第109話 激しい出し入れの中での告白
Jeepを取り扱っている外国車の販売店に着いた2人は、多少の場違い感を無視して入店した。
平日の販売店はみきと吉井以外の客がおらず、吉井は出来るだけ目立たないよう窓側の席に座り、出されたアイスコーヒーを飲みながら追加のカタログを持ってくる販売店店員を待った。
「オプションに防弾加工ってないんですねえ」
みきは事前に渡された紙のカタログをパラパラと捲る。
「いいね、調べてから聞く聞かないを判断する。みんなそうしてくれればいいのにな」
「あ、そうだ。ドライブレコーダー付けましょうよ。なんかあった時のために」
「どうかなあ。現状を考慮するとむしろマイナスに作用することが」
「ああー、つええしてるところが映るってことですか?」
「映らないにしても明らかに不自然な映像が出来上がる可能性がだな」
その後、映像が公の機関に回収された場合を踏まえつつ吉井とみきがドライブレコーダーの必要性について話していると、販売店店員であるグレーのスーツを着た20代男が席に戻って来た。
「すいません。こちらでもご覧になれますので」
店員グレーのスーツ20代男はタブレット端末を吉井とみきの前で起動させる。
「じゃあ、難しい話は大人で。わたしはオプションと車の色だけ選ぶので」
はい、どうぞ。みきはそう言って自分の端末に目を落とす。
えー、頑丈なのってどれですかねえ。頑丈、ですか。それでしたら、そうですね。このあたりかと。あー、はいはい。やっぱりこのシリーズなんですねえ。そうです、アウトドアでのご利用ですか。そうですねえ、場合によってはその可能性も。わかります、そういった方も多いですよ。ちょっといいですか? あっ、はい。例えば、本当に例えばなんですけど、ええっと、そうですね鹿ぐらいの大きさで。そこにこの車が、本当に、仮に、そうですね。仮なんですけど、その動物が群れでいる所に突っ込んだ場合とかでも大丈夫ですか?群れ、ですか……? はい、すいません。なんか変な質問なんですけど。ええと、そうですね。安全性能は、あの、はい、ここです。こういった形である程度の衝撃は、まあその動物? ですか。それにもよるとは思いますが……。あー、はい、なるほど。うん、わかりました。
「じゃあ、買います。納車っていつ頃になりそうですか?」
「え?」
グレーのスーツ20代男は固まり目線だけをみき、吉井の順に向けた。
「ありがとうございます。納車は、在庫状況によって。今お調べしますので」
「あ、そうですよね。ほら、もうこれでいいだろ。色を」
「大体、というか全部聞いてましたけど」
みきはタブレットを手元に引き寄せる。
「もうちょっと意味のある選び方をして欲しいですね。そして黒で」
「黒ですね。確認してきますので少々お待ち下さい」
20代男は慌てて席を立った。
「へえ、黒なんだ。なんか意外だな」
「夜目立たないほうがいいじゃないですか。どういう状況になるかわからないし」
「いやー、夜だとライトが全てで、赤だろうが黒だろうが同じような気も」
「ライト点けたら相手に場所ばれるでしょ。ひっそりと行動することが求められる場面もあると思いますけどね」
こっちがライト点けなくて相手が点けてる? うーん、夜に車が移動できるような広場で相手が焚火をしているところを奇襲するような状況とか? まあラカラリルドムの人達は色んな障害によりホテルには泊まれないだろうから、基本どっかで野宿するんだろうけど。でも、だからといって……。
吉井がライトが必要な場面について考えていると、「あ、そうだ。さっきのやり取りなんですけど」みきはタブレットから指を離した。
「明らかにあの店員を驚かせにいってましたよね。群れとか訳のわからない話からいきなり買うって言うやり方で」
「ああ、すまん。なんか体が勝手にその状況を作りだしてしまった。信じてくれないかもしれないがわざとではない。ただこれだけは言わしてくれ、動物の群れの例えは頑張ったほうだぞ」
「群れ以外にもっといい例えはあったと思いますけどね。それに謝るのはあの店員にですよ。ほんとそういうの悪趣味だと思います」
