58=〈短剣の柄〉
ミーネは自分たちの着る物を三枚ずつ買い、ケルトンはコーミンに同じような布を三枚お揃いで買ってあげ、コーミンは買ってもらった中でも赤い布がいちばん気に入っているようだ。
私の時代の言葉でいうと『スカーフ』よりは小さくて、大きさもさまざまで種類もたくさんあり、大きな布の端切れから作られたような気がするが解れ止めもされていて、ほとんどは細長い布だった。
私はケルトンにこんな会話力があったとは未だに信じられなくて、私を見習っているとは言ったけど、子供が親の真似をするとはよく言ったものだと思い、日頃の私たちの会話で身についたのだろうか。
私たちにとっては、この市場で何かを買う目的で利用することは社会勉強になっていい、とつくづく思いながらも、少々お金は使うけど、リズに預けた金貨はまだ片方の壺も使い切ってない。
あそこの洞窟の正面を右に曲がったのは私の閃きだけど、ソーシャルが私たちのために用意したのだろうか。あの石を退かしたのも私たちが下に降りた隣の石だったわけで、ソーシャルとは関係ないような気がしていた。すべて偶然と言えるのだろうか。
サガートの出会いも偶然なのだろうか。ラデンに出会ったから彼にも出会ったのだ。ソーシャルとは関係ないような気がする。人とのつながりはこのような偶然から始まるのだろうか。紫の編み紐と剣はバルソン様からのプレゼントと思えばいいのだろうか。
今日はこの前の人出と比べたら人間の数が少ない。のんびりと見学できそうな気がする。ケルトンは相変わらず自分の物を買おうとしないけど、欲しい物がないのだろうか。相手のことをよく考えて買うように言ったので、私から買ってもらうことを期待しているのだろうか。失敗したな。気づかなかったよ。
私は夕食にまた期待していたから、お昼は豆を茹でるのか蒸したのか分からないけど、豆の入った丸いパンと、何種類かの豆と馬鈴薯のような白っぽい固形物が入った野菜スープみたいな軽めの食事をした。この店は豆の専門店かもしれないな。外の入り口でも丸や楕円のカラフルな豆が売られている。
「ケルトン、何か欲しい物は決まったの? 買ってもらうばかりでは悪いから、私も何か買ってあげたいけど何かあるの?」
「えっ、リリアが買ってくれるのですか」
「こんなに見て回ったから、一つくらいは欲しい物を見つけたでしょう?」
「今度見つけたら言います」
彼はすんなりとそう言うので、やはり、私が買ってあげるべきなのだろう。
『ソーシャル、トントンは何か言っていたの? 今度見つけたらということはどこかで欲しい物を見つけたのね。私は気づかなかったのよ。私に買ってもらいたいのね』
『そのようですね。今聞いてみます』
「今度はこの店に入りましょう」
ケルトンは先頭を歩きながら振り返ってそう言う。
「すごいですね。こんなにたくさんの短剣が売っているのね」
コーミンが目を輝かせて店を見回している。
「リリア、コーミンに短剣を持たせてもいいのですか」
さっき剣の話しをしたときに、彼女の心の落ち込みが顔の表情に出ていたので、私も一瞬、短剣を持たせてもいいのかなと思っていたから、彼も同じ考えを持ったのだ、とそのようなことが私の頭の中が思考を作り上げてしまう。
「いいと思うけどね。これから先、何かあった場合に役立つと思うよ」
私は彼の気持ちを損なわないようにそう言うと、
「俺みたいに隠しておけばいいのですね」
彼がそう言ったから、コーミンに短剣を買ってあげようと思ったことが現実味を帯びてくる。
「そうよ、隠してればいいと思います」
私も彼の気持ちを大事に思ってそう言ってしまう。
「分かりました。俺が何か選んで買います」
「私に短剣を買ってくれるの?」
「いらないですか」
「欲しいです」
コーミンはすぐ反応してそう言ったので、お互いに直な会話で微笑ましい思ってしまう。
「リリア、どうやって隠しますか」
「それは後から一緒に考えようね。まずは買うことが先ね」
「はい!」
ケルトンは元気よく返事をしてくれるが、私の許可など取り付けなくていいのにな。自分で思った物を買ってあげてもいいのにな。でもそうやって聞いてくれるのは嬉しいけどね。
「このような物までよろしいのですか」と、ミーネが私に体ごと向け、やや複雑そうな表情でそう言ったので、
「ケルトンが買うからいいですよ。私たちも隠し持っているし、ゴードン様には私が説明しますから大丈夫です。剣を持つには許可がいるけど短剣はいらないそうですよ」
ミーネの気持ちを安心させるためにそう説明する。私も少しだけ見て回ったけど、ケルトンは色んな短剣の柄を握って確認しているようで、彼女の手の大きさを知っているのだろうか。
「コーミン、これはどうですか。こんな感じて握ってみてください」
彼はそう言いながら。柄の部分を下から自分の手をぐっと持って説明をしながらコーミンに渡す。
「はい」
