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勇者は眠る  作者: 冲田
第一章
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2 知らない世界での目覚め

  耳障(みみざわ)りにぐわんぐわんと響く声で目が覚めた。まどろみながら、なんだか変な夢を見た気がするなぁなどと思いつつ、高い天井を(なが)める。

  ──いや、何かおかしい。カフェテリアでうたた寝していたんじゃなかったっけ。仰向(あおむ)けで寝ていないと天井は見えないはずだ。それに、どう考えたって大学にある建物の天井じゃない。蛍光灯は一つもなくて、採光窓(さいこうまど)から()の光が差している。起き上がろうとすると、まるで金縛(かなしば)りにあったかのように指一本動かなかった。

 

 ──ここは、どこだ?


 記憶の中に何か手がかりがないかと思い出そうとするも、またまぶたが重くなってきて思考はまどろみの中に消えそうになる。


「いま、彼が……! 目をあけていました!」


 初めて、はっきりとした声が聞こえてきた。


「そうか! それで、どうだ⁉︎ 成功か?」

「わかりません。意識があるかどうかも……」

「私どもで下手なことはできん。

 フィード様はお目覚めになられたか?」


 複数人の声の後、覚えのある声が、なぜか下の方から聞こえてきた。


「……お目覚めに……なられたよ」


 寝起きのような、少し間延(まの)びした声だ。俺は、重いまぶたをもう一度開けてみた。身体(からだ)相変(あいか)わらず動かない。


「さすがはフィード様。無事に戻られたご様子で、なによりです。立ち上がれそうですか? どうぞお手を」


「ああ、いや、大丈夫です。ありがとう。

 それで、彼は目覚めましたか?」


「一度、目を開けたのですが……」


 ひょこっと、赤いローブを着た金髪が俺の顔を(のぞ)き込んだ。


「起きていますか?」


 俺にそう声をかけながら肩を叩いたようだったが、その肩には感覚がなかったし、(まばた)きをして目の玉を動かす以外には、何も反応できなかった。赤ローブは少しの間、何か考えているふうにじっと俺を見ていたかと思うと、それからそっと、くちづけをした……。


 ──って! ……ちょっと待て!


 突然のあまりのことに動揺(どうよう)して、勢いよく起き上がろうとしたので、俺は赤ローブに思いっきり頭突きを食らわせてしまった。そして、起き上がりそびれてまた寝転んだ姿勢になったが、赤ローブにぶつけた(ひたい)だけではなく、今度は身体中が痛かった。


「なんなんだ! お前、いきなり!」


 全身の痛みに涙目になりながら(くちびる)を手の甲で(ぬぐ)い、俺は赤ローブに向かって叫んだ。──つもりだったが、その声はかすれて、ほとんど音になっていなかった。


「やあ、動けるようになりましたね」


 赤ローブは自分の額をさすりながら笑顔をつくった。


「驚かせてすみません。でもよかった、大丈夫そうだ。けど、急に動いては駄目(だめ)ですよ。あれから二十年()ちました。その間ずっと、ここで眠り続けていたのですから」


 彼は、俺をゆっくりと助け起こした。筋肉なのか(すじ)なのか骨なのか、とにかく動かすたびにその箇所(かしょ)が痛かったので、そろりそろりとした動作で寝ていた場所に座る。そこは石でできた台座のような感じだった。厚みのあるビロードの布が()かれていて、申し訳程度にマットレスの役割をしていたのか、いなかったのか。そりゃこんなところで寝かされれば、身体も痛くなる。


 しかし、二十年間眠り続けてたっていうのは、なんだろう? 俺が二十歳(はたち)なのに?

 それから、カフェテリアで謎の老人に(おそ)われて、赤ローブに引っ張られていたのは夢ではなかったのか。今も夢を見続けているのか、想像を超えた現実なのか……。状況がさっぱり飲み込めない。疑問をぶつけようにも、声がうまく出せずに言葉にならない音でうなっていると、赤ローブが言った。


「声が出にくいようですね。ともかく、まずは暖かい部屋で休みましょう。

 本当に良かった。あなたが無事に目覚めてくれて!」


 彼は本当に嬉しそうに整った顔をほころばせたが、俺にはそんなふうに言われる覚えがまったくない。

 彼らが悪の組織だろうと、命の恩人だろうと、大学からどこぞに拉致(らち)られたからには向こうの指示に従うしかないので、俺は手を貸されるままに台座から降りようとした。しかし、足に力が入らなくて半ば落ちたようになり、台座のたもとに崩れるように座り込む。赤ローブは(かたわら)に立っていた一人の青年に声をかけた。


「セーネン、助力(じょりょく)をお願いします」


 指示された彼が赤ローブとは反対側から俺を支え、立ち上がらせた。彼も赤ローブと同じようなデザインの、刺繍(ししゅう)の入っていない緑色のローブを着ていた。

 建物の中をぐるりと見てみると、ここは教会とか神殿とか、そういうたぐいのものに見えた。壁は色鮮やかなモザイクで、天井はやけに高いが、面積はあまりない。中学や高校の教室、二つ分くらいといったところか。俺が寝かされていたところは、入り口から一番奥まったところにある台座で、その側面には見事な彫刻(ちょうこく)(ほどこ)してあった。なんだか、寝かされていたというよりも安置(あんち)されてたって感じだ。


狭間(はざま)で、間者(かんじゃ)にあいました。何があるかしれません。警戒しておいてください」


 扉の前で、赤ローブは首だけ振り返りって、残された人物に言った。




 扉が開かれると、日の光の(まぶ)しさに俺は思わず一度、目をつむった。おそるおそる開けた目に飛び込んできた風景に、俺は息をのむ。本当に、ここはどこなんだ?

 標高の高いところにいるのだろうか、とても見晴(みは)らしがよかった。眼下(がんか)には広く続く乾いた草原。遠くに見える白雪(しらゆき)連峰(れんぽう)。空は見たことのないほど()んだ青。その宝石のような空に、大小の島が点々と浮かんでいる。その絶景は壮大(そうだい)すぎて、俺の(とぼ)しい語彙(ごい)では到底(とうてい)言葉にできそうにない。

 ひょっとして、今いるここも、浮いている島の一つなのかもしれない。数十歩先の、(がけ)になっていそうな地面の途切れめを見ながら、背筋がゾッとした。


2019/11/12 改稿しました。

2020/05/23 改稿しました。

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