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勇者は眠る  作者: 冲田いつき
第三章

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39 決意と戸惑い(2)

 ニーナはニルスが出て行った扉を(なが)めながら困り顔を作った。


「ニルスって案外、臆病(おくびょう)よね」


「どちらが臆病とか、勇敢(ゆうかん)とか、そういう話ではないですよ。思い描く未来が同じ方に向かなくなったということでしょう? よくよく話し合って、後悔(こうかい)のないようにね」


「フィードは何か助言をくれないのかしら」


()いて言うなら、ニルスの意見に賛成ですね。もちろん、ニーナの意見も尊重しますが」


「来てほしくない?」


「いいえ。ニーナとニルスとの旅はさぞかし楽しいでしょうけど、でも、命に責任を持てないのは事実ですから」


 ニーナが意見を求める視線を俺に向けたが、俺は顔ごと目をそらした。


「俺は……何も言えない。フィードに庇護(ひご)されてるだけの立場だ」


 ニーナは軽くため息をついた。そのニュアンスから察するに、きっと(あき)れ顔を俺に向けていることだろう。


「ショウも、もう少し自覚を持ってもらわないと、ニルスを説得できないわ」


 ──自覚って……なに……?


 そうとは言えずに俺が(だま)っていると、ニーナはごろん、とソファに横になった。


「今夜はここ借りていいかしら? ニルスはもうすぐ約束の時間だし」


 ニーナは心底(つか)れたように大きく息をついて、目を閉じる。


「あー、化粧(けしょう)落とさないと、肌荒(はだあ)れする」


 低い声でそう(つぶや)きながらも、立ち上がるのはもう億劫(おっくう)という様相で、ニーナは縮こまりながら(せま)いソファで寝返(ねがえ)りをうった。


「ベッドで()たほうがいいよ。俺がソファ使うから」


「もう動きたくないから、ここでいい。久々(ひさびさ)にニルスとケンカしたらどっと疲れちゃった。

 ──そうだ。じゃあ、これだけお願いしてもいい? 食用油をたっぷり()み込ませたハンカチと、水で湿(しめ)らせたハンカチを持ってきてくれる?」


 何に使うのか? と思いながら用意してニーナに(わた)すと、二つのハンカチを交互(こうご)に使って顔を(ぬぐ)い、化粧を落としはじめた。ニーナは綺麗な少年の顔になると、(よご)れたハンカチをこちらに投げてよこして、もう一度ソファにうずくまる。そして、ものの一分もしないうちに寝息(ねいき)をたてはじめた。


「ひょっとしたら、病み上がりのニーナに無理させてたかな?」


「かもしれませんね」


 フィードは座っていたベッドから立ち上がると、ニーナに馬車で使っていた毛布をかけた。


「──フィードは……俺に何も言わないね」


(しか)って欲しいんですか?」


「いや……」


「私は、ショウがずっと(かか)えている戸惑(とまど)いも理解したいと思っていますよ。それに、こればかりは言葉でどうにかなるものではありません。ショウが“当事者”にならなければ」


 フィードには俺の考えなんて、自分が理解している以上に見透(みす)かされている。言葉で誤魔化(ごまか)して一時的にその気になることに、何の意味もない事も。


「ここにどれくらい留まるのか、具体的な話をしそびれましたね。

 ダンゲほど長くいるつもりはありませんが、特別急いでいるわけでもありません。ショウがもう少し、グランを自在に使えるようになってからユサンネに向かいましょう。まずは戦闘(せんとう)(うで)に自信と実力をつけるところから、ね」


「わかった。ありがとう」

 いつまでもお客様ではいられないと頭ではわかりつつも、結局は言われた通りに流されておくしか出来ないのだ。



 フィードと修行計画について軽く話をしていると、程なく、隣の部屋をノックする音が、こちらの部屋まで(ひび)いてきた。二十二時には少し早かったが、ジルが来たのかもしれない。扉の開く音がして、ニルスの声が聞こえてきた。さっきの激昂(げっこう)が嘘みたいな、とても優しい声だ。


「こんばんは、ジルさん。わざわざ出向いてくれてありがとう」


「あの……夜(おそ)くにすみません」


「夜遅いのがええんやんか。寝る前のひと時をジルさんと過ごせるのは、幸せなことやで」


 扉が閉まる音がした後も、引き続き二人の声がなんとなく()れ聞こえた。(ふすま)に毛が生えた程度の防音性能だ。


「こんなに(かべ)(うす)かったのか。さっきの話が(だれ)かに聞かれてなければいいんですが」


 ニルスの、思わずこっちまで赤面してしまいそうなくらいの歯の()くような(あま)い言葉の数々(かずかず)に、俺は大いに戸惑っていたが、フィードは冷静に呟いた。俺も隣に聞こえないようにちょっと声量を落とす。


「いや、それ……情報漏洩(ろうえい)も大問題だけどさ。これって、“この後の声”も聞こえてくるって事じゃないの⁉︎ 俺、嫌なんだけど!」


「私も嫌ですよ……。でも壁の薄さはどうしようもない。耳に(せん)でもして、さっさと寝てしまうしかないんじゃないですか?」


 フィードは(かばん)から何かの布の切れ端(きれはし)を取り出して丁度いいサイズに引き裂(ひきさ)くと、くるくると丸め、その言葉の通りに耳に栓をしてさっさとベッドに横になった。彼は布の切れ端を俺に渡すと、毛布を頭まで(かぶ)って寝る体勢に入る。俺も、フィードを(なら)ってさっさと寝てしまう事にした。眠れるかどうかはわからないけど。

2020/09/10 改稿しました

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