66=〈剣の勝ち抜き戦〉 (4)
やや長文です。
☆ ★ ☆ (9)
この中央広場では二組ずつ戦うみたいだ。時間が遅くなったからだろうか。私たちは一組ずつだった。女性は人数が少ないからなのだろうか。時間がずれるから見学者の休憩時間になり、ちょうどいいのかもしれない。
マーリストン様が最初の四人の中にいた。シューマンはいない。二組の戦いが距離を開けて正に始まろうとしている。マーリストン様の相手は少々背が低そうだ。マーリストン様は四人の中でいちばん背が高いような気がする。私の緊張感が高まってくる。
試合が始まると、私の視線は彼ばかりを追いかけているが、上背を使ってガンガン打ち込んでいるみたいで、動きが止まり私と同じ体勢に入ったかと思うと、私の右目に何か入ったみたいで痛いと思いながら目を閉じた二・三秒の間だろうか、左目を開けた瞬間に相手の手から剣が落ちようとしている現状が見え、右目はころころと違和感があるが尚且つ左目で確認をすると、次の一手なのだろうか寸止め状態らしき棒が相手の右首筋に当てられたいた。
彼が勝ち残った嬉しさよりも、肝心な場面を見損ない一体まったく何なのよ、と瞼の上から目を摩りながらも悔しさが込み上げ、やや涙目になってしまう。肝心な場面を見れずに、子供たちに説明できないじゃないのよ、とも思ってしまう。
冷や冷やと危ない場面もあったけどシューマンも勝ち残り、私は心の中でガッツポーズをする。二人とも後一戦勝ち残ればお互いが対戦することになる。
次の試合は一組ずつで、やや長引いた試合だったがマーリストン様は勝つことができたけど、シューマンは左側に避けたときに脚がもつれたようになり、その隙を狙われ左側から胴体に打ち込まれ、動きはよかったけどシューマンは負けてしまう。
負けた瞬間にシューマンの視線はマーリストン様に向いたようで、お互いに一礼してマーリストン様とは反対側の元にいた場所に戻り座るけど、お互いに何を考えているのだろうか。
今度はシューマンが負けた相手とマーリストン様が戦うことになり、彼の悔しさをぶつけなくてはいけない、と私の両手に力が入り、シンシア様もバルソン様も私の観戦を見ていて、とても精神的に負担をかけていると思え、私も気が抜けずにずっと力が入りっぱなしになっている。
これが最後の戦いになる。ここまで来れば勝ち残ってもらいたい。マーリストン様は棒を顔の前に持っていく。集中しているみたいだ。さっきよりも持っている時間が少し長いと思う。何も考えずに集中してほしい。
自分が対戦するみたいに先ほどよりも力が入る。私のソードの力がマーリストン様に飛んでいけーっと、私は心の中で強く叫けぶ。
お互いに中段の構えで、彼は左足を下げて最後の試合が始まったけど、最初は二人とも飛び出さい。相手の方から仕掛けてきて遂に動きが始まり、連打で左右から打ったり受けたりと続き、私は両手に拳を作って力がまた入り、椅子に座ってなくてよかったと思す。自分の体が二人の戦いに合わせて微妙に動いているようだ。
また動きが止まった。
また動き始めた。
私は力が入りすぎたせいなのか、また頭が一瞬空白になり、マーリストン様の大きなかけ声で意識が戻る。その声の打ち込みらしき動作で相手の剣が左側にぶれると同時に体勢がやや崩れ、その隙を見逃さずに右肘の上らしき場所に彼の棒が当たり、相手は動きが止まったように見えたが、左手だけで持たれた棒でマーリストン様の右からの胴を狙ったような次の打ち込みを交わしきれず、満身の力を込めたような彼の一手に押されたような格好で尻餅をついてしまい、それが私の視界の中に入ると、相手が負けを自ら認めたような雰囲気に見えた。
やっと終わった。
周りから怒濤のような歓声が上がるわけでもなく、王様が静からに拍手をしたので、私も周りの人たちも拍手をしたけど、王様が手をたたくのを止めたときから、次第にその音が消え去るように聞こえなくなり、自分の手のはらを観るとやや赤くなっていた。
☆ ★ ☆
『ソーシャル、マーリストン様が勝ったのよ。マーリストン様がほんとうに勝ったのよ。彼の顔が目の前に浮かんだ。涙が出てきて鼻水も出てきちゃった。参ったな』
私はそう言いながら、右手首のブレスを隠してあるリストバンドでその涙と鼻水をぬぐい去る。ソーシャルには私が言葉で伝えないと……トントンから伝わったのだろうか。
『おめでとうございます。終わりましたね。リリアの力が飛んでいきました』
『ありがとうございます、って、何でそのことが分かったのよ?』
『リリアの考えていることは私には分かりますよ。長い付き合いですからね』
『笑えるけどね。私の力を飛ばしたのよ。ほんとうに飛んでって合体したみたいね』
私は嬉しくてそう言ってしまった。
☆ ★ ☆
「名前は何というのですか」
「私はマーリストンと申します。かつて西の屋敷にいたマーリストンです」
彼がそう言うと、私の左右から突然突風が吹いたごとくに、空気中の雑音が四方に飛び出したごとくに、ざわめきの声が巻き上がる。
