85=『ラデン様とルーシー』 (1)
長文です。
☆ ★ ☆ (4)
「シンシア様、今日はラデン様とお話しがあります。庭をお借りしてもよろしいですか」
私がラデン様と二人で部屋の中に入ってそう言うと、
「いいわよ。大事な話しなの?」
「はい。後からルーシーにも話しを聞いてもらいたいと思います」
ルーシーにも関係していることをやんわりと彼女に伝える。
気のせいかもしれないけど、彼女は結構私のことを気にしているみたいで、ルーシーとマーヤに報告させているような気がしていたけど、そういう現状をソーシャルには聞いたことがない。彼女たちが知らせるのは当然のことだよね。
「私に許可を取らなくてもいつでも使っていいからね」
「はい。ありがとうございます」
そう返事をしたけど、部屋の中に入らなくては庭の入り口がないので、どちらにしても声をかけることになるよね。 私たちは七段ある階段を上り詰めてテーブルの前に着く。
「ラデン様、私はここに座りますのでこちらに座ってください」
「はい。ありがとうございます」
彼がそう言って、私たちは対面同士に座る。
「私はラデン様に……その……お聞きしたいことがあるのですが」
何から話せばいいのかと思いながらも私がそう言うと、
「はい、何でしょうか」
彼は即座に返事をしてくれる。
「ラデン様はアートクの市場に五年ほどいたと聞きましたが、突然このようなことを聞いては大変失礼かと思いますが……その……あちらでは好きな方はいらっしゃったのですか」
「はい。好きな人がいました。子供も二人産まれました」
彼があっさりとそう答えてくれたので驚いたけど、子供が二人もいたのだと聞いて、私の方が焦ってしまい、ルーシーのことを考えて聞いたのに……無理……そうかな?
「やはりそうですよね。かわいいお子様たちですよね。いずれこちらで屋敷を構えて一緒に住まわれるのですか」
「いえ、それはないと思います」
「えっ、どうしてですか」
私はすかさずそう尋ねたけど、未だにこの時代の家族構成が分からない。単身赴任みたいな状況なのだろうか。
「彼女の名前はアーリスと言います。彼女は一人娘なので、彼女の両親に屋敷から出せないと言われました。だからここには連れてこられません」
彼がそう言ったから、これはラッキーだと思う。
ルーシーにも気になる男性はいるかもしれないけど、会話ができないことは致命傷だと思い、大きなお世話かもしれないけど、話せることに越したことはない。
彼女の気持ちは聞いていないけど、相手と親密に何でも話せる条件が必須だと思い、リストン様のために……私はその先のことも考えているけどね。
「でも、ラデン様はマーリストン様の側近としていつもそばにいますよね。頻繁に向こうに戻れないと思いますが、どうなさるおつもりですか」
「近い内に、私の立場を向こうの両親に詳しく報告しに行こうと思います」
「なるほど。アーリス様は子供たちをご両親の屋敷で育てるということですね」
私はまた聞いてみたけど、子供が二人もいたのか、意外だったな。やはり……無理そうだな。
「私もそれでいいと思います。サガート様の屋敷は広いです。子供たちも大事に育てていただけると思います。話しは少し長くなりますが、私たちが出会ったときに父親が店を開いている話しは聞いていましたが、いずれ南の城に戻らなければいけないと伝えました。でもアーリスはそれでもいいと言ったので、そうこうしていると娘のアーリアが産まれ、アーリアは八月で三歳になります。私は子供ができたと聞いたときに責任を感じ両親に会いに行きました。最初は知りませんでしたが彼女は一人娘でした。私がリリア様と初めてお会いしてからバルソン様にお会いしたときに、来年の剣の勝ち抜き戦で城に戻す、と言われたのでそのことを伝えました。するとアーリスの両親は一人娘だから店の跡継ぎがいると言われ、自分の屋敷からは出せないと言われました。バルソン様から城に戻るのがもう一年延びる、と言われてそのことも伝えました。子供がひとりではかわいそうだと言われ、息子の名前はラートンと言いますが、今年の一月に産まれました。だからこちらでは一緒には住めません」
彼が一緒に住めない理由を長々と説明してくれ、二人の子供の状況も説明してくれ、彼の家族構成が理解できたけど、私の時代の言葉でいうと完璧な『単身赴任』なのだな。
「よく分かりました。それで……私はお願いがあるのですが、向こうはとこちらと別々に考えていただけませんか」
私は思いきって話してみると『どういうことですか』とすぐ質問されてしまう。
「……それを説明する前に、私はルーシーと心の言葉で話しています。説明が難しいので今からやりますので、ラデン様が自分で確認してください」
「えっ、何をやるのですか」
彼が不思議そうに私を見つめて尋ねたけど、言葉で説明しても彼には理解できないよな。私はラデン様を信じて実戦することにする。
