第9話 影
土曜日 朝
「……もしもし?」
「どうしたんだよ、こんな時間に。」
土曜日の朝っぱらに、秋川から電話が来た。
「アタシね、ここ2〜3日で色々調べていたんだけど、過去に沖縄で似たような事件があったのよ。」
「どういう事?」
「沖縄の本島で約9年前に隕石が落ちてきたことがあったみたいなの、その当時のものと思われる写真には火しか写ってなくてその隕石がどんなものだったかは不明なのよ、今はその隕石もどこにあるのかわからない…しかも人によっては隕石って言っていたり巨人が空を走っていたなんて証言もあるのよ?これ、ゼイダスが落ちてきた時とちょっと似てると思わない?」
「うーん…確かに似てるかもしれないな…
でも沖縄なんて遠すぎて確認しようがなくない?」
「そうなのよね…何かいい方法は無いかしら…」
日曜日、朝
俺は今とある場所へ向かうため、とある特急列車に乗っている。どこへ向かってるのかって?それじゃあちょっと前の日に遡ろうか…
まず、俺と府中が喧嘩した月曜日のことは覚えてる?あの日に俺はいつもつけているカチューシャを壊されたんだ。俺がいつもつけていたカチューシャはおばあちゃんの手作りだったんだよ。だから俺は壊されたその夜おばあちゃんに壊された事を電話で話したら、日曜日に来てくれれば新しいのを用意してくれると言ってくれたんだ。というわけで今、おばあちゃんと母さんの家に向かっているんだ。
そいえば…母さんの事についてまだ話した事はなかったね。お母さんの名前は拝島黎奈、今まで登場していなかったから気づいていた人もいるかもしれないけど、実は今母さんとは一緒に住んでいないんだ。でも離婚じゃないよ、母さんはちょっとした障害というか、病気というか、まあちょっとそういうのの関係で医者の勧めで都内から離れたもっと自然の溢れるとこに父さんのお母さん、つまり俺のおばあちゃんと住んでるんだ。母さんの両親は仕事でアメリカにいるし、父さんの方のじいちゃんは俺が生まれて数年で死んじゃってて母さんとばあちゃんで二人暮らしをしてるんだ、父さんと母さんは普通に仲良いよ、仲良いから逆に離れてても平気らしい。たまに会いに行ったりしてるよ。父さんは仕事柄東京から離れるわけには行かないから今一緒に東京に住んでる、俺も学校があるしね。ちなみに母さん達が住んでるのは群馬県、東京から車無しで行くにはクソ遠いんだよね。だから父さんが車出してくれる予定だったんだけど…土日に仕事が入っちゃったみたいだからしょうがないよね。
ちょっとややこしい話になってごめんね。
ちなみに兄弟はいないよ、俺は一人っ子。
今は列車の中で自作の塩にぎりを食べながら、すごい勢いで流れて行く景色を眺めていた。
実はここまで来るのに歩いたら乗り換えしたり大変だった、しかもまだ乗り換えは残っている、おばあちゃん家はそれくらい遠いんだ。
車を使えばもっともっと早く着くんだけどね。
おっともうすぐ目的の駅に着きそうだ、それじゃあ後でね。
その頃秋川氷子は家のパソコンを使ってインターネットで動画を見ていた。
「はぁ…なんか動画見るのも飽きてきたわね…」
そういうと彼女はパソコンで他の事を調べ始めた、例の沖縄に隕石が落ちた事件についてだ。
しかしネットでは情報がほとんど流れておらず目新しい情報をつかむことはできなかった。
「そうだ、沖縄の本島についてちょっと調べてみよっと。」
そう考えた秋川は本島の地図をじっくり眺めていた。
「沖縄って漠然としたイメージしかなかったけど…こう見てみると色々あるのね。」
そう、沖縄は良いところなのだ。
海は綺麗だしオシャレな建物もたくさんある。
秋川も女の子、意外とファッションにも気を使うのでどんな服屋があるのかなどをなんとなく調べていた、すると…
「え、これって…いや、でも偶然かしら…?
