第108話 2台分で収まるのか?
「ねえ、吉井さん。車ってどうなりました?」
バルコニーでの日光浴の後、3階の自室でシャワーを浴びて戻って来たみきは冷蔵庫を物色しながら言った。
「あー、車ね。そうだなあ、そんな話もあったなあ」
ロッキンチェアに座っていた吉井は、肩のストレッチをしながらソファーに移動しエアコンのリモコンを探し始る。
「今から間違っていること言った人に正論をぶつけます。なあ、おれ車買おうと思うんだけど、って提案してきたの吉井さんですよね?」
「よく考えたらおれ走ったほうが速いからさ。別にいいかなって」
「自分さえ良ければいい。そんな人生に意味はないと思いますけど」
コーラを片手にソファーに座ったみきは、クッションの隙間に埋もれていたリモコンを取り出し設定温度を最低に下げた後、最大の出力でエアコンを稼働させた。
だめだ、今日の室温権握られた。なんかリモコンの取り出し方に隠してた感じはあったけど。あーあ、こいつの体感温度まじでぶっ壊れてるんだよなあ。現時点で既にかなり涼しい、いや、ちょい寒いんだけど。
吉井はのろのろと立ち上がり、自室からタオルケットを持ってリビングに戻る。
「今ならマンションの駐車場空きあるんですよ。わたし欲しい車と同時進行で調べたんで」
「うん、わかった。言い出したのはおれだしな。買うよ、買う。ちなみにきみはどういうのを考えてるんだい?」
吉井は端末で検索を始めた。
「もちろんタフなアメリカ車ですよ。それ以外考えられません」
「いやいや、こんな街中で乗ったらしんどいって。駐車スペース探すのだってさ」
「(無視)できれば軍用のがいいですね。ほら後部がバーンって開いてライフル持った兵士がベンチみたいなのに5、6人は座れる感じの」
「言いたいことはわかるよ、イメージはできる。でもな、一般で買えないから、そして買う必要がないから軍用っていうんだよ、多分」
「(無視)とりあえず吉井さんのスマホ画面をテレビのモニターに出してください。えー、ワードは『世界一タフな車』でお願いします」
おれが悪い、しょうがないよ。『世界一』だっておれが言『タフな』わなければこんなこと『車』には。吉井は検索した自分の端末の画面をテレビのモニターに映した。
「ふむふむ、とりあえずその上から2番目のを。『地球上でもっとも頑丈な車10選』ってやつを」
「おお、これな」
「タフな車探しは大きな画面で見た方がいいんですよ。感触が伝わらないですから」
『感触』っていう表現は状況に合ってないけどな。吉井は何回か端末をタップし切り替えると、戦車の画像が画面一杯に映った。
「あー、そういうことね。戦車かあ、頭にはなかったがタフな車と言うなら間違ってない」
「ドローンでドローンをドローンにどうこうっていう時代に戦車って。いらないです、そんな遺物は」
みきはカウチ部分に寝そべるように座った。
「あれだよな、タフな車ってことはあっちの人が攻めてきたときのことを考えてってことだよな?」
「そうです。感覚的に言うと最低限ゾンビの群れをなぎ倒す程度のタフさは必要だと」
「買わないよ、大体にして買い方もわからんし。でもきみ言い方なら別に戦車自体がだめってわけじゃ」
「わたしだって常識あるんですよ? 戦車なんて空気的にマンションの駐車場に停められるわけないじゃないですか。それに今1台しか空いてないのに戦車だったらどう考えても2台分は必要でしょ。ちょっと遠出したい時に高速も乗れないし」
高速か、それは考えてなかったな。ええと、じゃあ。吉井はランドクルーザーと検索し、車の画像を出した。
「こういうことだよな?」
「まあそうですね。ちょっとタフさは足りないですけど。何て言うんですかこういうの」
「おそらくSUVと一般的に言われてるやつだ。あ、間違ってても文句は言うなよ。おれ車のことよくわからないから」
「うーん、でも」
みきは寝そべったまま肘を立て頭を乗せた。
「これ日本車ですよね? 今回の話って舞台は海外なんですよ、だからやっぱりアメリカ車がいいじゃないかなって」
「うん、ラカラリルドムは広義では海外。毎回言うけどそれは間違ってはいない。だけどな、きみの購入の目的は向こうの人間が日本、ええと偽日本か。要はこっちに来たときのためだろ。ということは舞台は日本だから別にアメリカ車じゃなくても」
「(無視)あ! それ、今のいいじゃないですか! なんか映画でも見たことあるますよ!」
はいはい、Jeepね。友達の兄弟が乗ってたからかろうじて知ってる。とりあえず戦車よりは大分近づいてきたよ。吉井はタップして画面を切り替える。
「ねえ、ほら。そのまま下に、ああ、もう貸してください」
みきは吉井の端末を奪い取り画面をスクロールする。
「ねえ、ほら。すごい! この車の説明全部わたしたちのことですよ! 『ひとつ上の快適性が、より深い冒険へと誘う』『どこにもない自由がある』『大自然とひとつになる』『常につながる。新しい世界につながる』『信じた道を、走り続ける』って!めちゃくちゃ当たってる!」
なんだそれ、占いかよ。端末を奪われた吉井はロッキングチェアに移った。
それに『一台を選ぶ。新しい人生が始まる』『万一に備える。大きな安心感で包み込む』『たくましさは、スムーズな走行性能も磨いた』あたりも目に入ってるはずなのに思いっきり無視してるし。
「決めました。確かに軍用は色々面倒な感じもするので、取りあえずこれにしましょう。わたし一旦下に降りて準備してきます」
みきは吉井の端末をソファーに置き立ち上がった。
「え、今日行くの?」
「当然です。だって明日何が起こるかわからないんですよ? じゃあ今日しかないじゃないですか」
30分後、1階ロビーで。みきはそう言って部屋から出た。
おれなんて言ったっけな。背もたれからずるずると滑り落ち、吉井はそのままソファーで寝そべった。
『あー、そういえば車1台あってもいいかなって思うんだけど』
うん、大体こんな感じ。何の気なしに言っただけなんだ。深い意味も何もない。ただの日常会話。それがこんな面倒なことに。調子に乗った罰か、そうだな。金あるから車あってもいいんじゃない?そういう短絡的な思考がこの状況を作り出した。大体おれ車なんて興味ないし、運転することに関してはどの角度から見ても嫌いなんだよ。でも、あー、ああー、もう。でも、おれが、ああ。もう、おれが悪いよ。わかってるよ、言ったのはおれだ。だけど、いや、『だけど』はだめだ。言い訳はしない、結局受け入れるならせめて文句を言わず淡々と。
吉井はGUの部屋着からユニクロの日常着に着替えるため自室に戻った。




