53=〈思いやりのある命令と金貨二枚の意味〉
☆ ★ ☆ (27)
私はゴードン様の家族の話をするためと、アートクの市場の話しをするためにシンシア様の部屋にへ向かう。明日は朝一番で出発するから早めに来たので、ソーシャルに念入りに人の気配を調べてもらう。
「シンシア様、また突然で申しわけありません」
私は静かに部屋の中に入って小声でそう言うと、
「もうそろそろ来るとは思っていたけど、連絡がなかったからね」
「申しわけありません。私も急用がありまして、市場のこともそうですが他にも大事な話しがあるので来ました」
「えっ、何か起こったの?」
「今日はゴードン様の家族を竹の里から屋敷に連れて来ました。明日朝一番で私たちはトントン屋敷に移動します。ゴードン様の屋敷に竹の里から連絡が入ると困ります」
「えっ、それはどういう意味なの?」
シンシア様が尋ねたから、バルソン様から話しは聞いてないのだと思う。
「ゴードン様は竹の里に娘と孫がいました。バミスが『あれ』を取りに行って分かりました。あそこでは男は自由に出入りできますが、女は決まり事がありあそこから外に出ることはできません。だから……私の不思議を使って連れ出しました」
「うそっ、そんなことがあったの?」
彼女の声は小さかったけど、とても驚いているようだ。シンシア様は先ほどから、やや身を乗り出して私の話しを聞いている。バルソン様からこの話しは聞いてないのだと思い、彼も忙しくて彼女に報告に行けなかったのだろうか。それとも私たちのことを気にしていたのだろうか。
「それで……私たちはトントン屋敷に行きます。しばらくはケルトンとも会えません。今日はアートクの市場の話しもしようと思って連れてきませんでした」
「分かりました。彼には話せないことなのね」
「はい。申しわけありません」
「ゴードン様にはほんとうに家族がいたのね」
「はい。私はバミスに話しを聞いて驚きました。バルソン様と相談して素早く行動しようと思い、ケルトンにも内緒にして彼を連れて行きませんでした」
「バルソンも忙しいのかしばらく会ってなかったので全然知らなかった。リリアの不思議が役だったのね。でも……彼女たちもそのことを知ってしまったのね。リリアの考えたことだから安心はしているけど……大丈夫よね」
彼女からそう聞かれたけど、当然に質問される言葉だと思っていたから、竹の里に移動中にソーシャルとも相談して、色んなことを想定していたのだ。
「そのことは口止めしました。ゴードン様もしっかり話して二人も理解していると思います。自分たちの状況が分かっているので、それは大丈夫だと思います」
「ほかの人に話しても理解できないことだからね。私みたいに驚いたよね」
「はい。娘の名前はミーネと言って、孫はコーミンと言います。ミーネは以前からゴードン様から説明されて知っていたそうです。ずっとゴードン様を信じて待っていたそうです」
「そのような決まり事があるとは知らなかった。色んな場所でそこだけの決まり事があるのね。そう思うとここと同じなのね」
「はい。私もまったく知りませんでした。ゴードン様も早く言ってくれればよかったのですが、私がケルトンと二人で腕立て伏せと腹筋をやっているので、それをコーミンにもやらせたそうです。たまに行ったときに剣を少し教えていたと言っていました。コーミンが大きくなるのを待っていたのではないかと思います。体力作りが大事だと言っていましたから」と、私がまたそう説明すると、
「その腕立て伏せと腹筋とは何なの? 聞いたことのない言葉よ」
「今からやりますから見てください」
私はそう言ってから、椅子から立ち上がり床の上でやって見せる。
「あなたたちはそのようなことをして鍛えていたの?」
「はい。私たちは二人でずっとやっていました。足の動きも鍛え剣を持つのは後回しにしていました。コーミンもケルトンと一緒に剣を習わせます。バミスと私がいなければ、ケルトンに教えさせることを話しました」
「コーミンはいくつなの?」
「はい。二月九日で十七歳になったと言っていました」
「彼の友だちになるように話したのでしょう?」
「はい。別々に二人に説明しましたが、ここのことは話していません。ゴードン様も同じだと思いますから心配はいらないです」
「それは言われなくても分かっているけど、彼女を彼の友だちにさせたいのね」
「はい。ケルトンには友だちがいません。シューマンという友だちもできました。剣の勝ち抜き戦で四戦目に戦った相手です。ケルトンと同じで礼儀正しい青年でした。歳も同じです。私がバルソン様にお願いして探し出してもらいました」
「……バルソンからその話しも聞いてないわよ」
