93=〈二人の子供時代〉 (3)
前回の続きです。
「そうね。私もお祝いの品を渡していたけど、今度は二十歳のお祝いね。ずっとあの指輪を提げていただきたいわね」
彼女がそう言ったから、今度は十九歳の誕生日なのですけど、二十歳しかあげないのかしら、と思ってしまう。
「私もずっと提げています。たまに首から外して眺めると色んなことを思い出しますね」
「ほんとうに色んなことが起こったわね。その中でもいちばん強烈な思い出は子供たちね。驚いたのなんのって考えてもなかったから……それも私と同じ二人だものね」
「申し訳ありません。マーリストン様は何も知らずに私がいけなかったのです」
「つい口が滑ったわね。思い出いでの話しをリリアがするからよ。もう謝らなくてもいいから、何度も謝られると私の方が困ります。王様はマーリストン様がいなくなったことがいちばん驚愕したとおっしゃったけど、今では子供たちが産まれた衝撃が強いとおっしゃったのよ。コーミンのことは私も話してない。リリアから聞かされて、不意打ちに合ったように驚嘆したとおっしゃったのよ」
彼女は私の瞳の中を覗き込みながら、謝らなくていいのよ、と目と口の両方を使い、私から視線を外すことなくそう話してくれたみたいだ。あの時はその報告は受けてない、と言っていたけど、確かに驚いていたような気がした。それほど強烈な印象だったのだ。私がいずれ話すと思い、シンシア様とバルソン様は何も言わないと相談したのだろうか。後から怒られなかったのかしらね。
「王様は彼がいなくなったことは最大の窮地だとおっしゃいました。だから二度と起こらないように、ゴードン様の屋敷の前を譲り受け、彼の屋敷を守らせているそうです。私もそのことは知らなかったので、ゴードン様はご近所の屋敷はご存じだと思いますが、私は屋敷の外には用事がある以外は出てないので、今でもそうですが両隣の屋敷も知りません」
私はシンシア様に彼の屋敷の前のことを説明するために、自分のことも含めてそう伝える。トントン屋敷でもそうだけど、バミス様とカリーンに任せっきりで、極力近所づきあいは避けていたからな。
「そうなの、驚きね。私は初めて聞いたわよ。教えてくれてありがとう。確かに私たちの最大の窮地だったのよ。それをリリアが救ってくれたのよ。子供たちのことは私たちにとってもこの城にとっても、空から突然舞い降りてくるような最大級の鳥の雛のような贈りものです」
彼女はそう言ってくれたから、リストン様のことをそれほど大事な存在だと考えてくれているのだ。
「ありがとうございます。コーミンのことはこれからもよろしくお願いします。お互いにまだ若いですから、これからも王子様や姫様が産まれると思います」
「それはこの城に入ってからお願いしたいわね。お守りするのが大変よ」
彼女はそう言ったけど、守るよりも子育てする方が大変だよね。ここにいれば母親の仕事は周りの人がやってくれそうで、ゴードン様の屋敷ではお金があっても手伝いの人も雇えなく、私は寝不足がいちばん堪えたよな。
ソーシャルにお願いして紙おむつだけは使ったけど、ゴミ収集が来るわけでもなく、『ミーバ』で消すこともできず、穴を掘って証拠が残らないように燃やしたからな。私の部屋にたくさんストックは残してきたけど、紙おむつは足りているだろうか。心配だ。
「そのように伝えます。彼はゴードン様の屋敷にはもう行かないと言いましたから大丈夫だと思います。リストン様が五歳になれば必ずこの城に迎えていただきます。その時はよろしくお願いします。それまでゴードン様の屋敷で今まで通りに育ててもらいます」
私はそう説明したけど、王様にも聞かれたので、マーリストン様とカーラの枝の上で話し合ったのだ。 最近はマーリストン様をほとんど見かけないけど忙しいのだろうか。シンシア様はシューマンとも話せなくて寂しく思っているに違いない。
「その話しは王様から伺ったけど、屋敷の話しは知らない振りをしていた方がいいわね。秘密にしているのでしょうね。リリアとこうやって二人で話すのは久しぶりね。今頃ルーシーとマーシーもゆっくり話しているわね。部屋に戻る時間も違うし、夜寝る前だと何かと慌ただしいと思うから、久しぶりに二人でゆっくりと話していると思うわよ。これから先はどうなるか分からないけど、二人ともほんとうによかった。私たちはフィッシャーカーラントの市場でもリリアにお世話になったけど、シューマンのことはバルソンとよく話し合った。マーリストン様が確実に王になれば、そのお祝いとして私の屋敷に入ってもらうように話すことにしたのよ。バルソンに一人前の男に育ててもらい、これからもバルソンによくお願いした。私はいつも皆に迷惑をかけているのね。私はバルソンには迷惑のかけっぱなしで、またゆっくり話したいからよろしくお願いします」
