88=〈ドーラン様の恋物語〉 (2)
少し長文です。
☆ ★ ☆ (9)
「ドーラン様、これはほんとうに二人だけの秘密ですが、私は言葉で四回も挑戦されましたよ。その勇気に私は完敗しました。それくらいの根性で勝ち残ってください」
これはほんとうのことだけど、私は彼を勇気づける言葉としてそう言ってしまう。
「リリア様からこのような言葉を伺うとは参りました。それに、今朝はこのような話しになるとは考えてもなくて、私のことを気にかけていただきありがとうございます」
「私に任せてください。部屋に入るとマーシーの目を見てください。私が王様から伝言を頼まれたと話します。他の人に聞かれると困るので二人だけにさせます。私はシンシア様と奥で話しがあると言います。二人で庭に出て話してください。ルーシーも奥に連れて行きます。そして、二人になにげにドーラン様のことを話します」
私は頭の中で考えていたことを伝える。二人だけになる理由が必要だからね!
「ありがとうございます。伝言ですね、分かりました。庭に出たら王様からの伝言は偽りの話しで、リリア様に考えていただいたと正直に話します。そして、城の外で会っていただくようにお願いします」
「後はドーラン様の心意気です。剣の試合だと考えるといいのでは、私は最初に王様と話しているときはそう思っていました。でも、王様とお話ししてその考えが変わりました。セミル様もです。今まで剣の勝ち抜き戦に勝ち抜いて、マーリストン様をシンシア様にお返しすることしか考えてなかったけど、いざこの城の中に入ってみるとその現実の違いに目覚めました。その違いを王様に正直にお話ししました。私のことをドーラン様がどう思われているのか知りませんが、いずれ近い内に詳しくお話しできると思います。今はお互いに側近者として、話していいことと悪いことがあると思います」
私は肝心なことは口が裂けても言えないが、王様、セミル様と名指しで話したことは真実であり、そのことを彼がどう感じるかは彼次第であると思いそう説明する。
「私は剣の勝ち抜き戦までリリア様のことはまったく知りませんでした。シンシア様やバルソン様がリリア様の存在を認めて王様に話されたことを考えると、増して剣客であるリリア様はこの城においては大事であり……貴重な存在だと思います」
彼がそういう言葉を使ってくれたから嬉しくて、言葉というものは人の心を動かすのだ、というよりも現実的に行動も伴うこともあるので、悪くいえば『洗脳』する、させられる、と言い換えることもできる。この城に入り二ヶ月が過ぎようとしていたが、私は少しそう思うようになっていた。
「ありがとうございます」
「私は今でも不思議に思います。よく八年近くも隠し通せましたね。剣客であり背も高くなって、王子としての品格が漂うマーリストン様を見れば、周りの家臣は受け入れざるを得ません」
「どうしてあんなに背が高くなったのか私も不思議です。シンシア様の背が高いからだと思いますが、マーリストン様はシンシア様に似ているのでしょうね。彼女の子供時代が想像できますね。男は母親に似て女は父親に似るとよく言われています。その次の子供たちは親を飛び越えて、その上の親に似るとも言われていますが、いいことばかりが似てくれるといいですね。ドーラン様にも素敵な子供たちが現れますよ」
私はやんわりと子孫の流れをそう話したつもりだ。
「私の子供ですか。リリア様には参りますね。考えが飛び跳ねています」
「私がなぜ子供の話しをしたか、いずれドーラン様にも理解できると思います。王様の次は王子様が、王子様の次はその子供たちが存在して、皆でこの城を守っていくと信じているからです」
「……なるほど。マーリストン様の子供たちもこの城を守っていくということですね」
「マーリストン様を守ることも大事ですが、彼の子供たちを守る人も必要です。そうやって代々この城は守られています。ドーラン様やラデン様の子供たちにも、彼の子供たちを守っていただきたいです。私はそのこともお願いしたいです」
「私の子供にですか」
「王様や王子様のことをよく理解していらっしゃる方たちの子供たちにも、その次の王子様や姫様を守っていただきたいと思います」
「リリア様はそのような先まで考えているのですか。だから他の方たちが尊敬しているのですね。私もそのひとりだと思ってください」
彼はそういう言葉も使ってくれる。
「ありがとうございます」
「ドーラン様、もう少しでシンシア様の部屋へ着きますので、大きく息を吸って心を落ち着かせて頑張ってくださいね。マーシーの目を逸らさないようにしてくださいね」
「はい。必ず勝ち抜きます。このような機会をいただいて、自分のために悔いが残らないように頑張ります」
彼が力強くそう言ったので、『自分のためにも相手のためにも頑張ってね』と心の中で応援する。
☆ ★ ☆ (10)
「シンシア様、ただ今戻りました。ドーラン様にまた送っていただきました」
私が部屋に入ると、三人で椅子に座って話しているようで、気合いを入れてやや大きな声で話してしまう。
「ドーラン様、いつもお手数をかけて申し訳ありません」
シンシア様が立ちあがりながらそう言うと、ルーシーもマーシーも一緒にその場で立ちあがる。
「いえ、王様から送って行くように言われました」
彼の声の響きは少しが違うように聞こえてしまう。緊張しているのかな?