「私たちがアートクの市場に行ってからの話しですから、バルソン様も探すのに手間取ったと思います」
「リリアはバルソンに二人の息子がいることは知っているの?」
シンシア様が突然そう言ったから、私は驚く。
「知りません。バルソン様の家族のことは聞いたことがありません。今まで気づきませんでした。考えるとバミスの家族のことも知りません。そのような話しはしたことがないです。二人のことだけしか知りませんでした」
「リリアはケルトンのことばかりを考えているからいけないのよ。自分のこともよく考えてね。私はそれがいちばん心配よ。私にもバルソンにもバミスにも家族はいるのよ。本人を知っていればいいことだけどね」
彼女はそう言ったけど、ソーシャルの話した意味が理解できたような気がした。家族の存在か、私は何て間抜けだったのだろうか。
「分かりました。アートクの市場の話しをする前にこれをどうぞ。ケルトンからシンシア様に買っていただきました。私にもです。これはバルソン様のです」
私はそう言って、リュックから順番に取り出して彼女に渡す。
「うそっ、マーリストンが選んでくれたの?」
「すべて自分で選んで買いました」
「素敵ね。明日からさっそく使うと伝えてください。ありがとう、バルソンにも渡すからね。これは剣に結べばいいのかもね」
「はい。私はここに結んでいます」
私はそう言って、腰紐の場所を立ち上がってから見せる。
「市場の人たちがそうやって提げていたの?」
「はい。それを彼が見つけて買ってくれました。彼は初めて自分で買い物をしました。私は今まで気づかなくて……アートクの市場で私たち変わりました」
「……そう。彼も独りで行動できるようになったのね」
「さすがシンシア様です。私は側室の話しも考えていませんでした。彼の前をいつも歩いていました。今度は後ろを歩こうと気づきお互いに立場が変わりました。彼の行きたいところに自由に行かせ、アートクの市場は安心して彼を突き放せる場所だと気づきました」
「……分かりました。その話しには色んな意味合いが含まれているのね。そのことはリリアの不思議で二人しか理解できないことなのね」
シンシア様はそう言ってくれる。彼女は私が話したことに対して、いつも異議を唱えないでよい方に考えてくれる。彼女は懐が大きいというのか、影で違う人に何か言っているのだろうか、と逆に私の方が怖いような、信じられないような気持ちになってしまう。
「はい。私の不思議の話しと一緒にいつかバミスに聞いてください」
「分かりました。私はリリアのことは信じているからね。心配しなくていいわよ」
「ありがとうございます。それで西の森に行くのは止めました。アートクの市場で彼を自由にさせます。でも、城の近くのゴードン様の知り合いにはご挨拶に行きたいです」
「分かりました。バルソンとも相談したのね」
「はい。竹の里の話しのときに言いました」
「彼には私が教えなくてはいけないことを、すべてリリアから教えてもらったのね。自分で考えられるような男にしてくれたのね。ありがとうございました」
母親の考えも子供の気持ちも分からないが、彼女からそう言われてしまう。
「教えられたかどうかは分かりませんが、それはシンシア様が感じることですから、今度は二人で会ってください。そして色んなことを教えてください。私がそばにいると話せないこともあると思います。シンシア様は母親です。私とは立場が違います。色んな人の立場の違いも私なりに話しました。そして、人それぞれ立場の違いで考え方も違うと話しました。今の彼は私の言葉に耳を貸してくれます。ここに来てからでは私の気持ちを話せないと思います。話す時間もなくなると思います。彼の考え方はアートクの市場で変わったと思ってください。私も変わりました」
私が長たらしくそう説明すると、
「リリアがそうするように仕向けたのね。それを彼がどう感じるかが問題なのね。それを彼自身が考えて判断を下すということね」
「はい。私たちはマーリストン様の『思いやりのある命令』に従うと話しました」
☆ ★ ☆ (28)
私たちはリースとマースに小さい方の荷台を引かせるようにして、私が御者をするために前に座った隣にはミーネを座らせ、ケルトンとコーミンは子供用の毛布を『ミーバ』から二枚取りだし、座布団のようにお尻に引くようにして、御者台を背もたれにして足を伸ばして座らせ、朝一番でゴードン様の屋敷を出発した。
ミーネはゴードン様と二人で夜遅くまで話したと言い、色んな話しをしながらも逃げ出すような立場ではあるが、私たちの旅は楽しくて、やや大きそうなロッテリーの市場で馬を預けて飼い葉と水の世話を頼み、支払いからすべてケルトンに任せ、彼は早めのランチタイムに鹿肉の店を聞き出してくれた。
