第100話 泥状のギギルコン「と」
タイトル変更
変更前(99話まで)倒した生物の力を吸収できる世界に転移したら、時間差で移ってきた空港が始祖的なのにぶち当たり初日でえげつない能力を得てからの、泥状のギギルコンと
変更後(100話から)泥状のギギルコン「と」
さすがにラカラリムドル帰りの泥人形のギギルコンはなあ。バルコニーに出た吉井は、心を落ち着ける為、眼下に広がる明かり1つひとつを丁寧に見ていた。
あれはビルだ。いや、ホテルかなあ。でも言ってしまえばホテルもビルの一つだよ。ということはあの辺は全部ビル。マンションはビルか? いや、住宅用はビルとは言わない気がする。じゃあそっちはマンションであれはビル。こっちもマンション。お、あそこの敷地は広いなあ。神社かなあ、寺かなあ。でも遠くからみると寺も神社も一緒だなあ。
吉井はグラスを揺らしながらバルコニーのフェンスにもたれていたが、手がすべりそうな気がしたのでカフェテーブルにグラスを置き、再びフェンスに肘を乗せ新しいビルを確認していると、「うわー、すごいですね。ばかみたいに夜景じゃないですか」とコーラの瓶を持ったみきがバルコニーに出てきた。
「そうだな、ばかみたいだ。今のおれと一緒だ」
「すいません。その辺の反省会しんどそうなんでまた後でお願いします。ちょっとわたし夜景に集中するんで」
みきは吉井と同じく一度フェンスにもたれ掛かったが、体を乗り出して下を覗き込むとすぐにその場を離れ、テーブルの上にあった吉井のグラスの横にコーラの瓶を並べた。
わかるよ、やっぱり落としそうな気がするよな。吉井はみきの行動を横目で捉えた後、明かりのジャンル分けに戻った。
「ねえ、吉井さん。そのままの体制を維持しつつちょっといいですか?」
「いいけど」
みきから数メートル離れた場所で夜景を見ていた吉井は、ふと目に入ったみなとみらいに関しての記憶を探りながら答える。
「ずっと前から、向こうにいるときから聞きたかったんですけど」
「へえ、なに?」
「吉井さんって」
みきは一瞬吉井を見た後、すぐに視線を夜景に戻した。
「吉井さんってその有り余るつええを、性的な欲求を満たすために使ってます?」
「あー、はいはい。それね、うん」
吉井はフェンスから離れカフェテーブルの椅子に座った。
「真実を言うよ、まったく混じりけのない本当のことだ。おれはエロに関してこの能力を使ってないし。今後使うつもりもない」
「いいんですよ、言っても。わたし引かない、すいません。ものによっては引きますけど」
うーん、この説明はなあ。吉井はグラスに少し残っているウイスキーを飲み欲した後、部屋から氷とボトルさけるチーズを持ってバルコニーに戻った。
「食べる? チーズ」
「あ、話の内容によっては吉井さんが触ったものを食べることができなくなるかもしれないんで。とりあえずここにいます」
みきは軽く手を振った後、バルコニーのフェンスに背中を付けて座り込んだ。
「わかった、じゃあ最初から行こう。おれはね、恥のない状況、本人が強く拒否している場合、及び相手がおれを認識していない場面、それらにエロはない。と思ってるんだよ」
「は? 導入遠すぎません? 大丈夫なんですか、それ」
「問題ないよ。具体的に言うと、今のおれのつええを使えば、前世紀から紡がれているスタンダードな状況をいくつか作れるんだよ。時間が止まっているとか、つええを使って無理やり、あと盗撮とかね。それはさっき言ったおれの条件に当てはまるだろ? 恥もないしおれを認識もしていない。おれはそんなエロにまったく興味は持てないんだ」
「ええと、じゃあつええ全然使えないじゃないですか」
「いやあ、そんなこともないぞ。つええでガンガン偉くなって得た権力で思うがままっていうのはありだし。あと本人の強い拒否っていうのも細かい条件付きで可だ」
