21 決断
千鳥足のフィードをなんとか抱えて宿の部屋に戻ると、男性姿のニーナが外出の準備を終えてリビングにいた。どうにも見慣れず、まだ別人に見えるけど。
もう包帯も取っていて、少なくとも肌が見えている範囲の傷は、跡まですっかり消えているようだ。
「珍しい。フィードもお酒に飲まれたりする事、あるんだね」
ニーナがこちらに気づき、これまた慣れない少年声で言う。
ニーナにも手伝ってもらって、もう一踏ん張りとフィードを寝室までひきずって、彼をベッドに寝かせた。
「いつも一緒に食べるけど、こんなに飲んでたのは初めて見たよ。フィードが酒場でどんなだったか、教えてあげたいくらい。フィードには酷い目に遭わされてると思ってるかもしれないけど、彼はニーナとニルスのこと、好きだよ」
「ははは! なにそれ。スヴェナーかよ」
ニーナが可笑しそうに笑う。
「スヴェナー?」
「相手に苦痛を与えて興奮しちゃう、異常性欲者のこと」
サディストの事か! 彼らと会話をしていると、脳の謎の翻訳機能らしきモノが働かず、何でここだけ現地語で? ということがちょくちょく起こる。
「あ、いや、そういう意味じゃなくて……」
ニーナは狼狽える俺を見て、さらにくすくすと笑った。俺はなんとなく話題を変えた。
「そうだ、傷、もうなくなったみたいで良かった」
「本当、約束の時間までに治ってくれてよかったよ。身体が傷だらけじゃ仕事できないもん。やっぱりキャムミってすごいね」
ニーナはなめらかそうな腕をすっとなでながらいう。
「ニルスは寝室?」
「なにか、考え事するって言って出かけてる。さ、僕もそろそろ行かなきゃ」
ニーナを見送り、フィードのための水だけ用意をして、寝室に戻った。しかし水を飲まそうにも、フィードはぐっすり寝てしまっている。
水差しとコップをベッド横の台に置くと、そこに昼間フィードが見ていた地図を見つけた。開いてみると文字や図などの書き込みがいっぱいで、アンコック対策を綿密に練っている跡があった。残念ながら見てもさっぱりわからないのだが。
三日後、俺はちゃんと戦えるのだろうか。狙われているのは自分なのに、今の今まで何となく他人事に感じていたものが、急に恐怖に変わってきた。
だって、俺は誰よりも凡人で、誰よりも戦う術も覚悟もないのに。こんなに気持ちが追いつかないまま、敵と対峙してどうにかなるものなのだろうか。
夜遅く、色々考えてはなかなか寝付けないで、ベッドで寝返りをうっていると、リビングから「お帰り、ニーナ」という、ニルスの声が聞こえてきた。
「ん、ただいま。待ってなくていいのに」
「疲れてるやろうけど、話がしたくて」
「わかった。先お風呂はいってくるね。もうちょっとだけ待ってて」
盗み聞きはだめだな。──思えば思うほど目が冴えてしまったが、幸い、彼らは寝室に入ったようでその後、声は聞こえてこなかった。今日のこと、これからのことなんかを話しているんだろうか。
俺は彼らにどうして欲しいんだろう。一緒に戦って欲しい? 逃げ果せて欲しい? 彼らの事を思うなら、巻き込まない方がいいに決まっている。でも、このまま、「じゃあさようなら」というのも、寂しい気がした。
──というか、本音を言うなら俺も逃げ出してしまいたい。
次の日の朝、窓に強く当たる雨音に起こされた。今にも雷が鳴りそうな厚い雲のせいで、外は薄暗い。
隣のベッドは空だった。意外にも、昨晩酔い潰れたフィードは早起きをしたらしい。身支度をしてリビングに行くと、彼は食卓で山と積まれた菓子パンを食べながら地図やノートと睨めっこしていた。
「おはよう、フィード。二日酔いとか大丈夫なの?」
「おはようございます。
ショウ、昨日はすみませんでした。あんまり覚えてないんですが、ご迷惑おかけしたみたいで。二日酔いは、薬を飲んだので大丈夫です」
「フィードの新たな一面が見れて楽しかったよ」
「──いや、もう……忘れて下さい。それより、今日の話を」
フィードは苦笑いから真剣な顔になって、俺に前の席に座るように言った。
「今日はグランの使い方を教えます。付け焼き刃になりますが、使えればかなり強力です。
それと、身体へのダメージを軽減する魔法や、身体能力を上げる魔法も教えます。これはもともとディングランも得意としていた魔法で、近接武器で戦う人にとっては使えると大変有用なものです。覚えることがいっぱいありますが、時間がないので頑張って。
とはいえ……私も対策を練り直したい部分があるので、ショウもしっかり朝食をとって、十一時頃になったら始めましょう」
「わかった」
「今日は俺が教えんでもええの?」
ニルスが寝室から出てきながら、割り込むように言った。直後、大あくびをする。フィードは少し気まずそうに視線を外して答えた。
「ニルスの方が上手でしょうが、聖剣グランの扱いはわからないと思うので。それに、出発の準備があるでしょう?」
ニーナは化粧をしていたんだろう。女の子の姿で洗面所から現れ、ニルスと一緒に食卓についた。ニーナは決意の眼差しで、フィードに言った。
「私たち、逃げないよ。一緒にいさせてよ」
ニルスもそれに続いた。
「昨日、ほんまに、悩んだ。ニーナといっぱい話した。思いつく事、全部。
でも、『こんだけ一緒に過ごしてたら友達』言うたんは俺やもんな。友達が困ってたら助けなあかんよな、て、結論になったんや」
「え? 友達だから……ですか?」
「“この街を救うため”とか”世界の希望のため“とか言うより、俺ららしいし、現実的やろ?」
フィードは完全に予想外のことを言われたとばかりに唖然として、言葉が出ない様子だ。
俺はちょっと目頭にくるものがあって、そっと顔を背けた。
「えぇー。もうちょっと喜んでもらえると思ったんだけどな?」
ニーナがむくれた声を出す。
「あ、いえ、驚いてしまって……。嬉しいです。昨日の事があって、良い返事がもらえるとは思っていませんでしたから」
「でも、俺らが怪我せんで済む作戦、期待しとるからな!」
「戦闘になる以上、無傷は無理でしょうが、負担が少ないように考えてはあります。今、話していいですか?」
フィードは俺たちの顔つきから了承の色を確認すると、調子を取り戻すように軽く咳払いをした。
2020/07/18 改稿しました




