83=〈王子様の祝賀会〉
前話の続きから始まります。
少し長文です。
玄関らしき場所から左手に歩いて行くと、左手に色とりどりの花や低木が植えられている落ち着いた雰囲気をかもし出す庭を愛でながら、一戸建てのような家の前に到着する。
「ここよ。久しぶりだけど自分の部屋に入ると落ちつくわね。ここに座ってね」
彼女はそう言ってから、自分の椅子だと思うがそっと座る。ここは子供の頃からずっと変わらない部屋なのだろうか。剣の勝ち抜き戦に参加するまでここにいたのだ。
「……素敵な部屋ですね」
私は背もたれのついた椅子に座りながらも辺りを見回すと、ガラスのない窓が部屋から外側に開くようで、調度品は向こうの私の部屋よりも高級感があるような気がする。私の部屋は至ってシンプルだったからね。
彼女の背中の向こうに、キャビネットみたいな引き出しがある飾り戸棚に目が止まる。一メートルほどの高さで、黒光りがしているので材質は木だと思う。漆喰のような上薬が塗られ、太陽の光を反射するかように黒光りがし、長く使い込まれているようで、私は一目で気に入ってしまう。
その上に白い布が少し垂れるように覆い被され、上に置かれた白っぽくずぼっとした花瓶の中には、花弁の大きな黄色い花と、小さなピンク色の花が上から下へ連なったように咲き乱れ、それが緑色の葉っぱ中に相まみえるように数本見え隠れし、この部屋の主人の登場を心待ちしているかのような雰囲気で、きれいに飾られている。
「今日は楽しかったわね。リリアは疲れなかった?」
「いえ、疲れていません。私も楽しかったです。あそこの市場は活気がありますね。声が煩いほどすごかったです。そう思うと西の門の市場はいつも話し声で明るいと思いましたが、こちらの方が元気すぎますね」
「魚は朝のうちに売り切らなくてはいけないからね。ほかの物とは違うのよ。もう少し早い時間に行くともっとすごいわよ。まぁ、あの一角だけだけどね。あそこの駆け引きを見ていると元気になるわよ。父からよく連れてってもらった。リリアにも見せたかったのよ。明日朝一番で行ってみない?」
彼女が一瞬空中を見つめるような眼差しでる言ったので、日本ではなくテレビで見たことのある外国の河川の魚河岸の雰囲気が脳裏に閃いて、彼女の顔の向こうに置いてある花に視線が移動する。
「はい。ありがとうございます。彼にもこの話しをしたいし見せたいですね。このような仕事もあることを教えたいです」
「色んな仕事があることを知ってもらいたいわね。自分の立場で色んなことを経験してもらいたい。でも……リリアから色んなことを教えてもらっているだろうから、今度から自分で考えるしかないと思う。私はシューマンのことでリリアに話しがあるのよ」
彼女がそう言ったから、その最後の言葉にビックリして、だから、内緒話をするために最初から自分の部屋に通したのだと思い、バルソン様が私に話した養子縁組の話しをするのだろうか。このような言葉はここにはないと思うけどな。
「……シューマンが何かしましたか」
私は頭で考えていたことは外して、ついそう言ってしまう。
「違うわよ。シューマンを私の屋敷の跡継ぎにしようと思うのよ。バルソンがシューマンを自分の配下として育てて行くからどうかと話したのね」
「えっ、ここでその話しを聞くとは思いませんでした。私の話しを先に聞いてください。私はこの前バルソン様にはバミス様とお世話になりました。その時に私はバルソン様からシューマンについて相談を受けました」
私は焦ってそう言ってしまい、彼女がバルソン様から聞いた話しと、その後から三人で話した内容が少し違うよ。
「……何を相談されたの?」
「シンシア様が聞いた話しは、シューマンがシンシア様の屋敷を継ぐ話しだと思いましすが……実はシューマンとバルミン様は同じ人物です。バルソン様の次男です」
私は驚きの余りにそう話してしまい、ここだと誰にも気兼ねせずに話せる、と私の大脳作用が瞬時に働き言葉が出てしまう。
「うそっ、バルミンがシューマンだということなの?」
彼女の顔の表情が一瞬止まったみたいで、声の響きは驚いたように大きな声になっている。
「……はい」
「バルソンは何も言わなかった」
