59=〈ゴードン様の過去〉
少し長文です。
☆ ★ ☆ (35)
私たちはフィットスの宿に二泊してから、翌日にトントン屋敷に向かったが、ミーネとカリーンが食事の用意や雑用をしてくれ、私たちはもっぱら剣の練習に励んだけど、コーミンは馬には乗れない。
馬に乗るには後ろに座るほうが安定が悪く、私たちは素乗り状態で鐙もなく、最初は私の前にコーミンを座らせて、私が手綱を持ってリースに乗せて馬を歩かせていた。
しばらく一緒に乗せて感覚をつかんでもらい、数日で何とかひとりで乗れるようになったけど、コーミンは運動神経がいいと思う。
コーミンにはラデンに頼んで馬を手に入れ手もらい、私たち三人の馬は雄である。だがコーミンの馬は雌で、私たちの名前と同じように考えたらしく『コース』という名前に決まった。
私たちがトントン屋敷に到着してから少し落ち着いたころに、私はいつもとは違った気持ちでケルトンとの手合わせを、コーミンの目の前でやることにした。
私はこの前みたいに別人になったような気合いは入らず、危険が伴わなくてはあの力は得られないようだ、と思ってしまった。
あちこち飛び回って受けや打ち込みの連続で、私たちは勝負がつく前に止めたけど、腕力ではケルトンの方が私より上回っていると思う。
「二人ともすごいです。言葉がありません」
私たちの手合わせが終わったときの彼女の第一声だ。
「たまにこんな感じでやった方がいいわね」
「リリアは強いですね。このままやれば俺は負けていますよ」
「私の方が負けていたと思うよ。でも勝ち負けの問題ではないのよ。この前の剣の勝ち抜き戦みたいに、二人で何かを得られればいいと思うからね」
「はい。俺はバミスともやってみますね。バミスに勝てたら自信がつきますね」
「私もやってみようとかな? でも……二人とも完全に負けるわね」
私が二人の顔を交互に見ながらバミスの顔を思い出しそう言う。現実の話しとしてそう言ってしまったけど、ケルトンには出鼻をくじいた言葉だよね。まずい言葉だったよな、とか思ってしまう。
「……そうですね。でも負けると思っても俺は挑戦しますよ」
彼からの逞しい言葉を聞けて嬉しかったけど、その心がけが大事であり、強い相手に挑戦しなくては教えてもらうだけでは自分の腕が成長しないよな。バミスの赤の網ひものことを思うと、何度も挑んで打ち負かされて、逆に落ち込まないようにしてほしいな、とも思った。
「コーミン、バミスは尊敬できるのよ。私たちの剣の先生だからね」
「分かりました。私はお二人も尊敬しています」
コーミンは私たちを交互に見ながらそう言ったので、彼女からの意外な言葉を聞いたと思ったけど、そう言える彼女は馬に乗ることもそうだけど、向上心がとてもあると思う。
☆ ★ ☆ (35)
私たちがトントン屋敷に着いて半月ほど経ってから、彼女たちもここの生活に慣れたと思ったころに、ゴードン様とバミスとシューマンが突然やってきた。ゴードン様は私たちが小さい馬車の荷台を使ったので、新しく新調したそうで、トントン屋敷も大所帯になった。
最初はゴードン様もバミスも竹の里の話しはせずに、シューマンがいると会話が難しいと思ったが、やはり、竹の里からの使者が来たそうで、細かいことは分からないけど大事に至らなかったらしい。
ここはゴードン様の屋敷と違い部屋が六つしかなく、使用人のカリーン、ゴードン様とミーネとコーミンは客間に泊まってもらい、バミスの部屋にシューマンが泊まり、私とケルトンは自分の部屋に落ちつき、もう一部屋は台所と食事をする部屋になっている。
シューマンがいちばんかわいそうな部屋割りになったが、シューマンは私たちのことを何も知らなかったみたいで、バミスからここに来る前に話しを聞いてとても驚いたそうだ。彼もまた、剣が強くなりたいと思っているそうで、人それぞれ剣に対する思い入れが違うと思う。
彼らが来ると、私たちはコーミンと三人でゴードン様の屋敷に移動する予定だが、最近は毎日忙しく、私は少々疲れを感じるようになっていた。
私たちの目標は、来年の四月一日の剣の勝ち抜き戦に勝ち残ることで、シューマンは私たちがいない間に、ここでバミスに教えてもらえる。二人でゴードン様とミーネを守ってもらわなくてはいけない。二人が家族として一緒に住むにはここがいちばんいい。
私たちの食事は剣客のホーリーにお願いし、屋敷で練習に励まなくてはいけない。コーミンにも剣を教えなくてはいけない。私たちのお互いの住み家がまた変わろうとしていた。その中間地点がアートクの市場である。バミスの赤の編み紐と、ラデンの青の編み紐のつながりもある。