「あー、なるほど。これに関しても吉井さん的ルールあるんですね」
「ああ、そうだ」
吉井は氷の入ったグラスにウイスキーを注いだ。
「こういうことに関して、要は自分で作ったルールだな。そういうものをおれは絶対に守る」
「ええとじゃあ、まったくそういうのしてないんですか? こっちに戻ってからも」
「いや、そういうわけではない」
吉井はさけるチーズをさいた。
「然るべき方法を用いて然るべき場所で行っている。とだけ言っておく」
「えー、それはお金を使ってどうこうってことですか?」
「こういう個人の嗜好に関しての話に直接的な表現を使う必要はない。これもルールだ」
「おっけーです、とりあえずなんとなくわかりました」
みきは吉井の正面にある椅子に座る。
「あ、そうだ。今の問いって『吉井さんの勘違いを誘うもの』じゃないですからね。そこだけは理解しておいてくださいよ」
ん、勘違い? 吉井はグラスを持とうとしている手を一瞬止める。
単純に思ってたのは、『現代に戻って普通の感覚を取り戻したか知らんけど、金稼いでイキってるか知らんけど、つええでエロいことをすんなよ。その辺の空気は読めよ』っていうけん制だけど。それをおれが勘違いするってこと?違うな、そういうことを誘うものじゃないってことか。ええと、そうなると……。
吉井はしばらく考えたが、アルコールにより多少酩酊した状態ではよくわからなかったので、明日覚えていたら改めて。と気持ちを切り替えた。
「あのー、きみはいつまでここにいるつもりなの?」
吉井はさけるチーズをさかずにかじる。
「ここ? ああ、吉井さんの部屋にですね。そうですねえ、せめて20階、いや、30階以上の部屋が空くまでですね」
「それならさ。毎回一旦40階まで行って3階に戻るっていう手も」
「ねえ、吉井さん」
みきは飲み終えたコーラの瓶を激しくテーブルに置いた。
「もしそれが他の住人に知られたらどうするんですか。あの子本当は3階なのに見栄張って一回40階まで降りてる、ぷぷぷ。ってなるの間違いないですよね。そんな生き恥を晒すぐらいなら、わたしはこの世界からも消えて無くなることを選びます。わかってますよ、実際ばれる可能性は低いと思います。だからといってエレベーターに乗るたびに自分の命を危険にさらす行為なんて意味がわかりませんね」
「はいはい、死ぬぐらいならここに住むってことね」
「そういうことです。さすがにタワーマンションに住んだ庶民は一週間で引っ越しません」
「そうだな。住民とのトラブルが原因というには無理があるよ。大体にしてまだトラブルになっていないし、仮にきみが想定している状況になったとしても、それトラブルか? とも思うよ」
よし、片付いたな。吉井は浅く座り直して姿勢を正した。
「会社名の話に戻ろう。これが終わらないとおれは」
「ああ、それ? もういいですよ」
みきはコーラを一口飲んだ。
「ギギルコン使いたいんでしょ?いいです、吉井さんの考えた会社名で。しばらく間借りさせてもらうんで。最悪潰して新しい個人事業主として出発しますから」
「おお、まじか! じゃあそうするわ」
「その代わり登録は吉井さんして来てくださいね。あとわたしの名刺も。仮で作ったの今送りますから」
先に名刺考えちゃうあたりが子どもだな。吉井は思ったが『ミキ・ハウス』ではなくなった安堵感から、わかった。後で名刺の注文するとこも見とくよ。と笑顔で言った。
「で、どうするんですか。ラカラリムドル帰りとかの前段は外すんですよね?」
「そうそう。で、さっき今夜景を見ながら考えたんだけど、『泥状のギギルコンと』にしようかなあって」
「でいじょう? 吉井さんの性的な嗜好ですか?」
「違うな、全部違う。うーん、音だとあれか。泥の、ええっと。どっちが音読みか訓読みかいまだに覚えられないんだよ。どっちか読みの『でいじょう』だ。おれらの状況から泥は入れたいんだよ、でもさっき言ってた泥人形だとなんか違和感あってさ。だから泥状に」