アートクの市場では馬はいつものポスタルの家に預けるので、夕方近くになりアートクの市場に到着した私たちは彼の家を訪れ、それからこの前に滞在した宿を訪ねると、宿の主人は私たちを覚えていてくれ、ここではお互いに自由に見学ができる。この前と同じように二泊滞在しようと思う。
廊下を対面にした部屋を用意してもらい、ケルトンと彼女たちが湯桶に出かけたので、私はソーシャルと話しをする。
「リリア様、お久しぶりです」
突然にラデンが私の目の前に現れる。
「ラデン様、どうしてここが分かったのですか」
「宿の者が知らせてくれました。ここを訪れたら必ず同じ宿を訪ねると思い、私が連絡するように頼みました。あの日、私はバルソン様にお二人のことを尋ねました」
彼がそう言ったので、何て正直な人なのだろうか、と思ってしまう。
「分かりました。今日はケルトンと知り合いの親子と四人で一緒に来ました。今夜と明日とここに泊めてもらいます」
「承知しました。何かあれば必ず私の名前を使ってください。バルソン様からも頼まれましたのでご挨拶にお伺いました」
「ありがとうございます。その時はよろしくお願いします」
私はそういったけど、そこまで話さなくてもいいのになとも思ってしまう。
「王様は左手を使うそうですね。バルソン様がそうおっしゃいました。バルソン様も左手だそうです。私はその言葉の意味を二通り考えました。どちらが正しいかは分かりません。バルソン様はそのことは口に出すなとおっしゃいました。だから、私はリリア様にも話すつもりはありません。でも、リリア様に私の考えたことをお伝えしたかったです。これは私の不思議だと思います」
彼は不思議の言葉を使ってそう説明してくれたので、知られてしまったようだと思ったけど、彼は自分の立場を弁えていると思う。二つに一つの選択技のようなことを話したので、彼なりに色んなことを考えた結果だとも思う。
「分かりました。私は両方とも合っていると思います。そう思い今後のことを考えてください。その方がお互いに信頼できると思います。両方とも間違っていては私たちの未来はありません。消えてしまえば終わりです」
「その言葉は手合わせのときにフィードに言いましたね。彼がその言葉を覚えていました。もう一つの短い言葉は意味が分からず忘れたと言いました。その言葉でケルトン様が変化したと言っていました。その理由を教えていただけませんか」
彼は真剣な顔つきでそう尋ねているようだ。
「あの言葉は私たちだけにしか理解できません。二人だけの合い言葉です。説明しても意味が理解できないと思います。ラデン様だけではなくバルソン様も分からないと思います」
「信じられない。バルソン様にも理解できないことがあるのですか」
彼がそう言ったから、それほど彼を信頼して何でも知っていると思っているのだろうか。バルソン様は配下の者に信頼されているのだと思いながらも、彼の人柄を垣間見る出来事だ。
「そうだと思うだけで、説明すれば理解できるかもしれません」
「それでは私も説明は聞けませんね。私は諦めました。しかし、ブレスのことを含めてリリア様の言葉は信じたいと思います。バルソン様が次の剣の勝ち抜き戦後に、私を南の城に戻すとおっしゃいました」
「私もそのことを望みます。今後とも南の城で私たちをよろしくお願いします」
「承知しました。この宿の主人は私の知り合いですので、今夜は特別食を頼みました。この前は通常の食事でした。申しわけありませんでした」
「ありがとうございます。食事代は私が出しますので、明日もその食事にしてください」
「はい。そのように伝えます」
「少々お待ちください」
私はそう言いながら立ち上がってから、隣の部屋に入って袋から金貨を二枚取りだして、また同じ場所に座る。
「先にお話ししますけど、これからの私の言動は見聞きしなかったことにしてください。今後とも南の城でよろしくお願いします。これは二人だけの秘密です。このブレスと同じだと考えてください」
私はそう言いながら右手で掴んでいた金貨を二枚テーブルの上に置き、彼の前に差し出す。
「えっ、よろしいのですか。ありがとうございます」
「これからも私たちをよろしくお願いします」
「畏まりました。こちらこそよろしくお願いします」
ラデンは三人に会うこともなく立ち去る。
この金貨の意味合いも理解してくれると思う。
ここで何かあれば助けてもらわなくてはいけない。
南の城に戻ってからも、彼を守ってもらわなくてはいけない。
私たちがラデンと出会ったことは、運命なのだろうか。
今回も読んでいただき、ありがとうございました。