私もバルソン様にはお世話になりっぱなしで、彼がこの城のことで飛び回っていると思うと、ゆっくり会わせてあげたい気持ちが強まり、今日は貴重な話しをシンシア様からたくさん聞いたしね。
「バルソン様の予定をお聞きしてみます。あの時シンシア様から彼の話しをお聞きしなければ、祝賀会が終わると、どのようにして話そうかと考えていました」
「あの時にリリアに話してよかった。この城の中では話せないことだからね。ルーシーが妹であれば彼は弟になるのよ。先に産まれただけで位置づけが決まってしまったのよ。双子の存在は忌み嫌われている。産む方はそんなことは関係ないのにね。二人とも自分の子供だし……リリアもそう思うでしょう?」
彼女は小さな声でそう言う。この部屋では誰も聞いてないと思うけど声が小さくなるよね。双子と言えどもリンリンが姉でリストン様は弟になる。リンリンの方が元気でしっかりしているみたいで、二人と早く話したいけど、まだまだ先の話しよね。
「もちろんですよ。そういうことは関係がないです。産まれた子供には責任がないです。この世に自分が存在したことはだけは受け止めてもらいたいです。二人も離れて育つことになりますから、私はその意味を二人に教えなくてはいけません。私がたくさん話して彼らの言葉をたくさん聞いてあげたいです」
私はほんとうに子供たちと話したいから、早くコミュニケーションが取りたくてそう言ってしまう。五歳までは一緒に育っても離ればなれになると思うけど、リンリンとコーリンはどうなるのだろうか。それこそ姉と妹になるけど、まさか一緒の部屋になるようなことはないと思う。近くにいるとしてもコーミンも別々の部屋だろうな。リンリンにはマーヤを側に付けたいけど、どうなるのだろうか。
「シューマンだってそうよ。私がずっと会いたいと思っていたのに、いつの間にかそばにいたから驚いたのよね。私がこの城に入ってから色んなことが起こったけど、いちばん不幸なできことね。私もシューマンの話しをたくさん聞きたい。今は無理だけど、私がずっと会いたいと思い続けた気持ちを言葉にしたいわね」
彼女はまた細々とした小さな声でそう言ったけど、今の彼女の意識はシューマンに向いているのだ。 一歳になっても十歳になっても二十歳になっても、自分の子供の話しは不滅で語り尽きることがない。子供たちの髪をわさわさと撫で、ぎゅーっと抱きしめてパワーを充電したいな。
日中はあまり考えないけど、寝る前になると頭の中で、子供たちが這いずったりその辺の玩具や物をつかんだりと、三人が奇声みたいな声を発しながら蠢く姿を思い出すのよね。
「必ず伝わる日が来ると思います。兄弟で一緒に祝う日が必ず来ます。お二人はその意味が理解できると信じています」
「私もそれを心の底から望みたい。マーリストン様は相変わらず忙しそうね。青の編み紐のクーリスに勝ったから、今度は緑の編み紐に挑戦ね。シューマンは青の編み紐から始めるとバルソンが言っていたのよ。リリアがたまに言葉をかけてくれるから、私も普通に話すことができて感謝しているのよ。子供たちの話しをしていると切りがないわね」
彼女は優しそうな声の響きでそう言ったから、いつの時代でも自分の子供に対する気持ちは同じなのよね。
セミル様も二人の子供たちとは別々の部屋で寝るのだろうな。たまには会うかもかもしれないけど、ここでは家族が揃って食事とかするのだろうか。家族の団らんがないと寂しいような気がするけどな。
「彼らと一緒にたくさん話してください。ラデン様もそうです。私たちが皆で話すとルーシーの言葉を聞くことができます。ラデン様の場合は返事ができないのが残念ですが、最初に私がシンシア様と話したときに、お付きの人がいなくなったことをマーリストン様に話すと、シンシア様が合図をしたとお聞きしました。だから、二人で何か合図を決めてくださいと説明しました。手で合図をすることはいいことだと思います。ルーシーが一言話して周りの人に手で何かを示すと、そのことを皆で覚えると会話ができます。そう思うとドーラン様とマーシーは話す機会が少ないですね。やはりドーラン様の休息日が必要だと思います」
私は長たらしく説明をしてしまう。手や指先を使う手話のやり方は分からないけど、簡単な手話の話しをしてもいいのかな。仕事中に話すのは不謹慎かもしれないけど、そう思うと心の言葉は便利よね。ソーシャルじゃないけど大いに利用したいよね。
