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勇者は眠る  作者: 冲田
第一章
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1 遭遇

 大学の最寄駅(もよりえき)で電車から()りると、プラットホームは人であふれかえっていた。今まで満員だった電車から、乗客が全員降りてきたのではないかと思うほどだ。実際、俺のうしろで扉が閉まった電車の中には、人はほとんど乗っていない。


 階段近くの車両に乗ったはずなのに、電車を降りてから定期券を入れるまで何分(なんぷん)かかっただろう。利用者に対して(せま)すぎるホームのせいで、なかなか前に進めないのだ。一限(いちげん)に間に合うこの時間は、友達とおしゃべりしながらのろのろ歩いている人もいれば、見るからにイライラしながら進まない列をかき分けて前に進もうとする人もいて、そんな流れに乗っているだけの俺にもなかなかのストレスだ。


 とはいえ、今は学生が一番多い時期だというのも一因(いちいん)しているだろう。ゴールデンウィークを過ぎれば、もう少し人数は安定する。様子見(ようすみ)の四月が終われば、二回生(にかいせい)以上は出席しなくても単位がとれそうな授業は躊躇(ちゅうちょ)なく切り捨てるし、一回生(いっかいせい)もサボることを覚え始めるからだ。


 俺は竜神(たつかみ) (しょう)。見てくれは茶色に染めた髪に、ちょっとだけファッションにも気を使ってみた、量産型(りょうさんがた)男子大学生だ。偏差値(へんさち)そこそこの私立大で、とりあえず、宇宙飛行士だとかサッカー選手だとか医者だとかいう選ばれし職業への道は()たれ、俺はきっと普通に就活(しゅうかつ)して親父(おやじ)みたいな普通のサラリーマンになるのだろう。いや、今のご時世(じせい)それすらも難しいのかもしれない。



 ようやく理学部棟(りがくぶとう)の教室に着いて扉を開けると、中はガランとして誰もいなかった。もうすぐチャイムの鳴るこの時間なら、当たり前に人がいるはずなのに。


休講(きゅうこう)かよ」


 俺は軽く舌打(したう)ちをする。せっかく早く起きて、満員電車に()られてきたんだから、いつもは(うれ)しいはずの休講がなんだか(にく)たらしい。いまさらながら携帯で学校のサイトにアクセスすると、休講情報はきちんと出ていた。昨夜のうちに確認しておくんだった。課題で寝るのが遅くなったから、それならあと一時間でも長く寝ていたかったのに。


 こうなっては用のない教室から離れて、校舎を出た。

 春の日差しはなんだか弱々しくて、空は少し(くも)気味(ぎみ)だ。春は晴れ晴れとしたイメージがあるわりには雨の日が多い気がする。──なんて、暇になった頭でそんなどうでもいいことを考えながら、想定外の空き時間を()めるために敷地内(しきちない)桜並木(さくらなみき)をぬけて、校舎から少し離れたカフェテリアに向かった。ひょっとしたら、同じように間違って来た(やつ)がいるかもしれない。


 とても広いのに昼ごろには人が収容(しゅうよう)しきれないほど()むカフェテリアも、朝九時ではさすがに()いている。そして席を見渡(みわた)すも、休講情報を見落とすなんてバカをしたのは残念ながら俺しかいなかったようだ。次の時限(じげん)まで読みかけの本でも読むことにしてコーヒーを買うと、奥の席に座った。




 寝不足のせいか、本を読みながらいつのまにかウトウトとしていると、


「おい、若者(わかもの)


 と、すぐ目の前あたりから声がした。寝ぼけ(まなこ)でそちらを見ると、真向(まむか)いの席に風変(ふうが)わりな(じい)さんが座っている。なんだか大学のカフェテリアには不似合(ふにあ)いなその老人は続けて言った。


「そう、ユーだじょ、若者」


 たぶん、俺に話しかけてはいるんだろう。()きざまのすぐには回らない頭で、老人に怪訝(けげん)な目を向けた。言葉やイントネーションがなんだかおかしいし、顔の造形は外国人ぽいから、語学の教授だろうか? しかし、教授にしてはお年を()しているし、よく考えると服装も普通の洋服ではなくオリエンタル風で、何か変だ。俺が返事をしないからか、老人はなおも話しかけてきた。


(ちん)がわかるか?」


 朕⁉︎ 自分の事を朕なんて呼ぶ知人がいるなら、今頃とっくに思い出している。


「いや、あの……どちら様でしょう?」


 俺はついに彼に向かって声を出した。しかし、老人は質問に答えるかわりに気味悪くにやりと笑うと、すっくと立ち上がった。


「おまいに間違いない! 切捨御免(きりすてごめん)!」


 老人はそう叫ぶと急にどこからか(つるぎ)みたいなものを取り出して、振り上げた。


「は?」


 (さいわ)い身体が反射的に動いてくれて、俺は椅子(いす)から(ころ)げ落ちるように後ずさった。剣みたいなものだと思ったものは本当に剣だったようで、俺がいたテーブルは()(ぷた)つに(たた)()られている。真っ二つになったのは自分だったのかもしれないと思うと、言いようのない恐怖に(おそ)われた。


 ──逃げなきゃ、逃げなきゃ……!