うーん……」
何かを疑問に持ったようだ、一体何が疑問だったのだろうか。
あれから30分くらいで俺はおばあちゃん家の近くまで来ることができた、この辺は山がでっかく見えて綺麗で静かなとこだ、辺り一面畑と山しかない。今俺が歩いている畑道をこのまままっすぐ行って山の麓に行けばおばあちゃん家到着だ。いやー長かった、今は朝10時くらい。
お母さん達と会うの久しぶりだなー、この間おばあちゃんとは電話で話したけどお母さんとは話してないから久しぶりに会話することになる、最後にあったのは春休みの時だ。楽しみだぜ、うふ。
数分後
お、ついたついた、
2階建てで屋根裏部屋があり、
面積は多分30平方メートルくらいのログハウス。
これがおばあちゃん家だ。
「黎愛、久しぶり。」
母さんが玄関から迎え入れてくれた。
母さんの髪は肩のちょっと下くらいまで伸びてて結構ボサボサ、顔は俺と似てる。いや、俺が似てるのかな。
「おはよう。」
廊下を歩く母さんについて行くと、リビングに来た、普通の机に椅子が4つ並んでいた。
「テキトーなとこ座っといて、コーヒー入れてあげる。」
俺はテキトーな椅子に座って庭を見た、リビングには掃き出し窓があって庭がよく見える、庭にはブランコが一つあるだけ、小さい時俺がよくこれで遊んでたんだ。あとは草がわらわら生えてる。昔はじいちゃんが育てていたサボテンが置いてあったりともうちょっとうるさい庭だった。
「ねえ母さん。」
「なあに?」
母さんはポットのお湯が沸くのを待っていた。
「ばあちゃんは?」
「今畑に出かけてる、12時には帰ってくると思うよ。」
「わかった。」
「………あ、沸いた。」
俺は再び庭を見た。
木一本立っていないからやっぱりちょっとさみしい。
「はい、コーヒー。」
「…いただきます。」
コーヒーはなんとも言えない味だった。
「どう?おいしい?」
「…美味い。」
本当はちょっと苦いけど。
「朝は何か食べた?」
「電車でおにぎり2個食べただけ。」
「お腹空かない?」
「空いた。」
「何か食べたいものある?」
「特に無い。」
「えっと…えっと…」
「カップ麺とかでいいよ。」
「ん、じゃあちょっと待ってて。」
…………
「母さん?」
「なに?」
「母さんの方のおばあちゃん達から最近連絡取ってるの?」
「たまーに、すっごいたまーに電話くるよ。」
「…そうなんだ。」
「母さん、最近体調どう?」
「前よりは元気になってきてるよ!」
「よかった…」
「はい、好きな時に食べな。」
俺の目の前にカップ麺が置かれた、なんの変哲も無いよく見るしょうゆ味。
「ありがとう、いただきます。」
「ねえ黎愛。」
「……ぐ…………」
「あ、ごめん、食べてからでいいよ。」
「……ごくんっ…なに?」
「最近、学校どう?」
「喧嘩して2週間自宅謹慎になった。」
「えっと、その。聞きたいのはそういう話じゃなくて、好きな人とかいるの?」
「えっ……」
そうやって言われると、やっぱりあの子の顔が浮かぶ。
「……いるけど?」
「どんな子?」
「あーー……顔がかわいい。」
「そうなんだ、なんて名前なの?」
「五日市……」
「あら、黎愛もう来てたの。」
名前を言おうとしたら、いつのまにか帰ってきたおばあちゃんが割り込んできた。
「あ、涼さん。」
おばあちゃんの名前は涼子、だからお母さんは涼さんと呼んでいる。
「そうだ黎愛、はい、新しいカチューシャ。」
「ありがとう。」
おばあちゃんが新しく作ってくれたカチューシャは前のヤツと違う色だった、前のやつは茶色で、今くれたやつは水色で綺麗だった。でもいきなり装着するのもなんかアレだし、ショルダーバッグにしまった。
「あんたら、なんの話ししてたの?」
おばあちゃんが興味津々に聞いてきた。
「黎愛に好きな人がいるんだって。」
「あら、もう黎愛もそんな歳なのね。」
俺はなんか恥ずかしくて何も言えなかった。
それからおばあちゃんは俺に近所の話をしてくれた、おばあちゃんは今でも畑仕事を近所の人と続けていて全然元気だ。
でも、そんなおばあちゃんがしばらく話していると急に暗い顔になってしまった。
「ほんと黎愛も背が伸びたね。」
おばあちゃんが言った。
「そうかな?」
俺には実感はなかった。
春休みに来てからそこまで経ってないのに。
俺はなんて返せばいいのかわからず、黙り込んでいた。
するとおばあちゃんが少し気まずそうな顔をしながら口を開いてきた。
「……冴恵ちゃんが生きてたら、あんたくらいだったのかね……」
…………………は?
今、なんて言ったんだ?