「シンシア様、ドーラン様から大事なお話しがあります。庭をお借りしてもよろしいですか? ドーラン様は人に聞かれないように、庭で王様の伝言をマーシーに伝えてください」
私は即座に勝手にそう言い、彼に話す機会を作る。
「分かりました。マーシー、王様からの大事な伝言があるので庭で聞いてもらえますか?」
彼は私の言葉に対してそう反応しているが、顔が少しこわばっていますよ。
「承知しました」
マーシーは一瞬シンシア様を見てからそう返事をしている。
「シンシア様、奥でお話してもよろしいでしょうか? ルーシーも一緒に聞いてもらいたいのですがよろしいでしょうか?」
「リリアがそうしたいなら私は構わないわよ」
シンシア様は私の言葉に何かあると思っているのか視線がいつもとは違って見え、でもあっさりとそう言ってくれたのでホッとする。私も緊張して顔の表情が嘘っぽくなっているのかしらね。ドーラン様のことを思うと心臓が少しドキドキと早鳴っているのが自分でも理解できる。
「ありがとうございます」
私が返事をしながら庭の方を横目でちらりと確認すると、ドーラン様の後からマーシーが階段を登っている。ここまでは大丈夫だ。後は彼の意気込みさえ見せればいいことだ、と私は胸をなで下ろし、今から自分の仕事をしなくてはいけないと思い、シンシア様に続き奥の部屋へ入っていった。
☆ ★ ☆ (11)
「突然ですがマーシー、私の話しを最後までよく聞いてください」
「はい」
「リリア様の言われた王様からの大事な伝言は偽りの話しです。私は王様とリリア様から誰か気になる女性はいるのかと聞かれました。それで……私はマーシーだと答えました。マーシーはどなたか好きな方はいらっしゃいますか?」
彼は意を決したように、椅子に座ってから正面に座っているマーシーを見て、最初からその言葉を口にする。
「えっ?」
「私は王様から許可をいただきました。今度は城の外で一緒に話しませんか?」
「えっ?」
「私も突然お二人に言われて驚きました。でも……私はあなたのことがずっと前から気になっていたので……お二人に正直には話しました」
「ほ、ほんとうに私でよろしいのですか?」
「はい」
「私もドーラン様が素敵な人だと気になっていました」
「ほんとうですか?」
「はい。ルーシーには前に話したことがあります。私たちのことはご存知ですか?」
「先ほどリリア様から少し聞きました。一緒に産まれたそうですね。ラデンのことも聞きました」
「えっ、マーリストン様のそばにいらっしゃるラデン様ですか?」
彼女は彼の話した言葉の意味が理解できずに言葉を反復している。それでなくても彼女の頭の中は、先ほどの彼の言葉がぐるんぐるんと繰り返しながら蘇り、信じられないような言葉の意味を集約させようとしているが、思考を停止することができていない。
「マーリストン様とリリア様がアートクの市場で出会ったと話されました」
「……その話しは……私も聞きました」
彼女はそう応えるのが精一杯で、彼が自分を見つめている視線に戸惑いを感じ、自分の目線を外したくないとも思っている。
「そういうことや色んな話しも聞きました。そして、王様から自分で直接話さないと後悔すると言われました。リリア様が伝言の話しとして庭で話すことを考えていただき……私は剣の試合に挑戦するように……その……自分の気持ちを奮い立たせて勇気を出して話しました。今度は城の外で会っていただけませんか? ほんとうに王様から許可はいただきました」
彼はラデンのことは知らないのか、と一瞬そう思い話しを自分の意思表示に切り替えたのだ。
「……あ、ありがとうございます」
「……ほんとうに会っていただけますか?」
「は、はい、とても嬉しいです」
彼女の心は矢継ぎ早の彼の言葉に完全にテンパってしまっている。
「ありがとうございます。今はリリア様がシンシア様とルーシーに説明しています」
「えっ、ルーシーにもですか?」
彼女の頭の中はルーシーの名前で思考が停止する。
「はい、話すとおっしゃいました」
「ルーシーには話してほしくなかったです」
彼女はその言葉を自分で言ってから、どうして咄嗟にそういう防御的な言葉が出たのだろうか、と思いながら自分の口を両手で塞いでしまう。
「私が先ほどラデンのことを話しましたが、ルーシーとラデンのことをご存知ないようでしたから話しを逸らしましたが、ルーシーのことは心配しなくてもいいと思います」
「えっ、それはどういう意味ですか?」
そう言った彼女の思いは、何を言っているのだろうか、と頭の中にすーっとその言葉が通り過ぎる。
「リリア様が私に話してくれました。二人で心の言葉で話しをしているそうです」
「うそっ、そういうことができるなんて、私がドーラン様のことを話したときには何も言ってくれませんでしたよ」
彼女の言葉は先ほどと違い、現実味を帯びてやや力強く話しているが、そういう言葉を彼にいう道理ではない、と言った後に『しまった』と彼女は後悔をする。
「それはあなたの今の気持ちと同じだと思いますよ。三人とも相手を思いやる気持ちで優しいのですね。そう考えるとリリア様もあなたに話せなかったと思います」