「まあ、うん。会話のクッションを意図的ではないにせよ外したことに関し」
お話のところ申し訳ありません。お飲み物はいかがですか? 制服を着た20代から40代の女が吉井に話し掛けたことにより2人は会話と中断した。
「あ、じゃあ同じの、アイスコーヒーをお願いします」
吉井がラミネート加工されたメニューをみきに渡そうとすると、みきは吉井の手を遮り、「わたしはいいです」と店員に笑顔で返した。
笑顔を浮かべつつ注文を復唱して店員がその場を離れた後、「さっきも頼んでなかったのにいいの?」吉井はメニューを確認しながら言った。
「なんで店の好感度上げにわたしの胃を使わないといけないんですか。お金を持っている人間がすることとは思えませんね。何を飲むかも大事ですけど、いつ飲むか、それも同じくらい大事です」
あれだけ言ってた庶民感覚をまた忘れてるな、こいつもう戻れないわ。吉井はアイスコーヒーが入っていたコップをテーブルの端に寄せた。
その後、アイスコーヒーを飲みながら吉井と店員が話し合い、最短での納車である3ヵ月後に購入することで決まりかけたが、今すぐに必要だというみきの主張により、先に系列の中古車販売店から同タイプの車(白)を取り寄せて購入。そして3ヵ月後にその車を売却して新車(黒)を再度購入することで合意した。しかし同タイプの車(白)の引き渡しに車庫証明等の書類の準備が必要となることから、それまでの期間同タイプの車(黒)をレンタルすることになり、結果店の責任者も対応に加わり数十分後にレンタルの車が到着。一通り書類に記入し吉井とみきは車に乗り込んで店舗を出た。
「どうなんですか? タフなアメリカ車を運転している感想は」
助手席に座るみきは端末を操作しながら言った。
販売店を出た後、吉井は何度か車線変更を試み、諦めるということを繰り返しながら行く当てもなく片側3車線の真ん中のレーンを直進していた。
「正直に言うとだな」
吉井はちらちらとサイドミラーを確認する。
「今すぐにでも捨てたいよ」
「レンタカーって捨てたらどうなるんですかねえ」
「さあ。怒られるのは間違いないと思うけど」
「ですよねえ。あ、そこのコンビニいいですか?」
「そこは無理だ。コンビニはおれのタイミングで入る」
お、行けそう。吉井はウインカーを出し、真ん中から左車線に入った。
「えー、いつになるかわからないなんて。買う方にもタイミングっていうものが」
「まあ待て、もう少しで慣れる。慣れればすべて解決するし家にも帰れる」
うーん、後方のワイパーどれだ? 吉井はいくつか思い当たる部分を操作したがわからなかったので、早々に諦めた。
「初めてのSUV車ドライブがわたしでよかったですね。いいでしょう、いくらでも待ちますよ。わたしは、いつでも、どこでも、どんな状況でも、やるべき事がありますから」
「おお、それは助かる」
えー、エアコンはどうすんのかなっと。吉井はハンドル周辺の機器を見た。
ふう、まあアホみたいに押すとこあるっていうね。吉井は信号で停車中にとりあえずボタンを触るというやり方でエアコンの調整方法を少しずつ覚えていった。
「よし、慣れた。次のコンビニ入れるぞ」
数十分間、意味のない車線変更を繰り返し車体感覚を掴んだ吉井は、左手にある長距離トラックが数台停まっている敷地の広いコンビニを捉えていた。
「へえ、思ったより早かったですね。名古屋ぐらいまでは掛かるかと」
みきは日が落ち始めた町並みを窓越しに眺めていた。
「すまんな。いまいち神奈川から名古屋の距離感わからんから、悪口の度合いも理解できてない」
「いいですよ。通じなくてもわたしの気持ちは変わらないですし」
「おし、とりあえず距離感の話は置いといてだな。行けるときに行けるコンビニに」
「置いておくまでもない話だと思いますけどね」
気を付けないとな、慣れてきたときが危ないんだ。自覚しろ、おれは今慣れてきている。吉井は慎重にハンドルを操作しコンビニの駐車場に入り、それぞれ飲み物を買って車に戻る途中、吉井は眠くなることを未然に防ぐ目的で店内ブラックガムを購入した。