ふーん、でいじょう。でいじょう。みきは端末をテーブルに置き肘を付いて操作する。
「ねえ、吉井さん。これ見てくださいよ」
みきは端末の画面を吉井に向けテーブルに置いた。
ほー、調べたのか。おれ見てないな。吉井は身を乗り出して端末の画面を見た。
【でいじょう】どろのようにどろどろとした状態、どろじょう。
「ね? goo辞書攻めすぎですよ。何回どろって言ってるんですか」
「いいじゃないか、わかりやすい。とにかくどろってことだろ」
「はいはい。じゃあ長くなっても面倒なんで会社名は『泥状のギギルコン』で行きましょう」
「あ、ごめん、違う」
吉井は軽く手を挙げて言った。
「『泥状のギギルコンと』だから。最後に『と』が付く」
「はあ? とおおお?」
みきは明らかに不機嫌な表情を浮かべた後、思わず手で口を覆い笑い出した。
「『と』あはは『と』ねえ。『と』を付ける?大人が『と』を? なんで『と』? 意味ある? その『と』。あはは『と』だって、『と!』『と!』」
「いくら笑われようがおれは気にしない。いや厳密にいうと気にしないというのは嘘だ。きみに笑われたことは気にしてるが、これにすることに関して意志を曲げないという意味では気にしない」
吉井はグラスに入ったウイスキーを揺らし、吉井の中でのいつもの一口より多めに一口飲んだ。
「あはは、わたし自分の案じゃなくなった時点で。あははは、別に」
椅子を後ろに傾けながら笑うみきは部屋を指差した。
「いいですよ、いいです。『と』いれていいです。じゃあ『と』を付ける代わりに吉井さんの久々につええを体感させて貰っていいですか? 今リビングに置いてる布団を、一瞬でわたしの使う部屋に戻して欲しいんですよ」
うーん、どうすれば。うーん、と。みきはトントンとテーブルを指で叩く。
「そうだ。一緒にせえのでバルコニーから部屋に入りましょう。そしてわたしが部屋の床に足を置く瞬間に、吉井さんがつええして布団動かしてから、また横に戻って来てください。それだと、あ、すごい! もう布団が敷いてある! っていう感じでるかなって」
「ああ、わかった。やるよ」
「やった! では行きましょう」
みきは瓶を持って立ち上がる。
はい、窓開けましたっと。吉井さん準備はいいですか? いいよ。せえのですよ? わたしが足をこう。あ、吉井さんも足出してくださいね。わかった。できるだけ早く頼みますよ? わたしが足を床に付いてからじゃ意味ないですからね。わかってる。それと早く動き始めても駄目ですよ、ほんとぎり足が付くかつかないかの微妙なところでお願いします。わたし足の速度調整しませんからね、あくまで普段通りにやりますから。それでいいよ。よし、じゃあ行きますね。はい、窓を開けましたよー、部屋に戻りまーす。足上げますよー!
よし、これぐらい、か。吉井はみきが足を降ろす瞬間に意識を集中する。
ふう、これなかなか難しいな。吉井は横で固まっているみきを見た。なんかいい感じにできる気がしない。絶対行き過ぎる気がする。まあ最悪横で待てばいいか。よし、とりあえず布団を。
部屋に入った吉井は振り返ってもう一度みきが固まっているのを確認してから、リビングに敷いていた布団の前で座り込んだ。
というかあああ! ああ、もう。そんなにか? そこまで『と』っていらないのか。なんかあったほうが締まるかなって。わかるよ、泥状のギギルコンの時点で会社名としてはキラキラネームだとは思うよ? だからこそ『と』がついたところで大差ないだろうよ。だから、だからもう。もうやめてくれよ……。
ほら、いつものだ。ふうう、はあああ。ふう、はあ。体感で6秒程度深呼吸を繰り返し、落ち着いたような気がした吉井は布団を持ち上げた。