彼はその一連の会話の中で、彼女のルーシーに対する気持ちを知ることができ、彼女のきりりとしている顔つきの中にある驚いたような表情、困ったような表情の変化を見られたことが嬉しく思う。素敵な人だ……と再度思ったのである。
「……信じられない。ラデン様がリリア様と同じにルーシーと話しができるなんて、シンシア様もご存知なのですか?」
「そこまでは聞いていません」
「私は驚きました。ラデン様とルーシーが……話していただきありがとうございました」
そう言った彼女のやや落ち着きを取り戻した表情に、彼は愛らしさを感じている。
「私が話すことではなかったと思いますが、あなたの気持ちを少しでも知ることができてよかったです」
「こちらこそ、ルーシーのことを話していただきありがとうございました」
「私は王様とリリア様を信じて、あなたに話しができてよかったです」
「……私はいつもシンシア様やリリア様のことは信じています」
「……私も王様のことは信じています。そう思うとリリア様はすごい人ですね。皆の気持ちをここまで信じさせてくれるのですから、マーリストン様はそのようなリリア様に育てていただき、心身共に相手の気持ちも考えることを教えていただいたのでしょうね」
彼はリリア様から目を逸らさないようにと言われた言葉をずっと守り抜き、彼女の瞳の奥深くまで覗き込むような眼差しでずっと見つめている。
「私はマーリストン様とはあまり話したことがないですが、リリア様の考えを引き継いでいると思います。私はルーシーとそのように話しています」
彼女のそう話した言葉の中に、リリア様に対する彼女なりの尊敬の意味合いも含まれているのだ、と思いながらも、マーシーとすんなりと会話運びが進んでいることに対して、彼は安堵の気持ちを持ち、自分が今まで思い続けていた言葉が伝えられ、彼女の気持ちが自分に向いていることも知ることができ、よりリリア様に対して感謝しなければいけないと考える。
「二人でシンシア様やリリア様のことを話せることはいいことですね。私はそういうことは立場的に誰とも話せません。私たちが二人で話せたとしてもお互いに内緒話しになりますね。三人のことはお互いに話してはいけないことだと思います。私は二人でたくさん話してマーシーのことが知りたいです」
「……ありがとうございます。私もドーラン様の色んな考え方を知りたいです」
「ここでもっと話したいですが、私は王様のそばに戻らなくてはいけません。私が男としてシンシア様とリリア様に話しますから、戻れば王様にも報告します。それでよろしいですか?」
「……はい。よろしくお願いします。その……ルーシーにも話したいです。喜んでくれると思います。今日はお話しをしていただきありがとうございました」
「……こちらこそ。突然の私の言葉を聞いてもらいありがとうございました。私はいつも王様がこの庭でシンシア様と話されるときは入り口の外で待っています。初めてここまで登りました。今日はここまで登れてあなたと話せて嬉しかったです。あの……その……手を触ってもよろしいでしょうか?」
彼は決心したようにその言葉を最後に口ずさんで両手を前面に伸ばす。
彼女は突然こういう言葉に戸惑いを覚えながらもそっとテーブルの上に自分の両手を差し出すと、『ありがとうございます』と彼はそう言って、彼女の両手を覆い隠すように両サイドから、一つの塊を作るように中央に合わせ、彼の指と手のひら全体を駆使しながら、生まれたてのひな鳥を包むような精細さで彼女の両手を柔らかく、時には落としてしまわないようにやや力を込めて握りしめ、その感触を感じている。
彼女はその両手を触られている間に、自分の頭の中が彼の言葉で氾濫を起こしていることを思い出し、ルーシーのことを含めて会話として言葉がつながってはいたのだろうか、と瞬時に狼狽をしていた自分を思い出しながらも、いつも庭の入り口の外で待っているから、登ってみたかったという彼の言葉も思い出し、そういう言葉も含めて彼女はよけいにうろたえてしまい、実際に目の前にいる彼の顔を間近で見つめていた自分の視線に羞恥心が突然訪れ、頭の中に竜巻が起こったようにくるくると回転していたけど、恥ずかしさや嬉しさを隠すために両手で顔を覆い被したいと思った自分の両手は、今では彼の手の中にあることを思いながら、彼の両手のぬくもりの中で、自分の心を落ち着かせようとしながら、お互いに繋ぎ合わさった四つの手を見ていたけど、どんどん自分の感情が高ぶり、かつて味わったことがないような、とろけるような意識に陥っている。
「それでは部屋に戻りましょうか」
彼は名残惜しそうな表情をしながらもそう言って、自分の手を外す。
もう一度彼の顔を見るために自分の顔を持ち上げると、彼の目がずっと自分を見ているのだと瞬時に判断してしまい、余計に心をかき乱され、何が起こってしまったのか考えがまとまらず、彼の顔を見つめてほんのつかの間、自分の椅子からマーシーは立ち上がれなかった。
今回も読んでいただき、ありがとうございました。