『ラデン様、聞こえますか。こうして話すのが心の言葉です』
私がルーシーに話している状態で彼に話しかけると、
「えっ、意味が分かりません」
彼は私の瞳の奥深くを奇怪そうに見ながら言葉を発したから、私の話したことは聞こえいるのだ、よかった。
『ラデン様、私の口元を見てください。動いてないでしょう。でも聞こえていますよね。お分かりいただけますか』
「えっ、リリア様の声が聞こえていますけど……」
彼の瞳は大きく見開いて、私を怪しげに見つめている。
『私の声が頭の中で響きますね。私がたくさん話しますので聞くことに慣れてください』
私はそれ以外に説明ができないと思いそう言ってしまう。
「信じられない。なぜこのようなことができるのですか」
真っ向から私の瞳を真剣に見つめ、椅子の背もたれから離して体をやや前のめりに傾け、両手がテーブルの上に移動している。
『言葉では説明ができません。私はこうしてルーシーと二人で話しています』
「ルーシーとですか」
『はい。私たちがこうして話せることを心の言葉と名付けました。ラデン様にもルーシーの心の言葉が聞こえると思います』
「ルーシーの心の言葉ですか」
彼がそう尋ねたから、二人で会話のリレーができているから、私の言葉は完全に聞こえているのだ。
『ルーシーは普通の会話が不器用です。今まで姉のマーシーが彼女の話す片言の言葉の意味を理解して二人で会話をしていました。ルーシーが口から言葉を発しても、慣れないと他の人とは会話が難しいです。シンシア様は私たちが話せることをご存じなので、彼女を私のそばに付けていただきました』
「シンシア様も話せるのですか」
『彼女は話せません。私たちが二人で話せることを信じて付けてくれました』
私はそう言ったけど、シンシア様がどのように信じてくれたのかも分からない。
「なぜ……その……私が聞こえるのですか」
彼は先ほどよりもやや落ち着きを取り戻したようで、背もたれに最初のように体の位置を戻しそう質問しているので、当然にそう聞いてくるよね。
『申し訳ありませんが詳しくは説明できません。ラデン様の右手のブレスに関係しています。ルーシーのことはご存じだと思いますが、彼女も右手にブレスを付けています』
私がそう説明すると、彼は自分の右手をテーブルの上にまた置き直し、布で隠された右手のブレスを見ながら左手の指で触っている。
ルーシーには予備として二つ手渡したが、彼にはリストバンドは渡してないので、はちまきみたいな茶色い布で巻き付けて隠してあり、その布端を上から中に折り込めて止めてある。
「このブレスはそのようなことができるのですか」
彼は私をまじまじと見てからそう言ったから、私はもう慣れてしまったけど、確かに驚くよね。
ルーシーはカーラのことがあるから何とか乗り越えてくれたみたいだけど、これを話せば下積みが何もない彼はぶったまげるよね、と思いながらも、何でもいいので、右手のブレスの意味を自分なりに考えて納得してほしいと思うのみだ。
『シンシア様もバルソン様も私のブレスのことはご存じですが、隠れた意味ははっきりとは知りません。もちろん二人のブレスのことも知りません。私が最初にお会いしたときに、バルソン様にブレスの話しはしないようにと言いましたね。覚えていますか』
「覚えています。だから、私はバルソン様には何も話していません」
彼は自分が話してないことを強調するかのごとく、私の瞳の中をぐいっと見つめている。彼は私の言葉を信じてそのことを誰にも話さずに、私が一、二年したら説明ができると伝えた言葉をずっと信じてくれたのだ。その言葉は信じるよ。
『ありがとうございます。私の心の言葉にもう慣れたようですね。お互いに話していいことと悪いことがあると思います。お互いの立場で知っていいことと知らない方がいいこともあります。私の話す言葉の意味が理解できるかできないのかもあります』
私はきっちりとは説明できないから、周りから言葉を選んでからしか話せない。
「承知しました。この言葉しか思いつきませんね。前にバルソン様にも理解できないことがあると話されましたね」
『それと同じ意味だと考えてください。それでお願いがあるのですが、ルーシーは私以外の人とは会話ができません。ラデン様もルーシーとたくさん話していただけませんか』
「……この私がですか」
『はい。よろしくお願いします。私が先にルーシーに説明しますから、今からルーシーをここに呼びます。ラデン様から話しかけていただけますか。私は確認したいこともあります。よろしいでしょうか』
「……先ほどの……向こうとこちらを別々に考える意味は……その……ルーシーのことですか」
彼は一瞬言葉を躊躇していたが、私の一連の問いかけを加味して、私の説明した言葉の意味を理解してくれたのだろうか。
