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勇者は眠る  作者: 冲田
第一章
7/88

7 光の使者

 ヘップバーンはフィードに言われた通り、背に乗る人間が振り落とされないようにしながら、速度の緩急(かんきゅう)や高度の変化で(たく)みに、迫りくるアンコックを遠ざけた。


 フィードはパラパラと本のページを(さぐ)りあてる。走り書きのような手書き文字が見えたので、ノートかもしれない。アンコックの大群に杖先を向け、力を集中させている様子のフィードの顔は、真っ赤だ。その杖を空中に絵を(えが)くようになんらかの軌道(きどう)で振ると、だんだんと杖先に光が集まってきた。

 今まで息をするようにポンポンと魔法を出していた時とは、まるで違うオーラをまとっている気がする。目前(もくぜん)まで大群が(せま)っているのに使うのを(しぶ)るとは、それだけ尋常(じんじょう)じゃない威力(いりょく)の魔法なのか、それとも体への負担の大きい魔法なのか……。その理由はわからないが、俺は固唾(かたず)を飲んで、一連の所作(しょさ)を注視した。

 魔法使いは狙いを定めて動きをとめると、大音声(だいおんじょう)詠唱(えいしょう)する。


「か……

 か、神に愛されし光の使者(ししゃ)が、秘めたる力を覚醒(かくせい)せん! (かな)でるは鎮魂歌(ちんこんか)、暗黒を()()す、灼熱(しゃくねつ)光槍(こうそう)!」


 杖の先から、幅広く(まばゆ)い光線が(はな)たれた。そこからは、(またた)く間のできごとだった。

 近くにいる魔物たちはもろに(つらぬ)かれて蒸発(じょうはつ)するように溶け、一瞬のちに光線がアンコックの密集(みっしゅう)している場所まで届くと、次々と誘爆(ゆうばく)起こす。ついには大群全てを巻き込む大爆発になり、直視できないほどの光と(すさ)まじい上昇気流が発生した。光熱や炎は、煙や黒紫(こくし)(もや)とともに(はる)か上空へと消え、意外にも爆風(ばくふう)はこちらまでほとんどやってこない。

 そして煙が晴れると、そこにアンコックの姿は一匹もなかった。


 味方の魔法だというのに、現代兵器でも匹敵(ひってき)するのは核爆弾なんじゃないかと思えるその威力(いりょく)に、俺は恐怖を覚えた。こんな事が一人の人間に出来てしまう世界に、恐怖したのかもしれない。

 フィードは、ふうと軽く息をついて、ノートを(ふところ)にしまった。あれだけのエネルギーの塊を見せつけたというのに、フィードは「ちょっと日課(にっか)の朝のマラソンに行ってきました」くらいの疲れ具合に見える。目の前の男が、初めて危険な人物に思えた。強大(きょうだい)な魔法を使うよう(うなが)したヘップバーンも、(すさ)まじい威力を見て恐怖を感じているのだろうか、その背から震えが伝わってくる。それに気づいたフィードは大鳥の頭を、杖でポカリと叩いた。


「クッソ! 笑うなよ! ヘップバーン!」


 ──……え?


「まさか、笑ってなど……ふふ

 恥ずかしがって詠唱を言い(よど)むから、ふふ、威力が落ちてるではないですか」


 フィードの顔がまた真っ赤になる。


「思いっきり笑ってるじゃねぇか! 三十路(みそじ)を超えたおっさんが、あんな、思春期に(つく)ったクソはっずかしい詠唱、謎の動きをしながら大声で披露(ひろう)すれば、そりゃあ可笑(おか)しいだろうけどな!」


「だから、声を出して笑わないように(つと)めました」


「あぁ! クソォ! 口車(くちぐるま)に乗って使うんじゃなかった! ショウがいたから、からかったな?」


「いえいえ。短期戦で済んで、よかったではないですか」


 ヘップバーンはまだ、ふふ、と笑いを(こら)えている。フィードは大きなため息をつきながら、頭を抱えてうずくまった。敬語キャラも崩壊(ほうかい)している。

 どこか妙にカッコつけている感じがあったのは否定しないが、俺にしてみれば初めて見るもので、“そんなもの”と言われればそんなものだったのだが……。フィードの様子からすると、黒歴史ノートを大声で音読したようなものだったみたいだ。それは確かに、俺なら全力で拒否する。