「バルソン様はとても悩んだみたいで私に相談しました。バミス様は二人のことを随分前に偶然に知ってしまったそうです。だから二人には内緒で、私がシンシア様とシューマンが会話できるようにすると話しました。ここでシンシア様からその話しを聞くとは思いませんでした。私は祝賀会が終わると、そのことをシンシア様に話することになっていたのです」
私はそう説明してしまったけど、ここまで来たら一気に話した方がいい。祝賀回が終わらなくてもいい。
「……シューマンがバルミンなのね。私はシューマンに何か感じるものがあったのよ。バルソンはそのことを私に言えなかったのね。前にも会いたいと話したのよ」
「はい。その話しも聞きました。今回もそうおっしゃったから悩んだそうです」
「……そう」
「はい。バルソン様が帰られてから、私はバミス様に子供のことを話しました」
私はそのことも伝えたつもりだった。
「……シューマンとバルミンが私の王子様なのね」
彼女の視線が空中を見つつ、さっきから様子が少し変だとは思ったけど、私の話しは聞こえていないみたいだ。
「シンシア様、大丈夫ですか」
「……シューマンの顔が目の前に現れた……バルミンなのね。私にそのことを教えてくれてありがとう」
彼女はそう言ったけど、彼女の意識はすべてシューマンに飛んでいるみたいで、今まで見たことのないような、うつろな困惑した表情になっている。
「いえ、二人には知らせないようにお願いします。私はシンシア様だけにお知らせして、シューマンとして話しをしてもらおうと思いました。それでもう少し話しの続きがありまして、バルソン様が自分の次男として、バルミン様をシンシア様の屋敷に入れることにするそうです」
「えっ、バルソンの次男のバルミンとして……私の屋敷に入れるということなの?」
「はい。バルソン様は穏便にシューマンとして入れようと思っていたらしく、シンシア様がシューマンに会うのなら、そのようにするとおっしゃいました。会わせないならシューマンとして屋敷に入れようと思ったそうです。バルソン様は随分悩んだそうです。辛かったと話されました」
「……そう……バルソンにまた迷惑をかけたのね……また……リリアが私を助けてくれたのね」
「……いえ。その……シューマンとたくさん話してください。私もお手伝いをしたいと思います」
「……シューマンがバルミンなのね……剣の勝ち抜き戦はすべてを解決してくれたのね」
彼女の声の響きは力がなく、喜んでいるのかどうか分からない。今の彼女の想いはすべてシューマンに向けられている、とそれだけは理解ができる。
「シンシア様、大丈夫ですか」
「……うん、大丈夫よ。私はずっと会いたいと思っていたけど、すでに会ったということね。リリアがいなければ……その……ずっと知らなかったのね」
「そのようなことはないと思います。マーリストン様が王子様だと認めていただけたので、二人には話さなくても……バルソン様はいずれシンシア様には話したと思います」
「……分かりました。リリア、教えてくれてほんとうにありがとう」
「……いえ、もう一つ話しがあります。いずれ二人にも話すときが来ると思います。それはシンシア様と私が相談して決めてもいいのですか、と尋ねると、バルソン様はそれでいいと話されました。勝手に決めて申しわけありません」
「……そのような話しにもなったのね……マーリストン様が王様として落ちつかれたら……そうね、二人で話しましょうか」
シンシア様の言葉はさっきよりも意識が落ち着いたように話していたからホッとする。
「はい。その方がいいと思います」
「……シューマンがバルミンね」
「はい」
「……私がずっと会いたいと思い続けたバルミンなのね」
「はい」
「……マーリストン様もバルミンも私の目の前にいるのね。それもいつも一緒にいるのね。何だか力が抜けてしまった。リリア、悪いけどひとりにしてくれる?」
「分かりました。シンシア様、大丈夫ですか」
私がそう尋ねると、彼女は突然立ちあがり部屋のドアを開ける。
「マーシー、聞こえている。リリアと三人で話して」
やや大きな声で叫んだので、私も慌てて椅子から立ちあがり、彼女と視線が合ったが何も言わずに部屋から出るとドアが閉められた。
シンシア様の顔付きや、やや狼狽している態度からして、これ以上は過去に深く刻まれた自分の心情を私に見せたくないのだろう。私も彼女のそのような姿を見たくない。いつも表情豊かに王の側室であるプライドを持ち続けている、きりっとした彼女のイメージを壊したくない。