『ルーシーは誰とも話せません。会話ができなければお互いを深く知ることができません。私はラデン様にルーシーとたくさん話してもらいたい。彼女のことを知っていただきたいです。ルーシーにもラデン様のことを知ってもらいたいです。お願いできますか』
私は男女の関係をやんわりと、追加するように説明したつもりだけど、先ほどよりも理解してもらえたのだろうか。
「……分かりました。私でよければ話しをしてみましょう」
彼はそう言ってくれたけど、その奥にある私の気持ちも理解してくれたのだろうか。
『ありがとうございます。私がマーリストン様と相談して、城の外で話せるようにしますからよろしくお願いします』
「……城の外ですか」
『市場に出かけて色んなことを話してください。一緒に食事もしてください。二人で楽しい時間を過ごしてください。私の知る限りでは……その……ルーシーはそういうことをしたことがないような気がします』
私がそう説明を付け足し、次々と話した私の声の響きを思い出してください、私が何を言わんとしているのか考えてください、と心の中で呟く。
前に王様が言葉の奥に隠れていることを考えてもらいたい、と言っていたが、今回の私ははっきりと言うことができないと思い、いつもの直球の言葉では説明はできないし、曖昧に話す言葉の方が私には難しい、と考えてしまう。
「……そうですね。シンシア様のそばにいればそういう時間はないでしょうね。ルーシーの話しが他の人には聞こえないとしても、城の中では落ち着きませんね。このことはバルソン様には報告しなくてもよろしいのですか」
彼は私の考えた裏側の意味合いを理解してくれたような声の響きで、私にそう尋ねたような気がして、彼がバルソン様の配下である以上、アートクの市場においての自分の立場やアーリスや子供たちのことも報告していると思うので、バルソン様の名前が出て来ることも理解できる。
『シンシア様にもバルソン様にも私が必ず報告します。しばらくの間は秘密でお願いできますか。私が責任を持って報告します。私はルーシーとはいつでも話せますが、ラデン様とは直接話す時間が少ないです。マーリストン様とシンシア様にお願いし、またこの庭でその後の報告を聞きたいです』
この庭では誰も聞いてない。私は心の言葉で話した。この庭の落ち着いた背景の潤いの中で、彼に話そうと思ったことは正解だったような気がする。
二人に何か切掛けを作ってあげれば、その後は二人で考えればいい。初対面ではないのでラデン様からたくさん話しかけられると、彼女も何かしら考えられると思う。私はそのことに期待をしたい。
何か足掛かりを作ってあげると、ほかの人もうまくいくかもしれない。ほかの人にもお見合いのチャンスを作ってあげればいい。でも、そういう言葉はここにはないと思うけどね。
「……私はリリア様の考えにとても驚きました。この庭で聞けてよかったです。静かなこの庭の雰囲気が頭の中を落ち着かせてくれたみたみいです。私の心を冷静にさせてくれたみたいですよ」
そう言った彼の声の響きは、先ほどと同じような真剣な眼差しだがやや笑みを浮かべてくれ、その笑みが入り組んだ驚きから、静寂に変化をもたらした心の変化から来ているように思えて、自分なりに何だがホッとした。
ブレスの意味とルーシーのことと驚くのは当然のことだと思い、彼の言葉に私は救われたような気がする。お互いに話してみないことには結果が伴ってこない。そのちょっとした切っ掛けが将来大きく変わるかもしれない。何もしないよりは一粒ずつでも器に入れればいっぱいになる。
『ありがとうございます。それではルーシーを呼びますので少しお待ちください』
☆ ★ ☆ (5)
「ルーシー、こちらはマーリストン様の側近のラデン様です。知っていますよね」
「はい」
「今から私の話すことをよく聞いてね。ラデン様はずっと前から右手にブレスをしているのよ。アートクの市場でそのことに私たちが気付きました。ラデン様にはルーシーの心の言葉が聞こえると思います。何か話してみてください」
『リリア様、ほんとうですか』
彼女の顔も声の響きもとても驚いている。
『ルーシー、このことはほんとうなのよ。最初に相手の名前をいうと、ルーシーが話した言葉はその人しか聞こえない。私が確認するから今からやってみてね』
『ラデン様、ほんとうに私の言葉が聞こえますか』
「ほんとうにルーシーの言葉が頭の中で聞こえていますよ。よかったですね」
彼の顔の表情は優しそうな笑みをかもし出し、とても穏やかな声の響きでそう言ってくれる。さっきとちょっと違って見え、ラデン様がこういう風当たりのいい人だとは思わなかった。ルーシーのすべてを考えて話してくれているのだろうか。
『ラデン様、ありがとうございます。私は嬉しいです』
