61=〈時の流れ〉 (1)
☆ ★ ☆ (1)
アートクの市場でソーシャルに魔法の手と話したけど、私たちは結ばれてしまった。ゴードン様たちと屋敷が変わってしばらくして、私はその変化に気づいたのだ。
それから三ヶ月ほどして私の体調が落ちついてくると、今度はコーミンにもその変化が訪れて、何となくそのことに気づいていた私ではあったが、まさかそこまでとは、と思っていた要因は自分にあったのか、とも考えられたが、彼女はケルトンと仲良しになってしまったのだ。
コーミンの変化に気づき、夏が過ぎ去ろうとしていたころに、コードン様とミーネ様が屋敷に戻り、シューマンはシーダラスの屋敷へ行くことになった。
☆ ★ ☆
私は男女の双子の子供が二月一日に産まれ、姉はリンリン、弟はリストンという名前を付け、コーミンには女の子が五月十五日に産まれ、コーリンと名付けられた。
リストンは私に似ていたが、リンリンはマーリストン様に似ていたので、間違いなくマーリストン様の子供だと思い、彼らにも認めてもらえた。
コーリンはどちらかというとゴードン様に似ているような気がするが、マーリストン様は一気に三つ子が産まれたようになり、十八歳で帰城する前に三人の父親になってしまった。私たちは手伝いの人を雇うこともできず子育てをする羽目になった。
ソーシャルには反対されたけど、三人分の布のおむつでは洗って乾かすのも半端な数ではない、と強くソーシャルに説明して、『ミーバ』にお願いして紙おむつだけは使うことを了承してもらい、彼らにはソードと同じで堅く口止めをすると、ミーネ様は自分も子育てしているし、竹の里でお産の手伝いもしていたそうで、こんなに便利な物がある、と逆に喜んでくれた。
シューマンはシーダラスの屋敷で寝起きをすることになり、バミス様の部屋はまだゴードン様の屋敷に存在して、彼は行ったり来たりして私たちに剣を教えていた。
子供たちが三ヶ月を過ぎたころに、ソーシャルから幅が五ミリほどのかわいいベージュ色の『ブレス』をプレゼントしてもらい、両手では知らぬ間にソードが飛び出すと危険だと言われた。
このブレスは触れ合わせなくても会話ができるし位置確認もできると言われ、ゴードン様のネックレスと同じようだと説明してくれたので、私はソーシャルの言葉を信じ、子供たちの右手と左足首に自分の手でブレス取り付け、俗にいうミサンガみたいだと思った。
ソーシャルからソードの名前を考えてほしいと言われ、いろいろと言葉遊びで考えたが、ソードは一歳ころから話しかけようと意見がまとまった。
リストンにはシンシア様と私の最後の文字を取り入れ『アーサ』と名付け、リンリンにはマーランド様の名前から考えて『マーラ』と名付け、コーリンにはマーリストン様の名前から考えて『マーナ』と名付けたけど、子供は『あ』の発音はすぐ言えると思ったからだ。
ミーネ様とコーミンはソードの存在は知っているが、私たちのブレスの存在は知らないので、半年を過ぎたころ、コーミンには話さずゴードン様とミーネ様にブレスの説明をした。
子育ては大変だったが首がすわり寝返りができるようになり、独りで座ることができるようになって、部屋の中を四つんばいではい出してどんどん大きくなっていき、子育ては思った以上に大変だったが、その成長ぶりを毎日目の辺りにし、言葉にならないくらいにかわいかった。
私はシンシア様とバルソン様にマーリストン様のソードは最初から乗れていたことを話し、何度かシンシア様とバルソン様を私たちのソードに乗せ、子供たちの寝顔を見てもらい抱かせることができ、シンシア様のお忍びに合わせて西の門の市場で内緒で見てもらったりもしていた。
二人が王様にリストンのことを伝えると、マーリストン様の王子であるリストンは南の城に迎え入れる、と王様が話されたそうで、マーリストン様が五歳になりシンシア様のそばを離れたから、子供たちが五歳になると城に入れる、と私は約束をした。
