7 光の使者
ヘップバーンはフィードに言われた通り、背に乗る人間が振り落とされないようにしながら、速度の緩急や高度の変化で巧みに、迫りくるアンコックを遠ざけた。
フィードはパラパラと本のページを探りあてる。走り書きのような手書き文字が見えたので、ノートかもしれない。アンコックの大群に杖先を向け、力を集中させている様子のフィードの顔は、真っ赤だ。その杖を空中に絵を描くようになんらかの軌道で振ると、だんだんと杖先に光が集まってきた。
今まで息をするようにポンポンと魔法を出していた時とは、まるで違うオーラをまとっている気がする。目前まで大群が迫っているのに使うのを渋るとは、それだけ尋常じゃない威力の魔法なのか、それとも体への負担の大きい魔法なのか……。その理由はわからないが、俺は固唾を飲んで、一連の所作を注視した。
魔法使いは狙いを定めて動きをとめると、大音声で詠唱する。
「か……
か、神に愛されし光の使者が、秘めたる力を覚醒せん! 奏でるは鎮魂歌、暗黒を無に帰す、灼熱の光槍!」
杖の先から、幅広く眩い光線が放たれた。そこからは、瞬く間のできごとだった。
近くにいる魔物たちはもろに貫かれて蒸発するように溶け、一瞬のちに光線がアンコックの密集している場所まで届くと、次々と誘爆起こす。ついには大群全てを巻き込む大爆発になり、直視できないほどの光と凄まじい上昇気流が発生した。光熱や炎は、煙や黒紫の靄とともに遥か上空へと消え、意外にも爆風はこちらまでほとんどやってこない。
そして煙が晴れると、そこにアンコックの姿は一匹もなかった。
味方の魔法だというのに、現代兵器でも匹敵するのは核爆弾なんじゃないかと思えるその威力に、俺は恐怖を覚えた。こんな事が一人の人間に出来てしまう世界に、恐怖したのかもしれない。
フィードは、ふうと軽く息をついて、ノートを懐にしまった。あれだけのエネルギーの塊を見せつけたというのに、フィードは「ちょっと日課の朝のマラソンに行ってきました」くらいの疲れ具合に見える。目の前の男が、初めて危険な人物に思えた。強大な魔法を使うよう促したヘップバーンも、凄まじい威力を見て恐怖を感じているのだろうか、その背から震えが伝わってくる。それに気づいたフィードは大鳥の頭を、杖でポカリと叩いた。
「クッソ! 笑うなよ! ヘップバーン!」
──……え?
「まさか、笑ってなど……ふふ
恥ずかしがって詠唱を言い淀むから、ふふ、威力が落ちてるではないですか」
フィードの顔がまた真っ赤になる。
「思いっきり笑ってるじゃねぇか! 三十路を超えたおっさんが、あんな、思春期に創ったクソはっずかしい詠唱、謎の動きをしながら大声で披露すれば、そりゃあ可笑しいだろうけどな!」
「だから、声を出して笑わないように努めました」
「あぁ! クソォ! 口車に乗って使うんじゃなかった! ショウがいたから、からかったな?」
「いえいえ。短期戦で済んで、よかったではないですか」
ヘップバーンはまだ、ふふ、と笑いを堪えている。フィードは大きなため息をつきながら、頭を抱えてうずくまった。敬語キャラも崩壊している。
どこか妙にカッコつけている感じがあったのは否定しないが、俺にしてみれば初めて見るもので、“そんなもの”と言われればそんなものだったのだが……。フィードの様子からすると、黒歴史ノートを大声で音読したようなものだったみたいだ。それは確かに、俺なら全力で拒否する。
フィードは落ち着きを取り戻すようにひとつ、咳払いをした。
「失礼。お見苦しいところをお見せしました」
「あ、かっこ、よかったですよ?」
俺は彼の豹変に戸惑いいつつも、フォローのつもりで言った。
「追い討ちをかけないでください……」
フィードは片手で顔を覆いながら、また大きくため息をついた。
このタイミングでは彼には酷だったかもしれないが、この機会に魔法について軽く説明をしてもらった。
魔法は、魔道士それぞれが自分のために創るもので、詠唱や身体の動きも、創作時に効果と紐づけて決めるそうだ。詠唱の内容は実はなんでも良くて「トウ!」とか「デュクシ!」でもいいし、炎魔法なのに「水魔法」と言ってしまってもいいし、なんなら詠唱なしでも発動できる。ただ、詠唱や動作を紐づけると、ないよりも精度や威力、効果があがるらしい。
「私の持つ魔法で、難しいものや威力の高いもののほとんどは、十六歳ぐらいまでに創りました。
魔法の創作には想像力と技術と知識がいります。想像力豊かな子供の頃は技術と知識が足りず、技術と知識が向上した頃には想像力が乏しくなる。なので、一般的にはあのような強大な魔法はほとんど存在しません。必要も、ありませんしね。
しかし、私は幸いなことに、子供時分すでに、橙金糸で技術と知識を持っていたので、子供の妄想みたいな魔法を創ることができました。いくら階級があがっていても、今の私にはもう、あの頃の魔法は創れません。
それで、当時はその、ああいう詠唱がカッコイイなどと思ってたもので……。せっかくの強力な魔法が全て使いにくいものに……」
フィードの声は最後は消え入るようだった。
「名誉の為に付け足しておきますとね」
と、ヘップバーンが会話に入ってきた。
「ディングラン様は覚えていらっしゃらないとのことですが、フィード様はこう見えて偉大な方なのですよ。赤金糸の魔道士は、歴史をみても数える程しかおらず、現在存命の赤金糸はフィード様を含め、三人程です」
この、腰が低くて若い魔法使いが最高峰の大魔道士だとは信じられなかったが、さっきの強大な攻撃魔法の事を考えると納得かもしれない。
「そういえば、“赤金糸”とか、さっき言ってた“橙金糸”とか、それは魔道士の階級みたいなもの?」
フィードは頷いた。
「そうです。魔道士の階級はローブの色で決まります。上から赤、橙、黄、緑、薄青、青、紫、白。それに、白以外は各色が三段階に分かれています。上から金刺繍、銀刺繍、刺繍なし、です。
魔道士のローブは特別なもので、もとは白ですが、着るとその人の階級の色と刺繍に変わります。魔道士を職業としていなくとも、その人の魔法の実力が正確に色に現れます」
「セーネンさんが着ていた緑色のローブも?」
「ええ」
俺はローブの色が変わるところを見てみたくなった。
「着てみてもいい?」
「どうぞ」
フィードが金刺繍の入った赤ローブを脱ぐと、ローブは本当に白色に変化し、糸が解けるように刺繍も消えた。俺がワクワクしながらローブを着てみると、ローブの色は白色から変わらなかった。フィードは首をかしげる。
「あれ? ディンは黄色の刺繍なしだったはずなんですが……? 記憶がないのが関係してるんでしょうかね?」
伝説の勇者だっていうならそれなりの色になったりして、少し教えてもらえば使えたりして、なんて思っていた俺は、ちょっとだいぶがっかりして、ローブをフィードに返した。
「お取り込み中申し訳ありませんが、そろそろダンゲに到着します」
ヘップバーンの声が響き、彼女は旋回しながら着陸態勢に入った。
第一章読了ありがとうございました。次話から第二章がはじまります。
ぜひ、続きもお楽しみいただければと思います!
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2019/11/16 改稿しました
2020/05/09 改稿しました
2020/05/27 改稿しました