「やはりそうなのね。確認が取れました。私はラデン様にルーシーとたくさん話してくださいとお願いしたのよ。ルーシーもたくさん話してくれますか」
「えっ?」
「私はリリア様にルーシーと話しをするように頼まれました。今度は城の外で会っていただけますか」
彼が最初からその言葉を使うとは、嬉しかったけど私の方が驚きだね。
「えっ?」
「リリア様がマーリストン様と相談して会わせてくれると言われました」
『リリア様、城の外で会うのですか』
「そうよ。ここではゆっくり話しができないでしょう? 私とマーリストン様が話しをするときはお互いにそばにいるけど、ルーシーが一方的に話してもラデン様は答えられない。そうだ、二人で何か合図を決めたらいいのね。シンシア様もお忍びで合図をしている、とマーリストン様がおっしゃっていたのよ」
私はすでに二人が話をする、とやや決めつけたような言葉として、合図の例えを言ってしまったけど、ルーシーには積極的に考えてもらいたくて、押し気味にした方が彼女の気持ちが引かなくていいのかな、とか勝手に思ってしまう。
「なるほど。二人で合図を決めればいいのですね。ルーシー、二人で何か合図を決めましょう。ルーシーが話してくれれば聞きますので、他の人の前だと返事もできない。聞こえていることも表現できませんしね」
彼も前向きに考えてくれたような発言なので、また少しホッとしてしまう。
「二人で決めればいいことだけど、ラデン様が左手で剣を少し動かすとか、そういうことでいいのでは、それだと私の視線が行くかもしれないので、二人でゆっくり決めてください」
『ラデン様、私は意味がよく分かりません。リリア様以外の人と話せるなんて信じられません。でも嬉しいです。今日でも私が話しかけるとそのようにしていただけますか』
「分かりました。ルーシーの話しを聞いているということで、私の剣を少し動かしましょう」
「はい」
「ルーシー、これは不思議なことなのよ。他の人には説明ができない。ラデン様と色んなことを話してください」
『ラデン様、私はリリア様と話せることは理由が分かりませんが、深く考えないようにしていまます。リリア様がたくさん話してくれますから、私はとても嬉しいです』
「私もそうすることにしましょう」
「はい」
「ラデン様、何をそうするの? 話しをたくさんすることなの? 私にはルーシーがラデン様に話している内容が聞けません。ラデン様の話しを聞いていると、笑えるけど会話をつなげるのが大変ね。私の頭が混乱しますね」
『リリア様、ほんとうに聞こえないのですか』
『ルーシー、信じられないかもしれないけど、聞こえないのよ』
「何か話されているのですか」
「少し話しました。今までルーシーと二人だけで三人で話したことはなかったので、これはほんとうに聞こえないわね。ラデン様も私たちの会話は聞こえませんよね」
私は彼の方を見ながら確認するようにそう言ってみる。
「何も聞こえませんね。その方がお互いにいいと思います」
「私もそう思います。ルーシーもそう思うでしょう?」
「はい」
「そのことも確認したいと思っていたけど、意味が理解できないわね。なぜだろうか」
『ラデン様、リリア様が分からないことは私にもまったく分かりません』
「私はルーシー以上に分かりませんよ。さっきこのことを知ったばかりですからね」
「考えられませんね。今までルーシーと二人でしか話したことがなかったからね」
「リリア様が分からないのなら私たちが考えても無理そうですね」
彼はそう言ってくれたが、私がいちばん理解できているかもしれないけど、二人が分からないのは当然である。私だって分かっていないのだ。ソーシャルに感謝するのみである。
『ラデン様、私もそう思います。私はリリア様以外の人と話しができるなんて考えたこともなかったです。ラデン様と話しができて嬉しいです。ほんとうによかったです』
「私も信じられませんが、ルーシーと話しができるようになって嬉しいですよ」
『ラデン様、ありがとうございます』
「ルーシー、私はラデン様ともう少し話しがあるから、後でまた話しましょう」
『ラデン様、私はシンシア様もリリア様も信じています。私とたくさん話してください。これからよろしくお願いします』
彼女はにこやかに話しをしているようだが、私にはルーシーの言葉が聞こえてしまうのだ。近くだけだとは思うけどね。参ったな。
「分かりました。こちらこそよろしくお願いします」
『リリア様、今日はありがとうございました』
「また今度ゆっくり話そうね。悪いけどシンシア様の部屋で待ってくれる?」
「はい」
「ルーシー、何か話したいときはいつでも話しかけてください」
「はい」
そう言って彼女が笑みを浮かべてくれたので、小さなチャンスを与えただけではあるが、大海のような大きな成果をもたらしてほしいと願った。
今回も読んでいただき、ありがとうございました。