「そうね。私が王様にも説明するわね。たくさん話すことがいちばんよね。リリアだったらしっかり子供たちに話せば理解してくれるわよ。大きくなって考えられるようになれば、自分の立場も理解できるようになる。リリアの大好きなバミスが話してくれるわよ。皆から話しを聞けばこの城の存在も考えられる。そういう運命の中で産まれたのだから、リリアが何度もバミスのことがいちばん好きだと言ったように、私はバルソンのことがいちばん好きだと確信が持てた。王様には言えないけどね。私はリリアのことはよく分からないけど、この不思議は守っていこうとマーシーに話したのよ。リリアにだったら私の本音を話せるわね。自分でもよく分からないけど、これが私の不思議なのかな」
彼女は私のことがよく分からないとは言え笑みを浮かべて、本音みたいな言葉を私に話してくれ、私の話しをしっかりと聞いてくれる。話せないことがあることはお互いに重々承知していることだから、こうやって二人で話しができることは、私にとっては貴重な幸せな時間だと思う。
「私は王様にも人間である以上は必ず不思議があると話しました」
「そういうことまで話したの? リリアの話しを聞いていると毎回言葉がないわね」
「申し訳ありません。人間には隠れた能力が存在していると思います。それが何かの切掛けで外に現れると思います。それに自分が気づくと悪用する人もいるかもしれませんが、私の考えではこの城の人たちも、市場の人たちも幸せになってもらいたい」
私はそう言ってから、何をすれば幸せになるなんて人それぞれ違うと思うけど、何もしないよりは増しだと思ってしまう。
「やはりこの城の言い伝えはリリアのことなのね。王様もセミル様もバルソンもそう思っているのよ。リリアの存在は私たちには必要なのよ。家臣の手前では王子様を助けてりっぱに育て上げたことと、リリアが剣客である事実だけで十分よ。女の編み紐の件もゆっくり考えましょう。マーリストン様のことは少し落ち着いたしね。今度は私たちが姫様たちを確実に守らなくてはね。私もそう考えられるようになった。彼らがこの城に入るまでそのことを考えましょう。私も気力を付けて長生きしなくてはね。笑えるけど、リリアのお陰で私もずっと飛び跳ねられるような気がするわよ」
彼女は力強くそう言ってくれたけど、それってすごく乗る気があるみたいなのですけど、彼女が手伝ってくれると立場的に最高だよね。それよりも王様に許可をただかなくては、そっちの方が心配だけど大丈夫なのかしら?
「シンシア様からそのように言っていただいて嬉しいです。これから先はどうなるか分かりませんが、私は子供たちのためにも後戻りはできません。今後は私のことでご迷惑をおかけするかもしれませんが、ほんとうによろしくお願いします」
「私だって知らない間にリリアにもバルソンに迷惑をかけてきたからお互いさまよ。今度は二人で王様の部屋に押しかけて、三人でこのことを話しましょうか」
「えっ、呼び出しを待っているのではなくて押しかけるのですか」
私は彼女の言葉に驚く。
「たまには直接驚かせてもいいのでは、私は毎回リリアに驚かされているからね。これからのことも三人で話し合ってみない? セミル様を入れて四人でもいいわよ。でも二人で話した方が自分の本音が直接言えるわね。王様がそれを考えていただければいいのかもしれない。毎日色んなことを聞かされてとても疲れるそうよ」
彼女がそういうことまで口にしたから、私はよけいに驚いてしまう。
「話す方は大事なことでしょうが、それを覚えておかれる王様も大変ですね」
「奥の部屋に入らなければ内容を書き留める人がいるから、気になることは相手の名前を自分で書き留めて、それで後から見直しされているそうよ」
「そのような仕事もあるのですか。気づきませんでした。大変な仕事ですね」
「話しを聞くのが嫌になることもあるとおっしゃっていたから、それこそ休息日が必要ですね」
「ドーラン様や赤の編み紐をお持ちの方は、十日に一度は休息日を考えていただき、マーランド様も自分でそのようにされたらいかがでしょうか」
「それはリリアが話してみれば、、その方がお喜びになると思うけどね」
「はい。ありがとうございます。今度お会いしたら話そうと思います」
「リリアの考えることでここも変わっていくのね。私はリストン様が王になる日を楽しみにしているからね」
今回も読んでいただき、ありがとうございました。