車内に戻った吉井はガムを噛みつつナビに自宅マンションの住所を入力しようとしたが、枝番を覚えていないことに気付きみきに住所を尋ねると、普通にマンション名で検索すればいいのでは? とみきは吉井を自分より下に見ている雰囲気を隠さず言った。
吉井は自分の不甲斐なさを恥じつつ端末で住所を確認し、ナビに自宅マンションを登録。運転に慣れてきている自分を再度戒めるために、さらにガムを2個口に含み出発した。
よし、じゃあやっぱりあんかけ焼きそばで。うん、いいんだけどさ。きみあんかけ系好きだよね? 吉井さん、わたしは好き嫌いだけで選んでるわけじゃないですよ。だって向こうであんかけ何とかって食べましたか? いや、ないけどさ。でしょう? だからですよ。何かヒントがあるかもしれないじゃないですか。でもソースみたいなのはあったよな。ありました、でもあの特有のトロミはないですよ。あれってなんであんなにトロトロしてるんだろうなあ。具も一緒に絡むからに決まってるじゃないですか。あー、そうか言われてみればそうだ、気持ち食べる時に具もついてくるなあ。場所はわたしが調べますから。吉井さんは駐車するイメージでも整えておいてください。駐車かあ、出来ればイオン的なこう広い駐車場がある店が。それは店次第ですよ、吉井さんが選ぶことじゃないです。わかったけどさ、いじる意味で狭いとこだけは止めてくれ。あ、話変わるんだけど。
「そういえばおじいちゃんってさ」
「それはわたしの? なんで急に」
コンビニで買ったカフェラテにストローを差し込む。
「そうきみの。死んだって言ってたけどさ、具体的にどうなのかなーって。急なのはすまん、前から気になってたっていうか」
「その話前もしませんでした?」
みきは一口飲んでドリンクホルダーにカフェラテを入れた。
「うん、聞いた。聞いたんだけど。その、いわゆるっていうか。きみがどれぐらい、その関わってたか、とかさ」
「わかりやすいですねえ」
みきは一口飲んだカフェラテをドリンクホルダーから取り出した。
「なんでいきなりそんなデリケートな話を。どうせ車の閉ざされた空間で親近感が高まったんでしょうけど」
みきはカフェラテをドリンクホルダーに入れた。
「もろにそうだな。誰だってそうなるし、おれだってそうなる。あ、言いたくなければいいんだ」
「言いたいとか言いたくないとかの問題じゃないです」
みきはドリンクホルダーに入れたカフェラテを取り出した。
「もう1度聞かれた時点で詰んでるんですよ。わたし達の関係性だと」
みきはドリンクホルダーにカフェラテを入れた。
「うん、だから無理にとはい」
「わたしがやりました」
みきは吉井の言葉を遮って言った。
「わたしがやりましたよ。直接的ではないですが、おじいちゃんはわたしが殺しました」
あー、まじかー。そうか、そっちか。あー、何個か想像してたうちのきつい方がきたなあ。吉井が言うべき言葉を探していると、「言いますよ、って言ったから続けます、だけど」みきはカフェラテをドリンクホルダーから取り出した。
「吉井さんその辺の話を気にしている感じが、全然なかったとはいいませんが、わざわざあらためて聞く程興味もなさそうでしたけど」
「いや、だってさ」
吉井は自分のカフェラテにストローを差した。
「なんでおれが自分の思考を他人に筒抜けになる状態にしないといけないんだっていうね。わりと気になってたよ、普通に」
「でもそれは吉井さんの都合ですよね? それをわたしにって。えー、はい。もういいですよ。ただちょっと説明はさせて下さい」
「そうだな。出来る範囲内でいいぞ」
「それはわたしが決めることです。でも終わったら個人事業主の話もやりますから。登録まだしてないですよね? 完全にサボってますよね?」
今それかよ……。忘れてるもんだと思って油断していた。信号で停車し吉井はギアをパーキングに入れた。
しかし。吉井はニュートラルにしてブレーキを踏む。
そうか、こいつもか。
吉井はギアをパーキングに戻した。