 フィードは落ち着きを取り戻すようにひとつ、咳払(せきばら)いをした。


「失礼。お見苦しいところをお見せしました」


「あ、かっこ、よかったですよ?」


 俺は彼の豹変(ひょうへん)戸惑い(とまど)いつつも、フォローのつもりで言った。


「追い討ちをかけないでください……」

 フィードは片手で顔を(おお)いながら、また大きくため息をついた。


 このタイミングでは彼には(こく)だったかもしれないが、この機会に魔法について軽く説明をしてもらった。

 魔法は、魔道士それぞれが自分のために(つく)るもので、詠唱や身体の動きも、創作時に効果と(ひも)づけて決めるそうだ。詠唱の内容は実はなんでも良くて「トウ!」とか「デュクシ!」でもいいし、炎魔法なのに「水魔法」と言ってしまってもいいし、なんなら詠唱なしでも発動(はつどう)できる。ただ、詠唱や動作を紐づけると、ないよりも精度(せいど)や威力、効果があがるらしい。


「私の持つ魔法で、難しいものや威力の高いもののほとんどは、十六歳ぐらいまでに創りました。

 魔法の創作(そうさく)には想像力と技術と知識がいります。想像力(ゆた)かな子供の頃は技術と知識が足りず、技術と知識が向上した頃には想像力が(とぼ)しくなる。なので、一般的にはあのような強大な魔法はほとんど存在しません。必要も、ありませんしね。

 しかし、私は(さいわ)いなことに、子供時分(じぶん)すでに、(だいだい)金糸(きんし)で技術と知識を持っていたので、子供の妄想(もうそう)みたいな魔法を創ることができました。いくら階級(かいきゅう)があがっていても、今の私にはもう、あの頃の魔法は創れません。

 それで、当時はその、ああいう詠唱がカッコイイなどと思ってたもので……。せっかくの強力な魔法が全て使いにくいものに……」


 フィードの声は最後は()()るようだった。


名誉(めいよ)(ため)に付け足しておきますとね」


 と、ヘップバーンが会話に入ってきた。


「ディングラン様は覚えていらっしゃらないとのことですが、フィード様はこう見えて偉大(いだい)な方なのですよ。赤金糸(あかきんし)の魔道士は、歴史をみても数える程しかおらず、現在存命(ぞんめい)の赤金糸はフィード様を含め、三人程です」


 この、腰が低くて若い魔法使いが最高峰(さいこうほう)の大魔道士だとは信じられなかったが、さっきの強大な攻撃魔法の事を考えると納得(なっとく)かもしれない。


「そういえば、“赤金糸”とか、さっき言ってた“橙金糸”とか、それは魔道士の階級みたいなもの?」


 フィードは(うなず)いた。


「そうです。魔道士の階級はローブの色で決まります。上から(あか)(だいだい)()(みどり)薄青(うすあお)(あお)(むらさき)(しろ)。それに、白以外は各色が三段階に分かれています。上から金刺繍(きんししゅう)銀刺繍(ぎんししゅう)刺繍(ししゅう)なし、です。

  魔道士のローブは特別なもので、もとは白ですが、着るとその人の階級の色と刺繍に変わります。魔道士を職業としていなくとも、その人の魔法の実力が正確に色に現れます」


「セーネンさんが着ていた緑色のローブも?」

「ええ」


 俺はローブの色が変わるところを見てみたくなった。


「着てみてもいい?」


「どうぞ」


 フィードが金刺繍の入った赤ローブを脱ぐと、ローブは本当に白色に変化し、糸が(ほど)けるように刺繍も消えた。俺がワクワクしながらローブを着てみると、ローブの色は白色から変わらなかった。フィードは首をかしげる。


「あれ? ディンは黄色の刺繍なしだったはずなんですが……? 記憶がないのが関係してるんでしょうかね?」


 伝説の勇者だっていうならそれなりの色になったりして、少し教えてもらえば使えたりして、なんて思っていた俺は、ちょっとだいぶがっかりして、ローブをフィードに返した。


「お取り込み中申し訳ありませんが、そろそろダンゲに到着します」


 ヘップバーンの声が響き、彼女は旋回(せんかい)しながら着陸態勢(たいせい)に入った。


第一章読了ありがとうございました。次話から第二章がはじまります。

ぜひ、続きもお楽しみいただければと思います!


感想等いただけますと、大変励みになります!



2019/11/16 改稿しました

2020/05/09 改稿しました

2020/05/27 改稿しました

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