☆ ★ ☆
『ソーシャル、シンシア様は大丈夫かしら?』
『マーリストン様がいなくなったときは、驚きと怒りと憤りと悲しみが突き上げてきたと思います。今はつかみ所のない悲しい喜びを感じていると思います』
『そうよね。衝撃的なことよね。目の前に二人でいたからね。私もこんなに早く聞かされるなんて……彼女を傷つけるようなことはことは話さなかったよね。また泣いているのかもしれない』
『自分の部屋で泣く分には誰も気づきません』
『私はバルソン様に何て説明したらいいのかしら?』
『私を大いに利用してください』
『こんな時には利用できません』
『今夜はバルソン様の屋敷に行き、明日の夜に会わせてあげたらどうですか』
『さすがソーシャル、大いに利用させてください。フィッシャーカーラントの市場で会わせます。先に部屋の予約を取るわね』
『分かりました。私を大いに利用してください』
『ほんとうにありがとうございます』
☆ ★ ☆
シンシア様は取り乱した表情を表すこともなく、私はシンシア様の両親と食事をしながら色んなことを話したけど、私たちは暗黙の了解みたいに子供たちの話しはせずに、今までの経緯を順番に説明し、彼らも隠された意味を納得したような雰囲気で、私たちの話しを聞いてくれたと思う。ランチタイムと同じように夕食も驚くほど豪勢な魚料理に驚き、ルーシーとマーシーも別室で二人だけで寛げたと思う。
私の寝室は二人とは別の部屋で助かったと思い、私は遅くなったけど、ここでの部屋を先に確保してから、バルソン様の屋敷へ急いで出かけた。
タイミングよくバルソン様は部屋にいて、シューマンの話しと私の考えたシンシア様の現状を説明し、明日の夜にシンシア様に会ってもらう約束を取り付け、今夜は疲れたけど二つの屋敷を訪れてよかったと思った。
☆ ★ ☆ (53)
またバタバタと日が過ぎて王子様の祝賀会の当日になった。
南の屋敷の中庭に設定された王様の謁見の広場に、私たちは左右に分かれて椅子に座り、王様に近い方からマーリストン様が座り、シンシア様とバルソン様と続き、彼らの後ろにはバミス様がいて、私がいてゴードン様が並んでいる。
私たちの正面には王子様のマージュン様がいて、その隣にはセミル様とセミール様が続き、剣の勝ち抜き戦後にはマージュン様はおらず、私は彼の顔を初めて見た。どことなくセミル様似のマージュン様は少し顔色が悪いような気もする。
マージュン様は内臓的な疾患があるのかもしれない。病気とか私の知識ではどうすることもできない。今まで彼のことを深く考えたこともなく、市販されている薬は手に入れられるけど、精密機械と薬の類は怖くて『ミース』から取り出したことがない。
王様の軽い挨拶が終わり、最初にバルソン様はバミス様のこと説明し、マーリストン様の配下としてそばに付かせることをお願いする。
「バミス、長い間ご苦労だった。これからはマーリストンのことをよろしく頼む。バミスはマーリストンのそばで彼を守りなさい。私が命令します」
王様はマーリストン様を目前にし、ここに招かれし人々に認識させるごとくにそう言ってくれる。
「はい、ありがとうございます。マーリストン様をこの命をかけてお守りします」
彼は私たちの目の前、王様の前面に進み出ていたが、右腕を胸の前で直角に曲げたようなポーズをする。この内容は前もって準備されていた事柄ではあるが、彼の復帰がとても眩しくて嬉しい。
私たちがゴードン様の屋敷に戻ってもトントン屋敷にいても、バミス様は遠巻きにいることもあったが、城から離れておおっぴらに目立たないようにしながら、陰ひなたなく私たちのそばにいて、この八年の歳月はとても長かった。
私たちが出会ったころからの記憶が走馬燈のように強烈な印象として、時の流れはばらばらではあるが、この謁見場に来る前から莫大な量として、私の胸中には色んな場面が浮かんでは消えていき、その思いに惑わされて目頭が熱くなったけど、ここで嬉し涙は禁物だ。
それから、部屋の中ほどに座っているセミル様とシンシア様のご両親も紹介された後にゴードン様が立ちあがると、年齢的にも彼を知る人がここには少ないと思うが、周りからややざわめき立つ声が聞こえてきた。こういう場所ではその順番がある現実をひしひしと感じた。外野席は煩いよ!