彼女はそう言って、右手の親指を上に向けて柄の下から握り、相手に刺すような雰囲気でつかんでいたので、剣と同じで握り心地を確認させているようだと思う。
そのようなことまで考えているとは、私の渡したダイビングナイフは喜んでいた、とソーシャルから聞いていたが、夜な夜な握りしめて確認していたのだろうな。
私が固有名詞を言うと『ミーバ』が勝手に選択し、それなりの物が出てきていたけど、あの時はチタン製のダイビングナイフは、私としては錆びないし手入れも簡単だと思い、この言葉が咄嗟に閃いたのだけど、持ち手の部分も鞘も黒くて樹脂製でカチッと鞘の中に収まり、衝撃を受けてもむやみに外に飛び出すこともなかった。
鞘の左右にベルト通しの縦長の隙間があり固定もできるし、鞘の裏側にあたる部分には、ほとんどのボールペンに付いているようなフックが付属され、紐やベルトに差し込んで携帯できるようにもなり、先端は尖り片刃であり、上半分はノコギリのようなギザギザの凹凸が付いて、長さが二十センチほどで、刃の部分と柄の部分の長さは半分ほどの割合で作られていた。
「リリア、コーミンにはこれにします。俺が独りで選びました」
いろいろ見ていたようだが決まったみたいで、ケルトンは私のそばに来て短剣を見せながらそう言ったから、納得のいく物が見つかったようだと思う。
「この大きさだったらいいと思います。ケルトンはこの彫刻が好きなのね」
「これは彼女が好きだから、俺も好きだからこれを選びました」
「絵柄がたくさんあると探すのが大変だものね」
「リリアはいつも飛び跳ねているから、だから髪飾りはあれを選びましたよ」
彼がそのようなことを言ったので、私は驚いてしまう。
「……なるほど。理由があるのね。ありがとう」
「ケルトン、ありがとうございます。彼女とは誰ですか」
コーミンはケルトンの言葉の内容を細かく意識して聞いているようで、彼女の言葉に意識が行ったのだろうか。
「それは言えません」
彼は私に聞くこともなく、はっきりと反応したようだ。
「変なこと聞いてごめんなさい」
「いえ、俺もリリアからもらって嬉しいし、俺も大事にしているからコーミンも大切にしてくださいね」
「はい。とても嬉しいです。大切にします。ありがとうございます」
コーミンはほんとうに嬉しそうに、ケルトンを見てからそう言う。
「ほんとうにありがとうございます」
ミーネもケルトンの方を見ながらそう言って、ケルトンが持っている短剣に視線が向いているようだ。
彼が手にしていたのは、柄の部分は何かの皮が巻かれ細目の赤っぽい紐がその上をぐるぐる巻きにされ、鞘の部分はなめし革のような、ややつるつるのケースで覆われて、鞘の先端から半分ほど覆いかぶすような、透かしの入った物が取り付けられ、シンプルで彫金みたいな縦のラインが入り、両刃使いの鍔に近い刃の上方には裏表に蝶の絵が彫られて、金貨が二枚だった。
私は知らなかったがシンシア様がこの絵を好きなのだ。彼はリズの言葉を覚えていたから、私のは鳥柄なのだ。ケルトンがそのようなことを考えて選んだなんて、これも私の真似をしたのだろうか。
☆ ★ ☆
『ソーシャル、トントンは何か言っていたの?』
『いえ、何も言ってないそうです』
『ケルトンは私が思っている以上に色んなことを考えているのね』
『細かいことまで聞いていると大変です。リリアも話している時間が足りませんよ』
『そうね。何かの折にさっきみたいに聞けるといいわね』
『ケルトンがリリアから離れて行くと思っているのですか』
『私から離れなくてはね。でもちょっと寂しいかな?』
『リリアが寂しいと思えばケルトンも同じですよ』
私たちが金貨を探した洞窟と同じように、私の寂しさは奥深く隠さなくていけないけど、あそこには空が見えていた。私たちもあの空のような抜け道が必ずあるはずだ。
「今日はたくさん買い物ができたから……もう宿に戻ろうか」
私は彼女たちのことを思ってそう言う。
「はい。ミーネもコーミンもたくさん歩いて今日は疲れていませんか」
彼がそう言ったから、このように相手を思いやる気持ちもあるのだと思い、二人でいつも話している会話とは、今日はずいぶん違うとも思う。
「私はとっても楽しかったけど疲れました」
「コーミンは正直ですね」
ケルトンはそう言いながら笑みを浮かべている。
「私もこんなに歩くことは今までなかったですから、申し訳ありませんが疲れました」
ミーネも控えめにそう言っているようだけど、彼女の顔を見ると少し疲れた表情がうかがえる。
「もう宿に戻りましょう。向こうに行けば少しずつ動けばいいですからね。一気に何でも見たから私は目も疲れました。夕食までは部屋で横になって休みましょう。何だか私も疲れたわね」
私はそう言って、私たちは早めに宿に戻り、別々の部屋で夕食まで休憩することにした。私は久々に『ミーバ』にお願いして、私たちと同じ長めのゴールドの細いチェーンを二本取りだし休憩をした。
今回も読んでいただき、ありがとうございました。




