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勇者は眠る  作者: 冲田
第ニ章

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21 決断

 千鳥足(ちどりあし)のフィードをなんとか抱えて宿の部屋に戻ると、男性姿のニーナが外出の準備を終えてリビングにいた。どうにも見慣れず、まだ別人に見えるけど。

 もう包帯も取っていて、少なくとも肌が見えている範囲の傷は、跡まですっかり消えているようだ。


「珍しい。フィードもお酒に飲まれたりする事、あるんだね」

 ニーナがこちらに気づき、これまた慣れない少年声で言う。


 ニーナにも手伝ってもらって、もう一踏(ひとふ)()りとフィードを寝室までひきずって、彼をベッドに寝かせた。


「いつも一緒に食べるけど、こんなに飲んでたのは初めて見たよ。フィードが酒場でどんなだったか、教えてあげたいくらい。フィードには(ひど)い目に()わされてると思ってるかもしれないけど、彼はニーナとニルスのこと、好きだよ」


「ははは! なにそれ。スヴェナーかよ」


 ニーナが可笑(おか)しそうに笑う。


「スヴェナー?」


「相手に苦痛を与えて興奮しちゃう、異常性欲者のこと」


 サディストの事か! 彼らと会話をしていると、脳の(なぞ)翻訳(ほんやく)機能らしきモノが働かず、何でここだけ現地語で? ということがちょくちょく起こる。


「あ、いや、そういう意味じゃなくて……」


 ニーナは狼狽(うろた)える俺を見て、さらにくすくすと笑った。俺はなんとなく話題を変えた。


「そうだ、傷、もうなくなったみたいで良かった」


「本当、約束の時間までに治ってくれてよかったよ。身体が傷だらけじゃ仕事できないもん。やっぱりキャムミってすごいね」


 ニーナはなめらかそうな腕をすっとなでながらいう。


「ニルスは寝室?」


「なにか、考え事するって言って出かけてる。さ、僕もそろそろ行かなきゃ」


 ニーナを見送り、フィードのための水だけ用意をして、寝室に戻った。しかし水を飲まそうにも、フィードはぐっすり寝てしまっている。

 水差しとコップをベッド横の台に置くと、そこに昼間フィードが見ていた地図を見つけた。開いてみると文字や図などの書き込みがいっぱいで、アンコック対策を綿密(めんみつ)()っている跡があった。残念ながら見てもさっぱりわからないのだが。

 三日後、俺はちゃんと戦えるのだろうか。(ねら)われているのは自分なのに、今の今まで何となく他人事に感じていたものが、急に恐怖に変わってきた。

 だって、俺は誰よりも凡人(ぼんじん)で、誰よりも戦う(すべ)も覚悟もないのに。こんなに気持ちが追いつかないまま、敵と対峙(たいじ)してどうにかなるものなのだろうか。



 夜遅く、色々考えてはなかなか寝付けないで、ベッドで寝返りをうっていると、リビングから「お帰り、ニーナ」という、ニルスの声が聞こえてきた。


「ん、ただいま。待ってなくていいのに」


「疲れてるやろうけど、話がしたくて」


「わかった。先お風呂はいってくるね。もうちょっとだけ待ってて」


 盗み聞きはだめだな。──思えば思うほど目が()えてしまったが、(さいわ)い、彼らは寝室に入ったようでその後、声は聞こえてこなかった。今日のこと、これからのことなんかを話しているんだろうか。

 俺は彼らにどうして欲しいんだろう。一緒に戦って欲しい? 逃げ(おお)せて欲しい? 彼らの事を思うなら、巻き込まない方がいいに決まっている。でも、このまま、「じゃあさようなら」というのも、寂しい気がした。

 ──というか、本音を言うなら俺も逃げ出してしまいたい。



 次の日の朝、窓に強く当たる雨音に起こされた。今にも雷が鳴りそうな厚い雲のせいで、外は薄暗い。

 隣のベッドは(から)だった。意外にも、昨晩()(つぶ)れたフィードは早起きをしたらしい。身支度をしてリビングに行くと、彼は食卓で山と積まれた菓子パンを食べながら地図やノートと(にら)めっこしていた。


「おはよう、フィード。二日酔いとか大丈夫なの?」


「おはようございます。

 ショウ、昨日はすみませんでした。あんまり覚えてないんですが、ご迷惑おかけしたみたいで。二日酔いは、薬を飲んだので大丈夫です」


「フィードの新たな一面が見れて楽しかったよ」


「──いや、もう……忘れて下さい。それより、今日の話を」


 フィードは苦笑いから真剣な顔になって、俺に前の席に座るように言った。


「今日はグランの使い方を教えます。()()()になりますが、使えればかなり強力です。

 それと、身体(からだ)へのダメージを軽減する魔法や、身体能力を上げる魔法も教えます。これはもともとディングランも得意としていた魔法で、近接武器で戦う人にとっては使えると大変有用なものです。覚えることがいっぱいありますが、時間がないので頑張って。

 とはいえ……私も対策を練り直したい部分があるので、ショウもしっかり朝食をとって、十一時頃になったら始めましょう」


「わかった」


「今日は俺が教えんでもええの?」


 ニルスが寝室から出てきながら、割り込むように言った。直後、大あくびをする。フィードは少し気まずそうに視線を外して答えた。


「ニルスの方が上手(じょうず)でしょうが、聖剣グランの(あつか)いはわからないと思うので。それに、出発の準備があるでしょう?」


 ニーナは化粧をしていたんだろう。女の子の姿で洗面所から(あらわ)れ、ニルスと一緒に食卓についた。ニーナは決意の眼差(まなざ)しで、フィードに言った。


「私たち、逃げないよ。一緒にいさせてよ」


 ニルスもそれに続いた。


「昨日、ほんまに、悩んだ。ニーナといっぱい話した。思いつく事、全部。

 でも、『こんだけ一緒に過ごしてたら友達』()うたんは俺やもんな。友達が困ってたら助けなあかんよな、て、結論になったんや」


「え? 友達だから……ですか?」


「“この街を救うため”とか”世界の希望のため“とか言うより、俺ら()()()し、現実的やろ?」


 フィードは完全に予想外のことを言われたとばかりに唖然(あぜん)として、言葉が出ない様子だ。

 俺はちょっと目頭(めがしら)にくるものがあって、そっと顔を(そむ)けた。


「えぇー。もうちょっと喜んでもらえると思ったんだけどな?」


 ニーナがむくれた声を出す。


「あ、いえ、驚いてしまって……。嬉しいです。昨日の事があって、良い返事がもらえるとは思っていませんでしたから」


「でも、俺らが怪我(けが)せんで()む作戦、期待しとるからな!」


「戦闘になる以上、無傷は無理でしょうが、負担が少ないように考えてはあります。今、話していいですか?」


 フィードは俺たちの顔つきから了承(りょうしょう)の色を確認すると、調子を取り戻すように軽く咳払(せきばら)いをした。

2020/07/18 改稿しました

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