私はバミスから会いたいと言われたけど断り、剣の勝ち抜き戦にすべてをかけるとも説明し、彼には理解してもらえたけど、城に入ってからのことは言わなかった、というよりも言えなくて、バミスのことは考えないようにしようと思う。私には辛い選択だった。
☆ ★ ☆ (36)
彼らが来てから三日後に、私たちはトントン屋敷を後にした。
ケルトンは自分のマースに乗り、ここに乗ってきた馬車を私たちの馬に引かせ、日の出とともに馬を走らせ、一気にそのままゴードン様の屋敷に戻ってきたので、私はとても疲れた。
ホーリーが私たちと同じような小さな剣をゴードン様からだとコーミンに手渡したすと、彼女はとても喜んでいた。
後から聞くと、この剣はシンシア様からだと私だけに話してくれ、彼女の名前はケルトンにも内緒にするようにと言われ、これにも紫の編み紐が付いていた。
コーミンの部屋は裏庭の馬屋の正面に当たる、客間の真ん中の部屋を使ってもらうことにして、コーミンはゴードン様とミーネに強く口止めされているのか、ソードの話しはケルトンも一度も聞いたことがないと説明してくれた。
☆ ★ ☆
私たちが戻ったその翌日に、私はシンシア様の部屋を訪れた。
「シンシア様、お久しぶりです」と、私は小声で挨拶をする。
「お久しぶりね。元気にしていたの?」
「はい。昨日コーミンと三人で戻ってきました。向こうにはゴードン様とミーネ様だけの方がいいと思い、コーミンは私のそばで剣を教えようと思います。バミスにはシューマンを鍛えてもらい、二人で向こうを守ってもらおうと思いました」
私が向こうでの生活を大雑把に説明する。
「そうね。リリアそう思うならそれでいいからね」
「ありがとうございます。ホーリーから聞きましたが、コーミンに剣をいただきありがとうございました。向こうでも剣のことを聞かれたので、彼女はとても喜んでいました」
「私がバルソンに話して作らせたのよ。ゴードン様にはお世話になっているからお礼のつもりです。紫の編み紐をバルソンに付けてもらったから、リリアはこの紫の編み紐の意味は知らないでしょう?」
「えっ、何となくは理解しているような気がしますが、何か理由があるのですか」
「南の城の王族のゆかりの者は、この紫の編み紐を付けるのよ」
「うそっ、コーミンにも付けてもらってよろしいのですか」
私はほんとうに驚いてそう言う。
「王様に許可していただいたから、意味が分かるでしょう?」
「えっ、信じられない。彼のことをご存じなのですか」
「リリアからそのような言葉を聞くとはね。私たちの信じられない意味も理解できたでしょう?」
「はい。ほんとうに信じられません」
「マーリストン様とリリアのことは、バルソンにも内緒でずっと前にお話ししたのよ。二人のソードのことは話してないけど、あの短剣のことも話しました。あなたたちには私が許可して紫の編み紐をバルソンに頼んだけど、王様の許可もいただいてある。王様はとても喜んでマーリストン様とリリアに会いたいと言われたのよ。ゴードン様と家族のことを話すときにはバルソンと一緒に話したから、私よりもバルソンの方がゴードン様とは親しいでしょう。それであの剣を許可していただいたのよ」
「信じられない」
私はまたこの言葉を使ってしまう。
「私たちのことを王様は信じてくれたのよ。それと、私は王様に内緒で許可をいただきバルソンの配下みたいに、マーシーとルーシーに別々により抜きの十人を側近として選んだからね。リリアから教えてもらった腹筋と腕立て伏せをやらせています。リリアが私のそばにくれば、ルーシーを含めて側近は十人ね。私にはマーシーを入れて十人の配下ね」
シンシア様は私が考えてもないことを説明してくれたが、どうなっているのだろうか。
「そのようなことまで考えていただき、ほんとうにありがとうございます」
「今後のことはバルソンと二人で考えるから心配しないでね。彼女たちはリリアの存在を知るでしょう。私たちも早めに手を打ったのよ。リリアがルーシーと話せることを含めてね」
「……ありがとうございます。それには……剣の勝ち抜き戦で私たちは勝ち抜かなくてはいけませんね。私もそのつもりで訓練というよりも、彼と真剣に戦おうと思っています。コーミンも私たちを見ているし雰囲気的に上達すると思います」
「強者の戦いを見ることはいいことね。見れば考えることができる。私も子供のころからそうだった」
「馬にも何とかひとりで乗れるようになり、ラデン様にお願いしてコーミンに急いで馬を買いました。コーミンはゴードン様の孫だけに動きがとてもいいです。私はゴードン様の過去をよく知りませんが、彼も昔は剣客だったみたいですね」
