第37話 人生いろいろ、女もいろいろ、男もいろいろ
何の音だ? 異変に気付いたススリゴが室内に入ると、吉井と男女2人が向かい合って床に座っており、横には倒れ込んでいるラゴが放置されていた。
どういう状況なんだ。ススリゴはラゴに近づき、傍に座り込んで何度か肩を揺らし生きていることを確認した。
とりあえずは生きているようだが。これはこいつがやったのか? ススリゴが吉井に目を向けると、ススリゴと視線が合ったラゴと一緒にいた男が、「あのススリゴさんですよね? お、おれラゴの知り合いで」とすがるような目でススリゴに話し掛けた。
「ああ、そうだ」
「昨日には5万用意できるはずだったんですよ。でも、この女が金を返さなくて、仕方なくここに連れてきてたんです。なんとか最後まで粘ったんですけど」
「それはお前たちの都合だ。金を返さない理由にはならない」
ススリゴはラゴと一緒にいた男に冷たく言い放つ。
ああ、こいつらこっちで金を借りて、それをまた貸してたんだなあ。うーん、それ儲かんのか?
吉井がどうしたものかと2人を眺めていると、ラゴと一緒にいた男が、「おい、聞いてんのか? お前の話だぞ!」女の肩を掴んで揺すると、それまで顔を手で覆って黙ったいた女が突然ラゴと一緒にいた男をにらみつけた。
「うるさい! なんで5千借りたのが1万になってるのよ。そんなのおかしいでしょ!」
「だから何度も説明しただろ。1か月以内に返したら利子は500でいいって。それをお前が伸ばすから!」
こいつら割と良心的な金利だな。でも1ヵ月過ぎたら倍かあ、変わったことやってんな。ええと倍ということは、と吉井は金利を計算し始めた。
「大体返すお金あったら、あんたたちみたいなのから借りるわけないでしょ! そんなこともわからないの!」
ん? それはちょっとどうかな。吉井は女の顔を改めて確認した。
やっぱり10代だよなあ、16、7歳とか。みきのちょっと下ぐらいか。で、まあ整った顔をしてるよ、若干きつめだけど美人に入るだろう。100人にどちらを選ぶか尋ねたら、みきよりちょっと上を行くだろう。
そしてふとススリゴに視線を移すと、倒れた男の傍で座ったまま、薄笑いを浮かべて女を見ていた。
「ねえ、ありがとう」
女はそう言いながら吉井に擦り寄る。
「助けてくれたんでしょ。小さい弟がいるのよ、3人。それで食べ物に困ってこいつらから。ほんとうに嫌々だったの、どうしてもしょうがなくて」
「なるほど、大体事情はわかったよ」
吉井は女から目を離しラゴと一緒にいた男に、「残りいくら足りないんだ?」と訊いた。
「4万5千は用意できてるんだ。これで何とかしてくれとは言わない。絶対に用意すする」
ラゴと一緒にいた男はそう言いながら頭を下げた。
そうか、一応貸した5千あればってところまでは準備してたんだ。なるほど、なるほど。
「君は今いくらあるんだ?」
吉井は擦り寄ってきた手を払いのけるようにして、女から体を離す。
「あるわけないでしょ、全部弟達に使ったから。まだ下の子はミルクしか飲めないの。もっと欲しいくらい」
「お、おい。お前な!」
ラゴと一緒にいた男が女に掴みかかろうとするのを、「まあまあ、それはそれとしてね。ほら、人生いろいろ、女もいろいろ。男もいろいろ。ね。そういうことだから」と吉井は間に入り、なだめながら再びススリゴを見ると、口元だけ笑いながら、「好きにしろ」と言って近くにあった机に腰を掛けた。
おいおい、丸投げかつ試されてんのかよ。ええ、どうすっかなあ。もう正直どっちでもいいんだけど……。吉井は2人の手を掴んでいた両手に少し力を入れた。
い、いたい。あ、が。2人は反射的に吉井の手を振り払う。
「あと5千足りないんだろ? 今日の夜までになんとかしてくれ。それでいい。場所は。あ、そうだ。あの食堂何て名前でしたっけ。この前連れて行ってくれたところ」
吉井はススリゴに訊いた。
「ああ、イイマの店か。食堂に名前なんてないだろ」