どこにいても私たちの枢軸部分には必ずゴードン様がいたのだ。リズと出会い彼と出会ったからこそ私たちがここにいる。シンシア様やバルソン様やバミス様ではない。私の中では彼がいちばんの功労者なのだ、とこの場で叫んでやりたい。そのさざ波の波紋が起こった中で、彼の言葉は周りの音を気にすることもなく始まった。野次馬は煩いよ、と私は叫びたい。
自分が赤の編み紐だったことを最初に説明し、びしっと家臣共の心を引っ捕らえ、王様に剣を教えていたこと、嫌気が差して城でのお仕えを辞めてしまったことを冗談交じりで語り、偶然にもマーリストン様と私に出会ったことや、色んな市場に顔馴染みがいて、その人たちが王子様の後ろ盾になってくれたことなど、いたって簡潔明瞭な言葉を使い、傍観者になろうとしていたこの会場にいる人々の心を惹き付けるように、マーリストン様を最後に褒め称え、自分は尊敬していると伝え、個々の市場の中から彼の同胞をたくさん作った、と説明して締めくくったように感じた。
この小さな海原の中で堂々としている彼の落ち着いた雰囲気は、城にいた時代と外の市場の大海に乗り出し、彼の体験してきた数多くの苦難であろうと思われる彼の人生があったからこその存在であり、ゴードン様が今まで生きた証のような気がした。家臣は見習うべきだよ、と私は追加の言葉を加えたい。
その次から、ゴードン様の仲間と言った方が早いかもしれないけど、マーリストン様を主としてバルソン様と契約した人たちが、王様に手土産を持参して祝辞の挨拶を述べてくれた。今日のお祝いとして、彼らの得意分野であると思われる、たくさんの物品の一部が王様の椅子の左右の前面にだんだんと積み上げられる。
南の森でリズと別れた後に、私たちがゴードン様と最初に出会ったトーリスも出席し、この城において野菜の類は彼からの入荷で賄われている。彼の顔を久々に見た。あの家や井戸、周りに存在していた畑など、この世界の時代背景が異質だと核心が持てた状況を思い出す。
竹の里からはミーネ様の父親であるミトール様が代表として参加し、里の住民の手作り商品である一部の大物小物を持参し、極めつけはゴードン様と私から頼まれて作った五種類の大きさの竹の弓である。
王様に献上された弓はゴードン様の手作りで、実用と言うよりも装飾となりそうな気がするが、マーリストン様と私、バミス様とバルソン様の弓が順番に完成した後に、彼が新たに作った作品だ。
私たちの弓の弦は『ミーバ』から取りだした合成弦、輪っかになり袋に入った弦を取りだし、適当に壁に上からぶら下げ自然に寄りを戻し使用している。ゴードン様には私の不思議として許可をもらっていた。
私が最初に鹿の干し肉を作ることをお願いしたラックスも挨拶に来て、私が商品を開発したことは内緒にしてもらい、彼としても販売ルートの確保が問題なので、このことは隠された私の大事な収入源だ。あくまでも製作者として鹿の解体などやんわりとした説明だけではあったが、鹿の角で作った鏃も紹介してくれた。
岩塩の里や馬の里からの代表者も訪れ、これほど色んな商品が持ち込まれているのなら、王子様の祝賀回に出席している家臣たちが大元になり、産業祭り的な意味合いを感じてもらえればいいけどな、と思っているのは私だけだよね。
家臣たちに少しでも商品価値の影響を与えれば、色んな里の新たな産業として紹介、販売ルートの確保が今まで以上に活発になることを願いたい。イベント的な開催をそこそこの市場で運営することだけではなく、城を中心とした考えに持ち込めないだろうか。
マーリストン様にはこんなに素晴らしい仲間がたくさんいる、ということを家臣に認めてもらいたいし理解してもらいたい。この南の城では、マーリストン様を中心に新しい風が吹き始めたことを感じ取ってほしい、と心から私はそう願った。
彼らの商品が今回のことで販売ルートが増えれば、またまたマーリストン様の名前が世の中に出回るような気がする。この城で何かイベントを……私の立場……リストン様……子供たち……今から何か考えられないだろうか。彼らの話しを聞きながら、私の頭の中では……これからの自分の存在を模索していた。
今回も読んでいただき、ありがとうございました。
次回からは、第四章『城の中は……』が始まります。
今後とも、よろしくお願いいたします。