「えっ、バルソンから何も聞いてないの? ゴードン様は若いころに城にいたそうよ。バルソンやバミスと同じで赤の編み紐まで進んだのよ。今の王様の子供のころに剣を教えていたけど、彼が上手にならないから辞めさせられたみたいね。理由はそれだけではないかもしれないけど……私が王様に確認すると何となくその名前は覚えているとおっしゃったのよ。ここでは昔から色んな力がはびこっているのよね」
私はそのような話しを彼女の口から聞いて、今までに例えることのないくらいにとてもビックリする。
「……それで昔の話しは何もしないのですね。竹の話しはよく聞きましたが、だからケルトンに力を入れるのですね。よく分かりました」
私は彼女の言葉に驚きつつもそう言ってしまう。私にはそのことを話してくれなかった。私に彼のことだけを考えればいいと思いずっと話せなかったのだろうか。シンシア様とバルソン様はそのことを知っていたのだ。バミスもゴードン様の過去を知っていたと思う。
「私はバルソンには口止めされていたけど、話しの流れでリリアに話したと伝えるからね」
「ありがとうございます。それでコーミンの動きがいいのですね。コーミンは今度の剣の勝ち抜き戦は下見をさせて、次回ここに来させた方がいいと思います」
「そうね。もう少し早く気づくとよかったけどね」
「ゴードン様が私たちとはずらそうと考えていたのかもしれません。少しでも早く気づいてよかったです。そのことを何気なくバルソン様に確認していただけますか」
「……なるほど、それも考えられるわね。さすがリリア、考えることが違うのね」
「……いえ、私たちが中に入り落ち着いてからだと思ったのかもしれません」
「そうね。バルソンによく話しておくからね」
「よろしくお願いします。私たちがいない間にこのようなことになったなんて、彼が話しを聞いたら驚くと思います。今度の剣の勝ち抜き戦にマーリストンの名前で申し込んでもいいのかと聞かれました」
「……それはバルソンと相談しなくては、リリアはどう思うの?」
「私はマーリストンの名前を使うなら、最後まで勝ち残ってくださいと約束しました」
「確かにその方がすべてにおいていいのかもしれない。バルソンの意見も聞きます」
「私は彼の意志は強いと思います」
「あなたたちが決めたならそれでもいいけど、一応はバルソンの意見も聞きますね」
「はい。まだ日がありますから私たちもよく考えます」
「……私は……城の外でバルソンの意見を聞いてもいいのかしら?」
「はい。バルソン様の予定を聞いてみます。シンシア様はいつがよろしいですか」
「どちらかが合わせるしかないから、彼は忙しそうだから私が合わせます」
彼女はそう言ったが、先ほどから何度もバルソン様に聞きたいと話していたので、彼女もストレスが溜まっているのだな、とか勝手に想像したけど、私もストレスが溜まりっぱなしだ。
「分かりました。そのことを伝えます」
「リリアはマーリストン様のことが好きになれるの?」
彼女が突然に聞いたので、私はまた驚く。
「えっ、私はバミスのことが好きですから」
「リリアはバルソンのことが好きになれるの?」
「えっ、私はバミスのことが好きですから」
「……その返事は前から考えていたの?」
「えっ、私は三人の中ではバミスのことがいちばん好きですから、もし私がいなくなれば、そのことをシンシア様から直接バミスに伝えてください」
私の頭の中が回転し、何を話していいのか言葉に詰まりそう言ってしまう。
「……分かりました。私の口から直接話しましょう」
「ありがとうございます。私は三人の中ではバミスのことがいちばん好きですから」
私は彼女の言葉を否定するかのように、強調してバミスの名前を使ってしまったが、彼女が何を考えてさっきのような言葉を使ったのかはしらないけど、バルソン様の言動が私の脳裏に蘇ってきたのは事実である。しかし、私はほんとうにバミスのことがいちばん好きなのだ。
今回も読んでいただき、ありがとうございました。
次回は『登場人物』の紹介ですが、第二章までの登場者は少ないし、西洋系の顔つき・髪色で、カラフルな頭髪は出てきません(^_^;)
今回は軽いつながりしか書いてないです。
第七章の最初は、それなりに人物が増えているので、概略及び登場者の説明的言葉が増えています。
当時は気合いを入れて書いたけど、そこまで読み続けて、いただけるのかしら??
今後とも、よろしくお願いいたします。