「名前ない店かあ。うーん、それは探すのしんどそうだなあ。でも、まあ。イイマの店という食堂で待ってるよ。日が沈んでからすぐがいいな」
「わ、わかった。本当に遅れてもいいんだな。ススリゴさんところはそういうのは一切認めないって聞いてたけど」
おいおい、それは言っとけよ。吉井はススリゴを見たが、表情に変わりはないので、「ああ、いいよ。」と言って家から出ようとすると、女が吉井の服を掴み、「ねえ、5千貸して、3千でもいいから!」と詰め寄った。
うーん、5千トロンってことは6万円ぐらいだろ。いきなり知らない人に6万円借りようとするんだなあ。
「ちなみに今の家族構成ってどうなってるの?」
吉井は服を掴んでいる女の手を離しながら言った。
両親は2人とも最近事故、いや病気で死んで、一番下の弟が生まれて間もない、その上が2歳と4歳。今家で子ども達がわたしを待っている。不安に違いない、早くお金を貰って何か食べ物を買ってあげたい。女は再び吉井にすがりながら説明した。
「うーん、なるほど。そういう風になってるんだね。でもおれ今手持ちがないんだよなあ」
どうすっかなあ、5千かあ。しばらく無言で悩んでいると、吉井は目の前にいたラゴと一緒にいた男と目が合った。
「そうだ。ええときみのとこから5千トロン借りていい?」
「え? いや、それはいいが、今手持ちが」
「あ、うん。わかってたよ。ほら確認だから、一応ね。単純な引っ掛けっていうか」
あー、やっちまった。そりゃあそうだよ、仮にあっても無いって言うよ。じゃあ、はい5千。って借りれたら、おい、それこっちに返せよ! ってなるもんなあ。しょうがないか。吉井は椅子に座ったままのススリゴを見て、「5千借りていいですか?」と訊いた。
「いいがどうするんだ?」
「まあ、ちょっとこの女に」
吉井は座り込んでいる女を見た。
「この女に、か」
ススリゴは少し笑った後、先程回収した4万5千から100トロン硬貨を50枚取り出し、吉井に渡した。
「あ、どうも」
吉井はそう言って受け取った後、「はい、5千」と言って女に渡した。
「あ、ありがとう。本当にいいの?」
「いいよ、貸しじゃない。きみにあげるから」
「え?」
女は一瞬戸惑った後、急いで服から布袋を出し、手に持っていた金をしまって立ち上がった。
「じゃ、じゃあ行くから」
女が立ち去ろうとすると、ラゴと一緒にいた男が女の腕を掴んで思いっきり引き寄せた。
「おい、その金はこっちに返せ!」
「なによ、わたしの貰ったお金でしょ」
「お前こっちに借りてるだろ!」
ラゴと一緒にいた男は吉井を見て、「この金で今返しますから!」と真剣な表情で言った。
うん、そうだよね。そういう流れになるよね。ええと、一回整理しよう、昔ながらのやり方だが。吉井は頭の中で似顔絵を描いて5千トロンの行き先を確認した。
おれがススリゴさんから5千借りて、女にあげて、女がこの男に返して、男がおれに返して、おれがススリゴに渡すんだよな。ややこしいなあ、5千トロンが動きまくった結果最後戻るっていう。
吉井が頭の中で5千トロンを行ったり来たりさせているとき、女がラゴと一緒にいた男のすねを蹴り上げ、20代男がうめいてる隙に家から飛び出した。
ああ、行っちゃった。しゃあない、そっち選ぶのね。吉井はうめいている男に、「今日の夕方までによろしく」と声を掛けると、少し前に起き上がってススリゴと話していたラゴが、「なあ、あんたなら出て行くのを止められたし、女から回収もできたんじゃないか?」と首をさすりながら言った。
「いや、それをやると一旦女を経由する意味がないっていうか。単純におれがあんたらの金を負担したことになるだろ?」
「それはそうだが……」
納得できない様子のラゴを見ていたススリゴはラゴの肩を叩く。
「お前らは今日の夜に5千持ってくればいいだけだ。おい、次行くぞ」
ススリゴは吉井に向かって言い家を出た。
落胆しているラゴと一緒にいた男を見て、おれが間違っていたんだろうなあ。と吉井は自分の行動を振り返りながらススリゴの後を追った。
「お前がラゴをやったのか?」