「……よく分かった」
「シンシア様からいただいた短剣をここにお持ちしました。これをご確認ください」
彼がそう言いながら自分の懐の奥深くから箱を取りだし、ふたを開けて白い布を捲り、両手で箱ごと持って王様に差し出すと、バルソン様が椅子から立ちあがり、前に出てからそれを受け取り王様に直接手渡をする。
「確かに、私がシンシアに渡した短剣だ。これはマーリストンに返しましょう」
王様はその箱を左手で受け取り、じっと見てからそう言う。それをバルソン様がまた受け取り、マーリストン様に渡している。 私が王様を斜め後ろから見ていると、彼の顔はマーリストン様が短剣を取りだしている間も、彼の顔をまっすぐに見ているようだ。
マーリストン様もまた王様の顔を見ていると思うし、私のせいで長く待たせてしまい申し訳なくて、やっと二人を合わせることができた。
「……やはり生きていたのか。会えてよかった」
彼のそう言った言葉を聞いて、これは王というよりも父親の言葉だと思う。
「ありがとうございます。後ろにいらっしゃるリリア様に助けていただきました」
彼が私の方を見ながらそう言うと、
「先ほど勝ち残ったリリアなのか」
王様はさほど驚いた声を出すこともなく、私の名前も言ってくれ、周りにいる家臣に私の存在をアピールしてくれたみたいだ、と勝手にいい方に捕らえた私である。
「はい。リリア様が私に剣を教えてくれました。リリア様と剣の勝ち抜き戦に参加して、リリア様に勝ち抜くことを約束しました。私は約束を果たせてよかったです」
彼がしっかりと王様を見つめながらそう言ってくれる。
「……よく分かった。背が高くなったな」
王様の声の響きは優しそうな父親の雰囲気がかもし出されたように私には聞こえていまい、たくさん言葉をかけたいだろうな、とか思ってしまう。
「ありがとうございます」
「後でまた会いましよう」
王様は私と同じ言葉を使ったが、この場での決まり文句があるのだろうか。
「ありがとうございます」
マーリストン様はそう言って一礼をする。
「マーリストン様、よく戦い抜きました。おめでとうございます」
シンシア様が口にした言葉を聞いて、私が言ってもその言葉になるだろうな、と思ってしまい、動きが速すぎて再生ビデオで見たいくらいだ。
ほんとうによく戦い抜いた、と過去の出来事が走馬燈のごとくころころと場面が変わり、私の頭の中に閃いては消えていったけど、彼の晴れ晴れとした顔をよく見ると、また涙が目の周りに充満してきた。まずいよ。
「……リリア様との約束が果たせました。今までありがとうございました」
彼はそう言いシンシア様にも一礼をしている。
「マーリストン様、おめでとうございます。リリア様の最後の試合も拝見しました。毎回最後の試合は見応えがあります」
バルソン様も彼の顔を見ながらだと思うけどそう言ってくれる。私の立ち位置から、シンシア様とバルソン様の顔が見れないのよね。
「バルソンのお陰で今の私が存在しました。ほんとうにありがとうございました」
彼はそう言いバルソン様にも一礼をしている。
「マーリストン様、リリアにも挨拶をお願いします」と、シンシア様。
「……リリア様、最後まで勝ち残ることができました。今までありがとうございました」
彼は私の瞳の中を覗き込むようにそう言ったので、一瞬見つめ合ってしまい、私の目頭にまた涙が溜まり、目が充血しているのを見られたと思う。マーリストン様は私に深々と頭を下げてくれる。
「おめでとうございます。力が入りすぎて倒れるかと思いました」
私は目頭の涙をさっきみたいにリストバンドでそっと拭き取る。
「大丈夫ですよ。リリア様はそのようなことでは倒れません。私がいちばんよく知っています」
彼は私の涙ぐんだ瞳の中を見つめてそう言ってくれるのだ。私が鮮明な視界で彼の顔をまたよく見ると、彼はかつてないほどにこやかに、煌めくような笑顔を私に返してくれる。
その言葉も周りの人たちは聞いているはずで、王様は退場しないで私たちの会話を聞いているみたいで、だから、ここにいる人たちは移動ができない。
私のことをいちばん理解しているのは、大人になりつつある彼である、と私はほんとうにそう思い、時には母親のように、時には姉のように、時には友達のように、自由ではあったが冬眠する熊のように隠れ潜み、私たちは子供たちの親になってしまったのだ。
そのことが胸に込み上げて彼の顔をよく見ていると、私はまた涙ぐんだ眼球の奧には、リストン様とリンリンの顔がマーリストン様の顔とだぶり、私の脳裏に思い浮かんでくる。
「シンシア様、約束通りに二人で勝ち残れました。私はシンシア様に、マーリストン様をお返しすることができてよかったです」
私がシンシア様の方を向いてそう言うと、
「確かに譲り受けました。今までありがとうございました」