バルソン様がマーリストン様の教育係りになっていたように、リストンにはバミス様にそうなってほしいとお願いをすると、彼は喜んで引き受けてくれると話しので、彼の心情もよく考えたけど、私はとても嬉しかった。
マーリストン様はリストンが『南の城の王子』としての立場を強く感じると話してくれ、リストンも自分の立場に引きずられる運命にこれから立ち向かわなくてはいけないことは耐え難い、と常々そう話していたので、リストンを守るため少しでもそのことを引きずらせないために、私たちが城に入り守らなくてはいけない、と話し合った。
バミス様は赤の編み紐なのだから、バルソン様と同じ立場になる。シンシア様が王様に教育係りのことを伝えると、王様が許可をしてくれたそうだ。
彼らの一歳の誕生日をお祝いするころには、だんだんはいずる動きも速くなり、二人はほんの少し歩けるようになり個性も出てきて、私たちが話す言葉も少しは意味が分かるようになってきた。
たまに一瞬動きが止まることがあったので、彼らのソードが話し相手になっているような気がし、真ん中の客間は三人の子供部屋に変化していた。
子供たちの頭の中での魔法のような声の響きは、私たちに聞こえることがなく、そのことが子供たちの成長にどんな影響を与え続けるのか、今の私には分からない。
ソーシャルのことを考えてもよけいなことは言わないので、何も知らない子供たちには、大人である私たちがそばで話しかけているみたいに感じ取ってほしい、とそう思うのみである。
トントン屋敷にゴードン様とシューマンが来たときに、私が次の剣の勝ち抜き戦にすべてをかけると説明してから、私たちの立場が変わっていく運命だったのだろうか。
あれからバミス様は何も言わなかった。
彼もバルソン様と同じ状態になっていくと思った。
すべてがアートクの市場で変わってしまった。
『四月十日』は三人で忘れられない日になってしまった。
ゴードン様とミーネ様とコーミン、それに口数の少ないホーリーもいて、四人で子供たちの面倒を見てくれることになり、私は子供たちと別れなくてはいけない。もう一年、私は彼らのそばにいたかった。
私はバミス様を信じてリストンを預けることができる。
これからはリストンを守っていかなくてはいけない。
子供たちのことはゴードン様の家族にお願いするしかない。
自分勝手ではあるが、リストンを守らなくてはいけない。
リストンは王子としてマーリストン様と同じ立場になる。
バミス様はバルソン様の立場と同じになる。
私はシンシア様と同じ立場になろうとしている。
ゴードン様の家族をトントン屋敷に送ってから、早いもので二年の月日が過ぎ去り、マーリストン様とシューマンはすでに十八歳になっていた。
コーミンは子育てをするために、明日の剣の勝ち抜き戦に参加せず、マーリストン様と私とシューマンは明日の剣の勝ち抜き戦に参加するのだ。
子育てで忙しくても、私たちの訓練には余念がなく、これで一気に城に入るつもりだ。明日、待ち望んでいたその日がやっと訪れる。
☆ ★ ☆
私はバミス様の部屋に最後の挨拶に出かけようと思いソードを切る。
「バミス様、今までありがとうございました。明日は三人で頑張ります」
私が彼の部屋に入ってからそう言うと、
「三人とも俺が教えたのですから、最後まで勝ちのこると信じています」
「ありがとうございます。リストン様のことはよろしくお願いします」
「任せてください。お二人の子供ですから剣はすぐに上達すると思います。俺が必ず基本的なことから教えます。練習することが好きになるように頑張ります」
彼は最後までそう言い切ってくれたので、感謝以外の言葉はない、と心の中で呟く。
バミス様にお願いすることは、彼の心を踏みにじったような理不尽なことだとは思ったが、私は他の人たちが何と言おうと彼以外には考えられない。シンシア様にもバルソン様にも私の考えを、王様に押し通してもらうようにお願いしたのだ。