ラゴの家を出てから2人はしばらく無言で歩いていたが、ふと思い出したようにススリゴは口を開いた。
「まあやったっていうか。うん、まあそうですけど」
「もしかして、お前」
ススリゴはその場で立ち止まる。
「さっき人を殺したらって聞いてきたのは、殺されることではなく、自分が殺すことを心配してなのか?」
はいきた。つええの説明セリフきた。そうだよな、そう取るよな。もうしょうがないよ、ここはもうごまかせない。っていうかおれ最初からごまかすつもりないし。
「そうですね。おれある程度はできるんですよ、前から少し言ってたとは思うんですけど」
「ほう、そういうことか。ならいい。で、なぜあのクズ女に金をやったんだ?」
おいおい、そこは掘り下げないのかよ。もう少し説明させてくれよ。おれに、おれの強さを。もしかして魔物すら?ぐらいは聞くかと思ったのに。そうしてくれればおれだって、正直楽勝でしたよ、あの旅は。ぐらい言うのに。ああ、めんどいけど結局自分から言わないといけないのか。おれ強いんですよ、って。きっついけどしゃあない。もうここまで来たら自分から言うしかない。吉井は落胆しながらも、ええと、さっきの話だよな。と気持ちを立て直した。
「結果としては嘘ついて金取りましたからねえ、あの女。家族構成とか両親の話もさすがに不自然だし、ミルクも後出し感が」
「なぜ嘘だとわかっていてやったんだ?」
ススリゴはそう呟き、ふっと笑みを浮かべる。
うーん、なんでだろうなあ。感覚的なものだったからなあ。吉井は考え込んだ後、しいて言えば、と口を開いた。
「あの女なんですど、まだ手遅れじゃなかったから。いや、ちょっと違うか。あ、さっきが最後っぽかったから。うん、そっちのほうがいいかな」
「どういう意味だ?」
「あの時おれが渡した、まあ借りてるんですけど。その5千をラゴでしたっけ? あいつらに返せば、まだ引き返せるっていうか、踏みとどまることができたんじゃないかなって。普通の生活に、どの程度が普通かいまいちわからないですけど」
「普通の生活?」
ススリゴは怪訝そうな目で吉井を見た。
「でも、あの場で逃げたらあの女なんか終わる感じがして。まあ結果的には終わったけど。さすがにあれをラゴ達もほっとかないでしょうし。ただおれはたまたま最後に立ち会ったから。これが途中とか最初なら違ったかもしれないけど」
ススリゴはあごに手をやり少し考えた後、「お前、物乞いに金をやったことはあるのか?」と吉井に訊いた。
「物乞い? そうですねえ」
広義での寄付か。吉井はこれまでの自分の経験を振り返ると、コンビニの募金箱に小銭を入れたこと以外は思い浮かばなかった。しかし、よく考えるとその記憶も自身のねつ造であり、実際は入れたこともなかったことに気が付いた。
「ない、ですね」
「そうか、おれもない。おれが思うに、物乞いには金をやらないっていうのも、物乞いに金をやるのも間違ってはいない。ただ、金をやらないくせに「その場だけ生き延びても無駄だ。かわいそうなだけだ」っていうやつは、本当に救いがない。自分とその物乞いだけの関係性でしか物事を見れないクズだ。自分のやったことの結果しか想像できない。多数が少しずつその物乞いに金をやる可能性だってある「その場だけ生き延びる」以外の結果も起こりえるんだ」
「というと?」
「要はお前はあのクズ女も自分がきっかけを作ることで、使い物になるかもしれないって考えたんだろ? で、結果は使い物にならなかった。そしてお前は使い物にならないものは放っておくことにした。悪くない、金を貸すっていうのはそういうことだ」
おいおい。吉井は一瞬立ち止まりそうになったが、なんとか足を運んだ。
この人たまにがち正論っぽいの言うんだよなあ。でも後々よく考えたらそうでもないってこともけっこうあるっていう。その辺は生活環境の違いか。しかしそれも1つの。まあいいや、5千トロンの行き来で考えるの疲れた。吉井は次の目的地まで何も考えずススリゴの背中だけを見て歩いた。




