第36話 初めての回収
家に帰ってきた吉井とみきが焼き鳥の串を丁寧に拭いているとススリゴが戻って来た。
「いたのか?」
ススリゴは机に向かい吉井が作っていた書類に目を通す。
「午前中の書類は終わりましたんで。あ、この辺の全部拭いた」
「ちょっと、吉井さん!」
吉井がテーブルにまとめていた串を素早く回収して布袋に入れた後、みきは吉井をにらみつける。
「そんな適当に串を扱わないで下さい、情報駄々洩れじゃないですか」
「さすがにこの状態の串から得られる情報って『拭いた串』っていうことしか」
「あ、ちょっと待ってくださいね」
みきはススリゴに笑顔を向けてから、真剣な表情で振り返る。
「向こうの世界でも同じですけど、その昔わたしたちの手にあったのは、土、岩、木、水、火、塩、空気。大体そんなもんでしょ。そっから人類はWi-Fiを作ったんですよ! 全世界をリアルタイムで繋いだんですよ! こっち来てからほんと思いますもん。意味わかんない、なんでできたの?って。だから吉井さんのたかが串っていう考えはほんとまずいんですよ。早く切り替えて下さい!」
「あ、ああ。うん、ごめん……」
みきの迫力に押された吉井は少し俯いて言った。
「わかってもらえればいいんです。そして次から気をつけてくれれば。あ、終わりましたんで。ススリゴさん、どうぞ」
みきは串を入れた袋をススリゴの目に入らないようそっと床に置いた。
大分こいつらにも慣れてきたな。ススリゴは吉井が作った書類から目を離した。
「書類は問題ない。これから前に言っていた回収に今から向かうぞ」
「ええと。それはおれですよ、ね?」
「そうだ。もう出る」
そっか、借金取りか。やっぱり玄関どんどんやるのかなあ。おれ大きな声出すの苦手なんだよ。あと路地裏に逃げられたら迷う気しかしねー。できんのかなあ、ってあれ?
吉井が回収についてあれこれ想像していると、窓から既に外に出ているススリゴが目に入った。
あの人毎回何も言わないで先行くよなあ。吉井がススリゴを追ってドアを開けると、「頑張って下さいね。わたしは名前を真剣に考えてますから」みきは余っていた焼き鳥を頬張りながら片手を振る。
いいよな、あいつは算数の宿題やってるだけだもん。「さぼるなよー」と声を掛け吉井は外に出た。
「あの、何て言うか深い意味はないんですけど」
「なんだ?」
ススリゴは住宅街を迷いなくするすると進み、吉井はただそれに付いて歩く。
「こっちで人を殺したらどれぐらいの罪になるんですかねえ」
「心配ない。お前が殺されるようなことにはならない」
「いや、それはそうだと思うんですけど。こっちの法的なものではどうなるのかなと」
「重罪だ」
「ああ、やっぱりそうなんですね」
「人を1人でも殺した場合、そいつ自身、またその家族及び親類全員を国が処分する」
おっも! 罪おも! そんなにかよ、それはちょっと予想外だな。吉井が理由を考えていると、
「本来なら、モドキも勝手に殺していいものではない。きちんとギルドを通して許可をもらう必要がある」ススリゴは前を見ながら続けた。
「え、でもじゃあ。街の外でどこかに移動するときに襲われたら」
「ある程度は国も黙認しているがな。過ぎると処分の対象になることもある」
なるほど。組織だってやるのはだめだけど、個人でやる分は全部把握できないし多少は見逃すよ。でも見つけたら場合によっては怒るよ。っていうやつか。スピード違反とかウニの密漁的な感じで。
あ、そう言えば。吉井は前から少し気になっていたことを思い出した。
「ここの国の名前ってなんですか」
「名前? ラカラリムドルだ」
そんなことも知らないのか? といった風にススリゴは振り返って吉井を見た。
「あれ、じゃあここの街は」
ススリゴは少しうんざりした様子で、「同じ、ラカラリムドルだ」と答える。
「ああ、わかりました。そういうことですね」
山口県山口市みたいなもんか。県名と県庁所在地が一緒っていう。ちょっとややこしいな。吉井はふむふむと頷いた。
