第38話 確かな手応えを得た人を見た
ラゴの家を出た後、4、5件の回収を終えて家に戻る途中、吉井は今日の回収を整理していた。
ええと、回収金額は合計で8万トロンか。で、貸してたのは。うーん、6万トロン弱ね。おいおい、半日で2万トロン、円なら20万円越えかよ。いい仕事だな、おい。これならおれ、みきに金払っても全然大丈夫だわ。
「毎回こんな感じで?」
吉井は前を歩くススリゴに尋ねる。
「そうだな」
興味がなさそうなススリゴの返答に、新人が気を使って話題を作る感じを横で見ている3人目の辛さを思い出した吉井は帰るまで向こうが話しかけてこない限り無言を貫くことを決めた。
しかしスムーズでよかったよ。扉ドンドンもいらなかったし。あ、でもこれからイイマ食堂で5千の受け渡しあるんだった。今日の夕食は何にするかな。そういえばこっちで魚ってあんま食べたことないかも。食堂で聞いてみるか。刺身は求めすぎだけど、他にもなんかあるだろ。
吉井は魚の可能性について考えつつ家に着くまでの道を歩いた。
「あ、どうも。お疲れ様ですー」
戻ってきた吉井とススリゴが家に入ると、椅子を揺らしながら鉛筆を持っていたみきは空いている手を振った。
「今日の、ん」
これか? ススリゴはテーブルに散らばっている紙を1枚取りみきを見た。
「それですね。これが借りてる人の返済日と回収金額の表です。で、こっちが」
みきは近くにあった紙をススリゴに渡す。
「日毎の回収リストです。これは住所が入ってるので出て行くときはこれ1枚で行けますよ。増えたら追加していく感じで」
みきが作った2枚の表を見比べ、ススリゴは何度か頷く。
「わかった。じゃあ明日からは来週分の回収リストと、今日からの金の出し入れの一覧を作ってくれ」
ススリゴは布袋に入っていた金を、無造作にテーブルに置いた。
「今日回収したリストはこいつが持ってる。この金と照らし合わせてくれればいい」
「はい、やっておきますよ」
「じゃあ、明日からも頼んだぞ」
ススリゴはそう言って家を出た。
「さて、あの顔見ました?」
窓からススリゴが見えなくなると、みきはくっくっくと笑った。
「わかるよ、あの確かな手ごたえを得たときのうれしさを隠す表情。今日で大分評価上がってるぞ」
「そうでしょう、そうでしょう。こんな村人上がりの小娘がっていう視線。たまらないですよね」
「おれが言った通りにやっただけじゃないか」
「実際手を動かしたのはわたしですからねえ。しょうがないですよ、やったもん勝ちの世界ですから。でも、大事なのはここからですよ」
みきは1枚の紙をパラパラと揺らす。
「わたしたちのギルドの登録名、いくつか考えましたから。まあ正直、さっきの計算よりずっと難題でしたけどね」
「ああ、そんなのあったなあ。いいよ、飯食いながら話そう」
「わかりました。いやー、なんたかんだ楽しみにしてたんですよ。ご飯」
みきはテーブルの書類を整理しながら、「あ。そうだ」と棚を指差した。
「ランプの付け方なんですけど。あれオイル使ってるみたいなんですよ。で、火はそこにある金属と石をぶつけて火花でっていう」
「……まじか。もうちょっと進んでるかと思っていたけど」
吉井は棚の前に立ち、何度か石と金属をカチカチと鳴らした。
「なあ、これ火が点く感じしないんだけど」
「ええー、それ型落ち感はありますけど、まだ店頭に並んでいるレベルですよ。村では木と木の摩擦でどうこうってレベルだったし」
「でもここ来る道中さ、兵士の人割とスムーズに点けてたよな」
吉井は兵士がナイフで金属をこすり火を点けていた場面を思い出した。
「あれなんか特別なやつですよ。それ用に加工してある金属と見ましたね、わたしは」
「そっか」
吉井はもう一度カチカチと鳴らした後、しずかに金属と石を棚に戻した。
「トイレのとこにさ、松明あったらだろ? どうしてもってときはあそこから貰ってこようぜ」
「まあそれでもいいんですけど」
みきは部屋の中央にある暖炉を見た。
「吉井さん、つええんだから高速で動かして火花出せるんじゃないですか?」
試してみましょうよ。みきは暖炉の周辺に置いてあった大小の薪と木くず、包み紙の切れ端を集め暖炉に設置した。
おお。そ、そうだ。おれはつええんだった……。吉井は再び金属と石を持ち、みきが、この辺がいいと思われます。と指した場所に座り込み、ふううう、と息を吐きながら右手に持った石を高速で動かし始めると、バチバチと周りが火花で散った。
「は、はや! なんですかそれ! 火が、大小の火花が飛び散りまくってますよ!」
「これの速さを目で追えるおれ。やっぱり視力もつええわ」
「あ、点いた!」
みきはパタパタと紙で扇いで火を調整する。
「おお、行ける。よしよし、これの火を使ってランプに移せばいいんだな」
「いいじゃないですか。これなら我が家の火問題は解決できますね」
「おし、じゃあ食べに行くか」
吉井が立ち上がると、みきはチリチリと音を立てる火を見ながら座り込んだ。
「なんかもったいないですよねえ。この火」