「私が城に入れば……子供たちに会う機会が少なくなると思います。リストン様に……私はこのような母親だったと内緒で伝えてくださいね。よろしくお願いします」
「分かっていますよ。マーリストン様のことを考えると、俺は自分の子供だと思い必ず王に導きますから安心してください。それよりも俺を選んでくれて感謝しています」
彼は私の目の前でまたそう言ってくれたから、私は嬉し泣きしそうな気持ちを抑えて眼を伏せてしまう。
「……当然ですよ。マーリストン様にも教えていただいたのだから、バミス様は私たちの剣の先生ですからね。私たちの子供にもしっかり教えてくださいね」
私は下を向いていた視線をきりっと戻してからそう言ってしまたけど、彼の気持ちを考えると例える言葉が思いつかない。何度も同じような言葉を頭の中で、自分自身に呟くように繰り返してきたけど、私は彼を信じて預けるしかない。
「リリア様は相変わらずですね。俺は今でもリリア様のことが大好きです。リリア様が幸せになれるなら俺はあきらめます」
バミス様の『あきらめる』という衝撃的な言葉に、私は愕然としてしまう。
「私の言葉に嘘はありません。私は今でもバミス様のことがいちばん好きです。信じてもらえますか」
「……俺は……シンシア様から伺ったあの言葉は今でも信じています。その言葉をずっと胸の奥深くに閉じ込めておきます。明日は最後まで勝ち残ってください」
「ありがとうございます」
私がそう言うと、彼は私を力強く抱きしめてくれる。
彼は『もう後戻りはできません』と、私の耳元でそう言ったのだ。そして、しばらく私を抱きしめてくれた。
彼の腕の力が抜けたので私もからめていた手を外すと、彼は私の左右の頬を両手で優しく包み込むように触ってから、右手の四本の指で私の唇を触り、彼の唇が私の唇に激しく触れた。
どれほどの時間が経ったのだろうか。
私の意識がまばらになりながらもソードのことを話そうと思うと意識がだんだんと蘇り、私の方から唇を外して彼の顔を見上げ視線が彼の瞳の中を覗き込むと、今までの思いを打ち消すかのように後ろに下がり、ソードの説明をした。
彼の目の前で左右のリストバンドを外し三回触れ合わせ、ソードを出して……抜いて……構えて……そして消す。それから、三度触れ合わせてもう一度ソードを出し、これに乗れると話してから、私の両足が彼の膝辺りなるように少し浮揚させた。
先ほどから彼の瞳の中には、驚愕の文字が現れたみたいに眼を見開き、私が浮揚すると彼は二歩ほど後ろに退き、私の眼をじっと見てから『理解できない』とやや大きな声で呟いた。
私がソードの後ろに座り彼を前に座らせ、二人の頭が天井に届くまでゆっくり浮かび上がってから下に降り、彼の目の前で一度ブレスを触れ合わせてから消した。
私は今まで話せなかったことを謝った。
自分なりに考えていた理由も説明した。
ずっと心苦しく思っていたことも伝えた。
シンシア様とバルソン様とゴードン様の家族も知っていることも話したが、彼にこれ以上の精神的負担をかけたくないし、ソーシャルの話しまでは心苦しくて言えなかった。
とても愛している、と彼に抱きついてそう伝えると、この言葉は知らない、と彼から言われたので一瞬ひるんでしまい、彼から身を外し『また会いたいです』と自分からそう伝えた。
彼の顔の表情を見ると、今の現状に思考が追いついてないかようで、今まで私が見たことのないような顔の変化を繰り返してきたけど、彼はゴードン様の家族がなぜ竹の里からここに来られたのか理解できた、とそう言った。
バルソン様がリリア様の不思議を感じても気にするな、とそう言った意味も理解できた、と彼の記憶がぼんやりと蘇ったよう顔つきで、その言葉を私に伝えてくれた。
私が色んなことを隠していた現状を理解してもらえたとは思うが、シンシア様もバルソン様も乗り越えてもらった現実を考えると、二人で何を話し合ったかなんて分からないが、独りで考え込むような彼の律儀な精神が壊れないだろうか。
今回も読んでいただき、ありがとうございました。