「この家だ」
ススリゴは住宅街の一軒家の前で立ち止まった。
ここの、ラカなんとかの平均値から見ても古ぼけてるなあ。ススリゴの後ろに立っていた吉井は平屋の一軒家を眺めた。
「ラゴっていう男だ。金額は5万トロン。おれはここで待っているから行ってこい」
「え、いきなりですか?」
おいおい、最初は先輩がやるのを何回か見た後、昼飯奢って貰ってから会社戻って内容の説明受けるっていうのを何日か繰り返してから、1人で客のとこに行くんじゃ。
吉井は、人見知りだから等の理由で遠回しに何度か拒んだが、ススリゴの圧により、しぶしぶ前に進み家のドアノブに手を掛けた。
あ、ノック忘れた。まあいいか。ドアを開けながら吉井は思ったがそのまま部屋に入った。
中に入ると、2人の男が1人の女を取り囲み、「早くしろ、どれだけ待たせるんだよ」「約束しただろ。返せよ」と詰め寄っている。
吉井はどうしたものかと数秒その場で立っていたが、男の1人が吉井に気付き、「おい、なんかいるぞ」ともう1人に告げた。
「ススリゴさんところの金の回収なんだけど、5万トロン。ええと」
吉井は交互に2人を見た。
20代男と、こっちは20代、か? 髭が年齢を惑わせるなあ。どっちがラゴなんだろう。
「こ、こいつが悪いんだよ。おれたちは返すつもりなんだ」
20代男が女の二の腕を握ろうとすると、女から、や、やめ。と声が漏れる。
うーん、女のほうは若いな10代か。しかしいまいち状況がつかめないけど、とりあえず軽く見せつけるか、おれのつええを。これは「どやつええ」じゃないからな。後で聞かれても説明できるもん。女性を助けるため?いや、それもあるが力関係を示すことで回収を楽に運ぶためだ。って。あー、久しぶりだな。ちゃんとできるかな
吉井は一瞬で2人に近づき、女に掴み掛かろうとしていた20代男の手を取って、女から引き離すと、20代男は不自然な形で床に叩きつけられた。
え? と残りの20代? 男が戸惑っている以上に吉井は戸惑った。
おいおい、思いっきり床にぶつけたけど大丈夫か……。おれあんまり使ってないから力加減が全然掴めなかった。正直、今はまだ殺されるほど悪いことしてないって。っていうか、もし死んでなくても意識不明とかで死んだ扱いにされたら、みき、ススリゴさんにまでえらい迷惑が、いや迷惑っていうレベルじゃないって、親類全員処分されるんだぞ。大体にして国の人の強さの感じ把握してないから、場合によってはおれより全然強い可能性もある。もし死んでるか、意識戻らなかったら、今後のことを考えると女も含め全員殺すのが正解なのかもしれないけど、おれまだそこまでの覚悟は……。
あお、おう。倒れ込んだ20代男がうめきながら寝返りをうったのを確認すると、ああ、とりあえず生きてた、よかった。吉井は安堵し、そして動揺を悟られないよう大きく息吸って吐き、一度口を開きかけたが再び閉じた。
あ、あぶねえ。今、『もう一度言う。ラゴは誰だ』って言おうとしたぞ、おれ。それはだめだ、さすがにきつい。みきに聞かれたら爆笑もんだ。2、3週間はいじられる。
できるだけ普通に。吉井は2人を見て、「ラゴはどっち?」と訊いた。
「なあ、今のお前がやったのか……?」
20代? 男が床でうめいてる男を見た後、おそるおそる吉井に顔を向ける。
だからそういう定型文で返さないでくれ。『だったらどうなんだ?』って言いそうになるんだよ。
「そうだ、おれがやった。まあいい、とりあえず座ろう。おれも座る、君たちも」
あ、ない。座ろうって言っといて椅子ない。吉井は周りに椅子がないことに気付いたが、もう戻れない、あの言い方をした後は無理だ。しょうがない、多少強引だが。吉井は当たり前のように、そのまま床に座った。
10代女と20代? 男は、床に直接座るという吉井の行動に戸惑っていたが、20代? が、おい、お前も座れ。と10代女を促し2人は吉井の前に座り込んだ。