「また点ければいいだろ。すぐなんだから」
「村では火が消えると、ものすごい大変でしたからねえ。だからいろんな家で消えないように工夫して、どっかでは点いてるっていう風にしてましたけど」
あれ、でもこいつの家、火の感じなかったよな。母親のとこにでも行ってたのか。吉井はみきの家を思い返したが、いろいろ大変だったんだろうと、そのことについては触れなかった。
「ほら、消して食堂行こうぜ」
吉井が暖炉の火を消そうとすると、「ま、待ってください! ちょっともう少し!」みきは吉井の手を掴んで引き寄せる。
「なんていうか。わかってるんです、大したことないって。でもほら、あるあるですよ。コンビニで買った氷を一回使っただけでガンガン捨てるとか、カップ焼きそばをミネラルウォーターで作るとかってきついじゃないですか。カップラーメンならいいですよ? 汁として飲んでるからまだしも。でも焼きそばは柔らかくするだけなんで、ちょっとそれはさすがにもったいないっていうか。体が拒否するっていうか」
「うーん、言いたいことはわかるんだけどさ。用事もあるんだよ、ちょっとした回収の残りが」
「わたし火を見てるんで吉井さんテイクアウトしてきてくださいよ、昨日の肉のやつを。分厚い方ですよ、生姜焼きと間違えるパターンのやつ本当にいらないですから」
みきは暖炉の木をいじりながら言った。
「はいはい、わかったよ。でも持ち帰りできなかったら諦めるんだぞ」
「あー、ちょっと待ってください」
みきは台所に向かい、この辺に、あれ、こっち? と棚をごそごそと探して、少し深めの平皿を2枚持ってきた。
「こう2枚の皿で挟むようにしたら持って帰れるはずですから。あ、落とすのはまじでなしで。普通の人ならありえますけど、吉井さんはつええんですから。その辺は淡々とこなしてください」
「大丈夫、そう言われて無理やりするのもしんどいから。あ、火はほんと気をつけてくれよ。つええでも火事はどうにもできないからな」
吉井は平皿を持って家を出た。
来ないな。ここで合ってるとは思うんだけど。
イイマの食堂に着いたラゴは果実酒1杯のみ注文してカウンターに座り、そして右側の窓から見える夕暮れの景色を見ながらちびちびと飲みつつ、時折手持ち無沙汰を紛らわすため髭を触りながら吉井を待った。
吉井達と分かれた後、ラゴと20代男は自分達が持つ情報網を全て使って、5千トロンを持って逃げた女を追った。20代男は指示のため外へ、ラゴは報告待ちのため自宅で待機となった。
今日用意した4万5千もラゴ達が必死にかき集めたもので、これ以上借りるあてもなく、また現時点では貸している金の返済期限も来ていないので、吉井が女に渡した5千トロンを回収する他にラゴ達に選択肢はなかった。
家で待っていたラゴはガタガタと座っていた椅子を揺らし、その後は立ち上がってうろうろと家の中を歩き回った。
やっぱり急に広げ過ぎたかもな。結局貸したはいいが回収が追いつかない。結局新しく貸すための金を借りて、さらに自分達の生活費も貸すために使い、今やこんなところに住むことに。ラゴはラゴは古ぼけた平屋一戸建ての室内を見渡す。
今ラゴがいる部屋の他、奥に一緒にいた20代男と2人で寝ている寝室があるが、最近まで人が住んでいなかったこともあって、いくら換気をしても何となく埃っぽく、ラゴ達は毎日せき込みながら過ごしていた。
「おおい、入るぞ」
乱暴にドアが開けて家に入ってきた体格のいい男はラゴを見つけ、「お、いたか」と布袋に入った金をラゴに投げた。
「5千トロンだ。これでいいんだろ?」
「お、おお。女は見つかったんだな」
ラゴは袋を開けて数を確認し始める。
「まあな。で、お前がラゴなんだろ? 連れから今回の件は後日って聞いたが」
「そうだ。貸しということにしておいてくれれば」
「いいぜ。金貸しに借りを作れるんだからな。おれはガネトだ。あ、この件はコミュニティに通ってるぞ。わかってるよな」
コミュニティか。ラゴは面倒なことになったと後悔したが、ススリゴに返さないよりはましだと切り替える。
「じゃあ、近いうちにコミュニティに来てくれ、そこで謝礼の相談をしよう」
「わかったよ。あ、女は」
「ん?」
ラゴの問いに男が振り返る。
「女はどうなったんだ?」
「ああ、女か。お前知りたいのか?」
にやにやと笑いながら言う男に対し嫌悪感を覚えたラゴは、「いや、いい。近いうちに必ず行く」と背を向け出かける準備を始めた。
「そのほうがいいな。お前にはちょっときつそうだ。謝礼はこっちである程度考えておくぞ」
男はそう付け加えて家を出た。
他にやり方はなかったのか。ラゴは一瞬自分の行いを後悔したがすぐに思い直す。おれはあの女の身代わりになる覚悟はない。あの時もないし今もない、それで十分だ。
何度も鞄に金が入っているのを確認してラゴは立ち上がり、場所は女のことを触れ回っているときにある程度確認できていたので、近くまで行けばわかるだろうとイイマの食堂に向かった。