 気だけは(あせ)るも、腰が抜けて立ち上がることすら出来きず、尻餅(しりもち)をついたままで()うように老人から距離を取ろうともがいた。


 ──なんで、こんなに人の多いところで、朝のこんなに明るい時間に、俺は刃物を持った狂人(きょうじん)(ねら)われているんだ? なんで?


 頭が真っ白になりながら、なんとなく周囲に違和感もあった。ただ、それが何なのかを今は思いつくことも、その正体を考える気にもならない。

 老人はその年老いた見た目とは裏腹(うらはら)にすばやい動きで間合(まあ)いに入ってくると、剣を大振(おおぶ)りに振り上げた。頭上に容赦(ようしゃ)なく振り()ろされる(はがね)(かたまり)がスローモーションに見える。だからといって()けられるわけもなく、俺は死ぬ覚悟なんてできないまま目をつむった。




「止まれ!」


 大音声(だいおんじょう)が響いた。驚いて目を開けると、老人は言われた通りに動きを()め──というよりも、まるで彼だけ時間が止まったように、剣は俺の髪をかするくらいの位置に固定された。彼の眼球だけが動き、ギロリと声がした方を(にら)む。そう思った瞬間、俺は腕をぐいっと()()られた。


「何をぼやぼやしてるんです! 早く立ち上がって!」


 俺の腕を(つか)んでそう言ったのは、派手な赤色に金糸(きんし)刺繍(ししゅう)(はい)ったローブを羽織(はお)り、右手にはなにやら長い棒を持った人物。フードを目深(まぶか)にかぶっていて顔が見えないが、少なくとも絶対に知り合いではない。赤ローブに手を引かれてなんとか立ち上がったその刹那(せつな)、背後で床がガキンと大きな音を立てた。赤ローブは舌打ちをすると


「クソ! 少し()いただけでも(おん)()か」


 と(ひと)()ち、さらに俺を引っ張って「走って!」と緊迫(きんぱく)した声で叫んだ。なかば引きずられるように、でもなるべく速く走りながらちらと後ろを見ると、動き出した老人がそうとは思えない速さで追ってきていた。



 俺は走りながら、カフェテリアの入り口へと向かう赤ローブに聞いた。


「お前、誰だよ! あの老人はなんなんだ? なんで俺が……」


「そんな悠長(ゆうちょう)なこと! まずは(のが)れなければ!」


 出入り口の扉に手がかかろうとする時、俺はようやく違和感の正体に気づいた。こんな大騒動(おおそうどう)が起こっているのに、カフェテリアにいる他の学生たちはこちらにまったく注意を向けていないのだ。(かか)わりにならないよう無視をしているなんてもんじゃない。こちらが透明(とうめい)であるかのようだった。


 扉を開け、カフェテリアを出ると強い風に花びらが舞う、見慣れた桜並木が目に飛び込んだ……と、なるはずだったんだが……。


 目の前に広がっているのは木がうっそうと(しげ)った森林だった。しかもなぜだかピントが合っていないようにぼんやりしていて、俺は目を(しばた)いた。

 赤ローブはパッと俺の腕を(はな)すと、元来(もとき)た方向に体を向け、手に持った棒を(かか)げて何やら言葉を発した。今しがた出てきたはずのその扉も、カフェテリアの出入り口とは全然違うものだ。これも背景と同じようにぼんやりとして見えていたが、そのうちにすぅっと消えた。

 そして、それと同時に尋常(じんじょう)でない眠気(ねむけ)に襲われた。眠くて眠くて、立ったまま意識を失いそうな中、赤ローブがふぅ、と一息ついてフードを取ったのが目に入る。フードに(かく)されていた顔はホッとした表情をしていた。高い身長と低めの声からは想像できないような中性的な顔立ちで、歳は同じか少し上くらいだろうか。風になびいて揺れる白に近い金髪は、そんな彼によく似合って見えた。赤ローブは今にも(ひざ)から(くず)れ落ちそうな俺を(あわ)てて支えながら、何か話しかけてきていた。



 ──でも……もう眠気のせいで……何も……



2019/03/22 誤字修正

2019/11/12 改稿しました

2020/05/22 改稿しました

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