「お、おばあちゃん?今なんて言ったの?」
「ごめんね、あんま暗い話はするもんじゃないよねぇ…」
「いや、今なんて言ったんだ?」
「昔の私の知り合いにね、五日市って言う男の人がいてね、その人には冴恵っていう娘さんがいたんだけど、幼い時に事故で死んじゃってね…」
「その、さえって女の子、漢字どう書くの?」
「頭が冴えるの、冴に、恵み。」
「!?!?」
サエと同じ漢字だ。
「多分黎愛と同じくらいの歳だったと思うよ。」
「えっと…その、五日市さんって今何してるの?」
「最近はずっと連絡取ってなくてね…でもまだ沖縄でホテルを経営してると思うよ。」
「沖縄…?」
まさか…偶然だよな…?
俺は耳を疑った、
沖縄といえば昨日秋川が電話して言ってきた、過去に沖縄の本島に隕石が落ちた事件があると、まさかとは思うけどなにか関係があるのか…?そもそもサエが死んだ?おかしい、なにを言っているんだ?
「……その、五日市さんが経営してるホテルって、なんて言うの?」
「リゾートホテル五日市って言うんだよ。」
「………………ごめん、母さん、おばあちゃん、俺これ食ったらちょっと散歩してくる。」
俺は急いでカップ麺を完食して、外に飛び出した。
外にはやはり畑や山しか見えなかった。
スマホをバッグから取り出し、リゾートホテル五日市と検索した、確かにそのホテルは存在した。
沖縄の本島に隕石が落ちた事件については検索してもヒットしなかったが、秋川が言うからには本当にあった事なのだろう。秋川はきっと独自の力で調べたんだ。
俺は考えた、今までの自分の人生について、サエと過ごした日々について。
サエは死んでない、生きてる。
俺がサエと過ごした日々は幻想でもなんでもない。
じゃあサエが死んだってどういう事か?
…………………………………
…………………………………
…………俺は…………………
………俺はサエが好きだ。
だとしたら選択は一つしかないだろう。
俺は決意をして、もう一度おばあちゃん家に戻った。
リビングには母さんとおばあちゃんが座っていた。
「ねえ、おばあちゃん。」
おばあちゃんは何も言わずにこちらを振り向いた。
「俺さ、そのホテルに行きたい。」
やはり沖縄に旅行に行くには結構な費用がかかる、親の協力無しにして行くのは無理だ。
母さんもおばあちゃんも俺の言っている事がよくわからなかったみたいで、何言ってんだこいつと言う目で見てきた。
多分おばあちゃんは"俺が好きなサエ"の事は知らないんだろう。
過去に死んだ五日市冴恵という人物が何者なのかはわからない、でもきっとそれはサエとは別人だ。
だからこそ俺は確かめに行くんだ。
9年前沖縄の本島に落ちた隕石。
その近くにあるリゾートホテル五日市。
死んだ五日市冴恵という人物。
そして最近俺達の住む町に落ちてきた宇宙船。
俺の片思いしている五日市サエ。
関係がないとは思えない、
俺がサエを好きである以上、直接確かめに行く必要がある。
おばあちゃんは何かを察したのか、急に目の色が変わった。
そしてこう言った。
「若いんだから、見た事ないとこに行く事はいい事だ、私は許すけど、最終的な判断をするのはお父さんだよ。帰ったらあんたのお父さんと相談しなさい、お父さんが許したのなら、私からもお金を出すわ。」
おばあちゃんはそう言った。
それから家に帰ってからお父さんの説得は長かった、なんで急にそんなこと言うんだとか、自宅謹慎だからって遊んでいいわけじゃない、とか、色々。しかし俺は粘り勝ちした、お父さんから旅行の許可が出たのだ。
火曜日に行って水曜日に帰るという条件で俺は行く事にした。
サエの事はおばあちゃん達にも父さんにも話していない、俺のカンでしかないけど、まだ話す時ではない、そう思ったんだ。まずは俺自身が俺自身の目で事実を確かめる必要があるからだ。
翌日、月曜日
俺は朝から準備をした、でもそんなに長居するわけではないので意外にも早く支度は終わってしまった。
準備を終えた俺は自分なりに今まで起きた出来事を整理した後、秋川にメールを送った。
秋川、お前沖縄の本島に隕石が落ちたことがあるって言ってたよな?俺はその事を直接確かめるために明日明後日沖縄に行ってくる、サエや鮫洲にも伝えといて。
多分今は授業中だろう、今日中に返事をくれればいいけど。一応俺達はスーパー研究隊という仲間だしちゃんと調査について伝えてもらった方がいいと思って最後の文をつけた。
よし、とりあえずこれで準備は完了、あとは明日の朝の便に乗って沖縄に出発するだけだ。
気分が落ち着かない俺は気を紛らすためにとりあえずゲームをはじめた。
きっとこの旅行は俺にとって忘れられないものになる、そんな感じがする。