シンシア様は後ろにいる私の方を向いてそう言い、軽く一礼をしてくれたので、このような場所で頭を下げられ、私は言葉が出ない。王様は何も言わずに立ちあがり、さっきみたいに静かに退場する。その後からバルソン様とシンシア様が続いて退場し、お付きの人たちもいなくなり、この場にいた人たちがまばらに退場してしまう。
「リリア様、私はシューマンに話しがあるので戻ります」
彼がそう言ったので、
「私の話しが伝えられるのですね」
「はい。自分の言葉で伝えます。それでは失礼します」
彼はそう言ってからこの場から凛々しく立ち去る。
私は動くこともできずに、彼の悠々と歩く背中を見続けて、彼が勝ち残って短剣を見せることができ、私がこんなに感動したことは二度目だと思い、自分の子供が生まれたときがいちばんの感動だと思った。
☆ ★ ☆
「シューマン、こっちで話そう」
マーリストン様が小声でそう言うと、
「はい」と、シューマンは返事をする。
「リリア様も私と同じで最後まで勝ち抜いた。私の名前はマーリストンだ。シューマンのほんとうの名前を聞きたい」
彼はシューマンのそばに戻り、小声で彼に話しかける。
「やはりそうでしたか。私のほんとうの名前はバルミンと申します。私はある人と約束したのでこの名前は忘れてください。今の私の名前はシューマンです」
シューマンもそう小声で返事をしている。
「分かった。名前のことは約束する。私のそばで皆を守ると私に約束してくれるか」
「はい。約束します。私はその命令に従います」
「これは命令ではないけど感謝する。ありがとう」
マーリストン様はそう言う。
「お話し中に失礼します。私はクーリスと申します。私の名前をご存じですか」
先ほどの対戦相手が名前を名乗り、突然二人の前に現れる。
「バミスと鹿肉の店にいたクーリスか。私は気づかなかった」
「はい。私は青の編み紐です。ほんとうに剣客になられましたね」
彼は自分のことよりも、彼が強くなったことをそう言っているのであろう。
「ありがとうございます。この者は唯一の友達のシューマンです」
彼は自分の立場を一瞬忘れていたようで、彼のことを友達と説明する。
「シューマンと申します。よろしくお願いします」
「クーリスです。こちらこそよろしくお願いします」
「クーリス、私は今でも鹿肉が大好きですよ」
彼は少々子供じみた笑みを含めてその言葉を使う。
「私も大好きです。鹿肉を食べるたびに思い出します」
「私もです。リリア様もそう言っていました。これからはよろしくお願いします」
「こちらこそよろしくお願いします」
☆ ★ ☆
私は自分の立っている場所から彼をずっと見ていたが、私のそばにはルーシーとマーヤが付き添っている。
『リリア、マーリストン様の最後の相手は青の編み紐のクーリスでした』
『バミス様と一緒にいたクーリスなの?』
『そうみたいですね』
私はマーリストン様に歩き寄っている人物を確認するとラデンだ。バルソン様からやっと呼び戻せてもらったのだと思う。
『ソーシャル、ラデンに長く待たせて申し訳なかった、とマーリストン様に言わせてくれる』
『分かりました』
「ケルトン様、お久しぶりです」
「お久しぶりです。アートクの市場ではお世話になりました」
「いえ、今日はバルソン様からここに来るように言われました。ケルトン様とリリア様の試合を見させていただき、クーリスを打ち負かすとは、やはりケルトン様とリリア様は剣客でしたね。私はずっとそう思っていました」
ラデンは肝心な言葉はかけずに知らない振りをしているが、彼の眼は王子のマーリストンという名前が、確信するように頭の中に入っているのだ。
「ありがとうございます」
「今日はバルソン様からお二人の真実の姿が分かると言われ、私はとても楽しみにしていました」
「私たちにも事情がありまして、お待たせして申しわけありません。この者は私の友達のシューマンです。覚えておいてください」
「えっ、シューマンという名前ですか」
ラデンはシューマンの顔を先ほどから見ている。
「はい。私の名前はシューマンと申します。この名前で今後ともよろしくお願いします」
「分かりました。人それぞれ色んな立場があると思います。私も同じことです」
ラデンは自分の立場を被せてそう表現しいるようだ。
「ありがとうございます」
シューマンはそう言って、彼に一礼をしている。
「後で王様の広間でお話しがありますから、それまで部屋でお休みください。私がご案内します」
クーリスはそう説明する。
「シューマンも一緒に王様に会えるのですね」
「最後の四人は私も含めて王様にお会いすることができます」
「よかったな、シューマン。必ずそばに付かせるから頼んだぞ」
「ありがとうございます」
「私もその広間にバルソン様から招待されています」
「その時に私たちのことは理解できると思います。長くお待たせして申し訳ありませんでした」
「分かりました」
ラデンはあえてその言葉しか使わなかった。
今回も読んでいただき、ありがとうございました。
本年度最後の投稿になります。
第七章まで続きます。
皆様、よいお年をお迎えください。




