッ、とん、と何度か叩くと、3人は不自然な形で床に崩れ落ちた。
よし、これぐらいにしておこう。集中を切らないと何言ってるかわからないからな。吉井は崩れ落ちた3人の前に立ったまま、通常の状態に戻した。
え? 今、そこに。ど、え? ラゴは目の前で座っていた吉井がいなくなったことに気付き、肘を付いて体を持ち上げて周りを確認すると、壁際に1人、椅子を持った吉井の傍で3人が倒れ込んでいた。
さっきと一緒だ、やっぱりこいつなんかおかしい……。ラゴはぶつけた左脇周辺を押さえながら立ち上がり、ふと横を見ると倒れたテーブルとその傍で、最初声を掛けていた男がうめき声をあげている。
「な、なあ。お、あんたがやったのか?」
ラゴは最大限に気を使いながら吉井に話掛けた。
「まあ、そうなんだけど」
目視で4人が死んでいないことを確かめながら吉井は答える。
うーん、全然いいよ。ほんといいんだけどさ。文句じゃないし、まして不満ってわけじゃないから。なんていうかさあ、うーん。これっていうか、おれ? ちょっと強すぎないか? もうちょっと加減っていうかバランスっていうもんがあるだろうよ。
吉井は自分と周りとの能力差について思う所があったが、現在の世界の成り立ち同様考えても意味がないと判断し、でも弱いよりはいい。それよりはずっといい。吉井はそう考え納得することにした。




